113.裸
腰に手を当てて小ぶりながらも美しい丘の胸を張り、仁王立ちしているサクラは未だに自信満々に笑みを浮かべていた。霧の様な湯気の中で一際目立って赤いビキニ水着が強調されて、サクラの白磁器のように美しい肌がより美しさが増していた。サクラの濡れ鴉の様な艶のある黒髪や整って愛らしく無垢そうな顔と赤いビキニ水着がよく似合っている。
当然そんな姿にシンは目を奪われると迄はいかないもののジッとサクラを見ていた。
「・・・何のつもりだ?ここは身体を清める為の場所だ。プール・・・遊泳する場所じゃないんだぞ?」
何かのハニートラップの様な色仕掛けでも仕掛けてきたのかとシンは訝しげに訊ねる。自信満々に笑みを浮かべていたサクラはフッと違う形で笑い答えた。
「入浴だ!」
もし、今のサクラのアングルに何かを付け加えるとしたらバーンと言う言葉がデカデカと表わし、漫画にある集中線があっただろう。そう表現してもいい位サクラはどういう訳か堂々としていた。
そんなサクラの答えと態度にシンの反応はたった一言ではあるが困惑を極めているのがよく分かるそんな言葉を吐く。
「は?」
一体何をしに来たのかと思えばまさかの入浴だった事に呆れかえってしまう。いや、例えその理由が嘘だったとしても、もっと他に嘘の理由があるだろう。そもそも、恐らくではあるがシンの正体を知る為にここまで水着で来て入浴場まで乗り込んできたのだろう。だが、そんな姿でここまで来てサクラの顔は恥ずかしがる素振りが見られない。そればかりかさっきから余裕の笑顔がほとんど崩れていなかった。
その事から、シンは困惑や呆れをすぐに消え失せ自分の正体についての情報が漏れない様に細心の注意を払った。
「まぁ、お前がいる事を考えてこれを着たんだが、どうだ?似合うか?」
はっきり言えば似合う。だが、それよりもどうしても気になる事があった。それを確認したくて仕様がない事があった。だから、似合うとは言わずどうしても聞きたい事を訊ねた。
「・・・脱衣場で着替えたのか?」
今までの流れから鑑みるにサクラは脱衣場で服を着替える素振りは一度も見せていなかった。そればかりかそのまま入浴場に入ってきた。水着姿で・・・。
という事は、自分の部屋でもう既に水着に着替え終えており、そのまま入浴場まで来たと言う事になる。
「この格好でここまで来た!」
どうやら事実だった。いくら自分の屋敷であるとは言え、多分ではあるが良い所のお嬢様が客人もいるというのに半裸で屋敷の中でうろつくのはどうなのかと疑ってしまう。
今にして考えればステラがかなり驚いている事を考えれば納得がいく。自分が仕えるお嬢様がこんな姿でここまで来た事にどれだけ肝を冷やしたのか。シンは少し、ステラに同情してしまう。
「ステラとかに何か言われなかったのか?」
「何か言う前にどこかへ行った!」
「・・・・・」
恐らくステラはサクラの服を取りに行ったのだろう。ステラの苦労する姿が目に浮かぶ。
その時、申し訳なさそうな口調のアカツキからの通信が入る。
「すまん、ボス。俺が見た時、サクラの頭部だけしか見えていなかった。キャップを持ちあげた時にはカメラが真正面だったんだ」
「・・・・・」
確かに、サクラの格好に気が付けばどこに向かう等すぐに検討が付く。だが、それが出来なかったのはアカツキの視覚情報が非常に足りなかったからだ。
アカツキの情報から考えればキャップを持った時にはもう既に水着姿という事になる。
「サクラは入浴場に男が入っていれば、お前は入ってくるのか?」
脱衣場の外の廊下にはステラがいたはずだ。シンが入浴しているだろうと考えてもおかしくなかった。なのにも関わらず、サクラは堂々と入浴場に入って来た。
「そんなわけあるか。お前に用があって来た」
本当の理由を答えるサクラ。案外アッサリと本当の理由を打ち明けるサクラに少し拍子抜けするシン。恐らく、嘘と言うより冗談に近かったのだろう。
「俺に?」
シンがそう言うとサクラは頷いた。シンは入浴に来た、とサクラが言っていた言葉に鵜呑みしておらず、恐らく自分の正体を確かめに来たのだろうと考えていた為、ああ、やっぱりか、としか思っていなかった。
「お前にどうしても聞きたい事があるからここまでやって来た」
「俺の身体の事か?」
シンの正体を知るに当たって確実な判断材料なのはシンの裸体を見る事だ。シンはほぼ予想通りであった為にさほど驚く事は無かった。
「そうだ」
これは予想通り。
「お前の・・・その黒い部分は何だ?」
これも予想通り。いつも通りの言い訳で答える。
「・・・義手と義足、みたいな物だ」
間違ってもいないし、正解でもない。その為見破りにくい。そんな曖昧な答えにサクラは眉を少し動かし、興味深そうに声を漏らす。
「ほぅ?」
サクラはシンの身体を頭の天辺から足の先までじっくりと見る。このままでは何かに気が付いて質問してくるだろう。嘘を常につき、通し続ければいつか不審な点が出て来てしまい、思い内にあれば色外に現れるだろう。
シンは話を逸らす為にサクラがここまで来た事について尋ねてみた。
「その事を訊ねる為にそんな格好でここまで来たのか?」
「ああ、気になって気になって居ても立っても居られなかったのでな」
その行動力をもっと他に生かすべきものがあるのではないか。そう尋ねたくもなる。いや、そもそも、自分の事を丸裸にする必要があるのか・・・。
シンは腕を組んで率直に尋ねる。
「お前、何で俺の正体を知りたがる?」
「単純にお前に興味がある。お前の知っているモノの事や、お前の人間関係、お前の身体、そしてお前の事、丸裸にするまで気が済まない。だからな・・・?」
サクラの視線がシンの下半身の方へ徐々に向かっていく。
「ん?」
サクラは腕を組んでシンにとんでもない事を言った。
「そのタオルをどけろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
数秒程間を空けてからキョトンとした返事をするシン。そのタオルとは当然シンの腰に巻いているタオルの事だ。これを退かせばシンの股間はあられもない状態になる。それをやれとサクラが言っている。
シンは眉間に皺を寄せる。
「何考えてんだ、この変態吸血鬼」
自分の股間を見るようとしているサクラに呆れてそう答えるシン。
そんな答えにサクラは顔を赤くして腕を組むのをやめて、ブンブンと振り、慌てて否定する。
「か、勘違いするな!お前の足の黒い部分がどこまであるのかを知りたいだけだ!」
どうやら、今の自分の行動を客観的に見て改めて知ったサクラは徐々に恥ずかしくなってきたのだろう。そのせいでどこか取り乱している様に見える。と言うか明らかに取り乱している。
今頃恥ずかしいのかよ、と呆れた視線を送るシン。
「それは俺の股間を見ようしている事と変わりないだろ。このスケベ」
「き、貴様・・・!」
今まで会ってからほぼ笑みを浮かんでいたサクラにしては珍しく、顔を赤くして怒る様にして抗議する。だが、タオルを取れと言うは事実だ。どう抗議してもシンにとって、サクラは他人の股間を見ようとする変態にしか見えなかった。
「そもそも、俺がお前に水着を脱げと言ったら素直に脱ぐのか?」
流石のこの問いにサクラにも効いたのかぐぅの音も出ないような心境になる。
「う、ぐ・・・じゃあ仕方がない・・・」
サクラがそう答えた丁度その時、結びが甘かったのか腰にくくったタオルがハラリと落ちた。
「あ」
サクラはシンの股間にある男性にあるモノを見た。
「ほ、ほぅ。中々・・・だな・・・」
自信に満ち溢れて決して態度を崩さなかった。しかし、顔は紅潮の極め湯気が上がっていた。おまけにシンの股間をジ~ッと見つめていた。
シンは動揺する事も無くそっと落ちたタオルを拾って腰に巻いて結び直した。
「いつまで見つめてんだ、ドスケベコウモリ」
「ド、ドスケベコウモリ!?」
「人の股間をジロジロ見ていて、そう言って何が悪い・・・」
顔を更に赤くして慌てて強く否定するサクラ。
「お前の股間ではないっ!お前の腰の・・・!」
「嘘つけ、視線が明らかに俺の股間だっただろうが」
「う・・・」
段々と否定する言葉が出てこなくなってくるサクラ。サクラは何か別の事を話そうと考え、真顔に近い顔になる。
「お前のその黒い部分は腰近くまであるのだな」
この話題を切り出した途端シンは少し拙いと考えたのか、これで切り上げようと即座に判断した。
「ああ。もういいか?俺は上がるぞ?サクラといると増々サクラの変態さに磨きがかかってくる」
ついでにサクラを怒らせて話の主導権をあやふやにしてシンの身体の事について逸らしていく。
「な、何だと!?」
食いついた。更に捲し立てる。
「何か言ったか、ド痴女が」
「痴女・・・!?貴様これ以上ワタシを貶すと・・・」
「事実だろうが」
言葉を挟みこむ様にして話すシン。
だが、シンの言っている事はほぼ事実だ。その為、強く否定もできない所があり、上手く反論が出来ない。
だから、また話を逸らす事にしたサクラ。
「くっうぅ~・・・まぁいい・・・それよりもさっきワタシはお前の帽子を見ていてある事に気が付いた」
サクラがそう言うとシンの動きはピタリと時が止まったかの様に動きを止めた。
動きを止めたのにはシンの帽子、キャップの秘密について何か気が付いたのではないかと少し動揺した。
それに気が付いたサクラはイタズラ好きの妖精の様な笑みを浮かべて更に続けた。
「この帽子から何か刺激の強い薬草の匂いがした」
「薬草・・・」
シンは取敢えず胸を撫で下ろした。カメラのレンズの事について気が付いていない。自分の特有の体臭なら香水か何か付けていると適当に誤魔化せば問題ない。そう考えたシンはサクラが何か匂いの事について聞かれるのを待った。
「お前、何か整髪料でも付けているのか?」
来た。振り返りいつもの様に答えるシン。
「・・・あ~まぁ、付けているな」
シンがそう答えるとサクラは二ヤ~、と笑ってシンを見る。
「お前、嘘を言ったな?」
ポーカーフェイスのシンは少しドキリと胸に大きな鼓動が響く。
「・・・何故そう思う?」
「お前の帽子から人間の割にあまりにも人間の匂いがしなさすぎる」
「・・・・・」
「だから、改めてお前に聞く。その体は何だ?」
シンの身体からメントールの様なツ~ンとした強い薬草のようなにおいがする。これはノルンとのやり取りで、自分の体臭を虫等が寄ってこないようにメントールとかミントの香りがする様に、例のノートに「体臭はメントールの匂いする。」と書いていたからだ。また、人間の匂いがしなさすぎるのであって、全くしないわけでは無い。シンの場合は頭と胴体の皮膚と毛髪、筋肉以外は「BBP」化している。という事は頭と胴体の皮膚と毛髪、筋肉は人間のままという事だ。その為、全く人間の匂いがしないわけでは無い。
サクラはそれらを鑑みてシンの身体は明らかに人間のものではないと考えたのだ。そのお陰で別の形でシンの身体の事の秘密に近付いてしまった。
「匂いなんて帽子に付けているだけの可能性は考えなかったのか?」
否定できるような判断材料をサクラに提示するシン。確かに、キャップの方に大量のメントールの様な物を漬け込んでいるという事にすれば人間の匂いがしにくいと考えても筋が通っている為、違和感がない。
だが、サクラは決して笑みを崩さなかった。
「もちろんそう考えた。だから、はっきりさせようじゃないか」
「・・・どうするつもりだ?」
腕を組んでサクラに訊ねる。だが、次のサクラの言葉にシンは腕組みを止めて両腕をフリーにする。
サクラは胸を張り、声も張って答える。
「お前を嗅ぐ」
「何?」
「お前を嗅ぐんだ、ワタシが」
シンはもう何て言って良いのか分からず、ただ率直に思っており、その場を乱す言葉を口にする。
「・・・・・やっぱり変態だな」
「っ・・・今回は流石に何を言われようがワタシは実行するぞ?」
「・・・・・・・」
サクラは何か言い返そうとするが、ぐっと堪えてシンのペースに飲まれない様に踏み止まった。そんなサクラの様子にシンは少し焦りの色が見え始める。
「馬鹿馬鹿しい事言うな。俺は上がるから退いてくれ」
そう言ってサクラを避ける様に横にずれて前に進もうとするシン。
「上がってもいい。だが、嗅がせろ」
対してサクラはそう言って阻む様にシンの前に立つ。シンはまた揶揄ってサクラのペースを崩そうとした。
「変態臭い。と言うか変態コウモリだな」
「っ・・・私を怒らせて嗅がせるのか、大人しく嗅がせるのかどっちがいいんだ?」
「お前がそこを退いて俺が上がる事を選択する。分かったかドスケベ吸血鬼」
「・・・なるほど、つまり「私を怒らせて嗅がせる」という事だな?」
どうやらシンはミスチョイスをしてしまった。顔は笑っているが目は笑っていなかった。どうやら本当に怒っている様だ。
「そこ動くなよ・・・」
サクラはそう言って両手を上げて指をワキワキと動かしていた。ここまで見ればかなり変態臭かった。
だが、目が笑っておらず本気の目だった。そのまま前に一歩足を踏み込んだ。
ツルッ…!
「あっ・・・!」
その時、サクラが一歩踏み込んだ時に足を滑らせ前屈みに倒れてくる。
「っ!」
シンは気が付き急いでサクラを受け止めた。
ガシッ!
シンはサクラを丁度抱き合う様な形で受け止めた。
「・・・しまった、つい助けた」
シンは咄嗟に助けてしまい、サクラが嗅ぐ機会を与えてしまって後悔の言葉を零す。サクラは受け止めたシンの言葉を聞かず、そのまま匂いを嗅いだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
サクラは一心不乱にシンの身体の匂いを嗅いだ。シンはもう仕様が無いかと諦めて俎板の鯉の状態だった。
「なるほど、お前の身体は我々が知っているモノではないのだな?」
案の定ほぼバレた。サクラは二ヤ~と笑ってシンに訊ねる。
「・・・・・・・」
シンは目を逸らしほぼ無言で通そうとしていた。そんな様子のシンにサクラはそっとシンから離れる。
「ワタシを助けた事については礼を言う」
「そうか、ケガが無さそうで何よりだ」
「ああ、もう自由にしていいぞ?浴場にいるなり、上がるなりするがいい。ただ、私は一応入浴はしに来たがな?」
「・・・上がらせてもらう」
シンはそう言って足早に浴場から出ようとサクラとすれ違う。
「ああ、それから我々吸血族に「コウモリ」と言う単語は良くない。蔑称だからな」
それを聞いたシンは後ろへ振り向く。
「肝に銘じとくよ、痴嬢様」
「だ、だから違うっ!」
さっきまで余裕綽綽で自信満々の顔が紅潮し崩れ、反論する。それに対しシンはサッサと入浴場を後にした。
「くっ・・・何か奴に弱点の様な物を見せてしまったような気がする・・・」
サクラの顔は紅潮したままで少し悔しそうにそう呟く。
「・・・・・・・・・・・」
自分が倒れそうになった時の事を思い出したサクラ。お互い肌の露出度が高いから密着していた。しかも、サクラはシンの香りを嗅いでいた。
(・・・結構いい香りだったな)
メントールの匂いは人によって嫌いな人もいる。サクラもその内の一人だ。だが、シンの香りはどういう訳かいやでは無く何となくではあるがいい香りと思ってしまった。
「ボス、今ステラがキャップを近くにある小さな机に置いている。カメラは壁の方に向いているから状況が分からない」
「そうか」
シンはアカツキに通信を入れて廊下の状況を聞いていた。だが、結果はさっき通りだ。
「ボス、サクラについてどう思っているんだ?」
「・・・良くも悪くも変な娘かな」
シンは「収納スペース」から服とタオルを出しながら答える。
「何かややこしいものに魅入られてしまったな」
タオルで髪を拭きながら答えるシン。
「ああ」
「これからどうするんだ?」
「取敢えず様子見だな。これ以上通信をすれば怪しまれるからここで一旦切る」
「OKボス。何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「おう。通信終了」
そう答えてアカツキとの通信を終了した。
「・・・・・」
髪を拭きながらサクラを抱き合う形で助けた事を思い出していた。肌の露出が高いせいで肌と肌の密着率が大きかった。その為サクラの肌に触れた時の事が大きく印象に残った。
(柔らかかったな・・・)
サクラの肌を触り肩や腕等を触れた時、まるでマシュマロの様な柔らかさだったな、とボンヤリと思い出していた。
そして、「マシュマロ」と考えていた時、更に柔らかいモノを思い出す。
(・・・アレも、一応柔らかったな)
サクラは美しい丘だった。それなりにある。肌と肌の密着率が高かった為、胴体の表面にその感触が伝わってしまった。
肩や腕等よりも更に柔らかくマシュマロの中でも柔らかさと弾直を更に追及したような柔らかさだった。
丁度その時、外から急ぎ足の靴の音がした。
カツカツカツ…
更に勢いよく扉が開いた。
バタン!
扉を開けたのはステラだった。ステラはサクラが赤いビキニ姿でここまで来た事に大慌てでサクラの服を取りに行っていた。その証拠にステラの手元にはサクラのセーラー服モドキの服を持っていた。
「お嬢様、失礼し、ま・・・す・・・ぅ・・・」
この時はステラの目に映ったのは髪を拭いているシンだった。当然服を着ていない。シンとステラはお互いに目が合った。
「あ」