148.突入
ビュオオォォォォォォォォ!
風を切り、目が開けられない位の風量が起きる程の速度で降下するシンとリーチェリカ。
「「・・・・・」」
お互い頷き合い体の向きを変えてそのまま降下してシンはサクラが乗っている魔導艦へ、リーチェリカはその魔導艦の左翼側の魔導艦へ乗り込んだ。
ドドォォッ!
いや、400m程から降りて乗り込むから突入と言ってもいいだろう。
船長室や会議室がある船の後方で落ちた衝撃により船の床が破れて大きな穴が出来ていた。
ほんの1分程前の事。
壁へと追いやられる様な形でサクラを取り囲んでいる中、カイトとの技の繰り出し合いをしていた。
その隙にサクラを取り押さえようと考えて、幾人かの兵士を差し向けたのだがあっと言う間にノックダウンさせられて兵士達は思う様に前に出せずにいた。今できる事は精々サクラが逃げない様に取り囲んで見張っている事位しかできなかった。
「フッ・・・!」
ヒュ…!
掛け声と共に重い拳を繰り出すカイト。
パシッ!
その重い拳を手で払い手首を掴もうとするサクラ。
ブンッ!
カイトは掴ませない様に横に薙ぐようにしてサクラの手を振り払い拳を引っ込ませて、代わりに
左ストレートをサクラの頭部を狙った。
ビュォッ!
サクラはその左ストレートを最低限の動きで避けてカイトの両腕のどちらかを掴もうと前に出る。
チリッ…
カイトは掴ませない様に一歩後ろに引いて体勢を立て直す。
キュッ…
その様子を見たサクラは改めて様子を見ようと考えサクラも体勢を立て直して構え直した。
「フ~…」
呼吸を整えて双眸をカイトしっかり焼き付ける様にして観察し、魔法が使えない今どう動こうかと熟考する。
(やはりワタシの何の技を出すのかを予め把握している様だ。でなければあんな風に予めに構えたりする事等できない・・・!)
サクラはカイトが発動している魔法の特性や効果を考えている間にもカイトも呼吸を整えてサクラが繰り出す技の攻略に熟考していた。
「ハ~ッ…」
(マジかよ・・・。マインドリードを使って攻撃を避ける事が出来ても、こっちの攻撃を防ぐか躱す事が出来るのかよ・・・)
小さな脂汗を掻くカイトは軽く握っていた拳を少し強めに握る。
(悔しいけど、このまま長期戦をすれば確実にマインドリードの特性がバレて時間稼ぎにもならなくなる。一気に勝負をつけるよりも別の時間稼ぎに移るしかないか・・・)
カイトはそう考えた時、リンゼの名前を口にする。
「リンゼ!」
その事に気が付いたサクラはすぐにもう一歩後ろに下がり、兵士と兵士の間をすり抜けてリンゼが迫った時だった。
ドォォッ!
「「「!?」」」
部屋の天井から木片や何かしらの物資の破片が落ちて来ていた。いや、それ以前に何かが降ってきて今は埃や木片の煙のせいでほとんど見えなかった。
唯一分かるのは煙の奥に人影が浮かび上がっている事だけはよく分かる。
「「「・・・・・・・」」」
この場に居る全員が今落ちて来た何かに対して警戒していた。
今この場で誰一人として予想しなかっただけに今目の前の人影が自分の味方だと思う者はいなかった。
ガレオン船の構造はある程度は知っていた。だから船長室や会議室を狙って上から突入したのだ。
敵の頭を潰すのは当然の事と言えば当然の事だ。今回のサクラ救出作戦は強襲的で電撃戦と言われてもおかしくなかった。
落ちてきた煙のど真ん中に位置するシンは自分が来た上の方を見る。
(案外脆かったな・・・)
帆船の移動装置であるマストの表面をBBPで鋭い爪に変えて引っ掻きながら落下スピードを落として着地しようとしたのだが、十分に落とし切れずそのまま突き抜けてしまった。
またガレオン船に使われている木材は丈夫なものでタール等が塗られて丈夫になっているはずだから、そのまま突き抜ける事は無いだろうと踏んでいたのだが、予想とは少し違っていた。
(まぁ、船底まで突き抜ける事は無いだけマシか・・・)
シンの視線の先にはフリューの姿はもうなかった。
今のフリューはシンとリーチェリカが乗り込んだ魔導艦以外の魔導艦を確実に撃墜し、目撃者である乗組員全員を消す為に移動を開始していた。
(フリューの攻撃までもう間もなくか・・・)
ブゥォォォォォォォォォォ…
虫の羽音とはまた違う音に思わず耳を澄まし、音のする方へ見る乗組員の兵士達。甲板以外の場所にいた兵士達も徐々に大きくなっていくこの音に「気になる」から「警戒」に移り変わっていた。
元から甲板にいた者も甲板まで来た者も共通して視線の先が魔導艦の右翼側の入道雲の方へ見る。
目を凝らして見ると雲の中に大きな黒い影が見えて来て兵士達全員が警戒に切り替わり弓矢等の投擲武器を構え始める。
そうやって警戒していると雲の中から大きな黒い影の正体を現した。
ボゥ…!
ブォォォォォォ…!
雲を突き抜けて現れたのは今自分達が乗っている船よりも更に大きい何か。
70m近くもあるその巨体に羽音を鳴らす翼の中には何かが目にも留まらぬ速さで高速回転していた。その翼の脇には黒い棒の様な何かの先がこちらの方へ向けていた。
今自分達が乗っている魔導艦との距離は150m位。
かなり近い。
だから、隣にいたサクラが乗っていた魔導艦とリーチェリカが乗り込んだ魔導艦はすぐにスピードを上げて距離と大きく開けて何かの黒い棒の魔法による攻撃の二次被害を受けない様にした。
「!?」
「何だありゃ・・・」
「総員戦闘準備!」
巨体の威圧に数拍空けてから声を漏らす者や命令を下す者の声が飛び交い始めていた。スピードは上げる事も落とす事もせず、そのまま臨戦態勢に入ろうとしていた。
だが、ここで戦闘準備に取り掛かってももう手遅れだった。
ダォォォンッ…!
けたたましく響く同時に発射された1発の砲撃の音。その音が鳴った瞬間、
グバァッ…!
魔導艦は一気に炎上した。
マストは大破し、船の側面は内部が完全に見える程にまで穴が開き、全体の8割が燃えていた。
おまけに乗組員のほとんどは砲撃によって息絶えており、生き残っている者は右往左往としてどうする事も出来なかった。
距離を開けていたから別の魔導艦が被害を受ける事は無かった。
そして・・・
ドッオオオォォォォォン…!
魔導艦の中に何か引火性のある物にでも燃えたのか爆発した。これにより完全に飛行能力を失った魔導艦はそのまま真っ逆様に地面に叩きつけられるまで燃えて落ちていった。
ブォォォォォォ…!
フリューは完全に撃墜して生き残りが居なさそうである事を確認してそのまま上昇を始めた。
外ではけたたましい羽音や大きな爆音が鳴っている中、サクラが乗っている魔導艦内では人影の正体を明らかになるまで警戒していてとても外の騒ぎに気にかける余裕等なかった。煙が晴れて人影の正体が明らかになった時、正体をよく知っている者であれば思わず大きな声で叫ばすにはいられない。
それはサクラも例外ではなく思わず、シンの名前を口にした。
「シンっ!」
シンはサクラの声に気が付き、声がする方へ向く。
「サクラか!?」
シンは確かにサクラを救出する為にここまで来たのだが、サクラはもっと別の倉庫や檻のような所に監禁されて手錠等で拘束されているだろうと考えていた。
だから、サクラがこの場にいてシンが想像していた事とは、ほぼ逆の状況である事に意外で驚き、大きな声でサクラの名前を口にしてしまったのだ。
「・・・・・あれ?何でお前・・・捕まっているんじゃ・・・」
シンがキョトンとした顔でそう尋ねるとサクラは毅然とした態度で答える。
「脱出している最中だ!それよりも脱出の算段はあるのか?」
サクラが大人しくしているわけないか、と考えたシンは小さな溜息しつつ答える。
「ああ、それは大丈夫だ、すぐにでもなんとかなる。ただ・・・」
「何だ?」
何故すぐに脱出しないのか、と言わんばかりに訊ねるサクラ。
「俺はこの場に居る連中を確実に口封じしなければならない」
「何?」
サクラがそう答えた瞬間の事だった。
「っ!」
「ぅ!」
ザンッ…!
何か風が切った様なものを感じた兵士達。
カイトとリンゼはシンからの僅かな殺気に勘づいて素早く床に伏せた。
傍から見れば大袈裟で中々に恥ずかしい行為だ。
だが、2人の判断は決して間違っていなかった。
ズル…
「え?」
隣にいた兵士の上半身がいきなりズレ始めた事に気が付いた兵士が思わず声を漏らす。そしてその兵士もそのまた隣の兵士・・・どころか風を切った事を感じた兵士達全員が体がズレ始めその切れ目から血が迸る。
ブッシュー…!
ガシャガシャガシャ…!
血飛沫を上げて床に倒れ次第に赤い水溜りを作り上げる。
部屋の中にいた兵士達が一気に動かない屍になっている時、サクラの瞳にはあるものが映った。
(黒い刀剣・・・?)
シンの右手には黒い刀剣が握られていた。しかも、その刀剣の刀身から赤い血は一滴程落ちている事を見ればほぼ間違いなくそれで切ったのは間違いなかった。
(微かにしか見えなかった・・・!)
サクラの目には微かにしか見えない長くて複雑な軌道を描いていた何か。
長くて複雑でそして何よりもあまりにも速すぎたのだ。それ故にシンとサクラを取り囲んでいた兵士達は上半身と下半身との別れが告げられたのだ。
だが、カイトとリンゼは床に伏せていた為シンの斬撃は避ける事ができ、徐に立ち上がる。
「マジかよ・・・」
「・・・・・」
信じられないような顔をしてシンを見る2人は強い警戒心を持って構え始める。リンゼに至っては持っていたショートボウを構え始める。シンは2人が自分の繰り出した斬撃を避けた事を見てシンは兵士達よりも警戒を強めた。
サクラはリンゼがショートボウを構え始めた事にシンに進言する。
「シン、気を付けろ。その女相手の魔法を使えなくさせる魔法と体を麻痺させる魔法を使う!」
サクラがそう忠告をした時の事だった。
ドズッ!
何か鈍い音が聞こえた。
その鈍い音の正体はシンがリンゼの腹部にBBPの刀が深々と刺し貫いていた。
「グブッ・・・!」
「リンゼェ――!!!」
腹と腰辺りに激しい痛みを覚え、口から夥しい血を吐き出し、徐々に全身の力が無くなって膝から崩れ倒れていくリンゼ。
相棒として組んでいただけあってリンゼが膝から落ちていく瞬間を目の当たりにしただけに今までにない声量を出してリンゼの名前を口にするカイト。
「!?」
まただ。
そう言わんばかりの顔をするサクラ。
だが、そんな顔をするのも無理はない。実際目にも留まらぬ速さでリンゼの目の前まで迫って腹部を刺したのだ。先程のBBPの刀の異様なリーチの長さと複雑な軌道にあり得ない速さと同じような目でシンを見ていた。
シンはサクラの方へ向き、
「大丈夫だ」
と安心させるように声を掛けた。
だが、サクラにはそんな安心させる様な声には聞こえず、背筋に冷気を感じた。