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136.何がある?

 空が赤く、徐々に仄暗くなっていく頃。

 この世界の大半の人間がその日の仕事を切りの良い所か完全に仕事納めにして家路に帰路する頃。そんな時間帯になっても構わず仕事をしているのは事務や公務等々を行っている者達か仕事を早く切り上げて自分の時間に当てている者達かのどちらかだ。

 シンは後者の方で自室に半ば閉じ籠ってソウイチの手記を読んでいた。


「確かに聞いていた通り、本のメモって感じだな・・・」


 そう呟くシンの手にはソウイチの手記があり、いくつかのページを開いていた。


(想像以上に真っ黒だったな・・・)


 内容を見る限りでは太宰治や夏目漱石等々の代表作品名が連なってリストとなっているページやそれぞれの内容に関するメモが1ページ、1ページに隅から隅まで小さな文字でそのページが黒くなってしまっている程びっしりと書かれていた。

 通常の人間であればどんなに目が良い人間でも間違いなく疲れ果ててしまう事だろうと、そう思わせる位にとんでもない物だった。

 幸いシンの場合は目がBBP化されている為、目が疲れるという事にはならない。だから、1ページからぶっ通しで読み続ける事が出来る。


(けど何でだ?ほとんどがかなり古い作品ばかりだ。最近の小説とかはほとんどないな・・・)


 娯楽をこの世界に持ち込むのに何も昔の小説でなくてもいいのだ。例えば、漫画、ボードゲーム、原始的なおもちゃ等があるはずだ。また、最近の本でも十分面白いものがあるからそれを記してもいいはずだ。だが、ソウイチは飽く迄古い小説に拘っていた。


(建物の設計を見る限りでは、かなり斬新なデザインだから、少なくとも現代人だと思うが・・・)


 サクラの屋敷の設計や地下の書庫室、庭のデザインから考えれば別にかなり古い時代からやってきたという訳でもない。だから、当時流行していた本のタイトル等が手記に記していてもおかしくないはずだ。

 だがそれがほとんど見受けられなかった。

 また、手記を読んでいく内に、これはただのメモでも無く、アイディアノートの様にも感じない。となれば別の可能性。


(何かあるのか?)


 そう思って偶々開いていたリストのページをもう一度改めて見る。


「・・・・・」


 数分程隈なくそのページを見返すが分からなかった。


(別に特に変わった所はないな・・・)


 少し拍子抜けを食らったような顔になるシン。

 特に印をされているわけでも無く目だった所は無かった。寧ろどこにでもあるようなリストの様に見えた。


(暗号でも無さそうだな)


 色を分けているわけでも無いし、特別な記号も文字を変えているわけでも無い。更に言えばモールス信号の様なものがある様にも見えなかった。

 シンは窓に差し掛かる日の光に向けて手記を翳しページを透かして見た。


(透かしもない)


 透かしの様な仕掛けがあるのかとも考えたがどうやらそれも無かった。今度は一旦手記を閉じて周りを確認してみる。


「ない、か・・・」


 そう呟きもう一度例のリストのページを見るシン。


(火で炙るとか水に浸す、と言う可能性もあるけどサクラは許してくれないだろうし、そもそもそう言った匂いが無いな・・・)


 シンが考えていた可能性の内の一つの「炙り出し」。

 本居宣長の「在京日記」の1756年の正月の項には,酒で書いた隠し文字にめいめいが銭を賭け,火にあぶって出た文字を当てた者が銭をとる遊びがあったという記録がある。

 紙に酒,ミカンやレモン等柑橘類の絞り汁で紙に絵や文字を塗り、火で炙りだす事で絵や文字が浮かび上がらせる方法の事だ。

 これは紙のセルロースの水分が奪われ,炭化して,焦茶色に浮かび上がるという仕組みなのだが、酒や柑橘類によっては引火の原因となる為、なるべくならこの方法は使いたくなかった。もっと言えばこの世界のアルコールや柑橘類がシンが居た世界と同じ成分である保証はどこにもない。

 因みに塩化コバルトの水溶液を使うと水分が失い、青色に浮かぶ。

 そしてもう一つの方法の「水出し紙」。

 京都にある水の神様で有名な「貴船神社」に、水におみくじを浮かべると文字が浮き出てくる「水占みくじ」と言うものがある。このおみくじを買うと一見すると何も書かれていないのだが、水に浸すと占いの結果が浮き出てくるのだ。

 仕組みは非常に簡単でミョウバンの水溶液を用意して、何も書かれていない紙に筆等を使って文字や絵を塗り、後は乾かすだけで出来上がり。

 後は普通の水に浸せば、絵や文字が浮き出てくるのだ。

 これはミョウバンの水溶液で文字を書いた箇所は水が染み込まない為、文字が浮かび上がる様に見えるのだが、紙質やインクの質によっては水に浸すだけでダメになる恐れがある。だからこの方法もなるべくなら取りたくなかったのだ。

 因みに紙質や紙の色で見え方が変わる。

 どちらも紙をダメにしてしまう可能性があった。だからこの方法は取りたくないしとっても無意味な結果になる可能性が高かった。

 そもそも、酒やミョウバン等々の特別何か変わった物の香り等しなかった。


(それにこの世界の酒とかミョウバンみたいな物とかの質が分からないから尚更だな・・・)


 ここはシンの知っているような世界ではない。だからさっきの炙り出しの方法以外の方法がある可能性があった。それこそ未知の物質を用いた炙り出し、魔法による隠蔽、この世界の古い言語を利用した知らない暗号方法等々があり得る。

 だから、現状ではシンがこの手記を調べるのには限界があった。


(唯一変わっているとすれば、「走れメロス」だけが少し文字が大きい位だな・・・)


 手記を見つつ今度は大きく溜息をつくシン。


(あ~この場にリーチェリカがいてくれたらな・・・)


 半ばむくれた様に頬杖をつきながらそんな事を思うシン。

 確かにリーチェリカがいれば手記に関する調査がシン以上に進める事が出来る。当然だがリーチェリカはこの世界の魔法は一切使えない。だが、未知の物質や魔法等の発見ができる。特に未知の物質の発見はジンセキでは大きな貢献する物のである可能性は十分にある。

 シンが手に持っている手記はこの世界の物ではないがこの世界に馴染んでしまった物だ。だから、この世界の技術を使って何かしらの仕掛けが施されていたとしてもおかしくない。


(でも肝心なリーチェリカはここにはいない)


 リーチェリカはダンジョンの調査や野盗潰し・・・と言う名目のサンプルとモルモットの調達に勤しんでいる。この事をリーチェリカに聞かせれば、手記自体に興味はあるかもしれないだろうが、今の状況から考えればここにリーチェリカを呼ぶわけにはいかない。

 リーチェリカの存在が知られてしまえばジンセキの事を第三者に知られる恐れがある。また、この場でもリーチェリカの知らない未知な物がその辺にゴロゴロとある。当然、そうなればサクラに迷惑が掛かるだけでは済まない可能性が非常に高い。

 伝えれば間違いなくここに来るだろう。だから余程の事が無い限り、この事はリーチェリカには伝えないようにしようと考えた。


(明日にはこれを返さないといけないからな)


 シンが持っている手記は3日までしか借りられないのだ。その期日は明日までに迫っていた。ここで何か分からないまま終わってしまえば、サクラの屋敷に寄る事が無くなるから当分の間は調べる機会が無くなってしまう。流石にそれは拙い。僅かでもいいから何か手掛かりの様なものを見つけたい。だが、調べるのには限界がある。ほぼ手詰まりに近い状況だ。


(どうするか・・・?)


 そうやって頭を抱えているとアカツキから通信が入った。


「ボス」


「何だ?」


 眉間に皺を寄せながら返事をするシン。


「俺のカメラで手記に書かれてある情報を取敢えず保存するのってのはどうだ?」


 アカツキの提案はかなり良いものだ。取敢えず写真と言う記録媒体として取敢えず保管するという手は現状では良いものだろう。

 また、カメラはこの世界の魔法の反応である例の光る靄が映し出される。何か魔法等が仕掛けられているのであれば反応する可能性がある。


「それ良いな。早速撮ってくれるか?」


「OK、ボス。最初のページを開いてくれるか?」


 シンは手記の最初のページを開いてキャップのカメラレンズに見せる。


「ほい、チーズ」


 アカツキはカメラを取る時の掛け声をした。

 その掛け声いるかと少し呆れ気味に思いながら、アカツキが何か写っているかどうかについての結果を待った。


「何かあるか?」


「光る靄はねぇな」


「靄以外は?」


「それもねぇな。」


 どうやら光る靄はおろか当別何か変わった物が写っていなかったようだ。


「・・・いや、仕掛けとかがあって発動していないという可能性もあるな」


「なるほど、この世界の魔法は統一されているわけじゃねぇもんな」


 この世界の魔法の発動方法や使い方は様々ある。だから、どういう条件で魔法が発動するのかが分からないから、条件が整わなければ動く事が無いのであれば今魔法の反応が無くてもおかしくない。


「取敢えず進めよう」


「ああ、次のページを頼む」


 そのまま1ページ、1ページを写真に収める作業を行っていった。





 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 改めて見てもアカツキからの言葉を聞いても何も変わらなかった。本当に何も写らなかったし何も分からなかった。

 こんなペースで最後のページまで辿り着いた。


「これで最後か?」


「ああ、そうみたいだな」


 シンがそう言うと数秒程黙るアカツキ。


「よし、全て写し終えたぞボス」


 アカツキが全部写し終えた事を聞いたシンは改めて・・・最後に何か変わった事が無いかを訊ねる。


「分かった。何か変わった事でもあったか?」


「いや、至って普通だったな。特に変わった事なんざねぇな」


 やはりか、と残念そうに溜息をつくシン。


「そうか。また後程見せてくれ」


「ああ、通信終了」


 アカツキの返事を聞いたシンは手記を手に持って立ち上がる。丁度その時自分の腹時計の鳴り具合を見て今が夕食前である事に気が付いた。


(もう夕食の時間なのか。思いのほかのめり込んでいたな・・・)


 シンがこの手記の事を調べたのが午後の3時位の事。そこから考えればかなり時間が経っている事になる。夕食ついでにサクラにこの手記を返す為に部屋を後にした。





 だが、今回シンとアカツキが行ったこの行為が後に重大な秘密に辿り着く事になるとはこの時、誰も知らなかった。


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