133.魔法の理
今夜は上限の月の頃。上弦の月は満月が半分割れた様な形だ。そのせいなのか半分程光量は少ない。それでも暗闇に照らし出される光を求める者達にとっては無くてはならない光だ。自然の住人はその光を頼りに夜中に行動している。だが、そうでない者にとってはどこか自分の住処等でひっそりと隠れて眠る。それは人間も一緒だ。
辺りは暗く、灯りの事情が中世ヨーロッパとほぼ同じである為、ほとんどは火の灯りか魔法によるものが主だ。その為、月の光が差し込まない場所では火か魔法による光が頼りになる。
夜中何かしらしなければならない事を行っている者にとっては無くてはならない光だ。
だが、そんな灯りの事情をお構いなしに部屋に備え付けている燭台の灯り一つで十分とばかりにやや薄暗い部屋の中で書物を読み漁っている者がいた。
その者は読了後何か考える様に
「・・・フム」
と小さな声を漏らし読了となった本は机の上に積まれた本の山の頂上に置いた。
声の主はシンだった。
サクラに一言断って書物室からいくつかの書物を拝借して今泊まっている自室で読んでいた。椅子に座り、机の上には幾つかの本が積まれていた。
(なるほどな。「感じて、想像して、発動させる」・・・。この辺りは「ブレンドウォーズ」の魔法とほぼ一緒・・・と言うか漫画でもこんな設定があるな・・・)
この世界においての魔法は「一定の物や現象を起こす為にはその物を感じる必要がある」とされている。
例えば魔法で「火」を起こしたいのであれば火の特質を感じる必要がある。手を近づけて火の熱さを感じたり、何かが燃えている、焼いている、炙る等々どうにかして「火」を感じ取る必要がある。
次に感じた事等を確実なイメージする。
すると体の奥底から力の源の様な何かが湧き上がり、激しく体中に流れる。これは体の中にある魔素だ。それを体のどこから出現するのかをイメージすれば発動させる事が出来るそうだ。
使用限界と言うものがあり、限界ギリギリまで使うと酷い倦怠感と目眩が起こり、酷い場合であれば昏睡状態に陥る事があるそうだ。
体中にある魔素を回復するには睡眠をとる必要がある。
ゲームの設定、シンの場合であれば「ブレンドウォーズ」や某「錬金術」が科学となっている世界の漫画や某「念」が存在する世界の漫画等々ではそれと似ている点が多い。
(言いたい事は分かるが、流石に抽象的過ぎる部分はあるな)
この世界の「魔法」は間違いなく科学なのだろう。だが、書物を読む限りではかなり抽象的過ぎる。まるで数式を理解するのに紙やペンを必要とせず、体を動かす事を必要としている様なものだ。
(そう言えば、あの時、ギアは「スキル」と言う単語が出ていたな・・・)
シンが思い出している「スキル」とはギアと魔力の提供量について話していた時、サラリと「スキル」と言う単語が出ていた。
(この本には「スキル」と言う単語はどこにもなかったな・・・)
シンが呼んでいた本は基本中の基本の事が書かれていた。だが、エリーが読んでいた本よりもかなり詳しく書かれていた。
つまり、シンが読んでいる様なレベルの高い本にも書かれていない魔法がこの世界に存在している。
(まぁ、武術でも種類や流派とかが多くあるしな)
例えば、一言で剣術と言っても色んな種類の剣術や流派がある。それと同じ様にこの世界に存在する「魔法」は亜流や我流存在するのだろう。
もっと言えば「魔法」と言う単語が無く、もっと別の呼び方があるのだろう。
それこそ「スキル」とか。
(ギアのうっかりには感謝しないといけないな)
脳筋トカゲだけど、とボソッと小さく呟いた。
(こうなれば、他に「魔法」以外の本を読む必要があるな・・・)
もし、流派等が存在するとすれば苦労して研究した魔法の成果を真っ赤の他人にそう易々と見せる事は無いはずだ。言い方を変えてパッと見たり聞くだけでは分からないような単語になっているだろう。
また、内容次第では暗号になっている可能性もある。一目では魔法の研究書とは分からない物になっている可能性がある。
(そう考えればリーチェリカと共に行動するか、スタッフに魔法の詳しい奴が必要になるな)
リーチェリカは分析や解析に関してはジンセキ内では右に出る者はいない。相手の力量や能力だけでなく弱点等もものの1分も掛からずに判明する事が出来る。また、調査面でもリーチェリカ一人いれば警察の科学調査班が必要なくなる位の能力を持っている。魔法面でも大きく役に立つ事が多いはずだ。
だが、リーチェリカは別件の調査に当たっている。とてもでは無いがシンと共に行動するという事は出来ないだろう。
「(そうなってくると魔法に詳しい新しいスタッフが必要か・・・)アカツキ」
「おう、今平気なのか?」
アカツキのカメラには屋敷周辺しか見えていない。或いはシンが被っているキャップのカメラには読み終わった本の山しか映し出されていない。その為、周りに誰がいるのか等分かるはずがない。
だからシンは目視や気配で周りに誰もいない事を確認してから通信を取らなければならない。
「ああ、大丈夫だ。今のジンセキの状況は?」
まずシンが聞きたかった事は、今のジンセキの状況だ。この世界の自然災害が元いた地球と比べるかなり激しい事が分かっている。初めてジンセキに来た時がいい例だ。
そういった災害でせっかく造った基地等に被害が出ていないかを確認したかったのだ。
「何度か例のでけぇ台風が来て基地近くの山で土砂崩れとか起きたみたいだが、大して大きな問題はねぇ」
どうやら問題無かったようだ。その事に安堵して小さく胸を撫で下ろしたシンはリーチェリカの事について尋ねる。
「そうか。リーチェリカの方はどうなんだ?」
「ああ、現状じゃあダンジョンっぽい物を発見して調査中らしい」
シンは「ダンジョン」と言う単語に反応する。
「ダンジョンがあったのか?」
もしダンジョンだとすればそこからこの世界の魔法でどういった事が齎され、発展するのかについて発見できる可能性が大きい。
「まだ断定できねぇけどな。取敢えず調査中だ」
「そうか」
残念ながらダンジョンかどうかまだ分からないようだ。無理もない。そこが本当にダンジョンかどうかについて知る術すらシン達はまだ知らないのだから。
アカツキはダンジョンと言う単語出る事を思い出した。
「あ、それと調査で思い出したんだが、最近能力を調べる為にディエーグを別のダンジョンらしき場所に向かわせたんだ」
「ディエーグをか?」
ディエーグ、と言う単語を聞いて何か不吉そうに尋ねるシン。
「ああ」
迷いなく答えるアカツキにシンは更に訊ねる。
「今は?」
「そろそろ終わるころ合いだと思うぞ」
その言葉を聞いたシンは眉間に皺を寄せて更に訊ねる。
「・・・そのダンジョンらしき物はどうなったんだ?」
どこか不穏そうにも聞こえるその言葉。アカツキは淡々と答えた。
「言わなくても分かるだろ?」
このセリフ、ディエーグの実力と能力の事を知っていればこんな事は言わない。つまり、あまりいい結果ではなさそうだ。
「・・・・・だよな」
シンもディエーグの実力と能力の事を知っている。だから、どこか諦めた様な口調でそう答え、小さな溜息をつくシン。
「それから外貨確保の事で・・・」
アカツキが他に用件を言おうとした時、シンは何か感づいて
「待て」
と制止する。その事にアカツキは物々しさを感じる様な口調になる。
「ボス?」
シンは鋭い目付きになる。
「誰か来た」
「通信終了」
シンがそう言うとアカツキは一方的に通信終了した。だが、それが正解だ。通信が未だに続いていれば怪しまれる。もし近付いて来る人物がサクラであれば尚更の事だ。
シンはドア向こうから誰が来るのかを見る為にドアをジッと見ていた。
コンコン…
ノック音。だが、声がしない。
その事に訝しんだシンは
「誰だ?」
とやや低い声でそう尋ねた。それでも返事が無かった。そればかりか先に蝶番特有のギィィィ…と言う音を鳴らしてドアが開いた。
「・・・・・」
ドアが開き切った時、ノックをした者の正体が鮮明になった。
レーデ・エマ・エイゼンボーンだった。正体が分かったシンは鋭い目付きをすぐさまやめて普段通りの目付きになる。
「(確か・・・)レーデ・・・お嬢様ですよね?」
相手が自分より年上で目上とは言え恐らくまだ子供だ。だから優しく、かつ普段の口調にならないように気を配るシン。
「ん・・・」
シンの言葉に頷くレーデ。人見知りなのか警戒こそされてはいないが、どこかソワソワとしている様に見える。シンは椅子から徐に立ち上がり自室の所まで来た訳を訊ねる。
「何か用・・・ですか?」
「本」
そう尋ねるとポツリと答えるレーデ。そんな言葉にシンは思わず聞き返す。
「え?」
「読みたい本があるの」
どうやらレーデが読みたい本はシンが持っているらしい。その事を知っているサクラか誰かに聞いたのだろう。
「どんな本が・・・ご所望ですか?」
「それ」
そう言ってレーデは指をさした。指した先にはシンがさっきまで読んでいた魔法の基礎に関する本だった。シンはその本を手に持って
「これですか?」
と訊ねた。
レーデはコクリと頷く。レーデは齢70を超えているとは言え、まだ子供だ。だから、まだ魔法の事を学ぶ必要があるのだろう。魔法の基本を学ぶ為に必要だったのか、と判断したシンはそのままレーデに渡した。
「はい」
「いいの?」
無論、まだ読んでいるんじゃないの?、という意味だ。シンは静かに頷くとレーデはその本を手に取った。
「ありがと」
本で口元を覆い隠してそうお礼を言うレーデ。
「いえいえ」
シンがそう答えるとレーデは本を持ち直してシンの顔をジッと見た。
「何か用・・・ですか?」
シンがそう尋ねるとレーデは
「敬語、似合わない」
と言ってそのまま部屋を後にした。
「そう、ですか・・・」
明らかになれていない敬語に苦戦している様子からそう言ったのだ。シンは表情こそ変わっていないが複雑な心境になり、小さな溜息をついていた。
おまけにクックックッとアカツキの笑い声が聞こえていた。
「聞こえているぞ」
半ば呆れ気味にそう言うシン。
「悪い悪い」
アカツキは謝っているが未だにクックックッと笑っていた。
その事に諦めたのかシンは溜息を吐いて一言だけ呟いた。
「あいつに手加減しろっていっていないからなぁ・・・」
同時刻、一つの虚穴に存在していた自然と言う命がこの世から去った。




