111.新しい色を見せたい
大変長らくお待たせしました。
「新しい色だと?」
「そうだ」
普通ならここで「新しい色とは何だ」とか、「サクラは何を求めているんだ?」、「どういう事だ?」等と訊ねるものだ。だが、シンはそのどれらでもない問う言葉を選んだ。
「その色は誰に見せる気でいるのか?」
「・・・!」
意外な言葉を口にしたシンにサクラは少し目を大きく開き笑みが崩れる。
その様子のサクラにシンは質問を変えてみた。
「見せるその方はサクラにとって素晴らしいと胸を張って言える存在か?」
シンがその方と質問したのは、サクラより目上の立場の者ではないかと考えたからだ。
「・・・そうだ」
真剣な顔で答えるサクラ。シンは更に質問を続ける。
「その方にすぐにでもその色を見せたいのか?」
「今すぐにでも」
「・・・・・」
シンはサクラの答えに無言になる。
シンが何故こんな質問をしたのかには理由がある。
まず一言で「色」と言ってもその数は幾万よりも遥かで、言い表せない程の種類がある。
どれもこれも素晴らしい色だが、それを見せ、説くのに非常に時間がかかる。
それと同じ様に、新しい何かを他の者に見せてその素晴らしさを見せるには同じ様に発見や研究は時間がかかる。
そしてシンは「その方」と訊ねてサクラは頭を縦に振った。
この事から察するに目上の者であろう。
「その方はこの屋敷にいるのか?」
「・・・・・・・・ああ、そうだ」
シンは質問する度にサクラの空気が徐々に重くなっていく事に気が付いた。
次の質問で切り上げようと考えた。
「この質問でこれ以上訊ねないから答えてくれ。お前の家族は?」
「・・・・・・・・」
サクラは険しくどこか物悲しそうな顔でジロッとシンを見る。
「・・・ありがとう。いただきます」
サクラの様子を見て新しい色を見せたい相手の正体が分かったシンは手を合わせて食事の挨拶を済ませる。
「・・・・・・・」
両手を合わせた時に見える拘束された両手首にある白い糸を見たシンはもう一度拘束を解く様に頼んでみる。
「これを・・・」
「ダメだ」
返答はシンの言葉を挟む様な形で間髪入れずに却下されてしまった。
ムッシャムッシャムッシャムッシャムッシャ…
シンは拘束された両手でフォークを器用に持って目の前にあるご馳走を次々と平らげていた。
「・・・・・・」
「「・・・・・」」
ゴクン…
シンの喉が大きく上下に動く。
カチャ…
ほぼ白くなった食べ終えた皿を重ねていく。もうこれで何枚目だろうか。途中から目視ですぐに数える領域から掛け離れている位の枚数になっており、白い皿を重ねて大きな塔に出来上がっていた。
目の前にある数々あった料理は残り僅かになっていた。
「おかわりしてもいいか?」
白いナプキンで汚れた口元を拭きながらそう尋ねる。
「あ、ああ、好きなだけ食え・・・」
呆れと驚愕が声になって表れていたサクラは更に料理を持ってくる様にステラに目配せする。
「・・・・・・」
後ろに控えていたアルバは無言で控えていた。特にどうする事も無くただ単にシンの様子を眺めているもののほぼ無反応だった。
「・・・・・」
シンの後ろに控えているステラはアルバとほぼ同じ反応だった。そんなステラは無言でおかわりを要求するシンの為に手際よく次の料理を用意した。
「お待たせしました」
「どうも」
待たせる程待っていないが、と考えつつ拘束された両手の右手でフォークを使ってカット済みのステーキとパンを頬張る。
「美味いなこれ」
「そうだろう!」
サクラは笑顔になって胸を張る。どうやら美味い、と言う単語に素直に気分を良くした様だ。
「・・・・・・・」
そんな様子のサクラをシンはジッと見ていた。そんな様子に気が付いたサクラは小首を傾げる。
「ん?何だ?」
「何でもない」
そう言ってフォークを再び動かし始める。
シンはサクラの今までの反応からその方の事について考えていた。
結論から言えばサクラが言うその方とはサクラの親族ではないかと考えている。
まず、国王からではないと考えている理由は二つある。
一つは屋敷のデザインが自由過ぎるという点。
例え屋敷のデザインが自由に決めても問題ないとしても、これだけごちゃごちゃした屋敷であれば奇異の目で見られるか、避けていくだろう。
酷ければこの国に居るであろう貴族に何かしらの陰口を叩かれてもおかしくない。それこそ、国王であれば尚更サクラにシンを連れて来る事を命令しないだろう。例え国王がかなり自由奔放な性格であったとしても少なくとも周りの者が止めに入り、自粛する可能性が高いだろう。
もう一つはサクラの屋敷に使えている人数があまりにも少なすぎる点だ。
これだけ広い屋敷だというのにも拘らず、この場に居るのがアルバとステラしかいないというのがかなり奇妙な話だ。これだけの広い屋敷であれば維持に必要となる人数は少なくとも10人以上必要だろう。
これらの事を考えればサクラは何かしらの理由でこの国の政に関して避けている様だ。
「・・・・・」
ジッとサクラを見ながら生ハムで巻かれた何かのサラダを口に運ぶシン。
決定的だったのは、サクラに家族の事訊ねた時の反応。それらの事を察するにサクラの血が繋がっている者はもういないのだろう。
(・・・天涯孤独という事になるのか)
そんな事を考えているとシンは今の自分の立場とサクラと重なった。
(まぁ、だからと言って遠慮する気はないが・・・)
刺したステーキをそのまま頬張るシン。
サクラはシンにあんな形の出迎えをして、その上両腕を拘束されている。
その仕返しとばかりにシンはサクラの財布を破産させるつもりで目の前にあったご馳走を喰い散らかす様に平らげていた。
しかし、シンの腹には満腹感が込みあがっていた。そろそろ限界に近い。
(もうここで切り上げるか)
流石にシンの胃はBBPで出来ているとは言え、容量には限界がある。そろそろしめに入るかと考えた。
「美味かったな」
「そうか。ではデザートでもどうだ?」
「戴くよ」
そう言って2つのデザートの方へ目を向けた。一つは切り分けた新鮮な果実もう一つはシロップと思しき蜜がたくさんかかったホットケーキ風の甘味。シンは先に切り分けた新鮮な果実の方へ手を伸ばした。
「ご馳走様」
「・・・お粗末様」
そう答えるサクラの視線はシンでは無く積み上げられた皿の塔の方だった。
「・・・・・」
明らかに何人前と言うレベルでは無く何十人前と言うレベルに達していた。
「ところで、厠はどこにあるんだ?」
トイレの場所を訊ねるシン。一見すると、たくさん食べたせいなのかな、と思うだろうが実際は違う目的だった。シンは両手の拘束を解く為に一人になれる機会を探っていた。それでまず思い付いたのがトイレだった。
「ああ、それならステラに案内させよう」
案外すんなりと通してくれた。これには少し意外ではあった、と顔に出るシン。
しかし、ステラと言う邪魔な存在が出来てしまった。ステラが案内するという事は一緒に行くという事だ。一時的に一人になったとしても時間の事で怪しまれてしまう。これでは両手が自由になったとしても、また拘束される恐れがある。
「いや、話してくれれば・・・」
「屋敷の中で一人で勝手に行動されると困るのでな?」
ほぼ見抜かれていた様だ。
「・・・そうか」
仕方ない、と諦めステラの後を付いて行こうと席を立った。その時サクラはステラに声を掛ける。
「それからステラ」
「はい」
サクラの元へ向かい、自分の耳を貸した。
「…………」
何かボソボソと軽く耳打ちをしてステラは恭しく一礼をした。この時、短い耳打ちのせいで何を話していたのかよく分からなかった。
「承りました。お嬢様」
ステラはシンの元まで行き、案内を始める。
「ではシン様、こちらです」
「・・・分かった」
シンはステラの後に付いて応接室を後にした。
広間に残るのは当然サクラとアルバだけだった。
「全く・・・」
そう言って大きく溜息を付いたサクラの額には青筋が浮かんでいた。
「結局、こんなに嵩んだか・・・」
「はい」
何を嵩んだのかは言わずも見て分かる、例の皿の塔だった。
「まさか5日分の食費を無くすとはな・・・」
こんなに喰いやがって、と皿の塔へ睨み付けるサクラ。
どうやら今ある皿の量から察するに5日分の量だった。この世界においての5日分の食料が短期間でなくなるという事は金に余裕がある者でも調達の時間や生産できる食糧の値段の事を考えればそれなりに深刻な問題だ。
よってこれらの事柄を鑑みて出される結論は
「暫くの間の食事は質素で倹約な物で頼む」
これに尽きる。
「畏まりました」
特に反論する事も無くすんなりと返事をするアルバ。
サクラは小さな溜息を一つ零してアルバに声を掛ける。
「ところでアルバ」
「何でございましょうか」
サクラあの鋭い視線がアルバの方へ向ける。
「気が付いていたか?」
「はい、こちらをずっと警戒して・・・」
「そうじゃない」
スッパリと切り捨てる様に否定するサクラ。何の事かとアルバはサクラの方へ見る。
「奴の手元・・・ワタシの推察だと、あれをいつでも拘束を解く事ができる可能性が高い」
「何ですと・・・!?」
あれとは当然シンの両手首にあるあの白い糸の事だ。それを解く事が出来るという事実に今まで毅然とした態度を崩さなかったアルバは驚きのあまりについアクションをとってしまう。
そんなアルバに対しサクラは冷静にシンの様子から分析の言葉を並び立てる。
「器用な奴だ。自然な手つきと動きだが、通常の手ではありえない動きをしていた。まぁ、よく観察していなければ分からん動きだったが」
小さな笑みが零れるサクラ。アルバは元の毅然とした態度に戻りシンの様子を思い出していた。
「あの黒い腕、何なのでしょうか・・・?」
「分からん。ただ、あいつは明らかに只者ではないという事だけは確かだ」
静かに目を閉じて答えるサクラ。
「そう言われますと、シン様の側に控えていたステラの動きにも注意しておられました」
「ああ、油断ならない奴だ」
鋭い目を開くサクラ。そんなサクラにアルバは気になっていた事を訊ねる。
「ところで、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
視線だけでなく顔もアルバの方へ向けるサクラ。
「ステラはどちらに?」
「ああ、今奴は浴場にいる。それの世話を言いつけた」
グググググ…!
「遠慮する!」
「いいえ、ここでお世話しなければエイゼンボーン家の名前に泥を塗ります・・・!」
脱衣場の中にはシン、外の廊下にはステラがいた。ステラは脱衣場に入ろうとしてドアを体当たりする様に押していた。シンは負けじとドアを閉めようと押していた。
何故この様な事になったのか、きっかけはステラがさりげなく、服が汚れているし、どうせなら浴場に案内する、と言われてシンはそれもそうかと考えその提案に乗ってしまった。
だが、それが拙かった。ステラはシンの身体も洗うと言って一緒に脱衣場に入ってしまったからだ。シンは流石に互いの貞操面でも、アカツキとの通信面等々で色々と拙い。だから、ステラを強引に外へ押し出す様にして追い出した。だが、ステラはそうはいかないとドアを押して中に入ろうとしていた。シンもそうはいかないと押して無理やりドアを閉じようとしたのだ。
「ある程度、客人の要望を応えるのはメイドの務めじゃないのか・・・!?」
「ある程度ではございません故・・・!」
「ならせめて、部屋の外で待ってくれ・・・!」
「そう言う訳には・・・!」
ドアの押し比べに押し問答。
力としては当然シンの方が上手でジリジリとステラを物理的に後ずさりさせて、何とか脱衣場から外へと放り出す事に成功した。
ズズズ…
おまけと言わんばかりに近くにあった大きな脱衣用の棚を押してドアを封鎖した。
「逃げないからな!」
「シン様?シン様!?シン様!!」
ドア向こうではステラがシンを呼ぶ声とドンドンと戸を叩く音がしていた。
「・・・やぁっとゆっくりできる」
小さな溜息をもらすシン。
「ボスまさかと思うが、拘束されたままで服を脱ぐわけじゃないよな?」
「当たり前だろ」
シンはそう言うといつの間にか床の上に白い糸が落ちていた。BBPは自由に形を変える事が出来る。という事は態々糸を切らずとも、手袋を脱ぐようにしてすんなりと解く事だって可能だ。
「・・・これでやっと気楽にできるな」
そう言って服を脱ぎ始めるシン。
「ついでに俺との話もできそうだな」
「ああ。だが、小声で話すぞ」
「OKボス」
誰かに聞かれていたとしてもボソボソと小さな声で呟く様な声で話せば、耳が良くとも相当聞きづらいだろう。ましてや、未だにドアをたたいている音がする為聞かれる事は無いだろう。
「そうだな・・・何を話そうか・・・」
「じゃあ、まず俺から。リーチェリカから報告があった。何でも月に基地を構えないかっていう内容だったな」
「・・・月?」
シンそう声を出して時、丁度服を脱ぎ終えて「収納スペース」に変えの服と入れ替える様にして脱いだ服を入れた。新しい服は脱衣棚に入れれば何かしらの拍子で倒れた時の事を考えて、床に置いた。念の為に浴場に誰もいない事を気配で確認したシンは浴場へ向かった。
体調面と気分が落ち込んでしまって、どうしても書けない日々が続いてしまってかなり待たせてしまって申し訳ありませんでした。
未だに体調面で優れませんがこれからも執筆して参ります。
それから随分前に投稿しましたので、かなり今更なのですが、昔趣味で書いていた日常のミステリー小説を改めて書き直して「カクヨム」と言う小説サイトに3話程投稿しました。
タイトルは「民族部の日常」です。
因みに投稿した理由は気分転換と半ば勢いです。
未だに文章を書く事が苦手ですので、書き直しているのに明らかにおかしい部分があるかもしれません。
そんな小説ですがご興味のある方はご覧になって下さい。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887491318
少し長くなりましたがここまで読んで下さりありがとうございます。
続いていきますのでどうかお楽しみに。