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122.持たない

「そうか・・・失敗に終わったか・・・」


 どこから知ったのかサクラが吸血衝動に駆られて事件を引き起こす事に未遂で終わった事を知ったヴィクトール一派。

 一報を聞いたヴィクトールは静かにそう答える。少し落胆した様にも聞こえ、どこか安堵したようにも聞こえるその言葉に返事するちょび髭(ストレート)の男。


「はい」


 その事を伝えたちょび髭(ストレート)の男は表情こそ露わにしなかったものの悔しそうに歯噛みしていた。


「もう一度しましょうか?」


 今度こそ、と言わんばかりの意気込みが込めた様な言葉でそう尋ねる。


「・・・いやよい。それよりもマーディス公爵の所へ赴け」


 首を横に振り、サクラの件は後回しにしてマーディス公爵の方を先にする様に命令するヴィクトール。

 マーディス公爵は共生派の主要な人物の内の一人だ。そんな主要の人間を叩けば共生派の戦力は大きく下がる。


「マーディス公爵ですね。最終的にはどうなさるおつもりで?」


 真剣な顔付きで静かではあるが何か覚悟した様な言葉を言い放った。


「家ごと潰せ」


「御意」


 そう素直に答え、一礼するちょび髭(ストレート)の男は三日月の様に口元を歪ませていた。。






 シンとサクラ、ステラ、アルバはサクラが所有するシンプルな黒い箱馬車に乗っていた。御者はアルバだった。

 4頭の馬のけたたましい走る足音と激しい馬車の車輪を転がす音を鳴らし走っていた。


 シンの対面にはサクラとステラと言う席順に座っていた。

 馬車の中から外が見える様にある窓にはカーテンが閉じ切っていた。これは外から誰がいるのかを悟らせない様にする為だ。また、本来貴族ならばある程度高級そうな外装の馬車を用意するのだが、今のサクラの事情を考えれば、ここはシンプルに黒い馬車を使用する事になった。この黒い馬車のデザインは、この国の駅馬車とほぼ同じだ。恐らくただの駅馬車にカモフラージュしているという目的なのだろう。


(まぁ、ここは流石に駕籠ではないな)


 時代劇でよく見るあの駕籠にサクラを乗せてステラとアルバが前後に担いで移動する様子を想像していたシン。


(と言うかそもそも、老人と若い女性に担がせるわけにはいかないか・・・)


 サクラの屋敷から見ても日本家屋を参考にしてだいぶアレンジされていた。それなりに日本かぶれだろう。だから駕籠があってもおかしくないと考えたのだ。


(いや、この場合であれば牛車・・・の様な馬車になるのか?)


 シンはサクラが保有するこの世界の乗り物をあれやこれやと考えていた。

 するとサクラはシンの考えを見透かす様に答える。


「言っておくが、駕籠の事や牛車の事なら効率が悪いから造ってないからな?」


「あれ、口に出してたか?」


「口に出していなくとも大体分かる。そもそも、この国の交通にそんな物が必要だと思うか?」


「・・・それもそうか」


 山道が少なく、平らに近い地形が多い等のレンスターティア王国の交通のアクセス事情を考えれば、駕籠や牛車の様な乗り物よりも馬車の方が効率良いだろう。


「それはそうと、急にマーディス公爵の所へ訊ねようと考えたのはサクラの時の様に何かされるかもしれないと考えたのか?」


 シンの考えではマーディス公爵は共生派の重要な人物だ。だから、今回サクラの時の様にマーディス公爵の身に何か起きているかもしれないとサクラはそう考えているのではと、シンはそう推測していた。


「或いはもう何かされたかもしれないか」


「・・・・・」


 サクラのその返事は肯定だった。

 そればかりか、もう既にマーディス公爵の身に何か起きてしまっているかもしれないというあまり考えたくない事態に陥っている可能性もあった。そうなれば共生派はかなり戦力が落ちる事になる。


「マーディス公爵の屋敷までどれ位だ?」


「後、3時間かかる」


「そうか」


 それ聞いたシンは魔法でどうにかできないかとは訊ねなかった。

 何故ならシンは魔法が効かない身体だ。魔法が効かなければ、空を飛ぶ事ができないし、ワープの様な移動方法がとれない可能性もあった。敵に待ち伏せされている可能性がある為、先にサクラ達が向かわせに行くわけにもいかない。

 また、グーグスによるワープも可能な限り他人には見せたくなかったし、移動に自動車はかなり目立つ。そもそもシンが走って移動するにもマーディス公爵がいる屋敷の場所が分からない。


(せめて場所が分かればアカツキに様子を窺わせる事が出来るんだけどな・・・)


 レンスターティア王国内の事等シンは何一つ知らない。それはアカツキも同じ事だ。

 当然マーディス公爵の所在地等知らないからアカツキによる上空からの監視は出来なかった。

 そこでシンは地図を持っているかどうかを訊ねる。


「今地図を持っているか?」


「地図は一部の軍部上層部か王立図書館の最深部にある。地図をおいそれと持ちだすわけにはいかないから、持っていない」


「そうだよな・・・」


 やはりか。

 シンは呟くようにそう思った。

 シンはノミ程小さな希望が砕かれた事に大してショックは受けなかった。

 この世界において自国の地図は国内の情報を丸裸に出来る位の最重要機密だ。軍事においてとんでもない位の価値ある物だ。だから、サクラは持ってこなかったし、シンはダメ元で訊ねたのだ。

 だから現状はマーディス公爵の屋敷までの道のりは知っている者の記憶が頼りになる。


(ここで下手にこの国の土地や地域の情報を聞くわけにはいかないしな・・・)


 確かにシンはアカツキのお陰で大陸全土の地形の事をよく知っている。

 しかし、その事を口にしてしまえば変に怪しまれて、アカツキの存在の察知にかなり近づけてしまい兼ねない。当然バレてしまえば、間違いなく大きな面倒事になる。最悪の場合サクラが敵になる恐れも十分に高かった。

 ここは慎重に本題であるマーディス公爵の場所・・・に関わる情報をサクラから得ようと考えた。


「サクラは公爵家だよな?という事は領地を治めているのか?」


 シンがそう尋ねるとサクラは視線をシンの方へ向ける。視線が妙に冷めており、違和感のようなものがあった。


「・・・・・」


 明らかに空気が変わった。


(・・・何だ?何か不味い事でも聞いたのか?)


 だから、何か不味い事でも聞いたのではないか、と誰もがそう思ってしまう。

 そんな空気を作ったサクラは徐に口を開く。


「ワタシには・・・治める領地を持っていない」


「え?」


 少し、信じがたい言葉がシンの耳に入る。

 領地を持っていない?

 あり得ない。

 シンの頭の中ではそれがいっぱいだった。それ故


「何故?」


 と訊ねるのが当然だった。


「・・・・・ワタシが担っているのは飽く迄、それから国の監視と秩序の安定だ。それに専念させるために領地を持つ必要が無いとされている」


「マーディス公爵は?」


「・・・マーディス公爵の役目はワタシの代わりに領地を治めて、ワタシへの手助けが主になっている」


「・・・・・そうか」


 一応筋は通っている。通っているがおかしい。

 サクラは一応王族だ。王族のの最大の敵は、国内の貴族達であることが多い。そんなサクラは辺境に屋敷を構えている。という事は領地を持たないサクラは領兵を持っていないという事になる。そうなれば、良からぬ事を考えている貴族であれば間違いなく兵を挙げるだろう。辺境の地に構えているサクラは格好の的になる。いくらサクラが強いとは言え、搦め手等を駆使すればそう難しくもない。

 だが、今日までサクラはそんな目に遭っているようには見えなかった。そればかりかサクラ自身かなり自由に動いているようにも見える。

 まだ何か話していない事がある。

 ギア・バルドラと何か関係あるのでは?

 シンはそう感じた。

 2人がそこまで話していると突然アカツキから通信が入る。


「ボス、今ボス達が向かっているであろう道先3634mから猛スピードでそちらに向かってくる馬車を確認した」


「!」


 アカツキの言葉を聞いたシンは馬車の窓のカーテンを少し開けて外を確認する。


「どうかしたのか?」


「・・・・・」


 何も答えないシンにサクラは少し開けたカーテンの方へ目を向けるも、何か分かるはずもない。


「何かあるのか?」


 違う質問の仕方で真意会訊ねるサクラ。すると今度こそ答えるシン。


「・・・何か近付いて来るような気配を感じたんだ」


「確かなのか?」


「何となくだから、断言できない」


「何となくって・・・」


「だから、答えるかどうか迷ったんだよ」


 実際はさっきまでの無言はサクラにどう答えようか考えていたからだ。だが、シンは何も思いつく事が出来なかったから、曖昧な答えで返し、答えるかどうかを迷ったから無言になった、という事にしておいた。

 そのお陰かサクラは少し呆れながらもシンの言葉に納得していた。


「どの方角からだ?」


 サクラの問いにシンよりも先に答えたのはアカツキだった。


「ボスから見て10時の方角だ」


「(10時・・・)俺から見て・・・向こうの方角だ」


 アカツキから聞いた情報をそのまま伝える為に指さすシン。指さした方角を見たサクラとステラの顔が少し険しくなった。


「向こうって・・・」


「はい、マーディス公爵の屋敷の方角ですね」


「ステラ、アルバに何か見えたかどうかを聞いて」


「畏まりました」


 ステラはそう言って、走っている馬車のドアを何の躊躇いも無く開けて、新体操の選手の様にスタイリッシュに馬車の上へ登った。当然その登った先には馬車を操縦しているアルバがいる。


「アルバ様、何か変わった事はございませんか?」


 アルバに立膝をついて尋ねるステラ。


「見る限りでは特に何もございませんが、何かあったので?」


「シン様が仰るには向こうの方角から何か来る気配があったと」


 ステラはそう言って指を指し、アルバをその方角の方へ視線を向ける。


「向こう?マーディス様の屋敷の方角ですね」


「はい」


「・・・・・」


 アルバは目を細めて何か見えないか探る。


「・・・・・」


 アルバの視線の先にはアリよりも黒い点が見えた。

 馬車の速度は時速約50km程。徐々にではあるがちいさな黒い点が一体何なのかが鮮明になってくる。


「・・・!」


 1分近く経った時だった。

 黒い点、それは赤い馬車だった。猛スピードを上げているのか大量の土煙を撒いてこちらに向かってくる。


「ステラ!」


「はい、赤い馬車を確認しました!」


 馬車の中にいたシンはその声に気が付いた。


「赤い馬車が来ているらしい」


「赤い馬車・・・念の為に警戒して接触しろ」


 サクラは大きな声でステラとアルバにそう命令した。


「「畏まりました」」


 ものの数分も経たず、赤い馬車はサクラ達の馬車の目の前まで来た。赤い馬車が何かに襲われていたわけでも無く、後ろには何もいなかった。

 只々猛スピードでこちらまで来ていた。


 ドドドドド…ドドド…


 ガラガラ…ガラ…


 徐々にスピードを緩めてサクラ達のいる馬車の目の前まで迫ってきた赤い馬車。

 恐らく・・・と言うよりも当然こちらの存在に気が付いたからスピードを緩めたのだろう。


「アルバ殿!」


 そう声を上げたのは赤い馬車の御者だった。御者は初老の男性で顔つきは穏やかそうだった。ただ御者らしくないのは、その男の服はシンプルではあるが貴族が来ているような高級なものだった。

 声を聞いたサクラは馬車の窓から外を見ると驚きの声を上げた。


「叔父上!?」


 サクラの言葉を聞いたシンは隣に寄り添うように窓から見る。


「叔父上・・・マーディス公爵か?」


 今見ている人物がマーディス公爵なのかとサクラに訊ねるとサクラは静かに頷いた。


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