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145.小さな驕りの代償

 どこかで驕っていたのだろう。

 シンは確かに強い。だが、その事に知らない周りからすれば守る必要がある時、守らなくてはと思ってしまう。

 それ故にマーディスは己を盾にして思わぬ被害を被ってしまった。


(くそっ・・・気が付いていた・・・!)


 シンは吸血族の男がシンの方へ向かって突っ込んでくる事は知っていた。だが、十分すぐに対処できる事だった。だがマーディスはシンの強さの事は漠然とだけしか知らない。傍から見れば不意打ちで攻撃してきて対処できない様に見える。だからなのかマーディスはシンを庇う様に不意打ちの刃が腹へと吸い込まれていった。


「っ・・・!」


 ボッ!


 不甲斐無さで怒りの目になるシンは右手を拳に変えて横薙ぎにした。吸血族の男の頭が宙に舞い赤い噴水が出来上がっていた。


 ドッ…!


 ブシュッ―――…!


 赤い噴水が出来ているにも拘らず、誰一人として今起きている事に見向きもしなかった。霧が出ているせいという事もあるが、四方八方からあらゆる音が聞こえてくる。


 金属と金属が勝ち合う音。


 あちこちでの爆発音。


 ぶつかる怒声。


 この事から明らかにこれが戦闘行為による音である事は間違えないようのないものだった。

 吸血族の男が襲ってきた事を踏まえれば、舞踏会に忍び込んだ至上派の吸血族が共生派と非正規戦を展開しているのは間違いなかった。

 シンの周りには誰もいない。というより右も左も分からない程の霧のせいで人が見えないから居たとしても頼る事は出来ないだろう。

 そのせいもあってか、誰もサクラが連れ去られようとしている事に気が付かなかった。

 シンは慌ててサクラの方へ見るが、もうそこには影も形も無かった。

 苦渋の顔をしたシンはマーディスの近くまで行き、しゃがんでマーディスの容態を見た。今ここで命の危険が無いサクラを追うよりも危機に晒されているマーディスの方を気に掛ける必要がある。


「マーディスさん・・・」


 穏やかで心配そうに尋ねるシン。だが、マーディスの容態は明らかに拙いものだった。

 指された箇所を手で覆うも、溢れ出てくる血液で服が滲み、次第に赤い水溜り場が出来てくる。おまけに口から血を吐き、呼吸が荒く、顔面蒼白の酷い脂汗を掻いていた。


「シン君・・・」


 そんな容態であるにも関わらずマーディスは何か喋ろうとシンの名前を呼ぶ。

 シンは急がなければと考え周りを見て、味方の共生派の貴族を連れてこようとマーディスにその事を素早く伝えた。


「マーディスさん、今誰かを呼びますので・・・」


 シンがそう言って立ち上がろうと時、マーディスはシンの襟元をガッと掴んで首を横に振る。


「マーディスさん・・・」


 顔は毅然と目は燃え上がる炎の様に力強かった。それを見たシンはどこか悲しそうな顔をして改めてしゃがみ直した。

 覚悟の目。

 この覚悟の目をしている時はシンは知っていた。

 死期の時。

 だから、マーディスは命の残り火を使ってシンに伝えなくてはならない事を伝えようとしていた。


「よく、聞いて・・・」


「・・・はい」


 シンは静かに力強く頷いた。


「私の事は・・・誰にも・・・言わないで、ください・・・」


 その言葉を聞いたシンは眉間に皺を寄せて目を細めた。


「・・・この事をご存知なのは、()()とレンスターティア陛下と身近の家族だけですか?」


 そう尋ねると首を小さく横に振ったマーディスは絶え絶えに近い声で答える。


「レーデ()・・・それからサクラ()には・・・」


 シンは静かに目を閉じて頷く。


「分かりました、決して誰にも言いません」


 その言葉を聞いたマーディスは安堵とシンを宥める様に穏やかな口調で話す。


「そう、ですか・・・。それからシン君、君のせいではありま・・・せん・・・それよりも・・・レーデ様を・・・サクラ様を・・・後を・・・」


 シンは眉間に皺を作りながら目を少し大きくした。

 そして、皺を作る事を止めて静かに目を閉じて頷き返す。


「はい」


 シンの真剣で今まで力強い返事を聞いたマーディスはフッと笑みを浮かべる。


「そう・・・そう、ですか・・・それは嬉しゅうございます・・・・・あのラズ酒・・・シャン茶割りは・・・美味かった・・・・・なぁ・・・お前もそ・・・う・・・」


 マーディスの声はそよ風に浚われていくように消えてしまった。真っ直ぐ白い闇に包まれた空を見るその目は遠くの光景の中で誰かを見つけた様などこか安心感を持っていた。


「・・・・・」


 シンは何も言わずマーディスにこれ以上白い闇を見せない様にと、そっと瞼を閉じさせて眠りにつかせた。マーディスは腹を刺されているにも関わらず、どこか安堵したような顔をしていた。

 ゆっくりとしゃがむ事を止めて仁王立ちになるシンは数秒程時間を置いた時、アカツキに連絡を入れる。


「アカツキ、サクラは・・・?」


「・・・恐らくだが、嬢ちゃんはどうやら例の魔導艦とやらに乗せられた可能性がある。今は霧の外に出ている」


 当然ではあるがアカツキは霧の中を見る事は出来ないからサクラがどこへ連れ去られて行ったのか等分かるはずがない。

 だが、シンが見た光景と魔導艦が再び動き出した事、霧の外に出ているタイミングの事を考えるとサクラはその魔導艦の中にいる可能性が非常に高い。


「そうか・・・」


 アカツキの言葉を聞いた途端、シンは目つきが一気に鋭くなり、明らかな殺気を醸し出していた。


「これより俺は屋敷内にいるある程度敵の戦力を削ぐ為に戦闘に入る。アカツキは魔導戦の追跡(マーク)を頼む」


 サクラをこのまま追うよりもこの場に居る敵の戦力を削ぐ事を優先したのには訳があった。

 現在の状況から鑑みるに予め舞踏会に潜入して、魔導艦の出現と同時に攪乱させてサクラを生きたまま確保して魔導艦に乗せる。その後、多方面からやって来る敵と合流して共生派の貴族を一気に叩く、というのが恐らく相手の作戦なのではないかと考えていた。

 もしこれがそうだとすればサクラを追っていってしまえばサクラの屋敷は陥落してマーディス一家も殺されてしまう。そうなれば救出してもサクラは今回の責任で何かしらの罰を受ける可能性があった。最悪の場合王族としての立場は失われてホームステイ案は確実に白紙になるだろう。

 だから、シンの考えているベストな解決法は今この屋敷にいる敵勢力を確実に潰してから救出する、という事なのだ。


「OKボス、ご武運を(グッドラック)


「ああ・・・」


 シンはそう言って着ていた上着とシャツを投げ捨てて、黒いシャツ一枚になる。そして、動作確認をする様に両手をグッパッと握って広げる。


「まずは・・・」


 シンはそう呟いて気配がする方へ向かった。





 かち合う金属同士の音と怒声の中、己の身や家族を守ろうとその場で動かずにいる共生派の貴族達。


「・・・・・!」


 キョロキョロと辺りを見回してどこから敵が来るのかを警戒しているのに対して、これから殺そうとする武装した2人の至上派の吸血族の男達の目には共生派の貴族の影が映り、剣を構える。


「「・・・・・」」


 何も言わずお互いに頷き合う2人の吸血族の男達は一気にその人影に詰め寄った。


「「・・・!」」


 確実に剣が入る。そう確信した2人の吸血族の男が笑みをこぼした瞬間の事だった。


 ドスッ


 いつの間にか自分の後頭部が何者かに手で掴まれている感覚と同時に自分の額から黒い角が生えていた。


「ぇ?」


「ぁ・・・」


 何故そうなったのか分からず間の抜けた声を漏らす2人。


 ズッ…


 その音と共にその黒い角は引っ込み膝から崩れ落ちる様に倒れる2人。


 ドゥッ…


 ドサッ…


 地面に顔を付けた時目の前が徐々に暗くなり出してきていた。しかも、地面には赤い水溜りが徐々に大きくなっていき、自分の目の前には第三者の足が見えた。


「・・・・・」


 上を見上げるとそこに居たのはシンだった。だが、シンはその2人に見向きもせずに辺りを窺っていた。

 2人はその光景を最後に何も見えなくなってしまった。

 シンの目に映ったのは黒い人影。


(向こうか・・・)


 シンは見ている先の方角へ目にも留まらぬ速さで距離を詰めて黒い人影の頭部を掴んだ。


 ガッ…


「っ!?」


 掴んだ箇所はどうやら顔の様だった。

 捕まれた男は何が起きたのか分からず、疑問符を浮かべる瞬間に


 ドスッ…!


 今度は黒い角が後頭部に生えてきた。するとすぐに全身の力が抜けていきそのまま倒れた。


 ドサッ…


 この調子で敵の排除する事4回目。

 シンがさっきから行っていたのは相手の頭部を掴んだと同時に鋭く細い棘で貫いていたのだ。ほとんど致命傷の為、相手は抵抗する事も無くそのまま絶命するのだ。

 5m先も見えない程の霧の中で吸血族の男は何の躊躇いも無くシンを襲い掛かった。恐らく視界不良の中でも戦えるような術を訓練を通して身に付けているのだろう。

 だが、シンはこういった視界不良の中での戦闘は慣れていた。

 誰なのかと警戒して確認しながら戦っているのが共生派で何の迷いも無く相手が敵だと断定して戦っているのが至上派だ。

 こうした点がある為、誰が敵で誰が味方なのかがすぐに分かる。だから、シンも何の迷いも無く敵と思しき者は容赦が無かった。

 しかも、こんな霧の中である為、自分の「BBP」が思う存分使う事が出来るし、攪乱目的の為敵の人数も少ないから誰かに見られる心配もない上にすぐに終わりそうだった。


「・・・・・」


 鋭い眼光で周りを見るシンは手に付いた血を振り落としていた。


(今ので決定打かもな・・・交戦中の所は俺の正体ばれるし、そもそも加勢する必要もないな・・・)


 共生派の方が圧倒して至上派はあっと言う間に劣勢になって消えそうになっていた。これ以上加勢する必要は無い、そう考えたシンは周りに誰もいない事を確認して、今見ている方向とは逆の方へ向きアカツキに連絡を入れる。


「アカツキ、屋敷周辺に誰かいるか?」


「霧の外は誰もいないな。寧ろかなり不自然だ」


 それを聞いたシンは目を細める。


「何かしらの力か?」


「かもな。それが魔法なのか権力なのか、外からの力なのかは分からないがな・・・」


 それを聞いたシンは軽く深呼吸してサクラの追跡に集中する。


「アカツキ、今魔導艦はどこだ?」


「7時の方角で1.64km先だ。最初来た時は50kmかそこらだったが、今は30km位まで落としてかなり遅い」


 それを聞いたシンは少し目を大きくする。


「十分間に合うな」


 アカツキの言葉を聞いたシンは小さく頷く。


「分かった、引き続きその魔導艦を追跡(マーク)をしてくれ」


「OKボス、行動開始だな?」


 シンは霧の中から出るべく移動し始めた。


「ああ、それからフリューに話がある」


「OKボス、切り替える」


 アカツキがそう言って物の1秒も経たない内に若い男の声が聞こえた。


「何でしょう?」


 シンは低く、冷たく、殺気の籠った声でフリューに語り掛ける様に言った。


「フリュー、今何か積んでいるか?」


「ええ、グーグスさんがいます。それから念の為にと思って速射式155mm榴弾砲を乗せています」


 それを聞いたシンは目を大きくした。


「!砲弾の種類は?」


「拡散式焼夷弾です」


 それを聞いたシンは大きく頷いた。


「よし、霧が出ている間に残りの敵勢力を壊滅して、俺を拾ってくれ。そして、ある程度距離を取って魔導艦を追ってくれ」


「了解」


 フリューも同じく低く冷たい声で返事をした。

 その言葉を聞いたシンは右も左も分からない霧の中から出る為にサクラの屋敷を静かに後にした。

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