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139.いつなのか

 屋敷の玄関先。シンよりも一歩程前に出るサクラは静かに目を閉じて軽く深呼吸して口を開いた。


「本日はワタシの邸宅に集まってくれた事に本当に感謝致します。これより我が屋敷が舞台とした舞踏会を開催いたします」


 サクラはそう言ってスカートの両端を軽く摘まんで小さく上げ、腰と頭を少し下げる貴族社会でよく見る挨拶をする。

 後ろ姿とは言えシンはサクラのそんな様子に新鮮な何かを見た気分になる。


(・・・今は警戒)


 心の中で軽く首を横に振って周りを見渡す。


(今の所、変な素振りをしている奴はいないな・・・)


 素振りは普段の様に歩き、喋り、笑っていた。今見る限りではどこも不自然な素振りはどこにも見受けられない。


(でも、スパイとか暗殺者ってそう言う事に関しての訓練をしているからな)


 おまけに居た世界と違ってこの世界はシンにとって知らない事の方が遥かに多い。だから油断ならない。

 そうして周りを警戒して見渡しているとサクラの挨拶が終わった。サクラが後ろ一歩下がると今度はマーディスが前に一歩出てにこやかに挨拶を始める。


「我が姪、サクラと同じ挨拶になるが、この場に集まってくれた事に感謝する。3回目の舞踏会となるのだが、舞台はサクラの屋敷で主催はこの私、マーディスが執り行うと、何ともややこしいものだがそんな事はあまり気にせずにどうか楽しんでくれ」


 近くにいたフェイセンがワインの入った杯をマーディスに右手に手渡すと徐に杯を振り上げる。


「共生派に輝く未来とここに集まってくれた同志に」


 マーディスがそう言うと近くのテーブルの上にあった酒の入った杯を手に取る貴族達。


「乾杯!」


 マーディスがそう言うと貴族達も杯を振り上げて


「「「乾杯!」」」


 と叫んだ。そしてグイッと飲み静かにテーブルに置く者もいればそのまま酒の味を楽しむかのようにゆったりと飲んでいる者もいた。

 真ん中にあるテーブルの料理はステラの分身の魔法で幾人ものステラとして動いて料理を切り分けたり、食器の回収、酒や食事の運搬、調理する等々の作業を分けて行っていた。


(ほとんど独立して動いているのか・・・)


 シンはほんの僅かの間だが、ステラの魔法と手際の良さに感心していた。すぐに視線を周囲に気を配る様に向ける。

 すると、サクラから小さな声が掛かってくる。


「シン」


 その事に気が付いたシンはサクラの方へ目を向ける。するとサクラは小さな声で話し始める。


「早速だが、踊る時間だ」


「え?」


 シンが疑問の声を漏らして楽奏者の方を見る。するといつの間にかステラが楽器を持っていた。恐らく似ているがこの世界にしか存在しないだろう木製の笛や手持ちで引けるようなピアノのような楽器、バイオリンに近い弦楽器等々を持ち、いつでも引ける様に構えていた。

 また、舞踏会に参加してきていた者達もいつの間にか男女ペアになって手を取り合っていた。


「・・・・・」


 同じ顔の楽奏者がいて指揮者はいないという何とも奇妙な光景にシンは思わず真顔になる。そんな様子のシンにサクラは更に声を変える。


「シン」


 その声に我に返ったように気が付いたシンはサクラの方へ向く。


「見慣れない光景だが、慣れろ。今すぐ慣れろ」


 気持ちは分かる、と言わんばかりの口調になるサクラ。


「・・・分かった」


 双子や三つ子・・・六つ子ならばまだしも同じ顔が10人以上となれば違和感が大きくなるものだ。だが、今回の様に()()()()()()であるからすぐに慣れたシン。

 シンはそう答えサクラの方へ向かって跪き、手をサクラの方へ差し出し


「・・・私と踊っていただけませんか?」


 と申し出をする。サクラは静かにどこか優雅さが窺える小さな笑身を浮かべる。そしてシンの手を取って


「はい」


 シンの申し出を受け取った。

 シンはエスコートする様に背中と腰の中間に左手を添え、右手でサクラの左手を軽く握った。言うまでもないが、これはダンスをする準備が整え、いつでも弾いてもいいという合図でもある。他にダンスをする者達もダンスをする準備を整え終えていた。

 その様子を見たステラは演奏が始める。


 ♩♫♪~♫ ♫♪~♫♪♬ ~♬♫♪~♪~♫♪♬ ~♬♫♪~…


 最初静かに手持ちで引けるようなピアノのような楽器を弾き始める。次にこの世界にしかないであろう木製の横笛を鳴らす。そしてバイオリンに近い弦楽器等々の楽器が奏で始める。

 指揮者がいないにも関わらず、決して音程のズレやリズムの狂いは何一つなく綺麗に曲を弾いていた。

 それに合わせるかのように踏み込んだり引いたり、踏み込んだり引いたりする形で踊り始める。リズムによって速くなる事もあれば、遅くなる事もあった。


「サクラ」


 当然今は舞踏会の真最中で踊っている。声を発する等、失礼な上にシンとサクラの会話が重要であればそれを聞かれるわけにはいかない。

 だからシンは誰にも聞かれず、サクラには聞こえる様な小声で声を掛けた。


「手短に」


「俺とペアを続けようとしたのは襲撃への警戒か?」


 このままダンスを終えて他のダンスペアを探す事になった時に少なくともサクラの下にはペアになろうとどっと押し寄せてくる。その時が恐らく襲撃者達にとって大きなチャンスだ。

 サクラは小さく頷いた。


「そうだ。だからお前には苦労をかける」


 マナーとしてシンの方からダンスに誘い出す。それが暫く続くのだ。だから、何者かも知らないシンの事をよく思わない者にとっては面白くない光景だ。だからシンにはそう言った視線等を浴びる事になる。

 その事を知ったシンは更に訊ねる。


「踊りは自由で好きなようにしていいんだよな?」


「そうだ。そう言えば言ってなかったな。難しいダンスをすればする程、相手はその踊ったダンスと同等かそれ以上の難易度のダンスをしなければならない」


「相手か自分に恥をかいてしまう可能性があるからか?」


「そうだ。それをやるのは踊った事の無い初心者か子供位だ」


 今ダンスしている以上の難易度のあるダンスをすれば誘ってきた相手も同じかそれ以上のダンスをしなければならない。何故ならレベルの高い人間がレベルの低い人間に合わせるという事になり、場合によっては恥をかかされてしまう事にもなり兼ねないのだ。その為一目を置かれる事になり、お誘いの声が掛かってこないという事になる。つまりそんな難易度のあるダンスをすればそう易々と取り入ってもらう等という目論見で声を掛ける事が出来にくくなるのだ。


(何かダンスバトルみたいだな・・・)


 ダンスバトルとは、対峙するダンサーが即興で交互に踊り、どちらがより音に合っていたかジャッジし、勝敗を決する競技である。

 ダンサーが個人またはチームで出場し、トーナメント形式で対決し、勝敗を決める。ダンサーから選曲などは出来ず、かける曲に合わせて即興で踊るもので、参加ダンサーにはあらかじめ曲名が知らされることは無い。どちらが曲の音や雰囲気に合わせたダンスが出来たかが判定される。判定方法はジャッジ役が判定する事もあれば観客の歓声の大きさで判定したり、観客の投票等もある。

 その為日頃からの練習量や、どれだけ音楽を聴いているか等々、が問われる。曲の雰囲気を掴み、最も良い表現が出来た人が勝ち残る。

 シンはダンスバトルと似ていると思った時、閃いた。


「そうか、なら俺に合わせてくれ」


「は?」


 サクラがそう疑問符を浮かべた瞬間の事だった。シンは右手を上に上げてサクラの左手を更に軽く握った。それを軸にしてサクラの腰に添えていた手でサクラをそのままバレエの様にクルクル回る様にエスコートした。

 サクラはシンが促したままにそのままクルクルと3回ほど回った時シンは左手で上げたサクラの左手を軽く握り変えてそのまま勢いに乗せ、シンが握った左手を下げる。その時サクラは両手を大きく広げた。すると自然にシンもサクラも両手を横に広げる形になる。

 シンは優しく素早く握った手を引くようにサクラの体を寄せる。サクラは体を半回転の形のステップを取ってそのまま仰向けに倒れそうになる。シンは右腕でサクラの体を支えた。


「「「おぉ・・・」」」


 周りにいたダンスをしていた貴族達はそんな光景が見た事なかったから、思わず感心の声を上げる。

 そのまま素早く起こしてサクラの右手を挙げさせて右手で軽く握って軸にしてまたクルクルと回転させるようにエスコートしてすかさず左手に握り替えてまた基本となるクルクルと回りながら踊る。


「・・・・・」


 さっきの出来事にサクラは思わず無言になってシンの顔を見た。それは怒りの無言ではなく驚いた時の無言だった。

 いつの間にか曲は終盤に差し掛かっていた。


 …♪~♫♪♬ ~♬♫♪~♪♬ ~♬♫♩


 そしてシンはもう一度サクラを右手で支える形で舞踏会のダンスの終止符を打った。


「「「・・・・・」」」


 シンとサクラのダンスパターンを見せられた貴族たちはあんな斬新で見た事もないダンスパターンは初めてだと言わんばかりに思わず黙ってしまう。

 だがシンはただ単に「ワルツ」から「タンゴ」のようなダンスに切り替えただけだった。


(サクラとの練習の時に単純な「ワルツ」しかないから「タンゴ」は見た事が無いかもとは思っていたけど・・・)


 こんなダンスをしても大丈夫か、と不安に思っていたシンだが、杞憂だった。


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ…!


 結果は上々だった。大きな拍手をシンとサクラは浴びる。さっきの見た事も無いダンスを見て声を掛けようと考えていた者達は一層声がかけづらくなった。

 サクラは何かを成し遂げた様な達成感を味わい、シンは一呼吸を置いてから口を開く。


「悪い、少しリズムと合ってなかった」


 それに対してサクラは首を横に振る。


「あれは即興だったのだろ?十分すぎる位の成果だぞ」


 その言葉を聞いたシンは僅かに笑みを浮かべる。


「少なくとも俺達がやったような事を超える様な奴はいないし、サクラと俺にダンスを誘ってくる奴はいない」


「・・・お前も中々に意地悪だな」


 それを聞いたサクラはカラカラと笑う事を堪えながら答える。


「誰かさんのがうつったみたいでね」


 軽口をたたく様に答えるシン。


「言うじゃないか」


 サクラはフッと笑う。シンは真っ直ぐ前を見ながら今まで感じていた事を口にする。


「(何人か敵意を持っている奴が結構いるな)サクラ」


 踊っている最中に感じた視線。それも疑問視や嫉妬の視線ではなく明らかな敵意だ。それも複数だ。

 だが今すぐ動こうとする気配はなかった。ただ僅かに漏れて出る敵意をシン達にぶつけていただけだった。


「何だ?」


 状況が状況なだけあってシンの方へ見向く事が出来ないからシンの視線に合わせる様に前を向きながら答える。


「今この場に居る中で怪しい奴はいるか?」


「ああ、少なくとも6人は見かけたな」


 小さく頷くサクラ。


「そうか」


 サクラの言う通り実際は6人だ。

 この6人は恐らくダンスに誘おうとして多くの貴族が殺到した時に、或いは踊り始めたらそのまま襲うつもりでいたのだろう。だがシンとサクラの見た事も無いダンスパターンを見て誘おういう気が失せて尻込みをする者の方が多くなってしまった。

 これにより当初計画していたサクラと謎の男シンへの襲撃は失敗に終わった。

 その証拠にその敵意を出していたと思しき者達はいつの間にか姿も気配も消していた。


(取敢えず敵の当初の目的を潰す事には成功したな。問題は次の襲撃してくるタイミングがいつかって事だ・・・)


 敵の初手を潰し切る事に成功したシンは今度は何をするつもりなのか、について考えていた。そんなシンにアカツキから通信が入る。


「ボス、ディエーグが敵勢力の内の一つと接触した」


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