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126.対等の意味

 あれから3日程経った。無論「あれから」と言うのはマーディス一家がサクラの屋敷に来てからの事だ。3日経っているのだが、敵がここに来る様子はおろか、屋敷の1km圏内でも誰も何も無かった。

 いくら何でも何も起きていなさすぎる。それが逆に不安を呼び寄せる。

 だからアカツキは警戒網を大きく張り、シンも気配で警戒していた。

 そんな最中シンとサクラ、マーディス一家が一つの部屋で昼食を摂っていた。


 カチャカチャ…


 白い皿に金属であるナイフとフォーク音とマーディス一家とサクラ、シンはお互いに気楽な親戚同士の会話の明るい声が部屋の中で響かせて食事をしていた。話の内容はどれもこれも気楽な日常的な話ばかりでカラカラと笑う場面も多々あった。

 そんな話でも王族同士の会話。他愛のない話でもシンは可能ならそんな話に入りたくは無かったが、ホームステイを行っているサクラの立場の事を考えれば断るわけにもいかず、若干腑に落ちないない心境を持ちつつ会話に参加していた。

 そんなシンに、ワインを嗜む様に飲んでいたマーディスから声を掛けられる。


「シン君」


「はい」


 突然声を掛けられ、少し身構え気味に返事をするシン。


「食事を終えたら、少し話さないかね?」


「・・・承知しました。後程伺いに参ります」


 現在サクラの屋敷の中でマーディスが泊まっている部屋は3日前にシンが見たあの部屋だ。一応、使用人の立場であるフェイセンは別室を用意しているが、このところは常にマーディスとフェイセンが共にいると言って良い程にその部屋によく一緒にいる事が多い。

 その事を考えたシンは何かあるのかと思いながらも頷いた。

 サクラはシンの方へ見ていたのだが、すぐに目を逸らしそのまま食事を続けた。





 食事を終えてマーディスが泊まっている部屋の前にいるシンはノックした。


 コンコン…


「入りたまえ」


 マーディスから入室の許可の声を聞いたシンは


「失礼します」


 と声を掛けてドアを開ける。


「・・・・・」


 マーディスが対面のソファに座り、その後ろでフェイセンが控えていた。貴族や王族等の上流社会では主人の傍に必ずと言って良い程、執事が控えている。決しておかしな光景ではない。

 そうであるにも拘らずシンはそのまま立ち止まり数秒程その2人を見ていた。


「気楽に座りたまえ」


 一向に動かない気配を出し始めていたシンにマーディスはそう声を掛ける。


「・・・はい、お言葉に甘えて」


 シンはそう答えてマーディスの対面のソファに座る。

 テーブルにはステラかアルバが用意したであろう各種の国産の酒やお茶、酒の肴や焼き菓子(ビスケット)等があった。酒はブランデーの様に綺麗な琥珀色で香りからして杏子の様だった。お茶は勿論紅茶だ。こちらは香りからして恐らくセイロンに近かったが全くの別物だった。

 シンが座るであろう席には酒と紅茶が選べるように置かれていた。

 そんな光景を見ていたシンにマーディスが声をかける。


「君は酒を嗜むのかね?」


 穏やかな口調にニッコリとした笑顔でシンにそう尋ねる。それに対してシンは静かに徐に頭を横に振る。


「いえ、ありません。・・・と言うより、私はまだ酒を嗜む程の年齢ではありませんので・・・」


 正直な所、シンの年齢はあやふやだ。何故ならシンは「ブレンドウォーズ」のキャラクターをモデルにしてBBPの身体になっている。元の世界のシンは17歳だ。その事を考えれば恐らく本来の年齢は16歳・・・か17歳位だろう。だが、キャラクターの年齢設定は24~26歳位だ。シンをBBPの体にした技術は未知なものだ。もし、ノルンが年齢も操作しているとすればシンの年齢はあやふやなものになる。

 今のこの場の事考えればシンの年齢は取敢えず17歳と言う前提で未成年という事にして酒を遠慮する方向にした。いくら、酒を飲んでもBBPの臓器のお陰で酔う事は無いとは言え、節操はある程度守りたかったし、何よりも酒その物自体を飲む事にあまり気が進まなかった事が大きかった。


「そうかね、少し残念だ」


 マーディスかがそう言うと、フェイセンは手慣れた様にシンの為のお茶を用意する。ここで流石に酒を嗜む年齢ではない人間に酒を勧めるのは気が引ける。だから、マーディスはアッサリ引き下がった。マーディスも机の上に用意されたお茶と酒を躊躇いも無く手に取った。


「?」


 それぞれを手に取ったお茶と酒を手に取ったマーディスの行為にシンは疑問符を浮かべる。


「・・・・・」


 マーディスは自分の目の前にある大きめのショットグラスに集中する時の様な真剣な顔つきで手慣れた様にお茶と酒をブレンドする様に入れ始める。


「ぇ・・・?」


 小さな疑問の声を漏らすシン。お酒の事を知らないシンにとって信じられない光景だった。紅茶にブランデーの様な酒をトクトクと注いでいる事が見た事も聞いた事も無かったシンにとっては未知な行為だった。

 だが、未成年のシンは知らないが実は酒を紅茶で割る事がある。

 割合は濃いめに出した紅茶と酒の5:5の割合。または、より紅茶の香りを楽しみたい場合であれば6:4の事もある。マーディスの場合は後者の割合が好みだ。

 酒の種類は桃や杏等の果実酒やブランデー、ウォッカ等が多く、使われる紅茶の種類はダージリンやセイロンティー、アールグレイ等が多い。

 その事に気が付いたマーディスはニッコリ笑いながらシンに訊ねる。


「意外かね?酒を紅茶で割る事に」


「え、ええ、見た事も聞いた事もありませんでしたので・・・」


「そうかそうか、知らなかったか。こうするとね、紅茶の良い香りと酒の甘い香りが合わさってより良い香りになるのだよ。香りだけでもどうかね?」


 数秒程考えたシンは頭を縦に振る。


「・・・折角ですのでお言葉に甘えて、香りの方だけでも」


 その返答を聞いたマーディスはニッコリ笑いながら紅茶割の酒をシンの顔の前まで持っていく。シンは右手で仰いでその香りを嗅ぐ。

 その香りは杏子のまろやかで甘い香りと紅茶独特の渋みがある香りが合わさってとても酒とは思えない馨しい別のものだった。


「嗅いだ事がない良い香りですね」


 シンにとって本当に知らない上にこれをどう表現したらよいのか分からず、正直で素直にありのままに答える。するとマーディスは無垢とも取れる正直な感想に口角を上げてフフフと小さく笑った。


「そうだろう。君が酒を嗜む年になったら試すといい」


 そうカラカラと笑って答える。


「はい」


 穏やかでにっこりと笑うマーディスは紅茶割の酒をグビリと一口飲んだ。


「うむ・・・」


 味を確かめる様に舌で転がし、確信したようにそう頷いた。その様子から見て本当にこの酒が好きである事を体現しているかのように飲んでいた。別の見方をすれば至福のひと時を味わっているようだった。

 そんな風に飲んでいるマーディスにフェイセンは10分程間を空けてから声を掛けた。


「マーディス様、そろそろ・・・」


「おお、すまないすまない。君と話したい事があったのだ」


 顔を我に返った様なハッとした顔になるマーディス。


「やはり、わざわざ酒の事だけで私を誘ったわけじゃないのですね?」


「その通りだよ、これはついでに過ぎんよ」


 マーディスは大きなショットグラスを置いて改めてシンの方へ向いた。


「私が聞きたいのはサクラの事だ」


「サクラ・・・お嬢様ですか?」


 そんなシンの拙い言葉を聞いたマーディスはフフフと笑った。


「その様だと君とサクラはかなり気楽に話せるような関係だね?」


「・・・・・」


 明らかに慣れない言葉遣いを使っているせいで所々区切った様などもりが出来てしまう。そのせいでサクラとの会話で普段の言葉遣いでいる事が分かり、サクラとの関係は対等の様であるとマーディスに知られてしまった。


「ああ、念の為に言っておくがどう接しているのかについて聞きたいのだよ」


「マーディス、様の・・・」


「君が言いやすい方でよろしい」


 使いづらそうにしているシンに少し困ったような笑顔でそう促すマーディス。その促した言葉を甘える形で素直に受け取り、最低限の丁寧語を使う形で話すシン。


「・・・確かにマーディスさんの言う通り、私とサクラはお互い対等であるかのように接しています」


「そうか・・・対等か」


 シンの答えを聞いたマーディスはどこか安堵しているような穏やかな笑顔になる。


「対等ならば問題ないな。私から頼みがあるんだが良いかね?」


 安堵した笑顔から真剣な顔付きになるマーディス。


「・・・何でしょう?」


「私の娘のレーデの事を頼んでも良いかい?」


「はい?」


「短い期間でもいい。あの娘を守って欲しい」


 レンスターティア王国の王族の事情の事を考えれば、自分を守る事よりも世継ぎである自分の娘を守って欲しいだろう。

 しかし、どうしてここにサクラが関わってくるのかが分からなかったシンは当然訊ねる。


「理由を聞いても?」


 するとマーディスは頷いて答える。


「サクラと対等という事はあの娘がそれなりに認め、かなりの強さを持っていると見受ける」


「どういう事ですか?」


 先程の説明であれば恐らく話の腹に近い部分に当たるだろう。シンは最初から説明するように求める。その意を察したのか改めて一から離し始める。


「うむ、サクラの父はどういう人間であったかは知っているね?」


「はい、少しだけなら・・・」


「ソウイチはサクラに見た事も無い型の武術と自分で編み出した魔法を叩き込んであそこまで強くなった。そのお陰で今のサクラは誇り高く育ってしまった。それ故に自分と対等なる者は同じあるだけの強さか、自分以上の価値ある何かを持っている人間しか興味を持たず、それ以外は基本的に対等に接しなかったのだ」


 その事を聞いたシンは少し目を細める。


「(あの糸の魔法はソウイチさんが編み出したものなのか)つまり、対等に接している私はサクラと同等の強さかサクラにはない何かを持った人物と?」


「その通りだよ」


 つまり、サクラが対等に扱っている程信用おける人物であるから、レーデを守って欲しい、という事だ。

 確かに話の筋は一応通っている。だが、それでも腑に落ちない箇所はある。


「確かにサクラが私の事を対等に扱い、信用しています。ですが、私と貴方は初対面ですよね?何故、初対面の私に?」


 しかも、今のヴィクトールは外部からの人間を取り入れて、ああなってしまった。シンも外部の人間だ。

 だから、いくら親族のサクラが信用しているとは言え、そう簡単にシンの事を信用していいのかと訊ねたくもなる。


「あの娘はあれで人を見る目は十分にある」


「・・・腑に落ちました」


 マーディスの言葉でアッサリと納得するシン。今までの経験上・・・「ブレンドウォーズ」の中でそれなりに人を見る目が長けた人物であれば、どんなに用心深い人間であろうとも信用に近い心境にはなる。

 つまり、サクラの目は用心深いマーディスでも十分信頼おけるものだ。だから、あまり疑う素振りが無かったのだ。

 そう納得したシンにマーディスから、恐らくこれが最もシンを呼び出した理由であろう要件を口にした。


「シン君」


「はい」


「君はサクラの事をどう思っているのかね?」


 マーディスがそう尋ねた時、シンは見逃さなかった。ニコニコと穏やかに笑うマーディスの瞳の奥にある鋭い光を。


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