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138.会合

 舞踏会のイメージは夜中に大きな屋敷の豪奢な広間でお互いの相手を探す。そして、キラキラ光るシャンデリアの下ではタンゴ等の社交ダンスを優雅に踊る。

 だが、今回の舞踏会は会合だ。周囲警戒の事を考えて夜中ではなく、日中に舞踏会を開く事になった。しかも屋外・・・庭で、だ。

 次々と豪奢に飾った馬車がサクラの庭の前に一旦止まって中から共生派の貴族の面々が下りてくる。

 庭には白いテーブルクロスを引かれた円卓があちらこちらに点々とあり、真ん中には同じく白いテーブルクロスが引かれた大きくて長い机があった。その上には豪華な料理と高級そうな酒や果実水が入ったボトルとデザートが用意されていた。

 そして出迎えているマーディスの下にやってきて挨拶をする。


「お久しぶりです、マーディス公爵。あの時以来ですな」


「お久しゅうございます、マーディス公爵」


「ご招待頂き有難うございます」


「私のような者を御招き頂いて感謝の極みでございます」


 気さくな挨拶や遜った挨拶、畏まった挨拶等々様々ある。この事から挨拶一つで己の身分や関係性が如何程の者なのかがよく分かる。

 気軽な挨拶であればいくら身分が低くともそれなりに付き合いのある関係であるし、遜って妙に余所余所しい者程マーディスと顔を合わせる事すらも初めての関係だ。

 傍から観察すれば察しの良いものはすぐに気が付く。

 それぞれの貴族がマーディスに挨拶していく事を遠目で眺めていたのは玄関前にいるシンとサクラだった。

 シンはスタイリッシュな燕尾服を着ていた。ネクタイはしておらず、白いシャツをはだけだす様な形だった。当然だがあのワークキャップは被っていない。ヘアスタイルもオールバックに近い髪型にキッチリと整えていた。

 サクラもいつものセーラー服風のドレスでは無かった。いや正確にはセーラー服に近いドレスだ。ただ、いつものセーラー服と違っていたのは赤を基調としており、スカートは足首近くまで長く、上下一体となっていた。セーラー襟や襟用のスカーフ等白色だった。足元は白い足先が出ているサンダル型の靴だった。更に違うと言えばお洒落なパーティで見かける様な髪を軽く上げてまとめており、胸には葡萄をモチーフにしたブローチを身に付けていた。

 そんな2人は隣り合って共生派の貴族の面々を見ていた。

 共生派の貴族達は2人の事を気が付き、挨拶する者達が増え始める。


「サクラ様、ご招待頂き有難うございます」


「サクラ様、お久しぶりでございます」


「御招き頂き身に余る光栄でございます。今日もお綺麗ですね」


 それは若い男女、年を取った男女、幼い男女もチラチラといた。だが、決まってサクラの隣にいるシンの事を誰だろうか、と言う目を向けてくる。


(まぁ当然だよな。初対面な上にサクラと同格と言わんばかりに隣にいて・・・)


 純粋に誰だろうかと言う目だけでなく、何様のつもりかと言う疑問の目や嫉妬のような目もある。だから、少し居心地の悪さを感じていた。

 一頻り挨拶が終えると居心地の悪さを払拭させる為なのか何かしらの話題を考えて小声で切り出すシン。


「この会合は随分前から決まっていた事なのか?」


 小さく頷くサクラ。

 この屋敷から従者のアルバやステラ、フェイセンが出て行く様子をシンはおろかアカツキも確認できなかった。

 という事はこの舞踏会は随分前から各共生派の貴族を招待している事になり、急に決まって事ではなさそうだ。


「ああ、貴族の園遊会や舞踏会のほとんどは随分前から招待する様にしているからな。傍から見れば決して不自然じゃない」


 そもそも舞踏会と言うのは独身の男女がダンスをする場でただ踊るだけでなく、若い娘と息子達のお見合いを兼ねていた。だから社交界デビューした令嬢達が、将来の夫を見つけるため、ドレスを着て目一杯のおめかしをする場でもあった。

 中世の王侯貴族たちの戦勝大宴会や、宮廷舞踏会が社交界の原型で19世紀に入ると民主主義が台頭したフランスにおいても、社交界が盛んだった。何故なら社交界は、上流階級が社会に権威を誇示するために必要だったからだ。豪華になればなるほど、注目を浴びておのれの階級差を知らしめていた。

 王政が廃止され、階級制度が無くなったはずのフランスの社交界が、イギリス以上に華やかだったのもその為だ。


「そう言えば俺は誰と踊るんだ?」


 シンがそう尋ねるとサクラはニヤリと笑う。


「ずっとワタシと踊れ。そしてマナーとしてお前から誘え」


 その言葉に僅かに顰めるシン。


「・・・いつ仕掛けてくるか分からないからか?」


「一応その通りと言っておこう。まぁ、誰と踊る等自由だし、同じ相手でもいいんだがな」


 今度キョトンとした顔になるシン。


「そうなのか?踊って結婚とかはないのか?」


 サクラはフッと笑って答える。


「本来の目的は将来の相手探しだ。しかも踊るも踊らないもこの場は自由に相手を選ぶ絶対的権限は本人だ。例え親であれ邪魔する事は許されない」


 シンが居る世界の元々の舞踏会は格式高い舞踏会になると、招待状に曲名と順番が書かれたプログラムも配布され、横には空欄がある。そこに予め踊りたい相手の名前を書く。しかし無知に育てられた令嬢が誰を選べばよいのか分からない。そこで本命が密かにいたとしても、母親が絶対的な決定権を下して代わりに書いていた。

 そのプログラムの中で最も踊る回数が多い男性が、本命という事だ。家督と財産を継げる嫡男に人気が集中して、次男以下だとランクが落ちていたそうだ。但し4回連続で同じ男性と踊るのはマナー違反とされていた。

 だが、この世界の・・・少なくとも吸血族の貴族間の舞踏会のマナーやルールはだいぶ違っていた。

 プログラムはないし、同じ相手でずっと踊っても良い。親からは邪魔されず、その上身分は関係なく誰でも誘える。


「踊りは演奏する曲にどれだけ相応しい踊りを2人で演じるか、で決まる。だから自由に踊って良い」


 その言葉を聞いたシンは踊り練習を思い出した。


「じゃあ、あの踊りの練習はあくまで基礎なのか?」


「ああ、踊る基本のステップと型をな。ワタシの足やドレスを踏まれでもしたら困る」


 シンの言葉に頷き、フッと笑ってそう答えるサクラ。シンはまぁ確かにな、と呟いた。


「踊るとなると好きなように動いてもいいのか?」


「2人で演奏する曲に相応しければ自由だ」


「なるほどな(マジで自由なんだな・・・)」


 傍から見れば舞踏会と同じに見えるが実際は驚く程にルールとマナーが違う・・・ほぼ自由である近い事にカルチャーショックを受けるシン。

 だが、確かに形式やルールに拘ってばかり過ぎて本当の意味で楽しむという事が出て来ていない様にも感じる。だからシンはこの吸血族の舞踏会にはあって良いものと捉えていた。

 ただ今回は飽く迄会合なのだが。

 そこまで考えに至った時シンはある事に気が付きサクラに訊ねる。


「この舞踏会・・・会合はいつからなんだ?」


「共生派と至上派が分かれた時にすぐにこの舞踏会の事を思いついたんだ。当時、共生は少なかったからな」


 舞踏会と言う名目の会合はどうやらサクラは立案した様だ。国内での主義主張による大きな派閥争いの中ですぐに思い付くという事はなかなかできない事だ。サクラはかなりのアイディアマンと言えるだろう。


「今回で何回目になるんだ?」


「3回目だ」


 その言葉に意外そうな顔をするシン。


「少なく感じるけど?」


「あまり頻繁にすれば怪しまれるからな」


「なるほど」


 年内で共生派全員を集めるにはかなり時間がかかるだろう。だから、かなり限りはあるはずだ。しかも他所からこれが会合という事はなるべくなら知られたくない。

 そうなれば、頻度は少なめの方が良い。

 そんな話をしている内に共生派の貴族の面々がかなり集まってきていた。


(そう言えば挨拶はあの時以来もう来なくなったな。俺がいるからなのか?)


 シンが考えていた事はほとんど当たっていた。実際公爵の身分を持つサクラの隣にいるという事は、シンは相当な力を持っている事だ。だから変に取り入ろうとしたり、妙な挨拶等の下手な事は言えなくなる。サクラもその事を見越していたから面倒な挨拶を避ける事に概ね成功していた。

 要は()()()の為にシンを隣に居させたのだ。

 シンはサクラの方へさらに近付いて小声で話す。


「なぁ、俺が隣にいるのって()()()の為か?」


 その言葉にサクラは意地悪そうに笑みを作った。


「その通りだ。よく分かっているじゃないか」


 自分の考えが当たってしまっていた事に小さな溜息をついたシンはすぐに真剣な表情になって訊ねる。


「この周辺に怪しいのはいるのか?」


 今回の件で最も聞きたかった事、敵勢力はどれくらいの規模であるかという事だ。サクラは糸の鳴子の魔法の要領で明らかに怪しい集団がどれ位でどこにいるのかすぐに分かる。

 シンの言葉に小さく頷くサクラ。


「ああ、明らかに外に変な集団が2つある」


「2つか・・・」


 シン達が把握できている敵と思しき集団の数は4つだ。恐らくその内の2つは屋敷に近い順に把握できたのだろう。これで一つ分かった事がある。サクラの糸の魔法の鳴子の範囲は屋敷周辺のその2つの集団までがサクラの感知範囲なのだろう。後の2つは範囲外でサクラは感知できなかったのだろうか、その事について何も言わなかった。

 しかし、それでも感知できた事に一目を置く程の持っているものがある。侮るつもりは無いが改めて侮れない者として認識するシン。


「それからさっきからずっと待機しているかなりの大男・・・?が潜んでいる」


「大男・・・」


 小さくそう呟き体が固まる様にピクッと止まるシン。


「ああ、大きな尾の様なものを持っているから、人間なのか怪物なのか分からん」


「・・・・・」


 大男。大きな尾を持つ。サクラのその言葉を聞いた時シンはあるスタッフを連想する。

 まさかと思った時、アカツキが代わりに答える様に通信が入る。


「ボス、多分それディエーグだ」


 それを聞いたシンはまた小さく溜息をついた。シンの様子に気が付いたサクラは首を傾げる。


「どうかしたのか?」


「あ~・・・その大男な、多分大丈夫だ」


 流石にジンセキの事がバレてしまう恐れがあるからディエーグの事について詳しい事は言えないものの軽くディエーグは大丈夫である事だけを伝える。


「?何故・・・」


 当然何故大丈夫なのかと疑問に思うサクラはシンに尋ねようした

 だが、丁度その時サクラの視線には馬車が通り過ぎて、その後ろからもう馬車は来なかった。その事を確認したサクラは真剣な顔つきになる。


「さぁ、そろそろだ」


 共生派の貴族が全員集まり切った事を確認したサクラは気を引き締めてシンに声を掛ける。


「分かった」


 シンも鋭い目をし、声を低くしてそう答える。その言葉を聞いたサクラは軽く頷いて一歩前に出た。シンも同じく前に出る。

 そして、これが舞踏会と言う名前の会合が始まった瞬間だった。


追記

最近体の調子が悪くなってしまいまして、思う様に進捗できていません。ですので5月内には最低でももう1話程更新するつもりですが、だいぶ遅くなります。

また一応修正はいれていますが修正自体も遅くなるかもしれません。

思う様に執筆出来ない事がこんなにももどかしいとは・・・。

皆様もお体にはお気を付けください。

今後とも「アンノウン ~その者、大いなる旅人~」をよろしくお願いいたします。

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