142.残虐な工兵
「う“あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ” あ”あ“あ” あ”あ“あ” あ”あ“あ”!」
「ぎゃあ”あ” あ” あ”っ…あ”づい”っあ”づい”っあ”づい”っ!」
体中に浴びた炎を振り払おうと転げ回ったり、暴れ狂っていた。
若い男が身を呈して火炎の盾になったのだが、その甲斐虚しく放射された火炎の餌食になった残りの襲撃者達。
この場で唯一生き残ったのはマリウス一人だけだった。マリウスは間一髪のところで避けて何とか火炎を浴びずに済んだのだ。
炎の盾となった当の本人は下半身以外は燃えており、黒い影なのか焦げているのかがよく分からなくなっていた。しかも、腹部に当たる部分は大きな穴が出来ており、そこから真っ直ぐ残りの襲撃者達を燃やし尽くしたのだ。
ディエーグが使用している火炎放射器は第二次世界大戦等で使われた火炎放射戦車用の火炎放射器を更に改良された物だ。
火炎放射戦車とは、主に、陣地攻撃、森や建物・塹壕に潜む敵兵の炙り出しを目的とした火炎放射器を主武装とした戦闘車両の事だ。
メリットとしては単純に防御面では小銃程度では歯が立たない上に射程距離も段違いだ。射程距離は300m程度で携行式よりも遥かに長く飛ばす事が出来た。
だが、それでも射程が短かった火炎放射器を射程面で凌駕し、火炎放射戦車の方が射程外から反撃されるようになった為、現在ではほとんど開発・使用されていない。
しかし、ディエーグが使用している火炎放射器は射程を伸ばす為に更に改良された物だ。その距離、実に約500mだ。これは、軍用正式小銃の最大射程距離とほぼ同じだ。
こうした放射の威力が強すぎた為、そのまま吹っ飛ばされず若い男の腹部は焼かれながら貫いたのだ。しかも、それは一瞬の出来事だった事と若い男が尾を抑え込んで見えなくしてしまった事から他の襲撃者はいつのタイミングで火炎が放射されるのかが分からなかったのだ。
そのせいで一気に炎を浴びてしまったのだ。
「・・・・・」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ…
ドッ
そのまま地面に仰向けに倒れる若い男だった何か。それを見たマリウスは顔を歪ませる。だが、まだ諦めておらず何かないかと画策していた。
そんな時だった。
「ディエーグ、ドラゴンがお前の方へ向かってるぞ!」
ギュオオオオオオオオオ…!
「・・・・・」
体が意図せず程に震えあがる程の巨大な生物の雄叫び。
そんな雄叫びに通常の人間であれば間違いなく恐れおののくが、ディエーグはただ黙って雄叫びを上げているドラゴンを眺めていた。
ディエーグとマリウスの間に入る様にして下りるドラゴン。傍から見ればディエーグの前に一頭のドラゴンが立ちはだかる様な形だ。
グルルルルル…
唸り声を上げてディエーグを見下ろすドラゴン。体高4m程、全長ならば15m程の本で出てくる様なスタンダードなドラゴン。
ディエーグは睨み返す様にしてドラゴンを見ようとした時、ドラゴンの背中から一人の人間が降り立った。
「マリウスのジジイ!くたばってっか?」
中々に生意気そうな声を発するシンプルながらも丈夫そうな槍と金属の鎧で武装した30代後半の男。
「ハッ!お前の憎まれ口が頼もしく聞こえるわい!ワバル」
ワバルと呼ばれた男は生意気ながらも自信満々な笑みを浮かべる。彼はマリウスと同じくAランク冒険者「竜使い」ワバル。二つ名の通り、竜を従えて戦う姿から「竜使い」。
「じいさん、こいつは・・・」
「うむ、見た事ない炎を使う」
ここまで巨大であれば暴れでもしたら相当な脅威であるのだが、更に火を噴くとすれば間違いなく脅威だろう。通常の人間でなくとも、大抵の生き物であれば、ドラゴンを相手に戦いたくない。
ドラゴンを終始睨んでいたディエーグはボソッとこう呟いた。
「丁度良い・・・」
ドッ…!
ディエーグがそう呟いた瞬間、姿が一瞬にして消えて代わりにまた土煙が上がる。
ところでディエーグのコンセプトは螻蛄だ。何故螻蛄なのかと言うと「螻蛄の七つ芸」という言葉がある。
螻蛄の特性で「掘る」「走る」「跳ねる」「飛ぶ」「よじ登る」「泳ぐ」「鳴く」の七つある事からこう呼ばれている。本来の意味ではどれも中途半端とされ、いわゆる「器用貧乏」といった使われ方もする言葉である。
だが、それをヒントにドイツの螻蛄をモデルにした人型ロボットに日本の火炎放射器技術が盛り込まれて「万能工兵」として生まれたのがディエーグだ。
「!?」
いつの間にか自分の懐にいる事に気が付いたドラゴンは驚く。ワバルも驚いてすぐに命令を出した。
「ブレス!」
するとドラゴンの口から炎を吹いた。
グオオオオオオオ!
吐き出す炎はディエーグに直撃する。
数秒程火炎を吐き出したドラゴンにワバルはすぐに停止命令を出す。
「もういいぞ!」
グルルルルル…
炎を吐く事を止めたドラゴンとワバルは唸ってディエーグがどうなったか目を凝らして見た。
グルッ…!?
「!?」
「やはり炎は効かんか・・・」
そこに居たのは直に炎を食らったはずのディエーグが何事もなかったように立っていた。炎を扱うディエーグだから炎による攻撃は効かないだろうと踏んでいたマリウスはそう言葉を零す。
しかも尾の先をドラゴンの顔に向けていた。
ゴオオオオオオオオ…!
ディエーグの火炎がドラゴンの顔に直撃する。
グオオオ!
ドラゴンは顔を横に振って付着した火炎を振り払おうとした。しかし、こびり付いて思う様に取れない。
グオオオ…!
その数秒間に、ディエーグは次の行動に移っていた。
ドッ…!
グルッ・・・!?
ガシッ!
ドラゴンがディエーグの方へ向いた時、目と鼻の先にディエーグがいた。いや正確にはディエーグが跳んでドラゴンの顔にまで迫ってきていた。
ドラゴンは急な事に対応しきれず、ディエーグを頭の上に乗せてしまった事を許してしまった。
ディエーグはドラゴンの角を掴み振り落とされない様にする。
それを見たワバルはドラゴンに命令する。
「振り落とせ!」
グオオオオオオオ!
頭の上にしがみついたディエーグを振り落とそうと左右に大きく頭を振るドラゴン。だが、一向に振り落とせる気配がない。それどころかディエーグは自由に動く尾をドラゴンの口に向けて更に火炎をばら撒く。
ゴオオオオオオ…!
グオオオオオォッ!
火炎を浴びたドラゴンは大きく頭を振る。だが、それをしても火炎を消えるわけでは無い。そんな消えない炎のせいで呼吸ができないドラゴン。
それは当然だろう。息する度に口や鼻の中はおろか、食道、気管支と言った部分に炎が入り込み、驚愕と焼ける激痛が神経を介して一気に走り暴れ出す。
ガオオオオオオ!!!!!
ドガアァァ!
バシンッッ!
「くっ・・・」
余りの苦痛に辺りを軽く破壊するドラゴンだが、それでも炎が消えるわけでは無い。そんなドラゴンにワバルは命令を出すが言う事が聞かない。そればかりかあまりにも暴れるから避ける事に専念する。
(・・・ここでドラゴンを捨てるのは惜しいが、ここは隙を狙うか)
ドラゴンに命令を出さず隙を狙って持っている魔法の効果のある槍で一突きをしようと考えたワバルは機を窺う。つまり、ドラゴンを切り捨てる事にしたのだ。
そうやって暴れるドラゴンに更に追い撃ちを掛けるディエーグ。
ドォンッ!!
突然ディエーグは角を掴んでいた片方の手を離して、ドラゴンの頭を殴り、更に火炎を浴びさせる。
ゴオオオオオオオ…!
ギュオオオオオオオ…
殴られた事で急に動きが鈍くなるドラゴン。
グォォォ…
次第に動きが徐々に止まっていきそのまま倒れていく。
その様子を見ていたワバルは顔を歪ませて持っていた槍をいつでも投げられる様に構える。
どうやら、ドラゴンに集中しているディエーグに倒れた瞬間を狙って槍で一突きする様だ。
(狙うとするならば・・・ここ!)
そう判断して槍を投げようとした。だが、ドラゴンが倒れていくにつれてディエーグの尾の先はドラゴンの顔ではなくワバルの方だった。
ドォォォォン…
カッ…!
「え?」
ドラゴンが頭から倒れた瞬間、突然ワバルの前がオレンジ色の閃光が走り、瞬時に包まれた。
ゴオオオオオオオォォォッ!!!
響くその音はディエーグの火炎放射だ。
「あ”っあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁっ!」
ディエーグは火炎放射を今までの中で最も強い噴射でワバルに浴びせたのだ。そのせいで更に火のない場所が狭まる。
その様子を見ていたマリウスは信じられないものを見ているような心境に浸っていた。いや、実際ディエーグが行った事に情報があまりにも多すぎて混乱と恐怖がマリウスの中で渦巻いていた。
「あ”あ”あ”っあ”あ”あ”あ”あ”っあ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁっ!」
炎に包まれて体中焼かれる痛みによる絶叫し踊り狂うワバル。
「・・・・・」
その様子をどうする事も出来ず、恐怖故に唯々黙って見るしかないマリウス。
遂に力尽き、その場で倒れ、ただの人の形をした薪となって燃え上がるばかりのワバルだった何か。
頭部が燃えているドラゴンはもう既に事切れて、物言わぬ口から炎を躍らせ、黒煙が舞っていた。
「何という事じゃ・・・」
マリウスは意図しない言葉を口にする。
マリウスが言わなくても他の人間が居ればそう言ってもおかしくなかった。
何故なら、あのドラゴンを10秒も掛からず殺したのだ。
シュ―――ッ!
ディエーグが使用している放射器は戦車に取り付けられていた火炎放射器を更に改良した物。500mという射程もあるから最早小銃によるアウトレンジで蹂躙という事は無くなったのだ。タンクは別の所にあり、撃ち抜かれる心配もない。炎をばら撒く事で熱や炎によって視界を邪魔させる事も可能だ。ただでさえ、信じられない位の身体能力の上にこうした能力があるから、ディエーグは数台以上の戦車ですらもねじ伏せる事が出来る。
「・・・・・・・」
最早ディエーグにとっての「七つ芸」は中途半端ではない。一つ一つの芸事を極めた殺戮兵器と言っても過言ではない。
ズンッ…!
「うっ・・・!」
尾の先をマリウスの方へ向けて徐々に近付いて来るディエーグ。その事に気が付いたマリウスは身をビクッと震わせる。
ズンッ…
寒い
ズンッ…
周りがこんなにも燃えているのに
ズンッ…
寒い
ズンッ…
周りの空気がこんなにも熱いというのに
ズンッ…
奴が・・・
ズンッ…
奴が近付いて来るだけで・・・
ズンッ!
寒くなってくる・・・!
「・・・・・・・」
マリウスとディエーグとの距離、僅か2m。マリウスは恐怖で氷の様に動けずにいた。
ディエーグは冷たく低い声でマリウスにこう言い放った。
「終わりだ」
その瞬間、マリウスが見ている世界が真っ赤になった。
ゴオオオオオオオオオォォォォォォッ!
「ひいいいぃあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁっ!」
マリウスは気が狂ったような悲鳴を上げてディエーグの炎を浴び、薪となった。
シュ―――ッ