119.報酬は「本棚」
今回は少し文字数を抑えています。
ただ、普段慣れない事をしてしまいましたのでどこかおかしな箇所があるかもしれません。
もし何かございましたらご一報ください。
小さな冷汗をハラリと滴り、顔が強張るシン。いや、背中の表面は小さな汗が大量に噴き出して今にも滝となって流れそうになっていた。
それに対してニヤリと笑っているものの真剣な眼差しでジッとシンの瞳を見つめるサクラ。
「その者はシンにとって大事な仲間なのか?」
サクラの言葉に少し意外だったからか、やや拍子抜けするシン。シンはてっきり「誰?」とか「どこにいる?」等と言った事を訊ねられたら非常に困る質問ではなく、まだ易しい質問だった事に胸を撫で下ろすと同時に何か裏があるのではと勘繰る。
だから、シンはシンプルに肯定の返事をした。
「そうだ」
次の質問で決まる。次の質問でシンがどう実行する未来が決まる。
「この事について知っているのは私以外にいるか?」
まだ易しい質問。シンとアカツキにとっての問題は「アカツキの存在が明確になる」事であって、あやふやな「大事」やサクラ以外「知っているかどうか」等大きな問題ではない。
「俺以外に知らない」
同じくシンプルな肯定の返事をする。サクラの反応を見る為に。
「そうか・・・」
サクラはそう言って静かに目を閉じてフッと笑ってシンの肩に手を添えた。その事に対してシンは少し困惑する。
「な、何だ?」
「何でもない」
どもり気味に訊ねるシンにサクラは未だに静かに笑って首を横に振る。
そんなやり取りをしているとサクラはベッドから降りた。
「お前が、その者の事や体の事はこれ以上聞かない。・・・そうだな、私一人の時だけしか聞かない様にしよう。その代わりに今回の問題の解決案を聞かせてもらうからな」
「解決って・・・。サクラが期待できるような事は何も・・・」
意外な答えにシンは少し戸惑い・・・とまではいかないものの疑問の目をサクラに向ける。
「いや何、ふと思った事でも良い。何か思いつくまでここでゆっくりしていくがいい」
「・・・ああ(要は何か思いつくまでここから出られないという訳か・・・)」
シンが思っている事が概ね正解だった。サクラ自身は異世界での経験のあるシンに意見を取り入れて現状と国全体の問題を打破しようと考えていた。
少し呆れているシンがそう答えるとサクラは右手を翳して指を鳴らした。
パチン
すると、シンの四肢に巻き付けられていた白い糸がパッと消えた。その事に目を大きくするシン。
「!」
手首を回してどこにも白い糸が無い事を確認し、同時に足首の方にも目を向けて確認する。自分の身体にどこにも糸が無い事を確認したシンの様子を見たサクラは両手を腰に当ててシンの方へ向く。
「好きに動いていいぞ」
「は?」
無論、「何を言っているんだ?」という意味だ。シンは眉を歪めながら言った。サクラは「フフ…」と笑いながら答える。
「だから、好きに動いていいと言った。このワタシが許す」
「・・・俺が逃げるかもしれないぞ?」
シンは訝しげにそう答えるとサクラは笑みとポーズを崩さず答える。
「ワタシがまた捕まえる。いや、それどころか貴様はどうやってここから出るつもりなんだ?」
「・・・それもそうか」
サクラは何が言いたいのか察したシン。サクラの主な魔法は「糸」だ。糸を鳴子代わりに使えばシンがどこにいるのかすぐに分かるのだろう。シンはそう考え自分がこの場から去る事についてこれ以上何か言う事は無かった。
「で、早速だが、何かいい事でも思い付いたか?」
サクラはシンにズイと前のめりに迫った。
「・・・・・」
こういう事になれていないからか、将又サクラがいきなり「いきなり何かいい事でも思い付いた」等と言うものだからか、どちらともなのかまでは分からないがシンが戸惑っているのは確かだった。
「「・・・・・・・」」
お互い見つめ合って数秒経った時、先にアクション起こしたのはサクラだった。
「・・・まぁ流石にいきなりは思いつかなかったか。悪かった、いきなり迫って」
「・・・いや、こっちこそいいもん思いつかなくってゴメン」
2人は目を少し逸らし、無言になる。
「・・・・・」
サクラは少し顔が赤くなる。
「・・・・・・・」
シンはどこか気拙かを感じて何か話題を探っていた。
「「・・・・・・・・・・」」
こんな空気が少しずつ気まずくなっていく。それが数秒経とうとした時、先に切り出したのはシンだった。
「・・・そう言えば問題ってのは、国の問題とかも入っているのか?」
「あ、ああ、そうだ」
サクラの言う「現状の問題」の確認するシンに、どもり気味に答えるサクラ。
「その、御血人・・・だったか?それを解消する方法なら一応ある」
「本当か!?」
その言葉を聞いたサクラは気持ちが切り替わり、思わず大きな声でシンに訊ねてしまった。
「うん、ホームステイさせるんだ」
「・・・ほ~む・・・すてい?」
聞いた事も無い単語に少し顔を顰めるサクラ。
ホームステイ。
外国人留学生等が、現地の一般家庭に寄宿してその国の一般的な生活を体験する事。
シンが思いついた案は他国で医療に関する事を学びたい人間をレンスターティア王国に招いて学ばせて、学費は免除か幾割か引く代わりに血を提供させるという方法だ。
その事を簡単に説明するとサクラはシンに訊ねる。
「ほぅ、つまりこちらからは医療法を伝授する代わりに・・・」
「教えを乞う側は血を提供するという事だ」
シンは頷きながらサクラの続きを答える様に答える。
サクラは口元に拳を当てる様な形の考えるポーズをとり、少し考え込む。
「なるほどな。だが、前例がないのが問題じゃないか?」
「確かに、そうだな。・・・だったら、友好国とかからは・・・」
シンが言い切る前にサクラは溜息を吐いて言葉を挟む様に答える。
「言っておくが、今回の件があまりほとぼりが冷めきっていない。だから、あまり他国の者を入れる事が出来ないし、友好国でも中々縦に振らんだろう」
「っ・・・ん~…」
サクラの言う事は正しかった。今回の問題は国外にも知れ渡っている可能性は高かった。その為、友好国とは言え、死人も出ている事件が起きているこの国に感嘆に自国民を御血人を送るわけにはいかなかった。それに共生派、至上派を抜きにしても、吸血族の性格上から考えれば危険に晒すわけにはいかないと考える者が多いだろう。その為この国に招くわけにはいかなかった。
シンはその事を察して思わず口を噤み、唸って考える。
サクラは静かに目を閉じ少し意地悪そうな顔になる。
「どこかに他所から来て、この国の事情をよく知っており、それを黙っている者がいれば、な?」
最後の語尾を言うと同時に片目を開けてシンの方へ向けるサクラ。視線に気が付いたシンはまさかと思い口を開く。
「・・・・・まさか、俺がその前例になれと?」
「そうだ」
そう言って頷くサクラ。そのまさかであった事に呆れ気味に答えるシン。
「・・・サクラ、俺はレンスターティア王国で何か学びたいわけじゃないんだけど?」
「もし、血の提供をしてくれれば、国立図書館に入館できるように取り計らうが?」
「何?」
シンは耳を疑う言葉を聞いて思わず聞き返す。
「この世界にしかない本を好きなだけ手に取って思うが儘に読めるぞ?」
眉間に皺を寄せて真偽かどうかを訊ねるシン。
「・・・本気か?」
「本気だ」
「・・・・・」
この世界において図書館と言う物は、「国家の本棚」と同じである事が多い。つまりこの国の文化や知識等データを一つの施設に集結させたといっても過言ではない。その為、一般には開放されない事が多く、許可が無ければ入る事が許されない。
だから、シンはこの事を知っているから、サクラが本気で言っているのかどうかを見極めていた。そして、サクラの目を見る限り本気の様だ。
シンは小さな溜息を付いてサクラに訊ねる。
「じゃあ、俺はサクラの屋敷に来ている留学生という事でいいのか?」
「そうだ」
「どこの学校にも所属していないのにか?」
「・・・所属していないのか?」
「ああ、拙いんじゃないのか?」
「それもそうだな・・・」
身分証明でバレてしまう恐れがあった。
「それに医療面について教える事は現状は難しい面がある」
「そうか、それもあったな・・・」
医療面で大きく国としての立場を持っているレンスターティア王国にとって医療の関わる事を他人に教える事はかなりリスキーだ。
医療が進んでいるという事は、種族の弱点や薬学が大きく発展しているという事だ。
もっと言えばそれがきっかけで新しい兵器を作る事も出来れば、戦術も大きく変わる。
それらの事を考えれば赤の他人にそれを教えるのはかなり危険な事だ。
もし、ホームステイ案を進める形であれば、細かく法整備をしなければならなくなる。シンを医療面の事を教えるという名目ではサクラの体裁が悪い上に、下手をすれば混乱が生じる恐れもある。
つまり、サクラがほぼ思い付きでシンを医療留学生で迎えるという案は却下だ。
「ならば、文化交流でと言う形でどうだ?」
「文化交流?」
「ああ、お前がこの国の文化について調べに来た留学生で、ワタシはそれを迎える宿先の長という事にすれば、さほど大きな問題にならないだろう。それにお前はこの世界で知らない事がかなり多いのだろう?」
「まぁ、それなら・・・いや、俺がどこの国か調べられないか?」
「この国では名前の知らない小国という事にでもしておけばよい」
「それなら・・・どうにか言い訳できるか・・・」
シンは腕を組んでそう答える。確かに文化交流と言う形であれば医療の件と比べれば遥かにハードルは低い。反対の意見は少ないだろう。
「ならば決まりだ。暫くの間、お前はこの屋敷にいろ。ワタシが良いというまで邸外へ出る事は許さんからな?」
「この国から出られないかも知れない」という可能性から「この国から暫くの間は出られない」という確実に変わってしまった。
「・・・結局俺はこの件に大きく関わって、この国から出られないのか」
「そう言う事だ」
「・・・マジかよ」
クックックッと不敵な笑い声をあげてドアの方へ向かうサクラ。
「まぁ、取って食おうとするわけじゃない。気楽に過ごせばよい」
「とても、俺を軟禁していた張本人とは思えない発言だな」
シンのフッと小さな笑い声をあげてドアノブに手を掛けていた。
「じゃあ、また後でなシン」
「ああ」
シンはサクラがその場を後にする様子を見ながら小声でアカツキとのやり取りを再開する。
「ボス、嬢ちゃんの言葉を信じるのか?」
神妙な口調で尋ねるアカツキ。シンは小さな溜息を吐き同じく神妙な口調で答える。
「取敢えず信じよう。ここで何かしても後々面倒な事になるだけだ」
「・・・・・まぁ、それしかねぇか」
サクラの屋敷から逃げて出ようにも恐らく例の鳴子の罠でバレる。例え出られたとしても追われるし、今回の一件に関わってしまった為、至上派からも追われる可能性もある。
何にせよ今ここで何か事を起こしても少なくともシン達の今後の行動で悪影響が出るのは間違いない。ここはサクラの言葉を信じて様子を見るしかない。
ここは無理に動くよりも大人しくサクラの言う通りに動く事にした方が賢明だろう、とシンはそう判断した。
「ああ。とにかくこの件に関しては俺が何とかする」
やむを得ない状況とは言え、アカツキの存在を明かしかねない事を引き起こした原因はシンだ。当然シンはその事はちゃんと理解している。だから、シンは責任を感じていた。
「ボス、念のために聞くが、俺の事をサクラに気付かれたらこの世界は俺達の事を・・・」
少し躊躇い気味ではあるが神妙な口調でシンにサクラの事について尋ねる。
「ああ、もしもの時は、俺が責任を持って・・・」
鋭い目付きになり、外にこそ出さなかったものの内側では明らかな殺気を持ち、低い口調でこう答える。
「消す」
アカツキの存在が明確になった時、世界はシンを敵と捉える。それだけはどうあっても避けたい。もし、サクラがアカツキの存在が明確に知った時、サクラの存在はなくなるだろう。
だが、シンはそれを望んでいない。無論アカツキもだ。
だからこそ、シンは改めてアカツキの存在について慎重に扱おうと肝に銘じた。
こんなつまらない理由で誰も殺さない為にも。