118. 慎重な理由
シンとサクラは同じベッドの上に座っていた。シンは胡坐をかき、サクラは正座をしていた。
上目遣い気味に鋭い視線でシンの方へ向けて、重々しく口を開くサクラ。
「現在、レンスターティア王国では深刻な問題がある。それは御血人不足だ」
「「御血人」?」
サクラは頷く。
詳しく聞けば、御血人とは、要は献血者の事である。別の言い方では血袋と呼ばれている。
かつては主にアスカールラ王国から労働力と血を提供してレンスターティア王国では通常の使用人とは遥かに高い賃金を払うという契約で御血人を確保できていた。
「だが、隣国のアスカールラ王国はアイトス帝国になって、人員は手に入らなくなった」
そう、アスカールラ王国は例の侵略戦争に敗れて現在はアイトス帝国になっている。当然人員は手に入らなくなる。しかもアイトス帝国側は血と労働力は提供しなかった。
「今は?」
「それ以外の国からの提供交渉を共生派がしている。現状は盗賊狩りが主になっているが、思わしくないな」
主にアスカールラ王国から手に入れていたという事は、要は依存していたという事だ。つまり、それ以外のルートを確保に専念している。だが、それもあまり上手くいかず、現状は盗賊狩りを主に行っている。だが、盗賊狩りのままでは、盗賊の生活費と施設の維持費、安全面等による理由であまり進んでいない。また、近隣に盗賊が出没していなければその解決法もダメだろう。良くても、レンスターティア王国の吸血族国民の一時しのぎの吸血だろう。
「それに、盗賊は捕まえたら基本的に「赤台」行きだからな」
「何だ?その「赤台」と言うのは?」
「新しい治療法や薬品開発の実験体になってもらうという事だ。今までの被検体の血がこびりついてしまって赤くなった台だから「赤台」だ」
「・・・そうか」
態々「赤台」の由来まで話すサクラ。話の限りで言えば人体実験という事だ。
更に詳しく聞けば、種族問わず国内や国外で明らかに重い罪を犯した者が「赤台」行き、人体実験の被験体になるそうだ。それ故レンスターティア王国には死刑制度がないそうだ。
「話を戻すぞ。国内では従者等の他種族の血を吸い尽くして殺す事件が多発した。そして、それに合わせるかのように自分の従者を無碍に扱う貴族、至上派が多くなってきている。それも急激に、だ」
「急激に?」
シンの目が少し大きくなる。
「そうだ。急激に増えたおかげでワタシに声が掛かる言葉は「至上派に入らないか」か、「手を引いてくれ」の二つだった。ワタシはこの国の事が信用できなくなり、別の解決策を探すした。その解決策を探る間、ヴィクトールとある取り決めを執り行った」
「取り決め?」
「ああ、それはワタシが現状の解決策を探している間、各々が所有している従者を奴隷の様に無碍に扱わず、殺さない様にする、と言う取り決めをした」
言葉の通り、「各々」には当然サクラも入っていた。ヴィクトールは王族と言う単語に気になる事を訊ねるシン。
「そう言えば、ヴィクトール以外の王族はどうしているんだ?聞く限りではあまり関わっていない様に聞こえるけど?」
ヴィクトールは第三王太子殿下。つまり、少なくとも王太子はあと2人いる事になる。
「ヴィクトール以外の今の王族は中立だ。派閥争いにかまけて他の事に気が回らなくなればこの国は終わりだからな」
「そうか・・・」
王家は国の体制の管理等を執り行う為、この件に関してあまり関与していない。だが、それは仕方が無い事だろう。あまりにも派閥争いに関わり過ぎると他国に付け入るスキを見せてしまう。そうなれば他国による侵略戦争もあり得る。
「それで解決できそうなのか?」
「解決できそうというよりも、奇妙な事が分かった」
「奇妙な事?」
シンがそう尋ねるとサクラは頷く。
「人を死に至らしめるまで吸血する原因は過度な吸血を断つ事だ。だが、今まで事件を起こしていた者達は決して血が過度に足りない事態になる程まで困っていなかった。寧ろ裕福だ」
「病気とか感染症の線は?」
「それも無かった。それどころか、ワタシがこの件について調べれば調べる程、ワタシが血を飲む度に何者かに見られているように感じた。それも複数だ。おかげでワタシは誰にも言わずレンスターティア王国の辺境地、ここで過ごす事に羽目になった」
その答えにシンは眉を顰める。
「だから、俺が血を飲んだ事について聞いた時、黙っていたのか」
「ああ。だから、黙るか、観念して正直に答えるかのどちらかだ」
確かに、何故血を飲んでいる所を見られていたのかまでは不明だが、現状の問題の事を考えれば全く関係ないとは思えない。
だから、サクラは血を摂る事に関しては慎重になっていた。
「嘘は言わなかったのか?」
「匂いでバレるぞ、吸っているか吸っていないか位」
「じゃあ何で俺の時も黙っていたんだ?」
「いくつか理由はあるが、はっきり言えばお前の事が信用できなかったというのが大きいな」
確かに、いくらサクラにとって来訪者や転生者に会いたい人物であったとしてもその者が敵ではないという保証はどこにもない。敵かどうかを見極める必要があるからシンには血を吸っているかどうかについては黙っていたのだ。
「ステラとアルバだけしかいないのはそれか?」
「そうだ」
今回の問題の件で厄介なのが、誰が敵で誰が味方なのかが分からない点だ。だから、サクラの屋敷の従者が信頼おけるステラとアルバのみだったのだ。
「今の俺は?」
「この件位なら信用してやってもいい」
「そうか」
サクラの目にはシンがホッとしている様に見えた。
「・・・もう一つ言えばワタシが血を飲んでいる事に誰かに知られるのは困るというのが大きいな」
「邪魔されたくなかったからか?」
「そうだ」
現状の問題はかなり切羽詰まっている。もしサクラが血を飲んだか、飲んでいないという情報が出回ればサクラの血を飲む様子を監視していた者達が動くだろう。今回の問題と大きく関わっているとするならば、情報を流して一網打尽にしても良かった。だが、味方が少ないサクラにとってはかなり不利だ。しかも、誰が敵で誰が味方かも分からない今の状況ならば、よりサクラの方が分が悪いと言えよう。
それならば場所を誰にも伝えず、辺境で静かに現状の問題を解決していった方が余程いいだろう、とサクラは考えていた。
「大体は分かった」
今までの事まとめてみると、レンスターティア王国では吸血族が相手を死に至らしめるまで吸血する事件が起きた。
その解決にサクラがする事になった。その時、至上派の代表のヴィクトールとの取り決めで解決するまでの間は各々の従者に手を挙げない事とした。
サクラがその解決法を探していく内に相手を死に至らしめる程、吸血族は飢えておらず、病気等では無かった事が分かった。
すると、サクラの身の回りでは血を飲んでいる時、明らかに何者らかに見られているように感じた。恐らく今回の問題と何か関わりがあるだろう。
その何者らかを一網打尽に近い形で捕まえようとするよりも、今は一刻も早く現状を解決する方が先決だった為、辺境の地に住む場所を移した。
そこへ今回ヴィクトールがやって来た。
そして現在に至る。
「サクラが今の状態になって誰かが得するとしたら・・・やはり、取り決めの「各々の従者に手を出さない事」を利用してサクラを罪人に仕立て上げる、か?」
「その線が有力だな」
至上派と共生派の取り決めの「各々の従者に手を出さない事」をサクラが先に破った事になる。そうなれば共生派の信用は落ちる。最悪の場合、共生派から見限られサクラが全ての罪を背負う事になる。
「それにしても、何で血を摂っている時、限定なんだ?」
シンがそう言うとサクラは腕を組んだ。
「分からん。ただ、ワタシが血を飲むという事に何か関係していると思うのだが・・・」
シンも同じく腕を組んだ。
「血を、か。・・・そう言えば吸血族は本来吸血にはどのくらい必要なんだ?」
「どんなに多くてもコップ一杯程度だ。たくさんはいらん。あ、それから、我々が血を欲しがるのは血を吸う事で栄養と魔素を取り込むのではないかと考えられている」
「ん?栄養は分かるが魔素ってどういう事だ?魔素は自然と回復するんじゃないのか?」
「その事についてはよく分かっていない。ただ、あくまで仮説だが、我々吸血族は元々魔法を多く使える種族だが・・・そうだな、器で例えるなら、人の魔素保有の限度がティーカップ一杯なら、吸血族は樽になる。という事は人なら眠れば回復できるが、吸血族ではそれだけでは足りない。だから他の生物から血を飲むと同時に魔素を取り込む様になったと考えられている」
「なるほど、逆に言えば魔素があまりにも不足しているとさっきのサクラみたいになるって事か・・・」
「そう言う事になる」
要は吸血族にとって血液は食事ではなくサプリの様な物だ。
「血の摂取の頻度はどの位なんだ?」
「以前と変わらず、必要なら取る程度だ」
食事程必要ではないが、どうしても足りない時に摂取する程度と認識して間違いないだろう。
「今まで摂取してきた血はステラかアルバからか?」
「いや、あの時は何がきっかけで死に至らしめる吸血行為になるのかが分からなかったから、別の動物の血を器に移し替えて摂っていた」
「器にって・・・魔素は漏れないのか?」
アカツキの話では魔法の反応があれば光の靄がある。恐らくそれが魔素ではないかと考えていた。その事を考えれば魔素と言うものはガス状の様な物ではないかと考えていた。
「すぐに摂れば問題ない。その時はコボルトだったな」
「コボルト?」
詳しく聞けばコボルトとは、頭部が犬で体が人間寄りの猿の様な体といった変わった姿。武器や防具を手入れする程ゴブリンよりも知性が高く、服を着て、集団で獲物を追い詰めることができる。また、犬のように鼻が利くため獲物を追跡するのに匂いで追う。ゴブリン同様特有の社会性を持っており群れで行動する。幼体の頃にしっかり躾ければ飼育可能。
サクラはコボルトを狩っては杯に移して飲んでいたらしい。
「・・・ヴィクトールが来た時、サクラの顔が険しかったのは、もしかして匂いで血の摂取したかどうかが分かってしまうからか?」
「ああ、その通りだ」
サクラが血を摂取したかどうかについては誰にも伝えていない。立場上この事は秘密にしたいサクラにとってはヴィクトールの来訪はかなり拙かったようだ。
「出会った時ヴィクトールに何をされたんだ?」
一番の核心であるヴィクトールに何をされてサクラはああなってしまったのか。シンは単刀直入に訊ねる。
「ヴィクトールではなく、ちょび髭の男に何かの洗脳系の魔法を食らった」
それを聞いたシンは眉を潜ませ、少し前に屈み気味に訊ねた。
「何て言ったんだ?そいつは?」
「・・・ワタシに向かって「ゲヘンバッシュ」と言った」
「何っ!?」
更に詳しく聞けばアルバとサクラが応接室に入るとそこには既にヴィクトールがソファに座っており、御付きの人間は後ろに控えていた。
その様子を見たサクラは取り敢えずソファに座った。アルバはサクラ側のソファの近くに控えた。その時、急にちょび髭の男がサクラの方へ手を翳して例の洗脳系魔法「ゲヘンバッシュ」を食らった。最初は何をされたのか分からなかったのだが、急にサクラの動悸が激しくなり、血走った目になった。
心配になったアルバが近付き、声を掛けるとサクラはアルバの姿を見た瞬間、異様なまでに吸血する欲求が高まった。これでは拙いと思ったサクラはその場を逃げるかのように応接室から出てった。アルバはそのままサクラを追いかけていった。
これが事の顛末だった。
「その様子だと何か気になる・・・と言うより何か知っているな?」
「ああ、その「ゲヘンバッシュ」の事で・・・」
シンは以前起きた、ギルドとアイトス帝国での事件の事を簡潔に説明した。その時、シンが口にした「ゲヘンバッシュ」の事を聞いたサクラは眉を顰める。
「なるほどな、こうも同じ魔法が使われていると気にはなるな・・・」
サクラの視線が少し下に向けて考え込む。
「それから、もう一つ気になった事があるんだ」
「何だ?」
視線をシンの方へ戻す。
「ヴィクトールと言う奴は前からあんなだったのか?」
サクラは首を横に振った。
「そうではなかったな・・・」
何処か湿っぽく寂しそうな答え方だった。
「ヴィクトールは大人しくて物静かでお人好しだった」
「かなり変わったか?」
「ああ、半年前位からヴィクトールがあの仮面を付けて以来、人が変わった」
「ヴィクトールはが変わったのは性格と仮面だけだったのか?他には何かなかったのか?」
サクラは考え込む様に腕を組み「う~ん」と小さく唸る。
「・・・そう言えば、私に「ゲヘンバッシュ」を掛けてきた男ともう一人の男は初めて見るな」
「前は違っていたのか?」
「ああ、前はサコールとイーディ・・・若い人間の執事と年老いた獣人のメイドだった」
「例のちょび髭の男は「ゲヘンバッシュ」が使えていた」
ヴィクトールはそのちょび髭の男に操られているのではないかとシンは考えていた。もう一人の男は少なくとも今回の件で何かしら関わっている可能性は十分にあると考えていた。
「ヴィクトールも操られている可能性があるという訳か・・・」
そう呟き再び腕を組んで眉間に皺を寄せるサクラ。
「まぁ、何にせよ分からない事が多すぎる。もう少し調べる必要があるな」
小さく短い溜息を付いたサクラは腕を組むのをやめてシンの方へ向いた。
「そうだな・・・ところで、シンよ」
「何?」
次の言葉でシンは背筋に冷たい稲妻が走った。
「お前、アルバとステラがいなかった間、誰と話していたんだ?」
「!」
シンの小さな希望は儚く消失し、生唾を飲み込んだ。