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129.読む為に

 マーディスの部屋を後にしたサクラ。その後ろでは控える様に付いて行くステラはある事に気が付き進言する。


「お嬢様、たまには外の景色をご覧になられながら戻られたらいかががでしょう」


「・・・そう、だな。偶にはいいかもしれないな・・・」


 そう答えたサクラは歩くスピードを落とし、目的の部屋に行くまで屋敷内をウロウロと歩く事にした。





「・・・・・」


 だが、いつまで経っても目的の部屋には行かなかった。そればかりか目的の部屋までかなり遠回りの道のりを選び、終始窓の外を見なかった。


「・・・・・」


 ステラはジッとサクラの様子を見ていた。

 実は冷静なったはずのサクラがマーディスの部屋から出た瞬間、再び顔が赤くなっている事にステラは気が付いていた。今の顔の赤いサクラをマーディス一家の人間だけでなくシンにも見せたくなかった。と言うより、一番見せたくなかったのはシンだ。だから「外の景色をご覧になられながら」と進言したのだ。サクラはステラの提案に乗り、そのまま屋敷内を歩く事にしたのだ。


 ヒタ…


 顔に手を当てて温度で赤くなっている事を確認するサクラ。


「~~~~~~っ…」


 顔が熱い。まだ赤い様だ。

 サクラは数分置きに顔に手を当てて顔を赤い事を確認する。そんな事を繰り返して20分程屋敷を歩いていた時、サクラが恐れていた事が起きてしまった。


「「あ」」


 廊下の角を曲がろうとした時、シンと鉢合わせてしまった。予想外の出来事に思わず間の抜けた様な声を出すサクラ。

 シンも気配では誰か来る事には気が付いていたが、まさかサクラだったとは思わなかった。この時間帯であればサクラは書斎に籠っているか、書庫室にいるかのどちらかだからだ。因みにシンはサクラの書斎も書庫室も知らない。


「こ、こんな所で何をしているんだ?シン・・・」


 やっと引きかけてきた顔の僅かな赤さを隠す事が出来ず、どもり気味に訊ねるサクラ。


「暇だから外で身体を動かそうと思って。サクラは?」


 普段のシンは連日、屋敷の庭で歩いている。何故ならいつ敵がこの近くにいるのか分からないからだ。だが、今回は屋敷内を見回ってから外に出歩こうとしていたのだ。

 そこにサクラと鉢合わせてしまった。


「ワ、ワタシはこれから部屋で休もうかと考えていた所だ」


 未だにどもり気味に答えるサクラにシンはサクラの顔を覗く。


「そう言えば、サクラ顔が赤いが、具合でも・・・」


 サクラの顔の赤さでてっきり体調が悪いのだと思い、顔を近づけるシン。


「い、いや、何でもない・・・!」


 更に赤くなって首を勢い良く左右に振り、2、3歩程後ずさりするサクラ。


「・・・・・」


 サクラの様子を見て、心配と本当に体調不良なのかと言う、訝し気、自分の事に対する気持ちの僅かな察しを込めた視線を送るシン。

 シンに対する気持ちや、心の底から込み上げてくる恥ずかしさ等々の理由で顔を明後日の方向に向けて赤くなった顔を隠す。

 こうなってくれば気まずい空気が流れてくる。そうなる前にサクラが軽い深呼吸をして先に口を開いた。


「そうだ・・・!シン、ここの書庫室でも見るか?」


 そう言ってシンの方へ向けた時、サクラの顔の赤さが引いて今はもう目立っていなかった。代わりに出会った時程ではないが自信満々な笑みを浮かべていた。


「書庫室?」


「ああ、この世界の書物だけでなく、お前がいた世界の書物もあるぞ」


「!」


 シンの目が少し大きくなる。そんな様子のシンにサクラはどうだ驚いたかと言わんばかりに勝ち誇った様な笑みになる。

 しかし、よく考えてみればサクラの父は日本人だ。日本人がこの世界に持ち込んだ書物等があってもおかしくない。


「正確には父上が読まれた書物を書き起したものだがな」


 サクラのその言葉に気がついたシンはある事を訊ねる。


「直接持ってきたわけじゃないのか?」


「ああ、手記と筆記用具以外あまり何も持っていない状態だったそうだ。多分かなりのうろ覚えで書き起したのだろう」


「本は持っていなかったのか?」


「そうだ」


 確かに、シンの時でも無一文どころか身包みすらないような格好でこの世界に来た。その事を考えれば、気が付かない内にこの世界に来たと考えた方が良いだろう。例えば学校や職場からの帰り道でいつの間にか迷い込んだ等。

 その事を確認したシンはサクラが言っていた「手記」の事を訊ねる。


「その手記って今どこにあるんだ?」


「それなら書物室にある。見たいのか?」


「ああ、読みたい」


 そう言って大きく頷いた。それを見たサクラは自信満々に笑顔になって


「こっちだ」


 そう言って先導した。シンはサクラとステラの後を付いて行った。





 書庫室は地下にあった。

 いや正確には地下へ降りる階段すらも書庫室になっていた。


「へぇ、変わった書庫室だな」


 シンの言う通り、本当に変わった書庫室だ。何故なら、地下に使われている岩やレンガを螺旋階段に沿って大きなくぼみを作って、そこに本棚が備え付けられていた。だから降りる度にあらゆる本のタイトルが確認できるようになっていた。

 シンは見た事も無い光景だ。そうなれば、当然地下へ降りながらキョロキョロと本棚を見渡していた。


「・・・父上が設計したんだ。元いた世界の書斎がこんなだったらしい」


 ソウイチはどこかの金持ちのお坊ちゃまではないのかと頭に過る。作りがかなり現代的に近いものが多い。そう考えると屋敷の外装が主張の激しい日本家屋寄りの洋館もソウイチが何か意図して作ったのかと考えてしまう。


「この屋敷の外装はソウイチさんが?」


「いやこれはワタシだ。父上の遺言で内装以外は好きなようにしてくれてよい、とあったからな」


「・・・・・」


 まさか、屋敷の外装はサクラだった事に呆れてしまうシンは思わず訊ねる。


「何でこんな外装に?」


「話に聞く日本家屋とはこんなものではと考えて作ったのだ!」


 自信満々に答えるサクラ。今のシンはサクラの後頭部しか見えないが恐らく・・・と言うより事実サクラは自信に満ちた笑顔になっていた。


「・・・・・そうか」


 憧れがあったからこんな屋敷になった様だ。傍から見れば何を主張しているのかが分からない屋敷の原因がアッサリとした事に拍子抜けするシンは別の事を訊ねる。


「本の整理はステラかアルバが?」


「いや、父上が全て整理していたらしい。今はワタシが管理している。掃除は2人に任せている事があるが・・・」


「それは遺言で?」


「いや、私がしたかったからだ」


「そうか」


 独特な書庫室の設計と本の整理の事から考えれば、少なくともここに来た時のソウイチは学生ではないのだという事が分かる。また素人の目のシンから見ても、書斎の設計がここまでよく出来ているし、この国に医療技術を発展させたこと鑑みれば、ソウイチは実業家だったと考えてもおかしくはない。

 つまりシンの考えでは、ソウイチは成人男性で、社会の立場からすればかなり高い位置にいたのではないのだろうかと考えている。

 しかも、独創的な考え方を持っており、娘のサクラにはかなり信頼を置いていいた。でなければ、自分の屋敷の外装を自由にしてよいとは言わないからだ。

 そんな事を考えながら歩いていると、ある本に目が留まる。


「あ、この本・・・」


 それは太宰治の「走れメロス」だった。


「ああ、その本は父上がどうしてもこの世界でも読みたかった本だそうだ。書き起した本はこの世界でも読めるように可能な限り思い出して書いたって」


 サクラがそう答えて手に取った。


「そうか・・・。サクラは読んだ事があるのか?」


「ああ、この書庫室の本は全て読んだよ」


「どれが気に入っているんだ?」


 シンがそう尋ねるとサクラは手に取った「走れメロス」を元に戻しながら答える。


「う~ん、気に入っているというより、印象に残っているのが「虞美人草(ぐびじんぞう)」だったな」


「「虞美人草(ぐびじんぞう)」?夏目漱石の?」


 作中では、子どもの結婚を巡って4つの家で起こる人間模様が描かれた、とんでもなく作り込まれた夏目漱石の本気の作品。

 気楽に手に取って読める様な「吾輩は猫である」とか「坊っちゃん」とは違い、最初から最後まで物語をどういう風に進めるのか、登場人物の設定も含めて、事前に相当考えてから書き始めた作品故に読了後はかなり考えさせられる作品だ。

 シンも読んだ事があった。最初は登場人物等の把握が厳しくて何度も読み直したある意味苦労した読了後があまり良いものではなかった、という印象が大きかった。一言で感想を述べるなら「善意で舗装された道の行き先は地獄」だろう。


「ああ、「色を見るものは形を見ず、形を見るものは質を見ず」と言う一節が気になっている」


「サクラはその言葉をどう思っているんだ?」


「ん~、全ての要素を万遍なく均一に把握する事が、真実を知る為に最も大切な事だ、と言う思っているんだが・・・」


 ほとんど言葉の通り、「色」ばかり見ていては「形」をおろそかにしてしまい、「形」にこだわっていれば、そのものの中身である「質」を見落としてしまう。

 つまり、サクラの言う通りだ。

 だが、シンはその考えを少し否定する様に答える。


漱石(作者)はこういった聖人君子的な事は言わないと思う」


 そんな答えにサクラは小首を傾げて訊ねる。


「ならどう思うっている?」


「飽く迄俺の想像だが、漱石(作者)本人がいれば「人間とは1つのものだけしか見えなくなってしまうと、善悪というものの判断すらつけられない。かく言う私もその一人だ」と答えていたんじゃないか、って・・・」


 夏目漱石の作品に登場する人物にはそれぞれ欠点がある。それはどんな作品にも欠点はあるが、漱石の場合、それを魅力的に描かれている。だから人間の弱さを否定しない漱石らしさを考えればこれが答えなのだとシンはそう考えたのだ。


「なるほどな・・・」


 サクラも夏目漱石の作品を読んでいる。当然作品の良さも魅力もよく知っていた。だからシンの考えも納得できた。

 サクラがそう納得の呟いているとそろそろ目的の地下の書庫まで近づいた事に気が付いた。


「そろそろ目的の書庫だ」


「分かった」


 シンがそう答えた時の事だった。


「お嬢様!」


 声の主はステラだった。だが、何かがおかしかった。シン達は声のする方へ目を向けるとステラが地下まで下りて来ていた。


「2人・・・!?」


 ここまでくれば明らかにおかしかった。何故ならステラはサクラの後ろに控えていた。そうであるにも拘らず、ステラは地下へ降りてきたのだ。ステラが2人もいる。

 だから、シンは身構えていた。


「・・・!」


 だが、シンは後から来たステラを見てある事に気が付いた。


(霞んでいる・・・?)


 後から来たステラの姿がよく見れば霞みがかった様にぼやけていたのだ。


「シン様、失礼します」


 後から来たステラはそう言ってシンを押し退けるようにしてサクラの側にいるステラの前まで来た。


「・・・・・」


 サクラの側にいたステラと後から来たステラはお互いの手を合わせる。


「・・・!」


 すると、後から来たステラが霧散していった。その事に思わず、シンの目は大きく見開かれる。

 サクラの側にいたステラは急に表情を変え、サクラの方へ向き慌しい声を発した。


「襲撃でございます、お嬢様!」


「「!?」」


 急な事態にシンもサクラも驚きの声にならない声を発する事しかできなかった。


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