112. 月に挑む
リーチェリカの言葉遣いが少し変わっているかもしれません。もし、何か変な個所がございましたらご連ら下さいますと嬉しいです。
チャポン…
白い湯気が霧の様に立ち込めて水の音が響く。
体を洗い終えてゆったりと湯船に入るシン。久しぶりに湯の張った風呂に入れる事にありがたみを感じ、目を瞑り寛いだ時に出る、ハァ~、と言う溜息を大きく吐く。
「それで月がなんだって?」
この浴場にはシン一人だ。という事は当然、話し相手は通信機を介しての相手だ。
「今いけそぉやなぁ~」
「ああ」
シンは体を洗いつつ、この浴場に何かおかしい物が無いかと観察等をして調べていた。その間アカツキには誰とも通信をしない事を伝えていた。
今は問題ない事だと分かっている為、堂々とリーチェリカと会話が出来る。
「資源採掘とアカツキ専用ん基地を月で構えるちゅう話や~」
普通ならそんな事は無理だろうと呆れかえる様な反応を示すのだろうが、シンはその逆だった。
「なるほど、アカツキに燃料やメンテナンス、魔力補給ができる様にして置くって訳か」
「そうそう。ほして更にグーグスはんにワープホールで繋げて、資源や魔力を貯めれる装置を移動させる~」
そう考えればアカツキの移動が大幅に上がり、シンへのサポートもしやすくなる。詳しく言えばアカツキによる支援砲火もしやすくなる、シンの周辺やジンセキ、特定の人物の監視や視察がしやすくなる、アカツキの大気圏外内の移動がしやすくなる等の多数の長所がある。
「いい考えだな。だが、持っていく物資の事は考えているのか?」
「どもない。ようわりかしは準備できとるさかい~」
抜かりないな、とそう感心するシン。
「分かった。ところで月の資源ってのは鉄とかチタニウムだったっけ?」
「せやな~、他かてアルミとかもあるやけど、一番重要なんはヘリウム3やね~」
「ヘリウム3があるのか」
「せや~」
月には何も岩と砂だけの殺風景な世界ではない。
鉱物であれば明らかに多くあるのがアルミニウム、チタン、鉄、それなりにあるのがマグネシウム、カルシウム、ごく少量ではあるがカリウム、トリウム、ウランがある。
鉱物で無い物質であれば酸素、水素、ヘリウム3、レゴリス(固体の岩石の表面をおおう軟らかい堆積層の総称)、リン、ケイ素、希土類元素等がある。
特にヘリウム3は月に基地を構えるに当たっては非常に重要な物質だ。
ヘリウム3と、水素の一種である重水素が核融合すると、ヘリウム4、一般的なヘリウムと陽子になる。この時飛び出した陽子が莫大なエネルギーを発生する。つまりこれを利用すれば月での核融合発電が出来る。
「酸素は・・・イルメナイトか?」
イルメナイトとはチタン鉄鉱グループの重要な鉱石鉱物。主にチタンと鉄と酸素が混合した酸化鉱物だ。
「基本はそこからやね~」
「「ロータス」で酸素みたいな気体も何とかできるんだったか?」
シンが知っている「ロータス」は物質を分離して一つの塊に出来る機能しか知らなかった。だが、リーチェリカの事だ。何かしら改造しているだろう、そう思ったシンは尋ねた。
「でけるよ~」
本来ならばイルメナイトから酸素を取り出す為には、水素や炭素を加えて熱するという方法が一般的だ。また、酸素と水素を作るに当たってはヘリウム3と同様、レゴリスを加熱する事によって、水素を得る方法が必要になる。
更に言えば、どこにどんな物質が存在するのかを調べる為にガンマ線分光計等を使って、月の元素の分布を明らかにしてやる確実な方法も必要になってくる。
だが、「ロータス」があればそう言った事は必要無い。何故なら手に入れた何かの混合物を「ロータス」に入れるだけであっという間にそれぞれの物質に分けられる事が出来るからだ。一々調べる必要が無い。
「ロケットはもう作っているのか?」
「ようとーに作ってこしらえしいやおるよ~」
「マジか・・・。本当に準備できているんだな」
改めてリーチェリカの用意周到の良さに感心するシンにリーチェリカは付け加える様に口を開く。
「それとな~」
「何だ?」
「地層調査もしはるつもり~」
「上手くいけば地熱エネルギーによる別の発電が出来るかもしれないって事か」
「そないゆー事ぉ~」
深さ60~300kmの層は、月の上部マントルといわれ、地球の上部マントルに似た組成を持っていると考えられている。更に深さ300~800kmの層は、月の中部マントルといわれ、月をつくった始原物質であると考えられている。そして、更に深さ800km以深の内部構造はよく分かっていない。ただ、深さ1300~1500kmより浅い層は、月の下部マントルで部分的にせよ溶融状態にあると考えられ、それより深い半径200~400kmは、核があると考えられている。
つまり、地熱エネルギーがある程度存在しているという事になる。水はロータスで酸素と水素に分解する事が出来る為そこから水を作る事が出来る。地熱エネルギーによる発電等の方法が可能という事になる。
「分かった、月面基地はそのまま進めてくれ。スタッフ選抜も任せる」
「了解~」
月に大きな基地を構える事になった。月に基地を構えるという事は経済面でも軍事面でも大きな力を持つ事とになる。
経済面は言わずとも、莫大な資源を手に入れる事が出来る。不要な資源・・・例えばレゴリス等はそのまま安価で売れば十分すぎるくらいの莫大な金が転がり込んでくる。
軍事面はアカツキの魔力やエネルギー等の補給面等の大きなサポートができる。これが実現できればアカツキは一々地上に補給せずに済むから、誰かに見られるというリスクが大幅に減らす事が出来る。
また、放射能等が出る物質等の処分に困る物であればレゴリスを大きな筒状の入れ物に加工してその中に放射性物質を入れて完全密閉すれば漏れ出る心配もない上にそのまま月に捨てられる事が出来る。
月を確保すればこういった事が可能になる。だからシンは躊躇わずリーチェリカに開発を進める様に言ったのだ。
「トコで、若は今なんをやっとるん~?」
「・・・入浴中だ。かなりのVIP待遇で」
少し目を開けて皮肉交じりに答えるシンにサクラは揶揄う様にして尋ねる。
「何やん種族んおなごん子に負けて上に両手縛られとるん~?」
「・・・・・」
通信機越しからクスクスとリーチェリカの笑い声が聞こえる。リーチェリカが笑みを浮かべている姿が目に浮かぶ。シンは顔には出さなかったが内心少しだけムッとしていた。
「あ、そうそう~。アカツキはんから何や報告がおしたみたいせやかて したい事あるみたいだけど~?」
「分かった。取敢えず月の件進めてくれ」
小さな溜息を吐いて気を取り直してリーチェリカに月の基地の計画を進める様に言って、自分は通信を終了する事を言った。
「了解~」
リーチェリカはそう返事をして完全に通信は終了した。するとアカツキから通信が入った。
「・・・話はもういいか?」
どこか恐る恐るとした様な口調でシンに訊ねるアカツキ。何故恐る恐るなのかはシンは分かっていた。
「ああ、いいぞ。・・・それよりも、お前今の俺の処遇をリーチェリカに言ったな?」
シンは少し口調を強めてアカツキに訊ねる。もし、この場にアカツキと居合わせていれば間違いなくシンはジロリと睨んでいただろう。
「ああ、結構しつこくてな・・・」
何処かバツが悪そうに答えるアカツキ。それを聞いたシンは、相手がリーチェリカだからまぁ仕様がないかと、考え、これ以上追及はしなかった。
「おかげで揶揄われた」
小さな溜息を付いてそう答えるシン。
「何か悪いな・・・」
申し訳なさそうに謝るアカツキにシンは小さく首を横に振る。
「いや良いよ。それよりも何か用か?」
気を取り直して瞼を閉じ、改めて何の報告なのかについて尋ねるシン。
「ああ、今キャップのカメラから見たものの事なんだが・・・」
「何か分かったのか?」
少しだけ目を開けて尋ねるシン。
「いや、残念だが帽子用の箱に入れられたせいであんまり分かんねぇな・・・」
「そうか・・・。いや、その場所の位置は分かるか?」
再び目を閉じるシン。
「ああ、一応分かるが・・・。いや待て、サクラがキャップを取り出したぞ?」
「それでどうなった?」
目を閉じているが、何か情報が手に入ると考えたシンは無意識に小さく体を動かす。
「今・・・床の方を向いているな」
「床?」
未だに目を閉じているが、眉をひそめるシン。
「ああ。あ、今真っ直ぐ向いた!今ドアの方を向いている」
「何だ、出るのか?」
シンがそう尋ねると、アカツキは今の状況を実況し始める。
「ああ。と言うかもう廊下に出た」
「今、右に曲がって進んでいる。階段・・・降りた」
「右・・・階段・・・」
アカツキの実況の言葉に耳を傾けながら呟きイメージするシン。
「左に曲がって真っ直ぐ・・・メイドがいる」
「メイド?」
「メイド」と言う単語に反応して瞼を開けてしまうシン。
「そのメイドって赤毛の?」
この屋敷でメイドと言えばステラを連想する。
何か嫌な予感がする。
眉を顰めて恐る恐るそのメイドの特徴を訊ねてみる。
「ああ。何かそのメイドの顔がメッチャ驚いている様だ。何を驚いて・・・って、そこ・・・!」
アカツキが赤毛のメイドについて話した瞬間、シンは一気に目を見開いた。アカツキもすぐにキャップが向かう先がすぐに分かった。
ザバァッ…!
「浴場だ!」
そう叫び、勢いよく湯船から出るシン。丁度その時、脱衣場からシンにとって不吉な音が聞こえた。
ズズズ…
「っ!」
もうすぐそこまで来ていた。何かが引きずる音がする。その音を聞いたシンは何の音なのかすぐに分かった。
「脱衣棚を動かしているのか・・・」
しかも、脱衣場のドアの方向からその引きずる音が聞こえる。
シンの想定通りであればサクラが脱衣場まで来て無理やり入浴場を開けようとしている。
もしそうだとすれば、今サクラは魔法の糸によって脱衣棚を退かして浴場に入ろうとしている事になる。当然今のシンは素っ裸だ。
サクラの観察力と洞察力の事を考えれば、シンの正体バレる可能性が一気に高くなるだろう。シンは自分の身体を見られるのはかなり拙い。
「拙いな、そろそろ・・・」
そう呟き、湯船から出るシン。
シャツとズボンだけでもいいから、早く着替えてどうにかして誤魔化そう、シンはそう考えて急いで脱衣場に向かおうとしていた。
ガチャ…
キィィィ…
「・・・!」
だが、それも遅かった。脱衣場から聞きたくなかった音がシンの耳に届いた。ドアノブを回して開く音、蝶番が鳴る音。その音を聞いたシンは少し後ずさりするシン。
(拙い、どこか・・・)
シンはせめて入浴場でどこか隠れる場所が無いかキョロキョロと見回す。だが入浴場内で隠れる様な場所は大して見当たらない。
「チッ…」
キュッ…
舌打ちしたシンは急いで腰にタオルを巻いてくくり、男性にしかない股間にあるモノを隠した。
丁度その時だった。
ペタペタ…
「寛いでいて何よりだ」
白い湯気の向こうから素足で水気のある床を歩く音が聞こえてくる。
その声は聞き覚えがある。と言うより、ついさっきまでよく聞いている声だ。その声がする方へシンは見ると白い湯気の霧の中に人影があった。
「何でここにいるんだ・・・サクラ、ああっ!?」
珍しく素っ頓狂な声を上げるシン。サクラは腰に手を当てて胸を張り仁王立ちして、自信満々に声を張る。
「どうだ?中々似合っているだろう?」
シンが珍しく素っ頓狂な声を上げるのも無理はなかった。何故なら白い湯気の霧が少しずつ晴れて来て人影の正体が露わになった時、今のサクラの格好は赤いビキニ水着を着ていたからだ。