132.踊りましょう
令和の時代でも「アンノウン ~その者、大いなる旅人~」をよろしくお願いいたします。
パン・パンッ・パン・パンッ…
屋敷の廊下で手拍子の音がしていた。
「そこで前に足を出す」
今度はパン・パン・パン・パン…とリズムよく手を叩くサクラ。シンはそれに応えて前に足を出した。
見ての通り、シンはサクラからダンスのレッスンを受けていた。
遡る事30分程前。
踊った事が無いシンはその事をサクラに伝えると早速と言わんばかりにダンスのレッスンを受ける事になった。今いる部屋まで案内され熱の籠った指導を受けている最中、という今に至る。
今いる場所は何も使われていない踊るには持ってこいと声に出してもいい程の広い一室。その部屋には2人分の椅子と小さな高級な机だけしかなかった。他にあるのは赤いカーペットとどこかの湖畔の風景が描かれた絵画だけと大きな部屋の割には質素だった。
アルバは椅子と机を隅に置いて、調理室に向かって行った。だから今ここにいるのはシンとサクラだけだった。
「そこで右足を後ろに下げる」
そう指示を出すとシンはタイミングよく右足を後ろに下げる。
「ラストッ!そのままトントンと両足を揃えろ!」
そう指示を出したサクラはパンパンッ!と大きな二拍を立てるとシンはリズムを見極めタイミングも正確に合わせて両足を揃えた。
「・・・!」
タンタンッ!
その様子を見たサクラは喜びの笑顔になる。まるで教え子に成果以上の成果を出した事に喜ぶ師匠の様な顔だった。
「悪くない。覚えが良いな」
そう言って汗を掻き、少し息切れしていた。
「どうも。というか、何でそんなに汗を掻いて息あがってんだよ・・・?」
何故汗を掻いていたのかは想像付いていたが、一応訊ねるシン。
「そっちこそ、何故それ程動いているのに汗一つ掻かないんだ?」
サクラがそう尋ねたくなるのは無理もない。30分程続けて踊り続けていたはずなのにシンには汗一つ掻いていなかった。
逆に指導で熱を入れていたサクラの方が汗を掻き、小さな息切れをしていた。
「かなり踊り慣れていたように見えるが、踊った事があるのか?」
「まぁ、あるっちゃあるな・・・」
曖昧な答え方をするシンは確かに踊った経験がある。それは中学の時、体育の授業で創作ダンスを踊る事になっていた。当時のダンスはかなり動作が激しかったが何とか踊り切った。そのお陰か自然としなやかで柔軟な足捌きが出来ていたのだ。
おかげで今までに味わった事の無い筋肉痛に苛まれていたが・・・。
(まぁ、武術の足捌きとかもあるんだろうけど、やっぱり一番は創作ダンスだな・・・)
当時はかなり面倒臭がっていたが、今にして思えば真面目に授業をしてよかったと思っている。でなければ今の様に、短い期間で自然と踊れる位の上達は望めなかっただろうから。
シンがそう思っていると、サクラがホッと安堵したように答える。
「これなら次の舞踏会でも問題ないな」
聞き慣れない単語に気が付いたシンは
「舞踏会?」
とオウム返しに訊ねる。
「正確には舞踏会と言う名の共生派の会合だ」
その言葉を聞いたシンは少し目を大きく見開く。
「聞いていなんだが?」
「今教えたからな」
その答えにシンは当然呆れた口調になる。
「・・・先に言ってほしかったな。というか、俺みたいな人間が参加してもいいのかよ」
確かに公爵家であるサクラの家に身元が不確かな人間であるシンがいる事に怪しまないはずがない。
「正直な所を言えばシン、お前は参加せず周りの警護をしてもらうつもりだったのだが、特別に参加させてやる」
「参加させてやるって・・・」
どこの馬の骨とも知れない存在であるシンが参加させないならばまだ分かる。だが、負けた方が望みを叶える、という勝負でシンと踊って欲しい上に舞踏会に参加させる。
おまけに上から目線で。
何かある。
そう訝しみを含んだ視線をサクラに送った時、先に口を開いたのはサクラの方だった。
「どうせ、選ばせても参加する事は無いだろ」
「・・・・・」
サクラの言葉は当たらずとも遠からずだった。実際シンは王族や貴族が開催される催物は可能な限り不参加しないようにしようと考えていた。もし、サクラからこの事をもっと前に切り出されていた場合、ほぼ間違いなく不参加だった。参加させられても目立たない様に動いていただろう。
つまり、サクラの狙いはシンを舞踏会に参加させる事だった。
「これが狙いだったのか?」
意地の悪い笑顔を作るサクラ。
「さて、何の事だ?」
口調すらも意地悪なものだった。シンはフンとそっぽを向ける。
サクラはシンに自分の実力を見せてどう反応するかを見極めると同時に、どうあってでもシンを舞踏会に参加させる事を画策していた。
結果は今の通り成功した。
「だが、意外だったな」
そう言って腕を組むサクラ。
「何が?」
シンは眉間に皺を寄せながらサクラの方へ向く。
「お前ならごねるか文句を言う等するかと思ったが案外素直に踊った事だ」
その言葉を聞いたシンは難しそうな顔をして眉間に皺を寄せる。
「・・・素直さが取り柄だからな」
「素直、ねぇ?」
そう答えるとサクラは腕を組み、やや意地悪そうにジト目でシンを見た。どの口が言うと言わんばかりの視線だった。
シンはまたそっぽを向く。
「・・・・・」
サクラは数秒程シンを見て、腕を組むのをやめた。
「・・・シン」
「ん?」
サクラの方へ向かず取敢えず返事するシン。
「今度はワタシと踊ってみないか?」
そう言われたシンはサクラの方へ向いた。そこにはシンの方へ手を差し出すサクラだった。目を大きく見開くシンは
「・・・ああ」
と返答して素直に手を取り、サクラの体を自分の身体を密着させる様に寄せた。
「ん…」
サクラは小さな声を漏らす。シンは背中と腰の中間に左手を添え、右手でサクラの左手を軽く握る。サクラはシンの左腕に添える様に優しく乗せた。
「・・・!」
シンの方へ体を引き寄せた時サクラはある事に気が付いた。
それはシンへの熱を挙げての指導で掻いた汗。シンが体を引き寄せた時、サクラは丁度その事に気が付いた。
サクラは顔を赤くして「しまった」と言わんばかりの顔をして、シンの方へ見る。
「・・・?どうかしたのか?」
ジッと見られた事に気が付いたシンは軽くそう尋ねる。
「い、いや何でもない」
「・・・・・」
横に首を振るサクラはそう答えて視線をシンから外す。シンはジッとサクラの方へ見ていた。
「は、始めるぞ」
若干のどもり気味な返答するサクラ。
それに対してシンは静かに頷いた。
♪~♪~♪~♪~
ある程度落ち着きを取り戻したサクラはワルツを鼻歌で歌い始めてシンと共に踊り始めた。
♪~♪~♪~♪~♪~♪~
鼻歌のテンポは軽やかで若干早かった。だがだからと言って難しいものではなかった。
サクラの左足が後ろ一歩下げるとそれに合わせてシンは右足を前に出す。
そんな動作を5回程する。
「ほぅ、良いステップだな」
「どうも」
踏み込んだり引いたり、踏み込んだり引いたり…言葉で言えば単純で簡単そうに聞こえるが、決して簡単ではない。踏み込んだり引いたりするリズムが速くなる事もあれば、遅くなる事もあった。更に言えば変調で速いリズムの曲が流れれば相手の足を踏むだけでは済まない事もある。
(本当に上手いな・・・。踊った事が無いにしては上手すぎる。教えた事はすぐに飲み込むからか・・・?)
そんな事を思いながら鼻歌を歌いながら踊り続ける。
10分程部屋の中を時計回りにクルクル回りながら優雅に回って踊り続けたシンとサクラ。
「・・・・・」
「・・・・・・・」
いつの間にかサクラの鼻歌が無くなっていて、その事には気が付いていなかったシン。
2人がその事に気が付かなかったのはお互いの顔を見合わせていたからだ。お互い顔は少し赤くなっており、終始踊りながら目線を外さなかった。
そんな踊りがどれ位たったのだろうか。
酷く短い気がする2人。
もっと長くこうして踊り続けていたい。
無意識にそう思っていた。
そんな希望が夢である事を儚く知らされる現実のある音が鳴った。
コンコン…
「失礼します、お嬢様」
声の主はステラだった。サクラはハッと我に返ったようにシンから一歩程離れる。同じくシンもサクラから一歩程離れた。それが同時だった。
「ああ、入れ」
サクラがそう返答するとドアが開いた。するとステラは軽く一礼する。
「失礼いたします、お嬢様。御夕食の準備が出来ました」
「そうか、少ししたらすぐに向かう」
その返事を聞いたステラは恭しく一礼をする。
「畏まりました」
ステラはそう答えてその場から去った。
「「・・・・・」」
後に残るのは妙に気まずい空気だけだった。もう一度踊ろうという気になれなかった。
(あれだけ踊ったんだ・・・。ワタシの匂いの事、気が付いていないか・・・?)
我に返ったサクラは内心焦っていた。自分の匂いがシンにとって不快な物ではないのかどうかについて小さな不安を抱いていた。だが、それを単刀直入に訊ねればサクラは恥ずかしさのあまりに悶え苦しむだろう。それだけはどうしても嫌だ。だから出来ない。
そんなサクラにシンは声を掛ける。
「サクラ」
「な、何だ?」
身構える様に返答するサクラ。シンは普段の様な態度で少し申し訳なさそうな口調で
「ゴメン、俺汗臭かっただろ?」
と切り出した。
「・・・へ?」
シンの意外な言葉に思わず間の抜けたような言葉を口にするサクラ。そんなサクラにシンは変わらない口調で訊ねる。
「俺の匂い、平気だったか?」
シンのその言葉を聞いたサクラは始めしどろもどろだが、徐々に立て直す様に答える。
「え、ああ・・・いや、気にするな。ワタシは気に・・・ならない・・・かった・・・」
そう返答するサクラは少し赤くなっていた。シンは小さな溜息をつく。
「そっか」
シンはそう答えるとドアの方へ向く。
「先に向かっているぞ」
「あ、ああ」
サクラの返答を聞いたシンはその場を後にした。
シンが見えなくなった事を確認したサクラは顔の赤さを確認する様に顔に両手で軽く覆った。
「~~~~~~…!」
声にならず声に出そうな・・・とよく分からない声を発するサクラは数分その場に立ち尽くしていた。
先に向かったシンは歩きながらサクラと踊っていた事を思い出していた。体を密着させ、お互いの顔を見ながら軽やかで優雅なステップを踏み、踊って楽しんでいた事を。
(・・・良い香りがしたな)
そんな事を口にすれば相当な失礼になり兼ねない言葉。ましてや相手は王族であのサクラだ。色々な意味で拙い。
だからそんな事は決して口にせず心の中で零すように呟いたシン。
踊っている最中、クルリクルリと回るごとに、どこからか馨しい香りがシンの鼻を擽っていた。その香りがする方に居たのは、終始お互いの顔を見つめ当っていたサクラだった。
少し言い過ぎかもしれないが仏頂面、鉄面皮、ポーカーフェイスと無表情に近いシンは目を細めどこか穏やかな顔つきになる。
「結構楽しかったな」
当の本人は気が付いていなかったが、そうポツリと呟き、小さく口元が緩んでいた。