144.魔導艦
40mもある帆船、ガレオン船がサクラの屋敷の真上に止まっていた。
「「「・・・・・・・」」」
黒い影に気が付き上を見上げた者が真っ先に現れる反応。思わず黙り何でこんなものがと言わんばかりの驚愕の顔をする。
だが、飛ぶ魔導艦により目を大きくするも呆ける事も、狼狽える事はしなかった。そればかりか戦える者は手を翳して魔法をいつでも発動できるようにしていた。
子連れの貴族は母親が子供を庇って守り、父親と従者が前線に立っていた。
貴族達がそうやって魔導艦と睨み合いしている中、サクラと2人組で動きがあった。
「あ~すみませんがお嬢様、私達と一緒に来てもらえませんかね?」
そう言って手を軽く差し出す軽薄そうな男。
「・・・・・」
それに対して無口な女はここでも無口だった。
「断る」
サクラは1秒も満たない速さで首を横に振る。
軽薄そうな男は「ですよね~」と言わんばかりの顔を2秒程して瞬時に目付きを鋭くする。
「じゃあ、本当に相手して頂きましょうかね・・・!」
そう言って両手を拳を作って右を前に左を後ろにという形のスタンダードな格闘技の構えをする。
「・・・・・」
無口な女も身体の力を抜いて鋭い目でサクラを睨んでいた。
そんな2人に対してサクラは軽い質問をする。
「貴様ら冒険者か?」
そう尋ねられた時僅かに笑みを浮かべる軽薄そうな男。
「・・・さぁ?それは私達が勝った時にお答えしますよ?リンゼ!」
軽薄そうな男がそう言うと無口だった女、リンデが手を上に翳す様にして構えた。
「マナジャマー!フォッグ!」
ボアッ!
屋敷周辺一帯が5m先も見えない位の霧に包まれた。これにより、貴族連中がシンとサクラの助太刀が入る事が出来なくなった。サクラは舌打ちをして糸の魔法を駆使して目の前にいる軽薄そうな男を捕えようとする。
「っ!?」
糸が出ない。その事に焦るサクラ。それを狙ってか軽薄そうな男はサクラに右ストレートをサクラの腹に一発入れようとしていた。
「!」
パシッ…
グリン…!
サクラは右ストレートをいなす様に握って合気道の“投げ”を駆使した。
「カイト・・・!」
リンゼは思わずそう叫ぶ。どうやら軽薄そうな男はカイトという様だ。
タンッ…!
カイトは空中で一回転してそのまま地面に叩きつけられる前に足を先に出して地面に着地して受け身を取る。
バッ…!
その様子を見たサクラは手を離してサッと後ろへ下がる。
「あっぶねぇあぶね~・・・」
カイトは握られた右手を軽く振って動かせるかどうかを確認する。
「大丈夫・・・?」
「ああ、大丈夫、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」
安心させるようになのか気さくな言葉遣いをするカイト。
それに対してサクラは指を何度も動かして魔法が発動しない事に静かに焦っていた。
(何度やっても糸が出ないな・・・魔法か?)
いくらやっても糸が出ない事にサクラは魔法によるものだと考えたサクラは本格的に合気道中心の体術で対応する事にした。
カイトは改めて構え直して次の攻撃を仕掛ける。
「フッ!」
カイトはサクラの頭を狙って左回し蹴りを炸裂させる。
スッ…
サクラは軽く躱して素早くカイトの腹に一発右拳を埋め込む。
ドッ…!
「ぐっ・・・」
カイトは顔を歪ませて3歩程後ろへ下がる。
「やりますね、お嬢様」
余裕そうに答えるカイトだが、実際はかなりダメージを負っていた。
サクラはどれ位のダメージを被るかを知っているからカイト達に降伏勧告する。
「なら、諦めて降伏しろ。命は取らんぞ」
痛みに顔を歪ませつつ微笑を浮かべるカイト。
「フッ、そうもいかないのですよ」
微笑が消えて真剣な顔でサクラを窺うカイト。
(これは、掴み掛りやタックルは無理そうだな・・・)
だが、今後の格闘術ではサクラを倒す事が出来ないと考えたカイトは奥の手を使う事にした。
「使いたくなかったけど、しょうがない・・・マインド・リード!」
カイトはそう叫んだ。いや、これは詠唱したというべきだろう。
「っ!?」
サクラは聞いた事も無い魔法を詠唱した事に構える。
だが、周りを見る限りでは何か起きたわけでも無かった。
(何だ?体を強化したのか?)
カイト自身に何かしたのかと考えるサクラ。確かにこうした格闘を武器にした者は自分自身の身体能力を強化させる魔法を使う事が多い。
カイトは余裕を持った顔でサクラを改めて見る。
「参りますよ~」
カイトは目をカッと見開いて右ストレートを繰り出す。
「シュッ…」
今度は息を吐くと同時に繰り出した。そのお陰でかなり速度のあるストレートを出せた。
(また同じ・・・)
サクラは警戒しつつもその右ストレートで出した手を握ろうとした。
ヒュッ…
「なっ!」
サクラが握ろうとした瞬間、カイトは右手をすぐに引っ込めて左アッパーを繰り出そうとしていた。
サッ!
サクラはすぐに躱す。
(!あれを躱すか・・・でも)
その事に少し驚いて目を細めるカイト。だが、どこか余裕のある表情だった。その事に気が付いたサクラは疑問と警戒の顔になっていた。
(さっきの攻撃・・・何か狙って誘っていたというより、ワタシの掴みを知ってから動いていたな・・・)
サクラは鋭い目付きになる。
(まるで読まれている様だ・・・)
サクラがそう考えていた時だった。
「パラライズバブル」
「!?」
パチンッ…!
「ぐっ・・・!?」
いつの間にかリンゼが4m程離れた所から手を翳してサクラ方へ向けて魔法を発動していた。その魔法は何もない手の先から大きなシャボン玉がいくつも現れてそれをサクラにぶつけていた。そのシャボン玉の中は薄い青色のガスが閉じ込められていた。サクラは咄嗟に自分の口元を手で覆って防ぐが、そのガスを諸に受けてしまい吸い込んでしまった。
「ケホッケホッ・・・」
咳込むサクラにリンゼは落ち着いてどこか安心させるような口調で語り掛ける。
「・・・安心して、無傷で連れて来るように言われているから」
リンゼがそう言うとサクラの体が急に痺れ始める。どうやらガスの効果は麻痺の様だった。
「・・・!」
顔を歪ませたサクラが膝をついて倒れそうになった時、リンゼが近付いて肩に乗せた。
「・・・後は連れて行くだけ」
リンゼがそう言うとカイトは「そうだね」と言って軽く頷いた。
サクラと2人組の決着がつく少し前の事。
ドゴッ!
ガラガラガラガラ…!
「っ・・・」
シンは岩の男から思いきり殴られたのだが、腕をクロスしてガードしていた。だが、その威力はかなり高く、踏ん張る足で地面に4m程の2本の溝を作り、サクラとの距離が更に開いてしまった。
「ふむ、やるな・・・」
「・・・・・」
(霧・・・魔法か)
霧を見たシンは攪乱と遠距離からの援護は期待できないなと考えていた。20m先も見えない程の霧が立ち込めている。だからどこに敵がいてどこに味方がいるのか分からない状況で無闇に動くのは危険だからだ。
(あの船、40m位程か・・・?あの中に敵兵が降下して襲ってきたらかなり脅威だな)
軍隊でも空挺部隊という部隊があり、パラシュートやグライダー等で降下し、敵地の後方攪乱や要衝の制圧等を任務とする。
敵からすれば、何も無い所からいきなり相手の兵士が現れて攻撃されている様なもの。
つまり、今の状況はそれとほぼ同じ事になっているのだ。
(いや、それよりもこの岩男をどうにかする事に専念する必要があったな)
魔導艦を先に対処するよりも目の前にいる岩の鎧を覆った男を対処する必要がある。
何故なら先程の攻撃で相当な手練れである事は確認したからだ。
シンは冷静にどう対処するかを考えていた。
(まずは思いきり殴ってサクラの方へ行くか・・・)
シンは目に留まらぬ程の速さで岩の男まで一気に距離を詰めて思いきり岩の男の腹を殴った。その威力は軽自動車位ならば軽く半壊させる位の威力だ。
ドォンッ!
「・・・!」
岩の男の体からピキ…と小さな音が聞こえていた。だが、岩の男はシンがここまで速く動いた事に驚いただけだった。
「!」
シンは目を大きくした。それもそのはず通常の人間であれば間違いなく致命的なダメージを負っているはずなのにビクともしていなかった。
「ちょっと拙いな・・・」
シンがそう呟いた時、岩の男は岩を纏った右腕で横薙ぎする。
ブオン!
シンは咄嗟に躱す。
(これは、ノーマルでは勝てないかもしれないな・・・)
シンは目つきを鋭くして岩の男を睨む。その時岩の男は仁王立ちしてシンに向かって名乗る。
「俺はカマル。「岩鎧」のカマルだ」
名乗り。
この世界において二つ名と同時に名乗る事で相手に自分の力量を知らしめて、ある程度印象を植え付け戦意を喪失させる狙いがある。
自分の情報をただ売りするリスクの代わりに自分より弱い者を退かせる効果がある。
カマルはそれをやったのだ。
だが、シンは
「そうか」
と答えるだけだった。
カマルは目を細める。シンの態度にイラついているからではない。シンが尻込みはおろか、引く気配が無い事に警戒していたのだ。
(ふん・・・どうやら、どうしてもあの「お嬢様方」を逃がしたくない様だな)
カマルはシンは誰かに仕えている騎士か裏の者かと考え、強く拳を握りしめてシンを殴る用意が出来る。
シンは軽く深呼吸して次の一手を思いつきまた目にも留まらぬ程の速さでカマルまで距離を詰める。
ドッ…!
カマルの胸部に一発拳を入れる。
ォパチンッ…!
胸部に吸い込まれるように拳を入れた瞬間、何かが胸の中へ通り抜けたような感覚を覚えるカマル。しかも、音も変わっており、堅いものが当たった音と混じって何かが弾ける様な音がした。だが、殴った瞬間は何も起きなかった。
「悪いな小僧、ここで・・・」
何も起きずワンパターンで来た事に少し呆れを覚えて、強く握った拳でシンを殴ろうと思ったカマルは目をカッと大きく開いた。
「ガボッ・・・!?」
突如として体内で大きな鈍い痛みを覚えるカマルは吐血する。
「おっ…ぁぁぁぁ…!」
第三者の目から見ても小さくも酷い苦痛が伝わる程の声を漏らし
ドォッ…
膝から地面についてしまい
ズズン…!
最後には俯せで倒れてしまった。
シンの腕は少し変わった形になっていた。一見すると通常の人間の様な手なのだが、手の内を見ると、甲殻類が持つハサミの様な構造になって空間が出来ていた。
テッポウエビという生き物がいる。
このエビ、実はハサミの開閉で水を蒸発させて泡を作って破裂した時の衝撃波で獲物を捕らえる事が出来る。その衝撃波は液体の流れの中で圧力差により短時間に泡の発生と消滅が起きる物理現象、「キャビテーション」を起こす程の威力だ。しかも、泡のエネルギーが高すぎて中身がプラズマ化し、一説では瞬間的に核融合可能な温度に達するのではないかと考えられている。
その時の音や距離を置いてからの攻撃方法が鉄砲と似ている為「テッポウエビ」と呼ばれている。
シンは手が物体に触れる直前にいつ握ったのか分からない位の速さで握ってカマルの胸部を殴ったのだ。
「・・・・・」
カマルは白目を剥き大量の血を吐いて事切れていた。
シンが放ったキャビテーションはまさに泡のエネルギーが高すぎて中身がプラズマ化する程の威力を放ったのだ。人体の水分量は60%だ。そのキャビテーションを食らえば内部で急激な沸騰を起こし水中爆発を起こして内臓を破裂させていたのだ。カマルは心臓等の呼吸器官系統が一気に潰されてしまった為、もう二度と動かなくなったのだ。
(「鉄砲」は本当に生身でキャビテーションを行えば水分の関係で自分にもダメージを負うらしいが、BBPはやはり関係ないんだな・・・)
キャビテーションを発生する当たってある程度の水分を利用する必要がある。その為、生身の腕であれば間違いなく大きなダメージを被っているだろう。だが、シンは「BBP」である上にキャビテーションを発生しやすく自分にはダメージを負いにくい形にしていた為ダメージを一切負わなかったのだ。
シンはサクラとの距離をカマルに離された分を一気に縮めてサクラの元へ向かった。
「サクラ!」
シンはカマルが完全に動かなくなった事を確認して霧の中、気配を頼りに向かっていく。離れたのは7m程サクラ達を見つける事はそう難しくなかった。
「っ!サクラっ!」
シンの目に映ったのは軽薄そうな男と黒装束の女に担がれたサクラの姿だった。目を大きく開いてすぐに鋭くなる。
サクラが連れて行かれてしまう。
そう思ったシンは一歩前に踏み出そうとした時の事だった。
「死ねっ!」
そう言って現れたのは吸血族の男が剣を持ちシンを一突きにしようと構えて突っ込んできた。
「!」
シンがすぐに構えて対処しようとした時
「危ない!」
シンの前に現れたのはマーディスだった。
「マーディスさん!」
シンは大きく目を開き、荒げた声でマーディスの名を呼ぶ。
マーディスは腹に焼けた様な激痛を覚え、顔を歪ませた。