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104.無駄がない

 目の間はやたら眩しくいくつもの光の弾の集合体が自分の身体を照らされていた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…


 医療関係者であれば・・・いや、少なくとも医療関係のドラマを見た事がある人間であれば聞いた事のある音。

 それは心電図の音だった。

 そしてその心電図に繋がれていたのは洞窟を塒にしていた盗賊の頭だった。

 盗賊の頭は全裸で拘束されていた。


「フ~ッ!フ~ッ!」


 盗賊の頭の意識は、はっきりしていて目がこれでもかと大きく見開いていた。脂汗を滝のように流し、荒い息遣いが聞こえる。その荒い息遣いの理由は盗賊の頭の視線にあった。


 グチッ…グチッ…


 何か水気のある柔らかい物を弄る様な音をさせていた。その音の正体は盗賊の頭の身体を切り開いて中を弄っていた音だった。

 今盗賊の頭が見ている光景は自分の腹部を切り開らかれて一人の少女が弄っていた。


「♪~」


 どうやら機嫌がいいのか鼻歌が聞こえる。

 鼻歌を歌っていたのは盗賊の頭を弄っていた少女だった。


「♪~♪~♪~」


 無邪気な子供のような目で見ていたリーチェリカだった。

 盗賊の頭の体から血こそ溢れ出ているわけでは無いものの、体が切り開かれて新鮮な(はらわた)が見え、()を触られている感覚は間違いなかった。

 そして、リーチェリカは何かブツブツと呟いていた。


「神経切断、反応あり確認・・・再接続開始」


 そう言って男の身体をツツーッとナイフ・・・この場合であればメスを入れていた。その後に鉗子、糸を入れて何かを縫っていた。


「内臓に問題無し、反応鈍し。だが、許容範囲内。実験成功」


 リーチェリカはそう淡々と呟き、何事も無い様に作業を続けていた。作業するにつれて見える真っ赤な手と()で触られている感覚で今何をされているのかがよく分かる。

 よく分かってしまうが故に男にとっては猟奇的な状況に困惑を極めていた。

 実は自分は死んでいて、自分の死体に自分の魂を強制的に入れられて、少女に好き放題に使われる地獄に落ちたのでは、と困惑を極めて狂気的な判断をしていた。


「ひいいいぃぃぃぃ!痛くねぇ痛くねぇ!!ぎひひひひひひひひひひひ!」


 痛みこそない。だが、意識がはっきりしていて自分の身体が開かれていているのを見て気が狂ったような笑い声をあげる。

 だが、これは無理もないだろう。この世界では麻酔と言うものは存在しない上に、訳も分からないまま痛みを感じずに腹を切り開かれて少女が好きなように弄られて、触られている感覚があれば、傍から見ても常軌を逸したものにしか見えないだろう。

 そんな中リーチェリカは痛みが無い事に不思議がっている男に答える。


「麻酔してるさかい~。うちの言う事聞かへんくなったら、麻酔をせぇへん・・・余計に酷ぉなるさかいなぁ~」


「あはっはははははっはははははははっはっは!俺の中がぁああ!あーははっははははは!」


 この様子だとそれ処では無い様だ。気が狂ったようにでは無く、半ば気が狂っていた。

 リーチェリカは質問に素直に答えても男が理解できないものだと判断し、静かにするように声を掛けた。


「やかましいなぁ~、静かにせな麻酔無しにすんで~?」


「ぎっ・・・ひひっ・・・ひっ・・・」


 必死に静かにしようと笑い堪え始めた。静かにしなければ腹を切り開かれた分の痛みが間違いなく来るのである事を理解した様だ。

 そんなやり取りを終えるとリーチェリカは作業を再開しようとする。するとリーチェリカに通信が入った。


「リーチェリカ」


「あ、若~」


 どうやら通信してきた相手はシンだった。


「若~、今何してんの~」


「エーデル公国に向かっている。今、道半ばの所だ」


 まるで同級生同士の軽い電話のやり取りの様に声を交わしていた。


「リーチェリカの方は何を・・・何の実験をしているんだ?」


 今のリーチェリカに()()と聞くのではなく()()()()()()()()()と訊ねる方が良いだろう。そう判断したシンの考えは正しかった。

 実際リーチェリカが行っていたのは盗賊の頭の身体を使っての実験だった。


「今な~神経の再接続ができるかどうかの実験をやっとったんや~」


「神経の再接続?」


「そうや~、うちな、高性能な義手造れるかどうかの段階で、まずこの世界の人間神経の接続をしても問題あらへんか調べてる最中や~」


「そうか・・・」


 リーチェリカは盗賊の頭の顔を見る。


「それで実験体4号~気分はどう~?」


「ひゃがはっははははっはははははははっはっはははははっははははは!」


「「・・・・・」」


 リーチェリカは一息吸ってからこう答えた。


大丈夫(いける)みたいや~」


 楽しそうに答えるリーチェリカ。


「・・・・・」


 声から察するにとても大丈夫そうには聞こえなかった。シンは呆れて言葉が出なかった。


(おまけに名前が・・・実験体4号って・・・)


 最早名前ですらない。記号か番号を名前の様に呼ぶリーチェリカ。

 完全に人間として扱っている気配が無かった。

 そんな様子のリーチェリカに思わずポツリと呟くシン。


「手首切り落として別の奴の足首付ける気か・・・?」


 その言葉を聞いた瞬間リーチェリカは息を吸い込む様な声を発した。


「!」


 リーチェリカの言葉にならない言葉を聞いたシンは恐る恐る訊ねる。


「おい、まさか、今のお前の顔は目から鱗みたいな顔になっているわけじゃないだろうな?」


 実際その通りでリーチェリカは、あっ、と言わんばかりの驚きの表情をして手を口に当てていた。


「♪~」


「・・・・・」


 シンは聞こえてくる鼻歌で悟った。

 自分の呟きでリーチェリカの閃きを導いてしまったと。

 何か言おうにも何か返答になる言葉が見つからず、無言で返すしかなかったシン。

 そして聞きたいけれども少し躊躇う事を訊ねる。


「・・・・・・盗賊の頭(アレ)はどうなるんだ?」


「首だけになんで~」


 間髪入れずにアッサリ答えるリーチェリカ。


「・・・・・・・・・・・」


 聞いてもそんな答えしか来ない事を知っていた。だから、返答は無言しかなかった。リーチェリカは気分がいいのか軽い足取りで次の実験体の方へ向かう。


「次行こ~」


「・・・・・」


 リーチェリカは盗賊の頭がいる部屋を後にした。





「お待たせ~」


 リーチェリカがドアを開けると目の前には手術台があった。その上には心電図に繋がれ、全裸で拘束され、口には猿轡がされている女がいた。よく見るとその女は盗賊の一味の魔法が使える女だった。


「ムーッ!ウーウーッ!」


 眉間がこれでもかと皺を作って、今にも泣き叫びそうな顔をしていた。

 声なき声は恐怖による叫びか、助けを乞う声だろう。

 しっかり体を固定しているにも関わらず、早くこの拘束を解こうと必死に暴れる。

 だが、リーチェリカはそんな事を無視するかの様に女に近付いて気軽に声を掛ける。


大丈夫(いける)って~。痛い事やらせえへんさかい」


 手をヒラヒラ~と軽く振って否定する。だが、そんな言葉にとても信じられず、言葉にならない悲鳴を上げ、どうにか拘束が解ける様にと酷く暴れる。

 無理もない。女は気が付いた時に丁度、別の部屋で他の盗賊の男を実験していた。その時、その男の悲鳴がこの部屋まで響いてきたのだ。

 その悲鳴が女の鼓膜に恐怖と共にこびり付いた。

 そして、どうにかしてここから逃げようと必死にもがいて、今に至る。


「ちょいこれ被うてもらうだけやさかい~」


 リーチェリカが持っていたのはやたら白いフルフェイスタイプのヘルメットだった。

 正確には口元が見えて、ゴーグルに当たる部分は鏡の様に反射材が使われているタイプのフルフェイスタイプのヘルメットだった。


「ンン・・・?」


 くしゃくしゃの顔でありながら、そ、それは?、と言わんばかりの顔をする女。

 その顔にリーチェリカは女に説明する。


「こらな~、電流を利用して強制的に体を操る事ができる物なんや~。ただ(たや)なあ~、これ、上手く(うもう)機能しいひんと頭破裂するんや~。そやさかい~これがちゃんと使えるかどうかを調べよう思うんや~」


 リーチェリカの視線は女の方に指している。その口振り、視線から鑑みればこれからされる事がすぐに分かった。


「ウムーッ!ン“―――ッ!」


 リーチェリカの話の最後まで聞いた途端に再び暴れ出す女。リーチェリカは猿轡を外す為に、拘束されている女に近付いた。


「こら邪魔やさかい取ろうなぁ~」


「パハッ・・・!や、やめてっ、やめてぇっ!いやっ・・・!」


 リーチェリカは脈拍と心電図の方に目を向ける。


「脈拍安定、心電図に異常なし。実験開始」


「は~い、被うてまおうねぇ~」


 そう言ってリーチェリカはヘルメットを女に被せる。


「いやあああぁぁぁぁぁ!!!」


 絹を裂くような悲鳴が辺りに響いた。


「気ぃ付いた頃には多分気分良なってるさかい~」


 そして、被せてスイッチを入れた。


「ぎゃああああぁぁぁぁ・・・!・・・・・あっ・・・あっ・・・・・あ・・・・・う・・・」


 女は叫ぶ事を止めてしまい、強張った体は次第に力が抜けていく。更に小さな声を途切れ途切れの様に上げ始める。

 そんな様子の女をリーチェリカはじっと観察していた。


「頭部破裂、確認できず。感度良好と思われる。実験を続行する」


 リーチェリカはそう言って女の様子を見ていた。


「あ”っ・・・お“っ・・・え”っ・・・え“っ・・・」


 次第に濁声の様な低い声になっていき、体の一部から痙攣が起き始めた。


「横隔膜に痙攣を確認。正常と判断。実験続行」


 服を着せたままで実験すると外観からの身体の状態を見る事ができない。その為服を着せていない。

 そのおかげで体全体の血色に異常が起き始めていた事にすぐに気が付く。


「血色に異常あり。しかし、許容範囲内。経過観察続行する」


「え”っ・・・え“っ・・・お“っ・・・あ”っ・・・お“っ・・・」


 更に四肢がピクピクと動き始める。一般人であれば明らかに異常が起きている。そう判断していいものだった。

 しかし、リーチェリカは特に何をする事も無くじっと観察をしていた。するとポツリと恐ろしい呟きを口にする。


「中の様子は・・・人手欲しいさかい別のでええか・・・」


 今の様子が体の中では一体どうなっているのかについて解剖して調べようと考えていたのだ。だが、何かできない訳を思い出し、解剖するに至ってまではしなかった。


「う“・・・・・・・・・・・・・」


 女の身体が突然大きな濁声の一声をあげてそのまま動かなくなった。


「・・・・・」


 その様子をジッと観察してシンに今の状況を友達と言葉を交わす様に報告した。


「若~」


「な、何だ?」


「実験体~、動かへんくなってもうたぁ~」


 無邪気に答えるリーチェリカ。本来なら、死んでしまった事に対してこの様な無邪気な反応を示すリーチェリカに人は慄くだろう。だが、そんなリーチェリカに対し、シンはどうもする事も無く普段通りに冷静に尋ねる。


「・・・死んだのか?」


「ううん、生きとる~。脈拍と心電図安定しとぉし~」


「見えない俺にそんな事を言われても分からないって」


「いや~、和ませよぉ、思うて~」


「和めないぞ、それ」


「ええ~、そう?」


「そうだ」


 シンの言う通り、和めるような要素はどこにも無かった。むしろ、下手をすればマッドサイエンティストがテーマのホラー映画で出てくるゾッとするセリフの様に聞こえてくる。

 そんなセリフを吐く気が知れない、と思われても仕方がない。

 だが、シンはまぁリーチェリカだから仕方がないと半ば諦めていた。


「それよりも、今回はストックが手に入らないのは惜しかったな」


 シンは少し残念そうに言うとリーチェリカは宥める様に答える。


「しゃあないで~、皆「生きて役に立つ」んやさかい~」


 シンは小さな溜息を吐く。


「それでもストックは欲しい物だ」


「・・・まぁ、うちが言うのもあれやけど、やってる事と比べたらそないに生産性はあらへんしなぁ~」


「ああ、人間の身体は思いの外無駄が無いからな」


「そうやな~」


 シンの言うストックとは体の臓器の事だった。

 実はこの世界の人間の臓器を使って移植手術が可能かどうかをシンは知りたかったのだ。もし可能であれば、犯罪者から臓器を手に入れてシンの協力者、或いは味方に治療する事ができる。また、この技術を交渉材料に取引も使えるようになる。


「心臓、肺、腎臓、肝臓、脾臓、膵臓、消化器官諸々、眼球、靭帯、皮膚も移植に使えるしな~」


「ああ、骨は標本、髪の毛はカツラだが・・・ジンセキ(ここ)なら「ロータス」で分解して火薬の原材料の一部になる」


「前の世界やったら、人間一人に4000~5000万の値付くしぃ~」


「むやみやたらに捕らず、捕ったら完全に利用しなければならない」


「命って大事やさかいなぁ~」


「ああ、本当に大事だ」


 日本において年間の移植希望者は約12万人以上もいる。

 だが、移植を受けた人数は3000人も足りていない。

 それだけ国内の正規の移植はハードルが高い。仮に移植が成功したとしても健康体に戻る事は絶対にない。

 移植後は拒絶反応を抑える為に何種類もの免疫抑制剤の投与が必要とされている。

 しかも、移植された臓器の機能も健康時の本来の自分の臓器の20%に落ちるそうだ。


 だが―――


 それでも―――


 移植希望者の数が減る事は無い。


「!」


 女の身体が小さくではあるが再び痙攣し始めた。リーチェリカはその事に気が付きシンとの通信をこれで最後にしようと考えた。


「ほな、そろそろうちは本格的に実験したいさかい・・・」


「分かった、ここで一旦切るぞ?」


「うん、気ぃ付けて」


「ああ」


 シンとリーチェリカの通信はここで終える。

 さっきの話を思い出し呟いた。


「・・・まぁ、生きたがりが多いからここでも難しいんだろうな」


 何事も無かったかの様にそのまま走ってエーデル公国へ向かった。


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