149.手に取る
「クッ…」
相棒として長く隣にいただけに腹の奥底から込み上がる熱い何か。
強く歯噛みしてギロッとナイフのような目でシンを睨むカイトは、強く拳を握って構え直した。
腰を大きく落とし、右足を前に左足を後ろに、両手の拳を伸ばして丁度頭部と同じ高さにして、右手を前に左手を後ろに構えていた。その構えは中国拳法にある構え方でシンにとっては見覚えがあった。
「・・・・・」
目を大きくしたシンは普段と変わりなく左から右への横薙ぎの構えをして、いつでもカイトを斬り掛かれる様に既に準備が出来ていた。
「・・・・・」
サクラは背筋に冷気の様な冷たい何かを感じつつ2人の行く末を見守っていた。
そんな中カイトは焦っていた。
(どういう事だ?俺のマインドリードが効かないのか?)
カイトが使用している「マインドリード」という魔法は単純な動きであれば相手が次どういう動きをするのかを知る事が出来る魔法だ。例えば繰り出す技やどう避ける等、事前に知る事が出来る。
「フ~ッ…」
呼吸を大きく吐き重心のバランスを整えていつでも攻撃に移れるようにしたカイトにシンは更に目を鋭くしてゆっくりと一歩前に出た。
トンッ…
「フッ!」
目をカッと大きく開いて矢を放つ様に、重心を一気に前に出して渾身の一撃を左の拳に込めてシンに一発叩き込もうとした。
カイトはシンの動きを知る事が出来ないと判断してシンが大きく横薙ぎをする構えを見て一気に前に出て攻撃すると見せかけて一歩後ろへ下がってもう一度前に出て攻撃するという方法を取った。
だが、その判断は拙かった。
ドスッ…
「・・・!」
何か小さくも鋭く響く音と共に黒くて細い何かがカイトの胸に深く刺さっていた。
カイトは何が起きたのかと一瞬考えたが、胸に走る鋭い痛みに気が付き、漸く自分の胸に黒い棘が深々と刺さっている事に理解できた。
「バッ・・・ガハァァッ・・・!」
何か言い掛けようとするも肺に入った血液によって溺れ始めて上手く声を出せなかった。声の代わりに夥しい量の血を床に撒き散らした。
「グ・・・・・!」
目が霞み始め思う様に見えない中でも黒い棘の正体を見ようとゆっくりと胸からシンの方へ辿っていく。
「ナ”ン” ッ・・・ガブゥッ・・・!」
カイトは目を大きく開いて「何だそれは?」とシンに疑問の言葉をぶつけようとした。
何故ならシンの右腕側面から一本の細くて長い棘がカイトの胸に刺さってたいのだから。
だが、血が肺に完全に満たされて溺れていく感覚を味わいながら膝を床に付けて次第に倒れそうになる。
ズッ…
シンはその黒い棘を自分の右腕に吸い込ませるようにしてゆっくりと引き抜いた。
ドサッ…
その瞬間カイトは俯せの形で倒れ込んだ。俯せになると顔は左右どちらかに向いてしまう。カイトの場合は先に倒れてしまったリンゼの顔の方だった。
「・・・・・」
リンゼとカイトの顔の距離は1m程でカイトは薄れゆく意識の中でリンゼの顔を焼き付けるかのようにジッと見つめていた。
「・・・・・・・・・・」
リンゼの顔は脂汗を流し片手で腹を抑えていたが、苦痛に歪む事無く眠る様に瞼を閉じていた。もう片方の手は丁度カイトの方へ伸ばそうとしていた。
「・・・・・!」
それを見たカイトはその手を繋ごうと必死に伸ばそうとする。だが、思うように力が入らなかった。底に穴の開いたバケツに水が入っている様に徐々に抜けていって、もう後少し、もう10cm程の所で最後の一滴が抜けてしまう。
フッ…
完全に力が抜けてリンゼとの手が触れ合わない事にどこか悔しそうに目を閉じようとした。
パシッ…
掴まれた。力無く感覚すらもほとんど感じない腕を誰かが掴んだ。閉じようとした目をもう一度、もう一度だけと言わんばかりに開いた。
「・・・!」
掴まれた手には黒い手が掴んでいた。そしてその黒い手は強く引っ張っていき、ゆっくりと優しくリンゼの手の上に乗せた。
それを見たカイトは奥底にある命の残り火で強くリンゼの手を握った。
「・・・・・」
せめて、せめて握りたかったリンゼの手を握れる事に満足したのか少し安心したような顔をして目をゆっくりと閉じた。
(ゴメン、リンゼ・・・。俺達の国、取り戻せなかった・・・)
(私も先に倒れてゴメンね・・・)
「・・・・・」
サクラはシンがカイトの胸を貫いて、力なく地面に尽きそうな腕を掴み、リンゼの手の上に乗せた事に唯々無言のまま眺めていた。
「・・・・・」
シンはカイトとリンゼの様子に目を細めて眺めて小さな深呼吸してサクラの方へ向いた。
「シン・・・」
サクラがそう呟く様にシンの名前を呼ぶと部屋の外からガシャガシャと金属音が聞こえてきた。どうやら部屋の様子に気が付いた兵士達がこちらに押し寄せてきたようだ。
真っ先に気が付いたシンは目に見えない程の素早く振り払う形で元の右手に戻して、すぐにサクラの元にまで行き抱き寄せる様にして確保した。
「お、おい何を・・・」
顔を赤くして動揺するサクラをよそにシンはサクラを確保で来た事を小さな声でグーグスに連絡する。
「サクラを確保した!」
「承知しました」
フリューの返事を聞いたシンはそのままサクラを抱き寄せ声を掛ける。
「サクラ、俺にしっかり掴まってくれ」
「な、何故だ?」
顔を赤くしそう尋ねつつもシンの体をギュッと抱きしめる様にして掴まる。
「このまま上へ行く」
「おい、それは何故・・・」
それはどういう事なのかを訊ねる前にシンの言葉で遮られた。
「舌噛むぞ」
ダンッ!
シンがそう言った瞬間サクラを抱き寄せながら上の階へと跳んだ。
「おぉっ!?」
サクラは思わず驚きの声を上げるもすぐに着地したからか驚きはすぐに収まる。
シンとサクラは自分が破った大穴を見る。
(派手に破って良かった・・・)
(ここまで軽々と飛んだのか・・・!?)
部屋の高さは3m程。この世界においては魔法で強化しない限り跳ぶ程度では上の階には行けない高さだ。
バキッ…!
サクラが分析している間、シンは次にすぐ後ろにあった扉を右の拳で破る様にして開けた。
中に入ったシンとサクラはここが会議室である事を確認してシンはサクラの方へ向く。
「サクラ、悪いんだが、ここで重要な書類とかを見つけてくれないか?」
「!分かった」
シンの言葉を聞いたサクラは何が言いたいのかすぐに理解してすぐに行動に移った。
今回の事件の、少なくとも証拠でなくともレンスターティア王国としての今後の対応を糸口となる何かを手に入れる必要があった。
シン達が上がったこの階は会議室だ。大きな机の上や本棚らしき棚には書類や巻物、本等が置かれていた。
何かあるはずだ。
そう考えた2人は漁る様にして証拠を探し始めた。
魔導艦のやや斜め後ろ7m更に上にて搬入口が開かれたフリューが飛んでいた。7mとは高さはあっても近いもの。だから、甲板上にいた兵士達はフリューの存在に警戒してその場に集まりだしていた。
その為、脱出したサクラと想定外の侵入者のシンよりも威圧感のあるフリューに警戒、と優先順位が変わったのだ。
ジリリリリリリリリ…!
フリューの船内ではランプが青になってベルが再びけたたましく鳴り始めた。搬入口の近くには4体のグーグスが待機していた。グーグスの腰には2本のワイヤーが繋がっていた。
「青を確認しました。降下します」
グーグスがそう言うと4体のグーグスが一斉に搬入口に向かって走り出した。
「お気を付けて!」
フリューがそう言った瞬間、ワイヤーが繋がったグーグスはもう既に飛び降り始めていた。
会議室の中、証拠となりそうな書類を軽く目を通して思うような書類でなければ後ろに放り投げたり、引き出しを引っ張り出して中身を床にぶちまける等をして引っ掻き回していた。
だが、結局それらしき書類は今シンの手元にある高級そうな羊皮紙の書類と豪奢に彩られた書簡だけだった。
「見つかったのはこの羊皮紙の書類と書簡か・・・」
「うん、それ以外の物はほとんどこの船の詳細な構造の事だけだった・・・」
その時、兵士の声と疎らな金属音が混じった音が聞こえた。だが、その音はこちらに近付いてきていなかった。
おまけにブォォォォンという虫の羽音とは違う大きな何かの羽音もしていた。
(そう言えば何だ、この音・・・上?)
証拠集めに気に取られて気が付かなかったサクラは上から聞こえてくる音を辿って改めてシンが開けた上の大穴を見た。
「!?」
サクラの目に映ったのは穴の半分を占めて現れた翼を大きく広げた何かは羽音を鳴らしていた。サクラは今いる自分の位置から考えてその何かは後方に飛んでいる事が分かった。
シンも同じく上の大穴を見ていた。フリューが来た事を確認したシンは目を鋭く光らせた。
「(来たか)サクラ、来て!」
シンがそう言ってサクラの手を取ってまた抱き寄せた。
「サクラ悪いがそれを持ってくれ。可能なら魔法で」
「分かった」
シンはサクラに例の証拠品を押し付ける様に手渡した。
サクラは流されるままに受け取り糸の魔法で自分自身の体に巻き付け自身の魔法が出せる事も確認した。そして、シンの方へ抱き寄せる様に再び掴まり更にシンと密着する様に糸で巻き付けた。
ダンッ!
シンはサクラが掴まっている事を確認するともう一度大穴に向かって跳んだ。
「また!?」
サクラは驚きながらそう言ってシンと共に一番上に着地した。その場所は船長室の中を通り越して船長室の屋根に当たる所に乗っていた。丁度その時、黒い影が2人を覆い被さる様に差し掛かった。
その事に気が付いたシンとサクラはもう一度上を仰いだ。
「何だ・・・?・・・人?」
シンとサクラの目には4人の誰かが縄を利用して空中で宙吊りになっていた。よく観察すれば2人組になって二手に分かれていた。
「(そろそろか・・・)サクラ」
シンはサクラの方へ向く。
「な、何だ?」
今起きている事に整理が付かず、ややどもり気味に返事をするサクラ。
「何があっても俺から離れるような事はするなよ」
「あ、ああ、分かったよ・・・」
シンはサクラの返事を聞いて、自分の背中を今進んでいる方向を背にしてズボンの裾からBBPによってできた触手を覗かせ床に広げてピッタリと吸盤の様にしっかりと張り付いた。
サクラはこの時こう思った。
あの4人はこのまま今いる場所に降り立って、サクラを縄に結び付けてこのままあの大きな何かに引き上げられるのだろう、と。
だが、次のグーグスの行動でサクラの考えを大きく裏切った。