137.備えよ
農園や小さな村、所々にある林等が小さな物として一望できる崖。奥にはサクラの屋敷が窺えた。そんな崖の上に一人の男がいた。金髪でちょび髭を生やしたやや小柄な中年の男、ヴィクトールと共に居た「ゲヘンバッシュ」を唱えたあの男。
「クレイギン様」
その中年の男に向けての言葉だった。声がする方向はクレイギンのすぐ後ろだった。声の主は黒ずくめで顔を隠す様にフードを深く被っていた。
「首尾は?」
そう聞かれたフードの男は跪き、少し頭を下げ「ハッ」と最初に声を上げて答える。どうやらクレイギンの下で動く裏の斥候の様だ。
「人も船も鱗も万全です。後は時を待つのみかと」
その言葉を聞いたクレイギンはニヤ~と何かの野望を燃やしている笑みを浮かべ腕を組んだ。
「そうか、後は下品なコウモリ共があの巣に集ってくれれば一つ国が手に入る」
視線はサクラの屋敷に向けていたクレイギンは口元を更に歪ませる。
「いよいよでございますな」
フードの下でクレイギンと同じく野望めいた笑みを浮かべる男。どうやら何かの目的を共有して動いている様だ。
「そうだ。そしてお前達も立場を高くして身分を固める事が出来るぞ?」
フードの男は少し頭を下げる。
「ありがたき幸せでございます」
そう言って深々と顔を地面に向けるフードの男。
「そしてこの地であのお方の様に、私も国を作る事が出来る・・・!」
目がギラギラと獣のように光って更に口元を歪めるクレイギンは右腕を前に差し出してサクラの屋敷を掴むような仕草して強く握った。
「我らが「聖光の炎」の為に」
低く強い口調でそう言うとフードの男も野望めいた笑みを浮かべた。
「「聖光の炎」の為に」
フードの男はそう返事して立ち上がり、消える様にその場を後にした。
だだっ広いサクラの屋敷の大きな衣装部屋があった。その部屋は来客の為の服を大きなクローゼットの中に収納されていた。服は大量にあり、男女どちらの服は勿論、大人から子供までのサイズ等で分けられているのか大きなクローゼットは半ば敷き詰める様にして部屋に置かれていた。
そんな部屋の真ん中で、ただでさえ大きなクローゼットに囲まれているのにアルバとステラが更にシンを囲んでいた。
「シン様、腕を伸ばしてください」
「うん」
アルバにそう言われて両手を平行にして伸ばすシン。するとステラは紐をシンの腕や体に沿って張っていた。
「今度は手を挙げてくださいませんか?」
「分かった」
アルバにそう言われて今度は万歳する様に手を挙げるシン。するとステラはまた紐をシンの腕や体に沿って張っていた。どうやら体の部位等の長さを計っていた様だ。
何故こんな事になっているのかは今から遡る事30分程前の事。
「燕尾服?」
疑問の顔になり、素っ頓狂な声を上げるシン。
「そうだ。お前は舞踏会の為の服は無いだろ?」
腕を組んでそう答えるサクラ。
確かにない。服を手に入れる必要がある。だが、シンの体のサイズを調べる必要がある。そうなってしまえば、シンの身体の秘密に近づける事になり兼ねない事だ。
それは避けたい。だからシンはこっそりと「ショップ」で礼服でも手に入れようと考え、礼服でも問題ないかどうかを訊ねる。
「・・・普通の礼服は無理なのか?」
そう尋ねるとサクラは少し眉間に皺を寄せた。
「勝手が違うぞ」
「・・・・・そ、そうか」
少し怒気に近い口調で答えるサクラ。
だが、サクラの言う事は最もだった。
他に方法は無いかと画策するシン。
実際、パーティではなく舞踏会だ。当然普段服は論外。礼服やスーツは恐らくこの世界には合わないし、動きにくい。貴族服のコスプレ衣装は見た目こそ問題なくとも、踊る為に動きやすいのかどうかと問われれば怪しい所だ。
そもそも、舞踏会で着る服の参考になる写真等の物はない。無論「ショップ」を出すわけにもいかないから参考資料を手に入れる事もできない。だから、どう考えても服屋でオーダーメイドしてもらうのが最良だろう。
(それに多分バレているだろうが、ここで「ショップ」をおいそれと見せるわけにもいかないしな・・・)
ギアに「ショップ」の事を口止めしていない為、サクラが知っている可能性はあった。
だが、バレていない可能異性もある。この2択から選ぶとすれば、バレていると考えて楽観的に行動するよりもまだバレていないと慎重な行動した方が良い判断したシン。
もし、バレていないとして動くのであれば、サクラには糸の魔法があるから「ショップ」を開くと不審な動きをしている事が分かってしまう。これが原因でバレてしまう可能性は大きい。しかし、シンの身長や体のサイズ等々が知られてしまうのは気が進まない。
(今回の舞踏会は飽く迄も共生派の会合だ。至上派の過激な行動の事を考えればここで一網打尽にしておきたいはずだ)
シンの考えている通りであれば今回の舞踏会で至上派の襲撃は間違いなく起きる可能性は決してないわけでは無い。寧ろ非常に高い位だ。
こんな会合、今回逃せばいつ会合が開かれるのか分からないからだ。ほぼ間違いないだろう。
また、もしシンだけが参加せずに警備に当たれば警戒して襲ってはこなくなるだろう。だが、次の襲撃の機会はシンが立ち去ってからの可能性が高い。
だから、シンだけが参加しないわけにはいかなかった。
「(やっぱり、作ってもらうか)・・・分かったよ、服を頼む」
そう結論に至ったシンは小さな溜息をついてそう答えた。
「分かればよい」
そう答えてフンスと鼻息を強くするサクラ。上手く丸め込まれたような気がしたシンは再び小さな溜息をついた。
そして今に至る。
ステラが紐を張ってシンの体のサイズを計測し終えるとアルバの方へ向き静かに頷いた。
それを見たアルバはシンの方へ向く。
「シン様、計測が終わりました」
「ああ、ありがとう」
ああやっとか、と思いながらそう答えるシン。
「では私達は服を仕立てに参りますので、後はご自由にしてくださいませ」
「分かった」
シンがそう答えるとアルバとステラは一言「失礼しました」と声を掛け軽く一礼してからその部屋を後にした。
「・・・・・」
部屋には誰もいない衣裳部屋。シンはどこか行こうとせず、その場に残った。そして、近くに誰もいない事を気配で確認したシンは
「アカツキ」
に連絡を取った。当然
「おう、ボス、大丈夫そうだな」
ちゃんと返事をする。
「ああ、誰もいないが」
「小声だな」
「うん」
アカツキは今の状況の事を理解している。だからシンが一々「小声」と念を押さなくてもアカツキは小声で話す事をちゃんと想定していた。
「いよいよドンパチせざる得ない可能性があるイベントが舞い込んできたな」
「ああ、その為の打ち合わせだ」
シンは今回の会合でやってくる共生派の貴族は多くいると考えていた。
(少なくとも多人数の可能性は十分にあるよな・・・)
襲ってくる武装勢力の数が決して少なくない。少数精鋭でも10人以下の人数と考えていたシンは念には念を、と自分以外に動けるスタッフがいるのかどうかが訊ねる。
「この近辺にスタッフはいるか?」
そう尋ねるとすんなり答えるアカツキ。
「ああ、ディエーグがいるな。まさか、今回の舞踏会の警備に当たらせるのか?」
何かを心配する様な口調で訊ねるアカツキ。安心させるつもりではないが問題ない事をシンは伝えた。
「いや、迎撃用員だ」
「って事はディエーグが動くとなると大人数の集団戦になる可能性があるって事か?」
どことなく納得が出来たからか、口調がいつも通りになる。
「平たく言えばそうなる」
「まぁ、共生派を一網打尽にするには大人数は必要か・・・。なら、あいつの本領を十分に発揮させられるな」
何故ディエーグを動く事になるのかの理由が完全に納得できたアカツキは仕方がないという気持ちと若干の心配の気持ちが混じった口調になる。
「ああ。それで近くにそう言った怪しい集団いるか?」
「ああ、いるぜ、ゴロゴロとな。現状は野盗のふりしてると思しき集団と、廃墟になった屋敷を根城にしてる集団、それから・・・何かドラゴンを連れた冒険者の一団と思しき集団、そして、大きな農家の振りしてる集団の4つだ」
シンの質問に物の1秒にも満たない位すんなりと答える。その言葉を聞いたシンは軽く頷いた。
「分かった。舞踏会が開催したらその4つの集団を注視してくれ。それまでは監視を続行してくれ」
「OK、ボス。ディエーグを向かわせて潜ませるぜ」
シンは何か思い出してアカツキが通信を終えようとしていた事に待ったを掛ける。
「ああ、それから場合によっては俺とバディを組むかもしれないと伝えてくれ」
「・・・OK、バディ、ね。上手く行きゃあいいけどよ」
ディエーグとシンが組む事にどこか心配そうに答えるアカツキ。
「ああ、俺とあいつは似た者同士だからな。だが、できる事はやってみるさ」
「ああ、そうかい。他に何かあるか?」
少し呆れ気味に言うアカツキの言葉にシンは小さく「う~ん」と唸ってから答える。
「念の為にリーチェリカも近くで待機させてくれ。それからフリューにはいつでも出撃準備ができる様にしてくれるか?」
更にリーチェリカと巨大な航空機であるフリューを待機させる事を言うと疑問や異論はなくすんなり肯定の返事をする。
「OK、ボス。ただ、距離から考えればフリューにはボスの周辺を飛び回っていた方が良いと思うんだが、どうだ?」
フリューはヘリコプターのホバリングの要領で離陸する事が出来る。だが、それでも時間がかかる事に心配したアカツキは地上から見えない位の高度を上げて屋敷周辺を飛び回って待機させる事を提案した。
「その方が良いなら周回していつでも動ける様にしてくれ」
シンはその事に異論も疑問なかった。だから肯定の言葉を返した。
「OK。他には?」
「取敢えずはそんなもんだろう。・・・そろそろ通信終了した方が良いしな」
他に思いつく事も無いし、それに近くにいつまでも衣装部屋にいるのも不自然だ。そろそろその場を立ち去った方が良いと判断したシンは通信も一旦終了する事を言う。
「OK、通信終了する」
「ああ」
シンはそう答えて衣裳部屋を後にした。
(今回の件、敵は間違いなくアイトス帝国の件でも関わっているはずだ)
複数の何かが何かの為につまらない争い事を起こして死ななくてもいい者が弱い順に命や尊厳を奪っていく。
そんなつまらない事を閉幕する為にもシン達は兜の緒を強く引き締める思いを胸に屋敷の廊下を歩いて当日に備えた。
そして、数日後。
閉幕の朝がやってきた。