114.青空が泣いた日
何とか2話程書けました。
いつもであれば黒か灰色の煙が本来綺麗で澄んでいるはずの青空を台無しにしていた。だが、今回は珍しく澄んでいるとはいかないものの青空を拝める事が出来た。
「久しぶり」
青空に向かってそう言う男がいた。声からして若い男だった。
デザートベージュのキャップを被り、赤いマフラーで口元を隠す様にして巻いていた。そこから覗かせていた瞳は血の様に紅かった。日差しの光でキラキラと光る銀の光が髪の色が銀色である事が窺える。黒のシャツに黒のタクティカルベストにカーキのカーゴズボンを履き黒いタクティカルブーツを履いていた。背中にはHK416を背負っていた。
この若い男はシンの前・・・黒元 真のPCプレイヤーキャラクターのシンだった。
「本当にファンタジーみたいだな」
彼が立っていたのは巨大な岩々が聳え立ち、照りつく太陽の色で染め上がっている砂漠のある村のど真ん中。
砂の色のレンガが積まれてできた家々がある。家々の一部が半壊し、道には黒焦げで錆びてしまった廃車や瓦礫がまだ存在していた。市場では見た事も無い紋章や魔法陣のような模様の布が張られて食べ物や雑貨が売られており、それなりに賑わいはあった。
砂漠とは言え、砂漠にしか生えない木等の植物が所々に生い茂っていた。乗り物はラクダや異世界からやって来たであろう巨大な4足歩行のトカゲの様な怪物が主流で自動車の様な機械的な乗り物は無かった。
だが、行き交う人間は浅黒い肌では無く、白い肌の人間か多かった。また、中東の民族衣装の様な格好ではなく、中世ヨーロッパ風の村人や商人の様な格好か、どこかの部族の格好かのどちらかだった。
「・・・ここが占領されてもう1年以上経っているんだよな」
彼がいる場所はアフリカ大陸のモロッコだった。ゲートコントロールの暴走事件により、異世界汚染が始まって数ヶ月経った頃。異世界からやって来たある国の軍勢とモロッコとの軍事衝突により、大規模な戦争が起きた。異世界からの軍勢は人海戦術により、モロッコはものの一年も経たない内に陥落し、現在はギャター王国と勝手に名乗っていた。ラバトには本来赤い旗に緑の五芒星のモロッコの国旗が無くなっており、上半分が黄色で下半分が紫の国旗に変わっていた。
因みにシンが居る正確な場所はラバト近くにある新しい村だった。
もうほぼモロッコの面影が無くなりかけていた。
「・・・タイムスリップとも言えるな」
シンの前には豪奢な格好の者の後ろには薄汚れた奴隷らしき者達が控えているのがチラチラと見えていた。どういう制度で奴隷が認められているのかまでは分からないが、奴隷がいるという事は訪問者が奴隷にならないという保証はどこにもない。
ここは奴隷になるという可能性の事を考えて、警戒した方が無警戒のままで行動するより遥かに良いだろう。
シンにとっては奴隷と言う者達の存在は中世ヨーロッパか中世の中東のイメージしかなかった。だから、今自分がここにいるのは中世ではないかと錯覚に近いものを感じていた。
「・・・まぁ、視察が上手くいけばいいんだがな」
シンは今までの経験の中で視察が上手くいった試しが無かった。
だが、それでもここに来る必要があった。シンの任務はモロッコの現状視察調査だ。どんな暮らしをして政治事情はどうなっているか等を調べる為にシンは武装した行商人と言う名目でモロッコに来ていた。
だが、ほとんどの場合は異世界にはない食べ物や飲み物、武器等の味を占めてしまい、向こうから戦闘を持ちかける事が多い。しかも、数でゴリ押しとは言え、元々あった国を奪う事が出来たのだから通常ではあり得ない過信を持ってしまっている。こうなってくると、神戸条約の加盟国の軍隊、通称「良化軍」が動き、異世界と思しき敵対勢力や危険な異世界の生物は完全に殲滅、武装していない民間人等は拘束され、収容施設に入れられる。そこでは異世界に戻すまでの間、子供や老人以外の健康的な者は労働する事になっている。だが、扱いは異世界汚染前の紛争難民よりも酷いそうだ。
だから、シンはノミ並みに小さい希望している事を口にする。
(まぁ、この場合はゲームとか漫画とかのお約束だろうな・・・)
考えている事は現実世界の黒元 真のものだ。現実とゲームと言う仮想空間の言っているセリフと思っている事がごっちゃになっていた。
小さな溜息を付いてキョロキョロと周りを見渡していた。
「ハジメまして、ワタし、アンない、です」
シンの後ろからそんな可愛らしくも拙い・・・翻訳されているが、英語が聞こえてきた。
「?」
そこには16歳位の浅黒い金髪の目鼻立ちが整った可愛らしい少女が立っていた。赤の中東風の民族衣装に素足にサンダル。背中にはカラシニコフのAK-47のコピー小銃を背負っていた。そんな少女が美しい黄金色の瞳がシンを映して、ニッコリとあどけない笑顔をシンに送った。
シンはただ黙って可愛らい案内人らしき少女を見ていた。
「・・・・・・・・・・・」
固まっているシンに少女は訊ねる。
「ど、シタ、です?」
声を掛けられて現実に戻った様に気が付くシン。
「・・・あ・・・案内?」
「ソ、です」
お世辞にも流暢な話し方ではないが、ここまで話せるのは高い身分の人間以外知らない。ある意味、珍しい人物だ。
少し顔を赤くして話すシン。
「随分と話すのが上手いな」
「はイ。ワタし、シュリカ。シュリカ・ワー、です」
「そうか、シュリカか。良い名前だな。俺はシン」
「はイ。よろシく、です。シィン」
自分の名前がおかしい事に気が付いたシンは正す様に言う。
「「シィン」じゃなくて「シン」だ」
「はい、シィン!」
「シンだって・・・」
独特の訛りのせいで「シン」が伸びた様な言い方になっていた。もうこれは仕方がないことかもしれないと考えたシンは諦めた。
「・・・・・」
「・・・?」
シュリカはジッとシンの事を見つめていた。自分にガイドさせてくれるのかどうかの答えを待っていた。
そんなシュリカを見ていたシンは顔を少し赤くなり、少したじろいでしまった。
「・・・な、何だ?」
「ガイド・・・」
その言葉を聞いてシンは漸く見つめられていた理由が分かり、顔を赤くつつ頷いた。
「分かった。頼めるか?」
それを聞いた途端、明るい笑顔になったシュリカ。
「コッチきて、です!」
「あ、ああ・・・」
シンの手を引っ張る。どうやら早速案内を始めた様だ。シンは頭を縦に振ってシュリカに付いて行く。
歩いてから数分経った頃、ラクダと異世界からやって来たトカゲの怪物が陳列する様にいた。これを見たシンはまさかと思う事があった。
「シュリカ、まさかこれに・・・」
シンがそう尋ねるとシュリカはコクンと頷く。
「こレ、のってイく、です?」
そのまさかだった。
指を指していたのはラクダでは無く、異世界からやって来た例のトカゲの怪物だった。背中には馬鞍、口元には轡があった。間違いなくこれに乗って移動する様だ。
「・・・まぁ、うん。予想はしていた」
シンが少し諦めかけていると、シュリカはシンの方へ向けて手を差し出した。
「おかネ、タベモノ・・・」
「ああ、そうだな」
実は異世界では通貨はあまり出回っていない所が多い。その為、物々交換で済ませる事が主流だ。その常識はこっちの世界でも継がれている。
「取敢えず、これ・・・」
そう言ってシンが手渡したのは、軍から支給されているビーフジャーキーとドライフルーツだ。ビーフジャーキーは異世界に人間からは高級な干し肉に見え、ドライフルーツは高級な干し果実として重宝されている。
だから、シュリカの顔は更に明るくなり、無垢で可愛らしい笑顔になった。そんなシュリカの顔を見たシンはまた少し顔を赤くした。
「アンない、のる、です!」
シュリカは先に乗ってシンの方へ向き手を差し出した。
「あ・・・ああ」
シンは見とれつつシュリカの手を取ってトカゲの怪物に乗った。
シンとシュリカは爬虫類の背中に乗っていた。手綱は当然シュリカで、シンはその後ろに乗っていた。歩くスピードはゆっくりではあるものの、人間の歩くスピードと比べたら早かった。
「ど、です?」
機嫌がいいからか明るい声で後ろにいるシンに訊ねる。
「ああ、いい眺めだ・・・」
後ろに乗っているシンはシュリカの頭よりも先に例のコピー小銃が目に入る。それをジッと見ていたシンはこの世界では恐らく当たり前の事を訊ねる。
「シュリカはそれの使い方を知っているのか?」
シンの言うそれは当然コピー小銃の事だった。シュリカは少し困った様に答える。
「・・・ウん、シッテイるよ」
少し、間を空けてから答えるシュリカ。言葉の訛りとか、言いにくい単語があったからとかそういう事では無く、もっと別の何かの理由で言いにくそうだった。
「ハジメ、おと、オオキい、コワい。でモ、おぼエる、です」
「そうか・・・」
シンが眉を顰めた時、子供と呼んでいい位の少女が案内人だったからでは無く、シュリカが銃を持っている事に対しだった。
実は、異世界から来た勢力が占領した地域で手に入れた銃の使い方と威力を知ってしまい、あらゆる方法で銃を手に入れようと躍起になっていた。
異世界の人間がコピーとは言え、小銃を扱っている。シンはどこに行っても銃を扱っている国がほとんどだった。そうでない国は魔法がかなり発達して一切銃を使わない国だ。だが、そんな国は数える程の少数だ。
それはこの国でも同じ事だった。徴兵制のある勢力では5~6歳の男女に銃の使い方や人を殺す訓練を教える。そして12歳になるとほとんどの場合は戦闘員として駆り出され、事実上の少年兵や少女兵が戦争に参加する。
その為、良化軍の兵士達は殺す事に躊躇いを持ってしまい、被害が大きくなっていく。また、平気で殺したとしても、大抵の場合は捕虜の扱いが無碍になっていき、終いには軍律や軍法を平気で破る者が多く出て来る。その為、異世界汚染の除去があまり進んでいないのが現状の大きな問題となっている。
(考える事はどこでも一緒か・・・)
シンがそうやって呆れていると、シュリカは頭が横を向く様な形でシンの方へ見る。
「シィンノくに、どんな、です?」
「え?ああ、う~ん・・・そうだな・・・食べ物が、驚く程に多くあって、どれもこれも美味い、かな?」
シュリカは目を輝かせていた。
「ドれ、オイしい、です?」
顔を上に向けて小さな声で「ん~…」と漏らす。
「辛いものならカレー、甘いものならソフトクリームだな」
シンはシュリカの顔を横から覗く様にして見て答える。当然シュリカと目が合う。シンは少し顔を赤くしてしまう。シュリカにとって未知の食べ物。当然聞いた事も無い。だから、目を輝かせながらシンに訊ねる。
「なニ、そレ、です?」
「あ~・・・カレーはご飯・・・って言っても分からないし・・・」
カレーの説明はどういったらいいのか分からなかった。白いご飯と言っても、この国に米など流通していないだろう。また、カレーと言っても自分が知っているカレーが世界共通ではない。種類は恐ろしい位にある。そもそもカレーのルーの事を知らない異世界の人間にどう説明すればいいのかが分からない。だからカレーの説明は諦めた。
ソフトクリームであれば何となく分かるかなと考えた。
「ソフトクリームと言うのは、食べられるカップの中に白くて冷たい渦巻き状のお菓子だ」
間違っていない。間違っていないのだが、簡素過ぎる。シンのこんな簡素な説明にシュリカは未だに目を輝かせながら興味津々に聞いていた。
「そレ、あまイ、です?」
シュリカはシンが覗き込んでいる方向に顔を向けてそう尋ねる。
「ああ、甘くて美味しい」
「・・・!」
シュリカのおお~、と感嘆の言葉を出して、子供の様に輝いた様な顔になっていた。そんな顔しているシュリカにシンは本当に何気なくこんな事を訊ねた。
「・・・ところで好きな人とかはいないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
一分程考えた後、シュリカの顔が急に真っ赤になり、頭の上から湯気のような白いものが上がっていた。
「・・・・・」
そんなシュリカにシンはどういう訳か見とれてしまっていた。
「イナい・・・です・・・」
フイッ、と前を向きそう答えるシュリカ。シンは更に顔を赤くして少し気まずそうに答える。
「え、あ・・・そ、そうか・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
お互いどこか気まずく感じて無言になってしまった。
そんな膠着が一分程続いていると突然上から小さくて冷たいものが頭の天辺に落ちてくる。
ポタッ
「ん・・・」
「おっ」
2人は空を見上げる。
パラパラパラパラ…
それは雨だった。
「クモなイ、のに、アメ、メズラシい、です」
「俺も、砂漠でこんな懐かしい雨が見れるとは思っても見なかったよ」
「ナツカシイ?」
空は青空だった。雲一つない。だが、雨は降ってきている。
「これは「狐の嫁入り」というんだ」
「フーン・・・。マルであおゾら、ナいてイル、です・・・」
青空が泣いている。狐の嫁入りの事を知らない人間であればそう表現してもおかしくなかった。砂漠の雨は一年に一度に一気に降り注ぎ、洪水のようになる。そのせいで砂漠にいる生物はその洪水に飲まれて溺死する事の方が多い程の水量。だから砂漠で狐の嫁入りが起きるのは非常に珍しい事だった。
シンはフッと笑った。
「・・・まぁ、そういう風にも見えるな」
そんな狐の嫁入りを見ながら街を回った。
取敢えず、今年の分はこれで終わりです。
来年の1月1日、つまり明日に投稿しますのでどうかお楽しみに。
では、よいお年を!