13.待ち遠しい
探索を行ったその日の晩。帰り道にイノシシと遭遇した。イノシシとの距離はおよそ5m程。
「ブギ―ッ!」
人間を警戒してからなのか威嚇する様に大きく鳴く。しかし、シンは冷めた瞳をイノシシの方へ向く。
ザシュッ…!
ズルリ…ボトッ…
「「「・・・・・・・・・・・」」」
ほんの一瞬の出来事だった。皆の目にはシンの右手が急に刀の形になる。シンはそこから動くことなく、右手が一瞬見えなくなった。すると、何か切った様な音が聞こえイノシシの頭がズレてそのまま落ちた。
「シン兄、これって・・・」
ナーモがそう声を掛けようシンの顔を覗こうとした。同時にさっきの出来事については間違いなくシンだろうとエリー達もシンの顔を見た。
「「「っ・・・・・・・!!!」」」
いきなり恐ろしく冷たい井戸水を全身に浴びせられたような悪寒が全身に走る。何故みんなはそんな事になったのか。皆はシンに訊ねようと顔を見た。その時シンの目を見た。
初めて出会った時、シンの目は日本人特有の黒い瞳ではあったが珍しいだけでそれ程怖いとは思わなかった。だが、今は違う。
入ってはならない森。
死を連想する洞穴。
覗いてはならない水の底。
様々ではあるがここに居る皆が連想したのは恐怖だった。シンの目は暗く吸い込まれてしまえば二度と戻る事が出来ない様な黒さに見えた。
皆が恐怖で思わず黙っていたがシンはそんな皆の様子に気が付いていないのか、お構いなしなのか、右手を元の手に戻し、食料となったイノシシを「収納スペース」に入れた。シンは皆の方へ向く。皆はビクッと全身を震わせる。
「どうかしたのか?」
そんな皆の様子に何かあったのかと素直に尋ねる。シンの顔を見た皆。そこにいたのはいつも通りのシン。目を見ても怖くない。
さっきのは一体何だったのか。
唖然とする皆の代表するかの様にシーナが答える。
「何でもないよ」
「?そうか、行こう」
シンはいつもとは違う様子の皆を見て、イノシシに対する恐怖の事かと思い、深く考える事も無く、そのまま戻った。
洞窟へ戻ると昼食で使った皿や鍋等を洞窟の奥にある地底湖で洗い、イノシシはシンプルに丸焼きにした。
丸焼きにする時、まず湯で洗いながら、ナイフできれいに毛を剃り上げる。
次に焼く前にイノシシの内臓は取り出す必要がある。肛門の周りに切り込みをいれ、内臓を体から剥がしておく。血を抜くために切った喉の切り口から食道を見つけ、体内から剥がし、口につながる部分を切る。仰向けにしてお腹を切り、内臓を取り出す。この時、内臓に傷が付くと汚物が出てしまい、肉を汚してしまうため用心深く切りとる。
シンは丁寧に取り出した内臓を各部分ごとに分け、腸は上手に剥がして1本の紐状にする。
本来なら汚物を搾り出し、中に水を何度も通してきれいにする。
そうすれば内蔵は一つも無駄にしない。捨てるところ無く、全て料理に使える。
だが、イノシシの内臓で使える料理と言うものはあまり知らなかった為、取敢えず「収納スペース」に入れた。
腹に水を入れ体内を洗い、豚のお尻の方を下にして、洗った水をお尻に開けた穴から流し出す。木の棒をお尻から刺し、口に通す。
最後に「ショップ」で塩と胡椒を買い、腹の中に入れて、お腹を紐で縫って、元の姿により近い姿に戻す。丈夫な紐で前足は折り曲げて縛り、後足は木の棒に伸ばして縛り付ける。
後は満遍なく火が通るように棒を回す。この場面であれば某狩りゲームでもお馴染みの光景だろう。
焼き上がったシシ肉を切り分け、更に上から塩コショウを振っていく。すると、ナーモが何故か驚いていた。
「シン兄、何でこんなものが?」
「こんな物っテ?」
何に驚いていたのかさっぱり分からないシンはそう尋ねるとナーモは勢いよく指した
「これだよ、これ!」
ナーモが指した先にあったのは胡椒だった。
「こ、胡椒がどうかしたのカ?」
そう答えると更に驚愕した顔になるナーモ。
「やっぱり胡椒か!これ、貴族にしか手に入らないようなもんだぞ!」
聞けばこの世界の胡椒はとんでもなく値が張るものだそうだ。
シンは恐る恐るナーモに聞いてみる。
「・・・胡椒の値段、シシ肉で例えたらどの位?」
シンは指した胡椒の小瓶で今目の前にあるシシ肉でどのくらいするのかを訊ねてみた。するとナーモは引きつった顔で答える。
「シシ肉5頭売っても足りるかどうか・・・」
「・・・・・」
シンは絶句していた。それもそのはず。シンの世界ではイノシシ1頭の値段がおおよそ10万円。つまり、この世界の胡椒は50万円出しても足りるかどうか怪しいのだ。
驚くべき事はまだ他にもあった。
「それに塩もそうだ!」
「し、塩モ?」
「海の近くじゃないと中々手に入らないから貴重なんだよ」
「そ、そうカ・・・」
たかが、塩と胡椒でここまで驚く事になるとは思ってもみなかった。
(そう言えば、カレーにもスパイスが使われているんだったよな・・・)
シンは市販のカレーのルーにはカレー粉が使われている事が多い。カレー粉にはオールスパイス、コリアンダー、カルダモン等、その他諸々のスパイスが使われている。しかもオールスパイスは、中世ヨーロッパの人が珍重したブラックペパー、ナツメグ、シナモン、クローブの中で、ブラックペパーを除く3種のスパイスの香りを持つ。この事からこの名がつけられた程ナツメグ、シナモン、クローブは貴重だ。
そんな貴重なスパイスをふんだんに使ったカレーをナーモ達に食べさせたのだ。
(混乱を招く可能性があるから黙っておこう・・・)
大きなカルチャーショックを食らい、カレーの材料の事を黙っておこうと決めたシンはある事に気が付いた。
ナーモが言うには運搬技術がそれほど発達していないか野生動物に襲われてしまうからか塩と胡椒が手に入りにくく値段が高い。
という事は、ここは海より遠い内陸に当たる土地という事になる。シンは切り分けたシシ肉を手渡しながらナーモに聞いてみた。
「ナーモ、ここはどこに当たるんダ?」
「・・・ここがどこかって事?」
「あア」
「・・・・・・・・」
その事を聞いた途端ナーモは顔を曇らせた。
「どうかしたのカ?」
ナーモは不安と申し訳なさそうに
「・・・ごめん、シン兄。俺らもここはどこなのか全然検討が付かないんだ・・・」
「・・・そうカ」
シンは「何故」とは聞かなかった。よく考えてみればナーモ達は奴隷商人たちの護送用の馬車の中に居たのだから。唯一外界が見えるのはあのはめ殺しの窓だけ。ナーモ達は鎖につながれて外の様子なんて分からなかったのだから。おまけにここはどこかも分からない土地。これから先どうすれば良いのか分からないという不安が膨れてきたのだ。シンはその事を察し、それ以上何言わずシシ肉を切り分け続けた。
シシ肉を切り分け終えたシンは皆を呼び
「いただきまス」
シンが挨拶をする。
「「「いただきます」」」
号令に答えるかのように皆が挨拶をする。もはや、恒例行事になりつつあった。
切り分けたシシ肉に跳びかかる様に一斉に手に取る。皆が夕食のシシ肉を美味そうに齧り付く。
「・・・・・」
シシ肉を頬張りながら皆の様子を見る。すると、ある事に気が付く。
「あ、ナーモ胡椒使い過ぎ!」
「もうちょっとだけだって!」
「それのどこがちょっとなんだよ!」
ナーモとシーナ、ニックは塩と胡椒をたくさん振りかけ、若干奪い合いになっていた。それに比べエリーとククとココは最初に振りかけた分で満足して食べていた。
「・・・♡」
「おいしーね」
「あっち、うるさい」
そんな3人の様子にシンは冷静に分析していた。
(多分、内陸部と沿岸部との違いか・・・)
シンは皆が食べている様子を見てそれぞれの出身地が違うのではないかと考えた。これは、日常生活に塩と胡椒があるか無いかによるものではないかと考えていた。ナーモとシーナ、ニックは塩と胡椒がない内陸部出身で、エリーとククとココは運搬路がある海のある土地の出身ではないかと考えたのだ。
(これを知ろうにも、ナーモの時の事を考えれば無駄、か・・・)
上手く聞き出しさえすれば皆の出身地は分かるかもしれない。しかし、ここに居る皆の境遇の事を考えればナーモの時の様に全員はここがどこなのか分からないだろう。
(それに地図も無いしな・・・)
シンはこの世界に来て間が経っていない。彼らに出身地を聞いてもどうにかできるわけがない。それにいつまでもここにいるわけにはいかないが、当てもなく旅立っても自分はともかく皆が野垂れ死んでしまう可能性が高い。そのためには、地図が無ければ正確な場所が分からない。
だが、周りには人の村や町らしき物は見えない。行商人が行き来できるような道も見当たらない。
(やっぱり、もう暫くはここに居るしかない、かな)
どうしたものかと夜空を見上げた。月が綺麗で、ある程度周りが分かるぐらいに明るかった。
「月・・・か」
何気なく呟くシン。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
月を見てハッと閃いた。
(そうだ!)
「自動開発」を開く。
「自動開発」は最大で10まで、自分が望んでいる物を開発或いは改造することができる。今ある魔力9割を使ってあるものを開発しようと考えた。
するとシンの目の前には「これを開発しますか? YES NO」という表示が出てきた。
シンは何の躊躇いも無く「YES」を選択した。
「完成するまで約1週間程もかかるのか・・・」
シンの言うあれは巨大なものだった。だが、うまくいけば今後たった一人でも何の問題もなく生活していける程のものだった。とは言え
「9割はさすがに痛いな・・・」
シシ肉はまだ残っており、明日の朝食は問題ないがそれ以降の食料は野生動物を狩るか、魔力を持った生物から搾取し、「ショップ」で手に入れるかになってくる。
「そういえば、朝開発した「アレ」ができているんだよな・・・」
シンの言うあれは皆がまだ起きていない早朝の事。水は洞窟の湖から汲み沸騰させて飲み、食料は野生動物を狩るか「ショップ」で手に入れるかだ。このまま今の生活を続けていく気はない。そこで、生活レベルを上げるためにあるものを開発に移った。シンは「自動開発」を表示させ朝開発したあるものを見る
「明日が楽しみだな・・・」
心の中はワクワクしている。
そして、今度はさっき開発にかかったあるものへと目を移りかえる。
「これでうまくいけばこの世界最大で俺だけのサポート体制ができる」
シンは薄く笑みを浮かべていた。
この話は今年最後の投稿になります。しばらくの間は今まで投稿してきた話の文章や誤字脱字、読みにくい部分、前書き後書きを書き直す等、修正していきます。ですので、話の内容でこれは改善してほしい部分がございましたらご連絡ください。