146.展開
フォォォォォォォォォ…
風を切り、堂々とした船体で大空を我が物顔で飛んでいたのはどこの国に属しているのか分からない魔導艦だった。
カチャカチャカチャ…
金属と金属が擦り合わせた特有の音が激しく鳴らしていた。
そんな船内はフルプレートアーマーで武装した騎士の様な兵士達が慌しく動いていた。
そんな慌しい船内で唯一ほとんど動かずにドアの傍に立っている2人の兵士達がいた。どうやらそのドアの先の部屋を見張っている様だ。
「・・・・・」
ジャラ…
部屋には古びた椅子に座るサクラがいた。両手首には何かの魔法の呪文のような文字が掛かれた金属製の手枷がはめられていた。重々しい鎖の音を微かに鳴らしてジッと自分の手を動かして確認していた。
(だいぶ体の痺れが無くなってきたようね)
そう考えていると外にいる見張りの兵士達の会話が耳に入る。
「随分可愛い娘だったな」
気軽に声を掛ける男の声。
「ああ。けど、勿体ないよな。あの娘を実験用に解剖するとかってさ」
少し残念そうに言う男は小さな溜息をつく。それを聞いたサクラは目を細めた。
「じゃあさ、思い切って味見してみねぇか?今なら手枷があるんだしさ」
それに対して気軽な男は冗談交じりに笑う。
「やめとけやめとけ、噛まれてしまうのがオチだろ」
手を軽く振って呆れた様子で止める様に言う男。
「・・・それもそうか。あ~クソ、女欲しいな~」
気軽そうな男は軽く溜息を吐いてつまらなそうに言う。
「お前そんなんだから、別れたんだろうが・・・」
眉間に皺を寄せて呆れる。どうやら気軽そうな男は女癖が悪い様だ。
外にいた兵士達の言葉を聞いたサクラは冷静に何故自分が連れてこられる事になったのかについて鋭く目を細める。
(なるほど、ワタシは何かの実験用に捕まえたという事か・・・)
サクラはもう一度手を強く握って広げる。痺れが完全に切れたかどうかについて最終確認したのだ。
(もう痺れもなくなったようだし、ここらで動くか・・・)
そう考えたサクラは両手の親指の関節を外した。
グリッ…!
移動しながら「収納スペース」を開き、中から普段被っているワークキャップを取り出して被り直すシン。
すると、アカツキから連絡が入る。
「ボス、問題なく見えるぜ」
「了解」
シンはそう答えつつ上着とワイシャツを脱いで黒い半袖のシャツになる。上着とワイシャツは「収納スペース」へ放り込んだ。
「ボスさっき気が付いたんだが、あの魔導艦、明らかに人が少ない場所を選んで飛んでいやがる」
その言葉を聞いたシンは目を細める。
「という事は、この事を知られたら困る、という事か・・・」
まるで考え込む様に数秒程間を置いてから答えるアカツキ。
「例えば・・・魔導艦が侵入された国とか無断で魔導艦を使用した・・・とかか?」
「ギルドって線もあるんじゃないか?」
ギルドと言う単語聞くと連想するのはヨルグのギルド長、アウグレントによる洗脳絡みの事件。もし今回の事でもアウグレント絡みであればギルドは本格的に洗脳の事に動く事になる。アウグレント側の人間にとってはかなり痛手になる可能性もある。
「ギルド・・・かぁ。また?」
少し呆れた様に答えるアカツキ。シンは何も答えずに少し考えていた。
だが、今はサクラの方が優先だ。だからアカツキはシンに現実に引き戻す様に助言する。
「まぁ、何にせよ裏をかいて人通りの少ない所を選んでいけばいいじゃないのか?」
「だが、人気のない場所って多いんじゃないのか?」
確かに人気のある場所というのは思いの外多い。ましてや空飛ぶ船というかなり目立つ代物をに乗っている。一目が少ない場所でもかなり騒ぎになるだろう。
だが、アカツキはそれを否定した。
「いや、少なくともこの15km圏内なら村か農家が多いが山も多いんだ。だから人気のある所からは見えなくなるから人気のない所はかなり限られている。その事を踏まえればかなり複雑なコースになる。」
「ああ、なるほど。そう考えれば複雑なコースに沿って進むとすれば、あまりスピードを出すわけにはいかなくなるか・・・」
「そう言う事だ」
確かに15km圏内では村や大きな農家があった。だが、村や農家の近くには山があるから地上から魔導艦は見えない場所が多いのだ。つまりそう言ったコースを選んで飛べば人目に付く事も無く進む事が可能という事だ。だが、そう言った複雑なコースを選んでいるせいでスピードが出せないでいたのだ。
(待てよ、そのコースを選んでいるという事は前もって下調べをしているという事か?)
地上にいる人間から見られても問題ないように飛ぶには現地調査をする必要がある。それもコース自体が長ければ人でも多くいるし時間もかかる。という事は組織的でかなり前から下調べをしている事になり、前から計画していたという事になる。
シンがそこまで考えていた時
ブォォォォォォ…
フリューのエンジン音が聞こえた。
「それからフリューが現地に到達した。もう間もなく戦闘を開始するだろう。一方的になるかもしれねぇがな」
「そうだな」
シンがそう言った時、丁度霧から抜け出て平原まで辿り着く事に成功した。
「ボス、上空からアンタの姿を確認する事が出来たぜ」
アカツキがシンを確認出ているという事は間違いなく霧を出ている様だ。アカツキはどこか安堵したような声でそう言った。
「ああ。今、丁度フリューが見える」
シンはそう言って少し遠い光景を眺めた。
ブォォォォ…
上から聞こえる異様で巨大な羽音。その音を頼りに音の正体を見ようとするのは当然の事。だから当然の事であるから音の正体が気になって上を見上げて
「何だあれは?」
と声を漏らしてしまうのはほぼ間違いなかった。だが、それは視認できた者しか言わない言葉だ。
霧の中に居る者達は視認できず、唯々警戒してその場から動こうとしなかった。
だが、それは非常に好都合だった。
何故ならその姿を見た者は少なくとも口封じしなくてはならなかったからだ。
「航路安定、砲塔全体問題無し、装置並びに各砲弾問題無し、射角問題無し、予想着弾地点約600、照準正常、準備よーし、用意用意用意・・・」
言わずもがな飛んでいたのはフリューだ。
フリューは2つの勢力の間に入り込む様にして飛んで、翼の両脇には3m程の砲塔が1門ずつ飛び出ており、砲塔の先がそれぞれの敵勢力の方へ向けていた。砲塔の先が安定して照準が決まる。
「発射!」
発射合図だった。
ダォォォンッ…!
けたたましく響く同時に発射された2発の砲撃の音。
カチャン…
機内で響く大きな装填音。
ガコン…
装填された時の特有の音。
ガン・ガラガラ…
排出された巨大な排莢が床に落ちて転がっていく金属音。
2門の155mm榴弾砲。
フリューに備え付けられた数少ない搭乗兵器だ。使用しているのは拡散式焼夷弾だ。これは砲弾を発射と同時に散弾銃の様に広範囲に小弾をばら撒き、着弾した箇所が燃え上がるという特殊な焼夷弾だった。
ヒュウルゥゥゥゥゥゥゥゥ…
「「「!?」」」
狼狽える敵勢力は聞き覚えの無い音に耳を澄ませて思わず見上げた。
その瞬間の事だった。
ドドドォォォン…!
はっきり言えば敵勢力側は何が起きのか分からないまま死んでしまった。
それは無理もない事だ。何故なら拡散された赤く光る子弾が着弾と同時に敵勢力を一網打尽する様に一気に壊滅できたからだ。
ゴォォォォォォォォ…!
この砲弾、「ブレンドウォーズ」からあるオリジナルの砲弾で、集団で攻め込んでくる敵を一網打尽する為に開発されており、戦車用の砲弾や榴弾として使用している。
使用方法はさっきの様に砲塔を敵の方へ向けて発射して、着弾地点を野焼きにするのだ。
「着弾確認、続けて発射する」
ダォォォンッ…!
ドドドォォォン…!
続けてもう一発。
ダォォォンッ…!
ドドドォォォン…!
合計4発撃って、敵勢力を完全に撃滅に追い込んだ。その証拠に着弾地点には広範囲に燃え上がっていた。
例え生き残っていたとしても味方はほとんどいないし、屋敷にいる共生派の貴族の実力の事を考えれば戦闘継続する事は出来ないだろう。
その様子を眺めていたシンは小さな溜息をついた。
「いつ見ても恐ろしいな」
言葉の本来の意味とは裏腹に感心そうな口調でそう言うアカツキ。
「ああ、あれには苦しめられた事が結構あったからな。まぁ、あの時は使い方が間違っていたけど」
シンは少し遠い目で昔の事を思い出した様に答えるシン。実際「ブレンドウォーズ」でもその兵器は登場してシンはその兵器を阻止する為に戦闘に参加した事があった。その時は敵に向けて撃っていたのだが、かなり至近距離にだった為、効果が十分に発揮できていなかった。
ゴォォォォォォ…!
今回は十分すぎる位に発揮できており、シンの目の前には燃え広がっていた。
そんな光景を数秒程見ているとフリューから通信が入った。
「敵勢力排除完了。これよりボスを搭乗させる」
その言葉を聞いていたアカツキは補足を入れる。
「ボス、フリューの言う通り敵影なし、撃滅・・・と言うより殲滅に成功した様だ」
その言葉を聞いたシンは頷いた。どうやら、人っ子一人生き残っている者はいない様だ。
「俺の位置はアカツキから座標の情報を送るから」
「了解、その近くまで向かう」
その返答から察すればアカツキから通信で位置が伝わった様だ。
「ああ」
シンがそう答えると一旦通信は終了した。その時、シンは不意に霧の方へ見るとある事に気が付いて目を大きくした。
「拙いな、霧が晴れ始めてきたぞ!」
魔法の効果が切れ始めたのか徐々に屋敷周辺に纏っていた霧が動き始めていた。このままでは屋敷にいる共生派の貴族連中やマーディス一家にフリューの存在が知られてしまう。
そうなれば少なくともシンの正体への糸口となる手がかりを残してしまう事になる。
シンはギリッと奥歯を噛み締めて少し焦り始める。
丁度その時フリューから通信が入る。
「ボス、乗って下さい!」
シンは視線をフリューの方へ向けると300m先で速度を落とし、ホバリング気味にシンの方へ向かっていた。よく見れば尾翼側にある大きな荷物を運ぶ為の搬入口が大きく開いていた。どうやらここから乗れという事らしい。
「ああ、合図するから全速力で飛び立ってくれ!」
「了解!」
シンは乗った後の事を説明する。フリューは何の疑問を持つ事も無く返事をした。
迫ってくるフリューの巨体にシンは臆する事無く乗るタイミングを見計らっていた。
「・・・・・・・・」
フリューが大きな間を空けてすれ違う様にして通り過ぎようとした瞬間、シンは左手を翳して走り出した。
「・・・!」
ヒュッ!
ガシッ!
シンの目が鋭く光った時、翳していた左腕全体がまるでイカが獲物を捕らえる様に、信じられない速さで3m程触手の様に伸ばして搬入口の近くにある手すりを掴んだ。
タッ…!
シンはそのまま跳んで左腕を一気に縮めた。
ギュンッ…!
カンカン…
上手く搬入口に着地して金属で出てきた床の上に乗った時の独特の音が鳴った。
その搬入口に入った事を確認したシンは
「今だ!」
と合図する。
「はいっ!」
フリューは返事をして速度を一気に上げて搬入口を閉じ始める。中ではグーグスが排莢を片付けていた。
そっと外を見ると600m上空の下サクラの屋敷の屋根が見え始めていた。このペースで行けばものの1分も経たずに霧が晴れ切るだろう。つまりタイミングが遅ければ確実に誰か一人はフリューの存在に気が付いていただろう。本当にギリギリのタイミングだった。
シンはそのまま進んでこれからの事を言う。
「これよりサクラが乗っていると思しき魔導艦を追跡し強襲する。フリューはそのまま追いかけて奴より上を飛んでくれ。それで搬入口を開けて俺が飛び降りてサクラを確保する」
「その後はどうなさるので?」
目をきつく細めるシン。
「グーグスは魔導艦に乗り込む直前にもう後9人増やしてくれ。合図したら今度はワイヤーに繋がったグーグスが下りてくれ」
「畏まりました」
そう言って恭しく一礼する。
フリューは速度を上げて魔導艦の後を追いかけアカツキは引き続き監視していた。