103.再開
自分以外の人質の手を拘束して目隠しをして、見た事も無いモノを頭の上から耳に装着された。そして最後に自分の番になった時、赤い箱の被り物を被った大男がさっき自分がした事をされる。
そのせいで周りの音はほとんど聞こえない。その上何も見えない。手もそれ程動かせない。それをされてしまってからどれ位たったのか。時間の間隔も分からない。
何故自分達がこんな訳も分からない事をしているのか。それは予め、謎の帽子を被った男と長髪の少女の指示によって、言われるままにしたからだ。
その男の指示は全員が目隠し、変な物を耳に装着して、手首の拘束を確認したら肩を叩かれる。肩を叩かれたら30歩程数えて真っ直ぐ進み、再び肩を叩かれるまで目隠し、拘束を解かない様に言われていた。
他の人質達は言われるままに従った。
(29…30!)
丁度最後の一人の人質は30歩まで数え終えてその場で待つ。盗賊達に捕まっていた人質達は、この謎の3人組に付いて行けば自分達は助かると考えていた。
しかし、何も見えない。何も聞こえない。
たったそれだけで異様に恐怖心を煽る。
このままこの状態で待たされて、目の前に来たのは奴隷商人で売り飛ばされるのではないか?
男は酷い環境下での強制労働、女は主人への強制奉仕。
そんなマイナスなイメージが頭の中で駆け巡り冷汗を垂らす。
「・・・・・・・・っ」
そろそろ誰かが何か言おうとした瞬間の事だった。
ポン…
誰かに肩を叩かれた。拘束されたままの手で目隠しと耳にある謎の音が聞こえなくなる道具をとった。
「「「・・・!」」」
人質が見た光景は信じられないものだった。
「村がある・・・」
そう、100m先には何と村があったのだ。あの洞窟周辺には人がいる場所等どこにもなかった。なのにも関わらず、目の前には人家があった。
「助かった・・・」
そう3人の人質の内の誰かがそう呟き全員へたりこんだ。
村に到着する少し前の事。
リーチェリカは人質達を見た。
「若~、この子らどないすんの~?」
「ん~、情報を手に入れる」
少し考え込みそう答えるシン。
「その後はどないすんの~?」
「無論、人がいる所まで連れて行く。ただ目隠しと耳栓、両手を拘束する。それで近くに人がいる所まで繋げる。手前辺りで拘束とかを解く」
「そうですね、あれを見せるわけにはいきませんよね」
「ああ」
グーグスは地面に倒れている盗賊達の方へ向いた。
「盗賊はどう連れて帰るおつもりで?」
「同じ方法で」
つまり人質と同じ方法で連れて帰る様だ。
「畏まりました。ロープ等はここから拝借しましょう」
「ああ、頼むぞ」
グーグスにそう頼み、シンは人質の方へ向く。
「そう言うわけで悪いんだが、そこの盗賊の拘束を手伝ってくれ」
「・・・はい」
「それからこっちも本当に申し訳ないんだが、お前らも目隠しと耳栓と手を拘束させてくれ」
「・・・・・はい」
「信用できないかも知れないが、悪い様にはしないから」
「・・・し、信じます」
「・・・・・(まぁ、こんな得体も知れない連中言う言葉を信じろって言う方が無理か)」
確かにシンの考えている通り奴隷5人はシン達の言葉は信じなかった。しかし、この盗賊達から受けた仕打ちの事を考えればこっちの方がまだ信用できる。
各々で考えた末がシン達を信用しよう、という判断だった。
シンは呆れた様に小さな溜息を吐いて、準備に取り掛かった。
「グーグスは先に外に出て、あれの用意をしてくれ」
「畏まりました」
グーグスは恭しく一礼して洞窟の外へと向かった。シンはグーグスの方へ向いた。
「リーチェリカは盗賊の拘束を頼む」
「は~い」
リーチェリカは素直にそう返事して黒くて独特の光沢がある紐状の物を取り出した。
それを盗賊の手の上に落とした。するとその黒い紐状の何かは蛇の様に動き始めた。
スルスル…
「お、おい!何してんだ!」
急に動いた紐状の何かに恐れ始める盗賊。
スルスル…
ギュウッ…
「うっ!」
その紐状の何かは伸びて、その盗賊の両手首をグルグルと巻いていった。どうやら、拘束が完了した様だ。
シンはその様子を見ながら盗賊の一人一人に目隠しと耳栓用のヘッドホンを付け、人質達には盗賊達が使っていたと思われるロープで人質達の手首を縛り、目隠しと耳栓用のヘッドホンを装着させていった。
(リーチェリカのアングイス、問題ないな)
アングイスとは、リーチェリカが造ったオリジナルの武器・・・と言うより捕獲器だ。
長さ30cm程の黒い紐状の物体で蛇の様にウネウネと動く。
しかも、長さが最大で60cmまで伸ばす事が可能で、それをリーチェリカが鞭のように扱ったり、投げて相手の四肢を絡ませて動きを制限するか、拘束する事ができる代物だ。
またリーチェリカ自身が、こう動けと通信で命令すれば動く為アングイスはリーチェリカだけしか使えない物でもある。
リーチェリカはアングイスが問題なく使える事が確認すると満足そうな笑顔で他の盗賊の手を拘束していった。
現在に至る。最後の手首に巻かれていた拘束用のロープが解かれた。未だに目の前に連なった人家の光景に信じられず呆然とする人質達。
そんな人質達に声を掛けるシン。
「もう自由だ。この先にある村で事情を話して、何とかしてもらってくれ」
シンのその言葉に人質達はハッと我に返る。どういう形であれここまで助けてくれた事には違いないので感謝の言葉を述べた。
「あ、ありがとうございます・・・」
人質達の内の一人が恐る恐るシンにどうしても聞きたい事を訊ねてみる。
「あの・・・」
「ん?」
「私達、さっきまで洞窟の所にいた様な気がするのですが・・・」
この場に居る人質全員の疑問と言ってもいい。その疑問をシンに投げかける。
するとシンは簡潔に答える。
「ああ、さっきまではそうだった。ただ、ちょっとした方法でここまで来たんだ」
「ちょっとした・・・」
人質達の内の一人がそう呟くとシンはそれ以上追及しない様に声を挟む形で釘を刺した。
「・・・悪いんだが、これ以上は何も言えない」
「そ、そうですか・・・」
「それよりも少ないが、金だ。とっておいてくれ」
何かにつけてこちらの情報を言わせる様な発言をさせる前に、無理やり話題を変える。
そしてシンから手渡されたのは1人につき金貨1枚ずつだった。
「こ、こんなに・・・!」
人質達は金貨1枚と言う高額に驚く。
それもそのはずだ。この世界の金貨1枚の価値は10万円とほぼ同じだからだ。
「(あ、多すぎて拙かったか?)・・・まぁ、どうせ別の件で報酬手に入るから大丈夫だ。だから、それは取っておいてくれ」
「は・・・はい」
シンの適当な理由を聞いた人質達は少し戸惑いながらも、納得して手渡された金貨1枚を受け取る。手に収めた金貨1枚をもう一度見る人質達。間違いなく、本物の金貨1枚。それを確認した人質達はオロオロしつつも金貨1枚という思わぬ収入に内心喜ぶ。シン達に感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます!」
「何から何までありがとうございます」
「この御恩は一生忘れません」
「いや、気にするな。じゃあ、俺達はこれで・・・」
シンはそそくさと立ち去ろうとする。すると最後に人質の一人がシンのある事を訊ねる。
「あの!名前は!?」
シンは徐に振り向く。特別格好つける様な素振りをせず、ただただシンプルに振り向いて答える形で返答する。
「名乗る程でもない」
シンはそう答えそのまま立ち去って行った。
「「「・・・・・・・」」」
これを英雄視と言うのだろうか、その立ち去る姿を見た人質達はどことなく彼らの姿が英雄の様に見えた。
実際ドラマや時代劇、アニメでもこんなシーンがある。こういった立ち去り方をすれば不思議と格好良く見える。
この場合もシンがこういった立ち去り方のおかげで人質達の目からシンは無償で人を助けた、御伽噺の英雄の様に見えた。
しかし、シン達の事情はかなり違っていた。
(名乗ると絶対厄介事が舞い込んでくるからな・・・)
名乗れば遅かれ早かれシンに厄介事が舞い込んでくるのは間違いない事だ。シン自身は旅をしたい。そうであるにも関わらず何かしらにつけて厄介事やが舞い込んでくれば旅ができなくなってくる。それだけは避けたい。
「・・・・・」
シンはそっと後ろを振り向き誰もついてこない事を確認する。
一応誰もいない事は確認できたもののどこか安心できないものがある。
「(誰もいないとは思うが・・・)アカツキ、周囲に誰かいるか?」
「いいや、誰もいないぜボス」
アカツキの答えに安堵したシンはそのまま進みグーグスの所まで向かった。
「お帰りなさいませ、旦那様」
人質達と別れた所から300m程の森の木々が生い茂って人気がほとんどない、寂しい場所にグーグス一人立っていた。
そのグーグスは恭しく一礼してシンを出迎える。
「ああ。早速で悪いがグーグス、頼むぞ」
「畏まりました」
グーグスはシンの前に立った。するとグーグスの前の空間が歪み始める。
ググググググ…
その歪みは徐々に大きくなり人一人分はいれる位の大きさになっていた
オオオオオォォォ…
「旦那様、準備が完了しました」
「ああ」
シンはそう言ってそのまま歪んだ空間に入った。
「・・・・・」
そこは例の盗賊が塒にしていた洞窟の前だった。
グーグスには転移空間装置が備え付けられている。その為グーグスさえいれば、正確な座標が分かれば問題なくワープホールを作る事ができる。
これさえあればこの世界どこでも自由に行き来できる・・・わけでも無い。正確な座標が分かればどこへでも行き来できるという事は、向かう先がとんでもなく危険地帯すらも繋げる事ができるという事だ。
つまり事前に情報を収集する、或いは明確に調査しなければ迂闊にこれを使う事ができないという事だ。
「旦那様、お体の方は問題ございませんか?」
「ああ、問題ない」
シンの後ろには歪んだ空間は無くなり、いつの間にかグーグスが立っていた。
シンはほぼ2連続してワープホールをくぐったわけなのだが、何か体の不調があるのかどうかについてグーグスは尋ねた。
結果としてシン自身は問題無かった。
「リーチェリカの方はどうなっているんだ?」
「はい、問題なく盗賊の方は研究機関に運びました。リーチェリカ様は喜んで戻りました。後は問題なく事が進んでおります」
「分かった、引き続き進めてくれ」
「畏まりました」
シンは洞窟の方へ向いた。すると急に少し難しい顔になる。
「ダンジョンじゃなかったな。遺跡っぽいから、そうかと思ったけど」
「よくよく考えてみれば私達はダンジョンの事について何も存じていません」
「そうだな」
シン達はこの世界の事情については全く持って知らない。ズブの素人以下並みの無知なのだ。
シン達以上の強者、或いは巨大な組織と遭遇した時大きな弱点となり兼ねない。
今回の場合であれば盗賊に一々自分達がどうなるのか尋ねてしまった。これは決してよくない事だ。
今回で一番最悪のケースが何かしらの形で騙されて盗賊を見す見す逃してしまう事だった。
幸い今回の場合はリーチェリカが脅して素直に答えた為、騙されなかった。
だが、こんな幸運はいつまでも続くわけでは無い。
事前に情報を手に入れる必要はあった。
「やはりそう言った情報が必要になりますね」
「となると、ダンジョンに関わる情報はギルドだろうな」
「盗賊も、でしょうか?」
「可能性はあるな。この世界の軍事力とかは知らないが兵士だけでは手が回らないか、立場上で動けない可能性は十分あるから」
中世ヨーロッパとほぼ同じ文明のこの世界では、兵士が盗賊と同じ攻撃手段であれば数に物を言わせるのが常になるだろう。となれば、盗賊等の被害を受けている小さな村や町に兵力を割けばそれだけで大きく消耗する事になる。そうなれば敵国はおろか隣国に付け入るスキを与えてしまう恐れがあった。
重要な場所でない限りは開拓村等の小規模な村や町は兵力を割く事はまずないだろう。こうなれば村で自警団の結成か、村を捨てるという事になるだろう。
だが、ここでギルドの出番がやってくる。村等の代表者がギルドに依頼書を提出すれば冒険者が盗賊達を何とかしてくれる事になる。もし何とかなるのであれば一々国から兵力を割く必要は無い。
金を払う必要があるが、キチンと仕事をすれば間違いなく元の平穏な生活は約束される。
シンはその依頼書にある盗賊達の位置や数等の情報を手に入れる事ができるのではないかと考えていた。
また、ダンジョンに一番関わっている組織と言えばギルドしかないだろう。ダンジョンはこの世界においてどういった存在なのかは知らないが、少なくとも静観するわけでは無いだろう。調査や探索、監視等と言った事はさっきの理由の事を考えれば国が動く可能性は低い。
その事を考えればギルドしかない。
その事についての考えを巡らせたシンは今後の事についてスタッフ達に話した。
「俺とグーグスの当面の間は情報収集だ。だが、グーグスはリーチェリカのサポートを中心に動いて欲しいから別れる事になるんだがいいか?」
「問題はございません。旦那様はどうなさるおつもりで?」
「俺の当面の目標はサクラと呼ばれている人物との接触だな」
ギアに3ヶ月後にサクラの所に行く、と言ったのだからそろそろ行動する必要がある。その為にはギアと接触する必要がある。その為にはまずエーデル公国の支部ギルドへ向かう必要があった。
「畏まりました」
グーグスは一礼するとシンに背を向けてその場から立ち去った。シンはグーグスの背中に自分の背中を見せる様にそのままエーデル公国へ向かって行った。
シンの旅の再開がここで始まった。