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143.合図

 ディエーグはマリウスだった何かが燃えている様子を眺めていた。


「・・・・・」


 明らかにマリウスが死亡している事を確認したディエーグは周囲に敵がいないかどうかをアカツキに通信を入れる。


「アカツキ、殲滅は完了と見ているがどうだ?」


 数秒程間を置いてから返答するアカツキ。


「周辺に敵影無しと見られる。殲滅は完了したようだな」


 それを聞いたディエーグは対してアクションを起こすような事はせず、普段の様な低い口調で答える。


「拝承」


 その言葉を聞いたアカツキどこか少し申し訳なさそうに言う。


「悪いな、アンタに実力を抑える様な事を言ってよ」


「いや、構わない。一々卵にハンマー等使う必要等ないのだろう?」


 口調こそ低いものの、気にしないでくれと言わんばかりの物言いで答える。


「まぁな。もっと言えりゃ、敵でありながら重要な人物がいれば生かす必要があるからな」


 アカツキはディエーグ自身がちゃんと理解している事にどこかホッとしたような口調で答える。そんなアカツキに自分が行った戦闘の成果を報告する。


「ドラゴンと思しき生き物の事だが、頭部以外はほぼ問題ない」


 ディエーグの言う通り、ドラゴンの遺骸の頭部こそ燃えて肉等のタンパク質が焦げていくような不快なにおいを出して燃えていたが、それ以外はほぼ燃えていなかった。だが、このまま放っておけばバクテリアの関係で全て燃え尽きてしまう。


「OK。回収する必要があるからそろそろ消してくれ」


「拝承」


 ディエーグはそう答えて尾の先を燃えているドラゴンの頭部の方へ向ける。


 キャパ…


 尾の先が開く。今までは消火困難な火炎を撒き散らしていたが、今回は違っていた。


 ドオオオオオォォォォォ…!


 尾の先から出たのは若干透明感のある乳白色のサラサラとした液体だった。


 シュゥ”ゥ”ゥ”~…!


 燃える炎の上から降りかけると消火困難のはずのディエーグの火炎が動いて下に垂れ落ちていき、徐々に小さくなって消えていった。

 これはディエーグのみが使用している特殊な界面活性剤だ。

 そもそも界面活性剤とは分子内に水になじみやすい部分、通称「親水基」と油になじみやすい部分、通称「親油基」を持つ物質の総称の事で両親媒性分子と呼ばれる事も多い。石鹸をはじめとする洗剤の主成分で表面張力を弱めるという特徴がある。

 その特徴を活かしてゲル化油を濯ぎ落すのにも使われているのだ。

 だが、ディエーグが使用しているこの界面活性剤は表面張力を弱くさせるだけでなく、着火された油の消化作用や油の中にいるバクテリアの活動を停止、つまり殺す作用があるのだ。

 これを振りかけるとさっきまで恐ろしい位にこびり付いていた消火困難な火炎が呆気ない程にまで消火が出来る。


「消火完了した」


 尾をくねらせながらそう答えるディエーグ。それを聞いたアカツキはすぐに指示を出す。


「OK、後は早急に回収する様に伝えておくぜ」


「拝承。それから点火時に僅かなタイムラグがある事も伝えてくれないか?」


 火炎放射器の点火装置は電気式や空砲を使って着火の火薬式、小型ガスバーナー式がある。

 ディエーグの場合は小型のガスバーナーに一旦点火してからメインの燃料へ着火する必要がある小型ガスバーナー式だ。

 小型ガスバーナー式は一発で火が付けられるという点ではほぼ優秀な為、今回の点火装置はこちらを採用している。

 だが、これでは“小型のガスバーナーに一旦点火”の時点でタイムラグが発生している。


「OK。伝えておくぜ」


 火薬式は構造上にもよるが、点火装置以外の箇所を損傷してしまう恐れがある為、連続は使えない。

 という事は構造が複雑になるが、スタンガンのような火花で着火する電気式が最も良いのかもしれない。

 ここから先はリーチェリカと要相談になるだろう。


「助かる。それから、これからどうするか何か聞いているか?」


 シンに何か聞いているかどうかについて尋ねる。もし無ければシンと合流して戦闘に参加しようと考えていた。


「いや、これと言って特にないが、気になる事があるんだ」


 それを聞いたディエーグは尾をくねらせる事を止める。


「何だ?」


 格段と低い声でそう尋ねるディエーグにアカツキは毅然とした口調で答える。


「10時の方角、6km先に変な連中が廃屋に立て籠っている。多分、今回の襲撃者共のアジトでは無いかと考えてもおかしくない」


 ディエーグは10時の方角へ向く。


「殺すのか?」


「・・・ああ、俺達の事は可能な限り伏せたいが画像・・・は送る事は出来ないが口元にちょび髭オヤジと仮面の吸血族らしき男だけは殺すな。一人は王族でもう一人は何か情報を持っている可能性があるからな」


「拝承」


 躊躇いなく返事するディエーグ。


「それからこの事をボスに報告する」


 敵の戦力を大きく削いだ事は大きい。襲撃での上に対処しやすくなった、被害が抑えられる。だから現状の状況をシンに伝える必要はある。


「拝承。自分はこれからその廃屋へ向かう」


 そう言って体も廃屋がある方へ向ける。


「はいよ、気を付けろよ」


 軽い口調で声を掛けるアカツキにディエーグは歩き始めていた。


「拝承、通信終了する」


「OK通信終了」


 通信が終了したディエーグは廃屋の方へ向けて速度を上げた。





 どこにでもある様な軽い会話。だが、そんな会話はお互いの情報のやり取り等が多い。それがいくつもあれば軽い会話も大きな音になる。小さな声等は聞こえ難いから妬みや憎まれ口、悪口、疑問の声を小声で叩いても気づきにくい。

 シンの場合は疑問の声が多かった。あの方は誰なのでしょうと言った上品な言葉遣いで人を品定めする目が多いのだが、上手く踊ったくらいで調子に乗るなよ等と言った憎まれ口や余所者が出しゃばるなと言った妬みもそれ程少なくない。

 また、敵意を持った者達は下等生物がと見下す様な敵意丸出しの悪口をボソッと聞こえていた。

 だが、そのお陰でちょっとした情報も手に入る事も出来た。高級そうな扇子で口元隠して詮索する様にシンを見ていた貴族の婦人連中が口にしたある言葉。


「オオキミの方のかしら」


 シンの風貌は黒髪、黒目といった日本人を連想する様なポイントが多い。しかも、この国にはソウイチという日本人が居たからシン(イコール)日本人と考えてもおかしくない。

 だが、口にした貴族の婦人が連想したのは「オオキミの方」だ。


(オオキミって言うのは人の名前か、国の名前と考えた方が良さそうだな)


 シンを見て「オオキミの方」と言ったという事は「オオキミ」に日本人が、或いは日本人の子孫がいるかもしれないという事だ。


(後でサクラに「オオキミ」の事に付いて聞いてみるか)


 シンは「オオキミ」という単語と日本人に関わる情報を手に入れた時アカツキから通信が入る。


「ボス、ディエーグが敵の殲滅を完了した」


 それを聞いたシンは小さく頷き小声で話す。


「分かった。他の方面はどうだ?」


 サクラが把握できている敵と思しき集団が2つで、シン達が把握できている敵と思しき集団の数は4つだ。その内の1つはディエーグが潰している。という事は遠い順で言えば現状最も遠い所に居る集団とサクラが把握できている2つが残っている事になる。


「いるにはいるが、大した問題ではねぇ。ただ俺達の事を知られない様にするとすれば嬢ちゃんが把握できていないもう一つの方を潰す位しかできねぇな」


 ジンセキの事を考えれば、現状最も遠い集団から潰していくのがリスクは低いだろう。だから余程の事が無い限り、サクラが把握している近い集団は現地にいるシンとサクラ達が対処しなければならない。


「そうか、近い方は俺達でどうにかできるか?」


「恐らくできるだろうな。見る限りでは数で物を言わせている様に見えるな。だが、ボスの事を考えれば対処は出来るだろう」


 敵は質よりも量を選んでいる。だが、現状の事を考えればそれほど多くない。多くても精々500人くらいだろう。

 想定外の強さを持つ者がいたとしても、糸が使えるサクラが取り巻きの弱い方から潰していけば、それ程大きな問題は無いだろう。

 そこまで考えに至ったシンは


「了解」


 と答える。アカツキは今後のディエーグの行動について話す。


「それから、ディエーグには敵のアジトと思しき廃屋に向かわせている」


 それを聞いたシンは目を細める。


「場所は?」


「結構遠い。ディエーグがいた所からでも6km程あった」


 近くであれば自分が赴かなければならないのではないかと考えていたが、杞憂に終わった事に少し安堵する。もし、シンが対処する事になればサクラの屋敷が守りが手薄になってしまう事になるからだ。


「そうか・・・。引き続き、周辺の監視と敵の排除の指示を頼む」


「OKボス。一旦終了する」


 シンがこれ以上通信のやり取りは周りの人間から怪しまれる恐れが高くなると判断したアカツキは通信を一旦終了する事を切り出した。無論、シンもその意を解して


「ああ、通信終了」


 と言って通信を終了した。





 同時刻。

 走っている最中5km先から何か煙の様な物が目に映ったディエーグ。その煙は赤い色をしていた。


「合図・・・か?」


 そう呟いたディエーグは速度を上げて廃屋へ向かった。





 それは突然だった。


「ボス!5時の方角、約5km先からデカい物がそっちに近付いているぞ!」


 いきなりのアカツキの大声の通信が入った事にシンはピタッと体を止めて瞬時に臨機応変に対応できるように身構えて、アカツキの言葉に耳を傾けた。


「デカい物?」


「これは・・・ガレオン船だ!ガレオン船が飛んでいる!」


「っ!?」


 16世紀半ば〜18世紀ごろの一種の帆船がファンタジー系ゲームや漫画等の様に飛んでいるのだ。

 しかも、単純計算をすれば6分程でここに着く事になる。


(まるでピーターパンだな・・・)


 船という事はそれなりに武力を持っている可能性がある。人員を輸送するにせよ投石機(カタパルト)や大砲と言った巨大な兵器を搭載しているにせよ今の状況では脅威である事は間違いなかった。

 シンはガレオン船がこちらにやって来る事を伝える為サクラの方へ向かって軽く走った。

 サクラとの距離まで3m程の時だった。


 サッ…!


 敵と思しき男から明らかな敵意と殺気が混じったものを勘づいたシンは躱した。


 ドゴ…ッ!


 パラパラ…


「すまんな、小僧」


 シンの後ろから低い男の声がした。


「・・・!」



 咄嗟に避けた瞬間地面に大きな拳がめり込み地面が割れる音と小石などが落ちる様な音が響いた。


「ロックアーマー…」


 そう詠唱すると地面を殴った男の全身が岩の鎧で身に纏った。がたいの良い大男で顔は岩で覆われて分からなかった。今の現象を鑑みるに恐らく魔法の類であるのは間違いない。


「シンっ!」


 現状の異変に気が付いたサクラは真っ先にシンに駆け寄ろうとした。


「おっと、すみません。アナタの相手は私と」


 ファンタジーゲームで登場する様な格闘家の様な格好した、軽薄そうな挨拶をする20代の男と


「・・・・・」


 黒装束にショートボウを握った無口の20代の女だった。


「・・・です」


 無口な女に代わって軽薄そうな男がその場を占める様にそう言う。

 2人の足元には貴族が着ている様な煌びやかな服が脱ぎ捨てていた。どうやら変装用で戦闘になれば邪魔になる貴族服を脱ぎ捨てた様だ。


「・・・!」


 サクラの前に2人が立ちはだかった事に眉間に皺を寄せる。シンとサクラが前に立ちはだかる事で動きを止める事に成功したその時、サクラの屋敷が大きな影が包まれる程の巨大な物が現れた。


「「「!?」」」


 ザワザワと来客の貴族達が騒ぎ始める。

 それは当然だろう。屋敷の裏から現れて来たのはアカツキが言っていたガレオン船だったからだ。

 大きさは40m程あり、サクラの屋敷のすぐ真上にあるせいでかなりの威圧感があった。

 サクラは目を大きくして空飛ぶ船を見て


「あれは・・・魔導艦(まどうせん)!」


 そう叫んで苦虫を噛み潰したような顔をする。無理もない。敵が潜入している事は気が付いていたが、まさかこのタイミングだとは思わなかったのだ。


「魔導艦・・・」


 シンはそう呟き、魔導艦を睨んでいた。


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