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117. 回復

 

 ドドドドドドドドド…


 ガラガラガラガラ…


 4頭の馬が並列して鳴らすけたたましい足音と車輪の音を激しく鳴らしながら道を走る高級な馬車。

 煌びやかな舞踏会で被る仮面、ベネチアンマスクを被り、高級な中世ヨーロッパ風の服装した男が座っていた。

 その隣には同じく高級な中世ヨーロッパ風の服装をした茶髪の若い男が座っていたがこちらはベネチアンマスクの男と比べると控えめな服装だった。恐らく、ベネチアンマスクの男の従者だと思われる。

 その対面にはこちらも控えめな高級そうな服装の男、恐らくこちらも従者だろうと思われる男が座っていた。その男は金髪でちょび髭(ストレート)を生やしたやや小柄な中年の男だった。その男が口を開く。


「首尾は上々でございます。後はサクラ嬢に例の件について追求すれば、彼女は退かざるおえなくなりましょう」


「そうか・・・」


 そう答えるベネチアンマスクの男。その様子に気が付いた中年の男はニコリと笑いながら訪ねる。その笑顔はどこか胡散臭さがあった。


「やはり気が引けますか?」


 静かに目を瞑り、数秒程間を置いて答える。


「・・・いや、やらねばならない。やらねば、もうこの国に未来はない。もう引けない・・・。ならば進むのみ・・・!」


 その答えを聞いた中年の男は目を細め、穏やかな口調で話す。


「承知しておりますヴィクトール様。私は唯々首尾よく進めてまいりますので」


 どうやらベネチアンマスクの男の名前はヴィクトールという様だ。ヴィクトールはその言葉に頷きこの中年の男に託すように言った。


「よきにはからえ」


「御意」


 そう答える中年の男は不気味な笑みを浮かべた。





「お嬢様!」


 そう荒げた大声で我が主の名前を叫んでいたのはアルバだった。アルバはサクラを追いかけていき、辿り着いた先はシンが居る部屋だった。


「お、嬢様・・・」


 アルバの目に映っていたのは自分が知っているサクラでは無かった。


 ギュゥゥゥ…


 右手でシンの右肩と左手で後頭部を強く掴むサクラ。通常の人間では振り払う事は出来ない程強く掴まれていた。


 ヂュウヂュウヂュウ…


 強く噛まれ、感覚で勢い良く吸われている事がよく分かる。背中辺りに荒い鼻息が掛かってくる。

 ステラとアルバの目にはサクラの目が鋭く眼光がランランと光っており、一心不乱に血を吸い続けている様子を唯々見ているだけしかできない状態だった。


(あ、これはヤバイな・・・)


 酷く焦ってはいないものの、シンにとって現状はかなり深刻なものだった。


 通常の人間であれば過剰出血による貧血になれば、酸素を運ぶ赤血球の数があまりにも早く減少する事が原因の体内酸素供給量の急激な低下が起きる。すると症状で目眩や疲労感や息切れを覚え、顔が青白くなる。こうなると、いずれも、心臓発作、脳卒中、死亡の原因になる。

 一般的な治療として大量の失血や急速な失血では、出血箇所を突き止めて止血しなければならない。場合によっては赤血球の輸血が必要になる。


 シンの幾つもある弱点の内の一つ、それは血液量が通常の人間よりも半分程少ない事だ。

 BBPになっている体の部位には基本的に血液は流れていない。その為、通常の人間よりも約半分程しか血液量が無いのだ。

 これ以上サクラに吸われてしまえば死にはしなくとも、()()()()まで追い込まれてしまう。

 だが、だからと言ってサクラを振り解くわけにはいかない。何故なら、サクラはステラに「離れろ」と言っていた。この言葉の事を考えればサクラはステラも吸っていたかもしれないかも知れないという事になる。

 もし、そうであればこのまま振り解けば間違いなくステラかアルバに跳びかかるだろう。2人に恨みもない上に、それなりに不自由な面があるとはいえ、ここまで世話をしてもらった身だ。だから、このまま振り解くわけにはいかなかった。

 だからシンはサクラを強く抱きしめて、サクラの方から離れない様に固定した。

 サクラは構わず血を吸っていた。


「ステラ、アルバ、タンパク・・・肉類の食べ物と飲み水はどこにあるんだ?」


「は?」


「?」


 シンが考えた方法は自分の身体であり得ない位に急速に血液を作る、と言うものだった。その為にはまず、水分の確保だ。血液の材料となる鉄分やタンパク質は昨日のドカ食いでかなり確保できているから、後は大量の水分と念の為に備えての鉄分とタンパク源だ。それらの条件があればそれ程問題ない。

 本来の人間は、速度の遅い失血や少量の失血では、輸血をしなくても、体が赤血球を産生する事で貧血が解消される事もある。出血による貧血の場合は、赤血球を作るのに必要な鉄分が失われている為、ほとんどの場合で鉄分の補給が必要となり、通常は錠剤を数カ月間服用する必要がある。

 この事を考えればシンが今からやろうとしている事がどれだけ常軌を逸しているのかが分かるだろう。

 その証拠に2人はこんな時に何を言っているのだと言わんばかりにキョトンとした顔になっていた。そんな2人の様子にシンは口調を荒めに言い放った。

 この邸内にヴィクトールの仲間がまだいるかもしれない。そんな中で2人に水と食料を頼むわけにはいかない。「収納スペース(インベントリ)」から物を出そうにもサクラが邪魔でとてもでは無いが出せそうにない。そもそも、人前で「収納スペース(インベントリ)」を開くわけにもいかない。だから、シンはサクラを抱えたまま食料を確保しよう考えた。


「話している時間はない、早く!」


 アルバは何かあるのだろうと考えシンの要求に応える。


「か、畏まりました。ステラ」


「はい」


 ステラとアルバがこの部屋から出ようとした時シンが口を開く。


「待て、ここに来たヴィクトールという奴がいるだろ?案内してくれって言っているんだ!」


 この屋敷にまだヴィクトール達がうろついているかもしれない。戦闘には自信があり、サクラを抱えたままでも十分戦える。それに2人と共に行動すれば一人で行動するよりも安全だろうと考えていた。

 だが、シンの言葉を聞いた2人はキッとした顔になり、毅然とした態度で答える。


「シン様、ここはエイゼンボーン家でございます。お客様に主人の許しもなしにおいそれと屋敷内を案内するわけには参りません」


「それにこのような危険な状況の中でお客人と我が主を危険に晒す様な事は決してあり得ません」


「・・・・・」


 確かに必要としている当の本人のシンは兎も角、サクラを抱えていくとなればサクラも危険に晒す事になる。また2人の目には強い意志を感じさせるような炎の目をしていた。この場合であればステラとアルバに取りに行かせた方が良いだろう。そう考えさせてしまう位の目を見たシンは2人に取りに行かせる事にした。


「・・・分かった、くれぐれも警戒を怠るな。待っているサクラの為にも」


「「はい・・・!」」


 シンの言葉に2人は返事する。特にアルバに至っては躊躇いも無く返事をした。この様子から考えればサクラがこんな事になったのは間違いなくヴィクトールが原因だろうとシンは考えていた。2人はそのまま部屋から出て行った。

 その様子を見計らってシンはアカツキに通信を入れる。


「アカツキ」


「大丈夫だ、ちゃんとマークしている」


 間髪入れずすぐに答えるアカツキ。シンが何を言いたいのかをもう既にと言わんばかりにヴィクトールをマークしていた。


「何人いるんだ?」


「馬車から出て来ていたのは3人だ。だが、馬車の事を考えて恐らく多くても5人だろう」


「そうか・・・」


 このままアカツキに任せようと考え、それ以上ヴィクトールの事については言わなかった。代わりにアカツキから現状の事について尋ねる。


「それよりもボス大丈夫なのか?」


 シンは神妙な口調に気さくさを交えて答える。


「ああ、大丈夫だ。最初と比べればだいぶ楽だ。それよりもよく俺の状況が分かったな」


「音で分かっていたからな。それよりも、それだけなのか?」


 さっきまで気楽に話していた時と違って少し神妙な口調になるアカツキにシンも神妙な口調になる。


「ん?どういう事だ?」


「俺との会話は振動だろ?」


 アカツキがそこまで言うとシンは無言になった。


「・・・・・」


 アカツキがここまで神妙になる理由が漸く分かったシンはここで通信をつないでしまった事に少し後悔する。シンが使っている通信機は骨伝導を利用した通信機だ。サクラはシンの首筋に齧り付いて血を吸っている。だからサクラにも通信内容が伝わっている可能性があった。

 シンは首を少し上に向けて、静かに目を瞑った。


「・・・・・あの時の記憶がないと、言ってくれればな」


 そんな希望は全く無いと言って良い事を口にするシン。アカツキは呆れた様に答える。


「・・・そんな保証はどこにあるんだ?」


「・・・・・」


 アカツキの答えに誰も答える事は無かった。未だに少し上を見て静かに目を瞑ったままのシン。もし、人間出れば恐らく呆れ気味の溜息を付きながら話を進めるアカツキ。


「まぁいい。それよりもちょっと気になった事がある」


 その言葉を聞いたシンは目を開けてアカツキに訊ねる。


「何だ?」


 シンがアカツキに訊ねようとした丁度、ドアからノック音が聞こえた。シンとアカツキは一時通信を切る。


 コンコン


 ガチャ…


「持って参りました、飲み水です」


 状況が状況なだけに「失礼します」等の言葉は省かれる。その為、軽くノックだけで済まして水の入ったワインボトルを持ったステラが部屋に入って来た。ステラは軽く肩で息をしていた。


「はい!」


 ステラはそのままシンに水の入ったワインボトルを渡す。


「ああ、ありがとう」


 ステラから水の入ったワインボトルと手に取り、そのままラッパ飲みするシン。


 ゴク…ゴク…ゴク…ゴク…


 ラッパ飲みとは言え、一気に飲まず、ゆっくりと落ち着いて飲むシン。すると、丁度そこへアルバが入って来た。手にはステラの時同様水の入ったワインボトルと、よくピクニックで見かける様な大きなバケットを持ってきていた。バケットからワインボトルと燻製した肉の様な物の一部が出ている事が確認できる。

 アルバは持ってきたワインボトルとバケットをシンに手渡す。


「シン様、飲み水を持って参りましたが、不足と考えましたのでワインの方を多めに持って参りました。それから干し肉も持って参りました」


 渡された物を受け取り、傍に置くシン。


「ありがとう、アルバ。それからヴィクトールとか、大丈夫だったか?」


「ええ、大丈夫でございました。ただ・・・」


 何か違和感を持ったような言い方をするアルバにシンは訊ねる。


「どうした?」


「ヴィクトール様がどこにもいらっしゃらないのです」


「!御付きの人間とかもか?」


 意外な答えにシンは声を低めに訊ねる。


「はい、どこにも、隈なく探しているわけではございませんので確実ではございませんが・・・」


 少し考え込むシン。決まったルートとは言え、2人で邸内を歩いたのにも関わらず、ケガはおろか、警戒しているが別の事である。その事から一応は安全と判断したシンは引き続き水と食料を頼み込んだ。


「・・・そうか、分かった。引き続き水と食べ物を頼む」


「「畏まりました」」


 一切訝し気が無いとは言えないが、信頼してそう返事したアルバとステラは部屋から出て行った。

 ステラとアルバが出て行った事を確認したシンはアカツキの名前を呼ぶ。


「アカツキ」


「おう、俺が言いたい事はさっきのジジイの通りだ」


「(ジジイ・・・)何人入って何人出て行ったんだ?」


 アカツキの口の悪さに少し呆れつつ話を続けるシン。


「3人入って、全員出て行った」


「何?」


 明らかにおかしい事を言ったアカツキに眉間に皺を寄せるシン。


「ボスがいる屋敷に来たのは仮面を被った貴族風の身形の整った成人男性と御付きの者と思われる男2人。多分だが、吸血族だ。で、入って暫くしてから出て行ったんだけどよ・・・」


「何だ?」


「その時の俺のカメラではボスがいる部屋でサクラが入ってきて襲ってきた時、その仮面の男と、サッサと出て行ったんだ」


「は?」


「おかしいだろ?もし嬢ちゃんに何かしていたら普通一人くらい誰か残してその様子を窺うはずなのに誰も残さないってのはおかしいだろ?」


「ちゃんと確認したんだよな?」


「見逃しはまずあり得ないと思ってくれ」


「だよな・・・」


 もし、サクラに何かを施して凶暴化させたとするならば少なくとも誰か1人この近くに監視要員として配置させるはずだ。だが、アカツキのカメラ()にはそれが映らず、馬車に乗ってその場を去っている。つまりこの場にはシンとサクラたちだけと言う事になる。


「何か特別な物を置いて行ったとかは?」


「それもない。魔法で遠くから見られているとかも考えたが、光の靄のものは確認できない。魔法による監視の線は無いと思った方が良いだろうな」


「そうか・・・」


 これらの事を考えれば間違いなく意図的に立ち去ったと見て間違いないだろう。

 ヴィクトールがその場にいないのはサクラが凶暴化して目撃者は簡単に始末されるだろうと高をくくっているからか。

 他にも可能性は考えられるだろうが今頭に浮かんで印象的だったのがこれだった。


「その辺りは嬢ちゃんに詳しく聞いた方が良さそうだな」


「ああ、今の俺達は余りにも無知すぎるからな」


「ああ、そうだな」


 そんなやり取りをしているとサクラが勢い良く血を吸う力が徐々に弱まってきていた。その事に気が付いたシンとアカツキは言葉を交わす事無くそのまま通信を止める。


「サクラ、大丈夫か?」


 シンがそう声を掛け続けていると、丁度アルバとステラとアルバが部屋に入って来ていた。シンの声掛けにアルバとステラは元のサクラに取り戻しつつあるのだとすぐに確信した。


「「お嬢様・・・!」」


 そう声を上げてサクラの元に駆け寄る2人。


「サクラ・・・!」


「「お嬢様!」」


「・・・・・」


 3人の声掛けに更に血を吸う力が弱まり、終にはシンの首筋から離れる。シンの首筋とサクラの唇との間に深紅と白銀の糸の橋がかけられていた。シンの首筋にはぽっかりと2人の小さな穴が開いて血が緩やかに滴っていたが、すぐに塞がる。

 シンはサクラの顔を覗くように見て声を掛ける。


「・・・大丈夫か?」


「お体の方は?」


 シンとアルバの体を気遣う言葉に赤べこの様に頷き、大丈夫だと言わんばかりに片手を上げるサクラ。


「ああ、そいつの血のお陰でだいぶ楽になった。だが、2人を襲わないという確たるものがない。まだ油断はできない。それでアルバ、ステラ」


 冷汗を流し、未だに荒い息遣いをしつつアルバとステラの方へ顔を向けるサクラ。


「「はい」」


「2人には悪いが隣の部屋で待機してくれ。用があればワタシから呼ぶ」


「「畏まりました」」


 そう答えて恭しく一礼する。だが、現状から鑑みればそれが妥当だろう。再びサクラが凶暴化して今度はアルバとステラに襲い掛かるかもしれない。

 それを避けるにはまず、隔離する必要があった。

 だが、サクラの言葉に違和感を覚えたシンは訊ねる。


「俺は?」


 そうサクラはアルバとステラにしか言っていない。シンには何も言っていない。

 サクラはシンの方へ向き、上目遣いで答える。だが、その上目遣いは可愛いものではなく何かを見透かすような深いものだった。


「シンはワタシとここに残れ。ワタシから離れず、このままここにいろ」


 その目を見たシンは仕方がないかと考え溜息を付く。今の姿勢を維持しながら返事をする。


「・・・分かった、残るよ」


「「では、失礼します」」


 ステラとアルバはそう言って恭しく一礼する。


「ああ」


 サクラの半ば素気ない返事を聞いた2人は部屋を退室した。サクラは2人が出て行った事を確認する。


「さてと」


 そう言ってシンの方へ向き上目遣いでシンを見る。


「お前に話しておきたい事がある」


 シンはサクラが何について語るのかについてある程度予想していた。だから、つい口にした。


「この国の派閥とお前の立場か?」


 シンのその言葉にサクラは静かに素直に頷いた。


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