135.初めて見た
小鳥が囀りながら空を舞い、青空の雲へと向かっていた、そんな午後の事。
「その術式は今のお前には負担が大きすぎる。先に魔力を感じる事から始めるんだ」
「はい、サクラお姉様」
庭でサクラはレーデに魔法の使い方を教えていた。教えていた魔法は水の魔法で空中に水球を浮かせて飛ばすと言うものだった。無論その近くにはシンが周囲警戒の為に居た。
(やっぱり、魔法には相当詳しいんだな)
レーデに教えているサクラの後ろ姿を見てそう思うシン。今教えているのは水の魔法だ。今までサクラの魔法と言えば糸の魔法しか知らなかったシンには、糸とは無関係な魔法でも適切であろう事を教えていく事にどことなく新鮮に感じた。
(という事は糸以外の他の魔法も使えるという事なのか?)
確かに、聞いている限り教えている内容が高度のように感じる。ならば、他の魔法を駆使している可能性も決してないわけでは無いはずだ。
「よし、そのまま魔力を感じる様になったら両手を前に差し出して手の平から水球が出るイメージを持て」
「はい、サクラお姉様」
レーデはサクラの言われた通り両手を差し出して目を閉じてイメージを固めていく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
手の平から水球が出現する事をイメージする事に集中していくレーデに変化が起きた。
フワ…
レーデの手の平の前から小さな水球が出現してきた。
「ほぉ・・・」
思わずそう感心の声が漏れるシン。実際の目で魔法らしい魔法を目の当たりにしたのは今回が初めてだからだ。
プクプク…
レーデの手の平の前にあった水球が徐々に大きくなる。水球がサッカーボールより一回り小さい大きさになった時、サクラはレーデに次の指示を出した。
「そろそろいいか・・・。今度は水球が矢のように速く飛んで行く事をイメージしてみろ」
「はい・・・サクラお姉様」
そう答えるレーデの顔は真剣さながらの眉間に皺を寄せて口を一文字にしていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
水球は今の所フワフワと浮いていた。その様子にじっと見つめていたシンとサクラ。
「・・・いって」
レーデがそうポツリと言った瞬間の事だった。
ヒュン…!
バシャ…!
「!」
レーデの手の平の前にあった水球が矢が放ったように急に速度を上げて5m程先にあった木に命中した。木の方は大きな水風船でも当たった位の結果だった。
つまり戦闘と言う面では期待できない結果だ。
だが、全くできなかった時から考えれば大きな成果で喜ばしい。
「素晴らしい、レーデ。そのイメージを大切にしろ」
サクラはレーデの元まで行きニッコリと笑い頭を撫でた。
「はい」
その事にレーデは素直に喜んだ。
「だが、目を閉じなくてもできる様に、な」
「はい、ありがとうございます。サクラお姉様」
次に反省点を上げていくサクラ。実際レーデは目を閉じなければ水球を放つ事が出来なかった。その事をちゃんと理解しているレーデは素直に指摘された欠点の事を受け入れる。
早速覚えたての水球の魔法を練習に励むレーデ。
その様子をジッと見ていたシンは今までの魔法の事について思い出していた。
(魔法・・・。そう言えば、今までの魔法ってどっか搦め手みたいなもんばっかだったな・・・)
エリー達と最初にあった時は発動前だったし、ヨルグのアウグレントの「ゲヘンバッシュ」もシンには効かない上に、発動したかどうかも分からなかった。つい最近ではサクラの糸の魔法は発動した瞬間が分からなかった。
まともに魔法が発動したのは本当に初めて見たのだ。
お陰でシンの顔は口を少し開けて、子供の様なワクワク感が溢れていた。
(いや、俺は使える魔法は「ブレンドウォーズ」の魔法しかないもんな・・・)
そう考え軽く首を横に振るシンはふとある事に気が付いた。
(そう言えば、サクラの糸で縛られた時、「魔力吸収」ができなかったな)
シンには「魔力吸収」と言う魔法がある。これは魔力を持った相手又は物から魔力を手に入れる真だった時に思い付いた例のノート書いたオリジナル魔法だ。
これは普段から吸収しているが、意図して強くする事が出来る。サクラと初めて対峙した時でも「魔力吸収」は発動していた。魔力で作られた糸であれば吸収してしまえばすぐに糸は無く泣てしまうはずだ。
だが、それが起きなかった。
ここで2つ考えられる可能性があった。一つは需要と供給のバランスで供給、つまりサクラの魔力があまりにも多すぎたという可能性。需要は当然「魔力吸収」だ。需要が追い付いていなければ意味がない。
そしてもう一つの可能性。
(あの糸ってまさか、物理的なものなのか?)
糸を生成する為の何かしらの材料と魔力を込めておけば「魔力吸収」が発動して魔力は吸収されて消えても糸は残る。しかもその糸がどう動かせるようにする為のスイッチとなる糸と連結しておけば魔力が無くとも指一本で機能する。
まるでブービートラップの様に。
(そう考えるとサクラの魔法って本当に便利で強いな・・・)
そんな事を考えながらレーデとサクラの事を見ているとサクラがシンの視線に気が付いた。
「何だ?随分と珍しそうに見ているが・・・」
「ああ、魔法が発動している瞬間は初めて見るからな」
シンは正直に答えた。シンの意外な答えにサクラは目を丸くした。
「ほぅ?意外だな。どちらかと言えば詳しい方かと思っていたのだが」
サクラの言葉に首を振って否定する。
「いや、そんなに詳しくない。詳しいのは戦闘の事だけだな」
「魔法も使えるだろ?」
「そんな事ない、俺は魔法使えない」
「お前、「マナドレイン」・・・「魔力吸収」とやらが使えるそうだな」
その言葉を聞いたシンはピタッと時が一瞬止まった様に体の動きを止める。
この世界の「魔力吸収」は「マナドレイン」と言うそうだ。つまり、この世界でもそれと同じものが存在するという事だ。
「何で知って・・・ああ、そうかギアか」
シンは頭の中でギア・・・ピザチョロゴンの顔が浮び、その事にイラっとした。
「まぁ、それもあった」
サクラの気になる言葉に気が付いた。
「あった?いつ俺が「魔力吸収」が使えると思ったんだ?」
ギアの事をあまり信用していないのか、それとも確信が持てていなかったのか、シンが何かしらの魔法を持っている事に半信半疑だったようだ。でなければ「それもあった」とは言わないだろう。
「ワタシがお前と戦った時覚えているか?あの時ワタシは糸を使ってお前の居場所を探った」
「ああ」
「本来探る為に糸を張ればその糸に触れればどこに誰がいるのかすぐに分かるのだが、お前の場合全く分からなかったのだ」
サクラの言葉に首を傾げるシン。
「分からないのに何で俺の存在が分かったんだ?」
シンがそう尋ねると言葉足りずを補う様に続けて話すサクラ。
「まるで触れた瞬間消えた様にな」
サクラがそう言った瞬間シンは何となく納得が出来た。
「ああ、なるほどな・・・」
「だから実在する糸にしてお前との戦闘に臨んだんだ」
つまりシンの「魔力吸収」が常に発動しているせいでサクラの魔力の糸で出来た鳴子のレーダーで糸が消えていく反応が出ていた。その事に気が付いたサクラは、物理的な糸を生成してシンとの戦闘に臨んだのだ。
(つまり、俺の仮説は正しかったという訳だ)
そう考えていたシンにサクラは声を掛ける。
「シン」
「ん?」
「ワタシに「魔力吸収」を掛けて見せてくれ」
「え?」
思わず間の抜けた様な声を出すシン。
「ワタシも改めて見てみたいのだ」
正直な所シンの魔法を見せるのにはかなりリスクがある。何故ならこの世界とは違う魔法だからだ。それを見せると完全に模倣する事が出来なくともこういった魔法にしようという指針や方針が出来てしまう。そうなれば技術面で大きな戦争になり兼ねない。それこそアメリカと旧ソ連の冷戦の様に。
「誰にも見せないという条件であれば、いいよ」
シンがそう言うとサクラはアッサリ頭を縦に振る。
「感謝するぞ。ワタシはどうすればいいんだ?」
サクラが「感謝」と言う単語を使う事にシンは新鮮な光景に見せた。確かに今までの事を考えればそんな単語を口にした事が無かったから。
「ああ、分かりやすいのが手を差し出して俺が握る。その時にサクラは自分の魔力がどうなっているのかを感じて欲しい」
「こうか?」
そう言ってサクラは右手を差し出した。シンは静かに頷き左手の平を合わせた。
「じゃあ、始めるぞ」
ギュッ…
サクラの右手の平を優しく握るシン。
「あ、ああ」
シンが優しく握った事に思わず動揺して少し顔を赤くしてしまうサクラ。
早速「魔力吸収」を発動させるシン。
「・・・・・・!」
僅か数秒の事だった。サクラの体の中で流れている魔力が握っている手に集中して流れていってしまっている事が分かった。
何もしていないのに只々魔力が放出しているような感覚に少し驚くサクラ。
(これが魔力吸収か)
目を大きくして握っている手をジッと見ていた。
「もうそろそろ止めるぞ」
「分かった」
これ以上「魔力吸収」を続けてしまえば体にどんな影響が現れるのかは分からないが少なくとも悪影響の可能性は高い事だけは間違いなかった。
だから、ここで一旦切り上げたのだ。
「・・・・・」
お互いの手を離す。サクラは自分の手を改めて見てどうなっているのかを確認するが特にどうともなっていなかった。
「なかなか面白いものを見せてくれた」
今まで見た事も感じた事も無い経験にフッと笑ってそう感謝するサクラ。
「ご機嫌に添えて何より」
小さな溜息をつく様に答えるシン。だが、内心では間接的とは言え、この世界の魔法の発動の瞬間が見られた事に感謝していた。
(そう言えば、当時は魔法の事なんて知らなかったからエリーが魔法を使う瞬間とかって見た事なかったな)
当時、皆の面倒を見る事と鍛える事はしていたがこの世界の魔法についてはからっきしだった。その為、魔法の事が知りたかったエリーは黙々と魔法関連の本を読み漁り、物陰に隠れて魔法の練習をしていた。当然魔法の事は知らない上に世話の事と鍛える事に気が回っていたシンはエリーが魔法を発動している瞬間等見た事が無かった。
(やっぱり読むと見るとじゃ大違いだな)
改めて今回の発動の瞬間が貴重な物なのかを認識したシンはレーデに近付いた。
「レーデ」
「?」
近づかれた事に今気が付き、何の様かと首を傾げる。
「ありがとうな」
「?うん・・・」
シンの謎の感謝の言葉にレーデは首を更に傾げる。だが、今は魔法の事に集中すべし、と取敢えず返事をして練習に没頭した。
その事にシンは小さな溜息をつき、サクラはもう少しレーデの魔法の練習に付き合った。