116.食事
モッシャモッシャモッシャ…
部屋の中でよく聞く小さな咀嚼音が鳴っていた。
ゴクン
喉を上下に動かし、飲み込んだ時の特有の音も小さく鳴らす。
「随分質素になったな」
小さな溜息を付き、少し不満そうに言うシンはベッドで胡坐をかきながら、たくさんのサンドイッチが乗った銀の大きな皿を左手で持って、朝食のサンドイッチを頬張っていた。
「ああ、誰かさんのおかげでな」
シンへの不満さを通り越して不機嫌な物言いで答えるサクラはシンのベッドの傍にある椅子に腰かけていた。それに対し、シンは自分のせいとは思っているものの特に悪びれる様子もなく答えた。
「まあ、破産させるつもりで食べていたからな」
シレッととんでもない事を口にしたシンにサクラは怒声を張る。
「やはりか!貴様、お陰でワタシは暫くの間、より質素な食生活を送る羽目になったのだぞ!」
「あっそ」
「ぐぬぬ・・・き、貴様・・・!」
シンは半ばこの屋敷の財政を破産するつもりで昨日のご馳走を平らげた。そのお陰で破産させる事は出来なくとも、これからの食生活が質素なものになってしまった。
悪びれる様子が無く、何事も無かったかの様にサンドイッチを食べるシン。寧ろ、心の奥底では、ざまぁみろ、とほくそ笑んでいた。それを知っていてか額に小さな青筋を浮かべワナワナと震わせているサクラ。
「お前、食事を抜きにしてやってもいいんだぞ?」
「・・・じゃあ、何で最初から食事抜きをしなかったんだ?」
「これが最後かもしれない食事を見届けに来た」
サクラの言う最後は、もしかしたら、この食事以降出さないかも知れないよ?、と言う半ば脅しに近いものだった。
だが、シンはそんなものお構いなしだった。
「さいで」
そう言って手に持っているサンドイッチを口の中へ放り込む。
シンのその態度にサクラの額の青筋が大きくなる。
「ならば、排泄はこの部屋でやってもらうとするか?」
「お好きに」
シンの余裕の態度にサクラは更に脅しのセリフを口にする。ここまでシンの余裕には「BBP」が関係していた。「BBP」は体調管理も自分の思うままにする事が出来る。排泄するタイミングや体温管理等、も自由自在だ。だから、余裕の態度だったのだ。
「・・・ならば、このまま私はいるとするが?」
サクラがその言葉を口にした瞬間、流石のシンも反応する。
「・・・お前、他人の排泄を見るのが趣味なのか?」
確かにサクラの言葉をそのまま受け止めれば、シンの監視でこの場に居るという事はシンが排泄するところも見る事になる。
流石にそれは恥ずかしい。
サクラはシンの心中を察していたからか、少し優越感に近いものが込み上がる。
「ワタシにそんな趣味はない!」
強く否定するサクラだが、小さな優越感のお陰で心に余裕を持った。しかし、シンはそんな趣味を持っていない事を知りつつ、サクラに入浴場で言ったあの言葉を口にした瞬間、サクラの優越感と余裕がすぐに消え去る。
「・・・変態吸血鬼」
「なっ!」
「ドスケベ、変態娘、性的虐待少女サクラ、○○○○、○○○○○○、○○○○○○○○、痴嬢様」
次々と羅列する罵倒の単語にサクラは額に青筋を立てて大きく声を張って強く反論する。
「飽く迄も監察だ・・・!お前が考えている物とは違うからな!」
「どうだか」
「ぬぅぅぅ…」
悔しさとイラつきが滲み出た声を漏らすサクラ。そんなサクラに対し、サンドイッチを手に取り、頬張るシン。
「・・・・・」
特に何か言う事も無く、モッシャモッシャと小さな咀嚼音を立てながら食べていた。その間にもサクラはシンに一泡吹かせる様な何かないかと考える。
「何か・・・何かこいつが墓穴を掘る様な物は何かないのか・・・!」
小さな声でブツブツと策を弄していたサクラ。そんなサクラにシンはある事に気が付いた。
「(そう言えば・・・)サクラは俺に血を吸うとか言わないんだな」
シンが食べながらそう言うとサクラは無言でシンをジッと見る。
「・・・・・」
血を吸う、或いは吸われると言った事は人間にとってはかなり奇異的なものだ。更に言えば、血を吸い尽くせば、当然吸われた対象は死んでしまう。
だから、そんな未知の事に大抵の場合は恐怖や忌避感を持つだろう。ましてや、相手は吸血族だ。常套文句でもありそうな事だ。
そうであるにも関わらず、サクラはそんな事を言ってこない。
「何でなんだ?」
「・・・そうだな、お前の事を知ってからゆっくりと味わうつもりと言ったらどうする?」
二ヤ~と笑いながらシンに訊ねるサクラ。
「・・・俺の事か」
「ああ、お前のその腕や足について、お前は私の知っている人間なのか、とかな」
サクラがそう答えると今度は立場が逆転したように、今度はシンがサクラの方をジッと見て無言になった。
「・・・・・」
サクラは「ゆっくりと味わうつもりと言ったらどうする?」と言っていた。この質問に違和感を覚えたシンは質問の内容を変える。
「俺一人でメシ食っているけど、サクラはもう食べたのか?」
「ああ、もうとっくの昔にな」
「・・・血はいつ摂るんだ?」
「・・・・・・・・・」
サクラが無言で答える事に流石に違和感が大きくなった。サクラは吸血族だ。何もシンに限定して摂取する必要は無い。別の生物か、誰かから摂取すればいい。もしそうであれば、いや、そうでなくとも、摂取した、と答えればいい。
だが、サクラは沈黙で返す。シンは、サクラは吸血族ではないのかと考えてしまう。
「(何だ?コイツ吸血族じゃないのか?)・・・サクラは吸血族じゃないのか?」
「・・・正真正銘の吸血族だ」
サクラはそう言って右手の人差し指で自身の口の右端を引っ掛けて、鋭い犬歯を見せる。確かに鋭い犬歯があった。吸血族と考えて間違いなさそうだ。
「一応、ヴァ・・・エロパイアではあるんだな」
シンの言い直しには若干皮肉が入っていた。
「・・・言っている意味がよく分からないが、違うからな」
皮肉に気が付いたのか眉を顰めてそう答えるサクラ。シンは質問を重ねる様に訊ねる。
「本当に俺の正体を知ってから、血を摂るのか?」
「さっきからそう言っているだろ」
少し口調が荒っぽいサクラ。シンは何かあると考えた。ここでシンはふと思い浮かんだのが理由こそ最もらしい事を言ってはいたが、それだけでなくサクラは何かある理由でシンから血を摂取しないのではないかと考えた。それこそ、嘘でも血を摂取したとは言わない程の事。
「・・・誰かにサクラが血を摂取したと分かってしまうと困る事があるのか?」
シンがそう尋ねるとサクラの目は鋭くも大きく目を開かせシンをギロッと睨んだ。
「・・・・・」
その態度と沈黙。この様子から、恐らく誰かにサクラが血を摂取した事実が広まると不都合がある、と考えた方が間違いないだろう。
「その誰かって言うのは誰だ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その沈黙は酷く重いものだった。だが、シンはその重い沈黙を耐えてサクラの返答を待つ。
「・・・・・」
シンの辛抱強さに負けたのか、言い逃れが思いつかず観念したのか、小さな溜息を吐き、答え始めたサクラ。
「お前は本当に目敏いなシン。お前の言う通り、ワタシはヴィクトールと言う男に知られては困る」
皮肉そうに小さな笑みを浮かべるサクラ。
「何故なんだ?」
「それは・・・」
サクラが答えようとした時、ドアからノック音とアルバの声で遮る。
コンコン…
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
「ああ、入れ」
「失礼します」
ドアが開くとそこにはアルバとステラが控えていた。2人は神妙な顔でサクラを見ていた。その様子にサクラは神妙な声で訊ねる。
「どうした?」
「それが・・・」
アルバはサクラに近付き、耳打ちして何かを伝える。その時サクラの目が少し大きく見開く。
「分かった、行こう。ステラここを任せた」
「畏まりました、お嬢様」
サクラは険しい表情でステラにそう言いつけた。
「誰か来たのか?」
「・・・ヴィクトールだ」
「!」
さっき話していた人物がここに来ている。その事実にシンの目は大きく見開かれる。
「待て、そのヴィクトールってどんな奴なんだ?」
「・・・・・」
サクラはシンの質問に答えず、無言のまま部屋を後にした。部屋に残されたのはシンとステラだけだった。シンの傍にはサクラの代わりにステラが控えているという形になっていた。当然シンの疑問を答えるのはステラだけだった。
「ヴィクトールって・・・」
シンがそこまで言うと話を挟む様にして答えるステラ。
「ヴィクトール様はレンスターティア王国の第三王太子殿下でございます」
「サクラとの関係は何だ?」
「サクラお嬢様とは親戚でございます。因みにお嬢様の貴族の階級は公爵でございます」
「何かあったのか?」
「・・・一からお話ししましょう」
「ああ、頼む」
ステラの話を黙々と聞くシン。ステラの話によれば、現在レンスターティア王国では共生派と至上派という2つの派閥がある。
共生派とは吸血族と他種族のお互いの特徴を理解して共生していこうという派閥の事だ。現在、レンスターティア王国の国民の7割は吸血族で、そのうちの3割は他種族だ。レンスターティア王国にいる他種族のほとんどの存在理由は吸血族の血袋・・・所謂吸血用の人員だ。その為、貴族だけでなく、一般市民でも他種族を受け入れて吸血用の人員として確保している。当然、吸血される事は受け入れられる他種族は理解している。この事により、受け入れられた他種族は家族のように扱われている事も決して少なくない。但し、この方法は相手方が理解してもらえる時間が非常にかかる点と、相手に拒否権がある為思う様に確保できない。現状ではこれが主流だが、深刻とまではいかないものの血袋要員不足が問題になっている。
至上派とは、共生派とは真逆で他種族を奴隷として手に入れて血袋として扱う派閥の事だ。利点を挙げるとまず調達しやすいという点だ。だが、この方法を使うと明らかに貧富の差が大きくなる。また、他種族の扱いが無碍になっていき最悪の場合、奴隷よりも最悪な扱いになり兼ねない。そうなれば、また奴隷を買わざるを得なくなり、貴族の様な経済に余裕のある物は問題無いが、一般市民はそうではない。買えない一般市民は自主的に他種族を襲ってしまわざるおえなくなる。この行為が国外にも及べば深刻な国際問題にもなり兼ねない。最悪の場合他国との戦争になってもおかしくない。
「ヴィクトールは至上派か?」
「え、ええその通りでございますが、よくお分かりになられましたね」
シンの答えがドンピシャであった事に少しドモリ気味に答えるステラ。
「サクラの表情がかなり険しかったからな」
「それだけでございますか?」
「ステラとアルバは従者だろ?二人の様子を見ればサクラは無碍に扱っていない事がよく分かる」
確かにサクラからの命令を受けてそつ無くこなしている姿を見れば誰でも忠誠を誓っており、決して無碍に扱っていない様に見えるだろう。
だが、それは表面上ではそう取り繕っているかもしれない。だから、そう見えているかもしれない。ステラは更に質問を重ねる。
「何故そんな事が言えるのですか・・・?」
「・・・信頼している目だからだ」
シンは少し懐かしそうに答える。ステラはその答えに何の疑問を持たなかった。本来ならそんな不確かな答えに疑問を持って追及する。だが、その答えに少なくともステラはしっくりと来ていた。だから、それ以上質問を重ねなかった。
「そうですか・・・」
ステラは小さな笑みを浮かべた。ステラのそんな小さな笑みに気が付いたシンに、ステラはジッと見られていた事に気が付いた。
「どうかしたのか?」
そう尋ねてくるシンにステラは少し顔を赤くして揶揄う様に答える。
「いえいえ。ただシン様は、大変立派なモノをお持ちなのですね」
「え・・・?・・・・・・・・・・・あっ」
ステラのその言葉を聞いて数秒程間を置いてからシンは昨日の浴場の事を連想する。
「というか何でそんな話を持って来たんだ?」
「何となくでございます」
「何となくって・・・」
シンの質問に対してそんな答え方をするステラはクスクスと笑っていた。シンは何故ステラはこんな言葉をいったのか、はっきりとは分からなかった。ただ、ステラなりの照れ隠しではないかと考えていた。そう考えていただけにステラが揶揄ってくる事にそれほど理不尽とは思っていなかった。
そんなステラとのやり取りをしているとドア向こうから大きな物音と声がした。
ダンダンダンダンダンダンダン…!
「お嬢様!」
物音は聞いている限り、かなり強く踏み込んで走っている足音の様だった。
声の主はアルバだった。遠いが音の反響の関係で大きな声である事だけは間違いなかった。
「?」
「何だ?」
シンとステラは一体何が起きたのかとドアの方へ見る。その時だった。
バンッ!
勢いよく扉を開けたせいで大きな音が部屋に響く。そんな大きな音の原因はサクラだった。
肩で息する程息づかいが荒く、顔が赤い。ドアを片手で押さえる様な形で身体を支えていた。
「お嬢様?」
明らかにサクラの様子がおかしい。ステラはサクラを気遣うつもりで近づこうとした。
「ステラ、ワタシから離れろ!」
「っ・・・!」
獣の様な鋭い眼光を放った目をして気迫のある大きな声で自分からステラを離れる様に言った。ドアから手を離し、中に入るサクラはフラフラとしていた。
「もうダメだ・・・」
サクラがそう小さく呟きシンが居るベッドの所まで行く。
「すまないここまでだ・・・」
「・・・サクラ?」
シンがポツリと言うように声を掛けた瞬間、シンに倒れ込む様に徐に体を覆い被さった。
ゴリュ…
「・・・は?」
シンの左首筋にゴムの様な何か歯ごたえのある物を噛んだ様な音がした。しかしそれは口の中ではなく自分の首筋からだった。
おまけに首筋に突き刺す様な痛みが走る。
自分の首元にはサクラの頭が密着していた。
この時、漸くシンはサクラが自分の首筋に噛みつかれた事を知った。
タイトルに大きな誤りがありました。誤りがあった時、久しぶりに「ぬあああああああああああああああああ!」と叫びました。
最近、調子が悪いせいか、ミスが多い・・・。
先程タイトルを修正しました。
今後このような事が無い様にします。大変申し訳ありませんでした。
また何かございましたらご連絡下さい。
こんなおバカな作者ではございますが今後ともよろしくお願いします。