102. 危険な理由
「う“・・・」
呻く様な一声を上げて頭を上げる盗賊の男。どうやらごく僅かな時間の間、気を失っていた様だ。
体を起こそうにも力が入らず、とても動けそうになかった。
ぼやけながらも状況を確認しようと思い瞼を上げる。
「なっ・・・!」
確認した盗賊の男は驚く。それもそのはず。男の目には仲間の盗賊連中が、可憐で華奢な少女のリーチェリカによって蹂躙されている光景が映っていた。
仲間の盗賊連中は自分と同じなのか動く気配が全く無かった。
リーチェリカはもう伸びてぐったりとした別の盗賊の男を片手で首を掴んでいた。
「あと、もう2人やな~」
そう言ってぐったりとした別の盗賊の男を地面に落とす。リーチェリカは笑いながら残りの盗賊連中を見る。
「・・・!」
「くっ・・・」
窮地に追い込まれた盗賊連中は一歩程後ずさる。残りの盗賊連中はもうダメだと、思ったその時の事。
「だらしがねぇぞ、てめぇら~?」
奥の方から野太く低い男の声がした。
同時に盗賊の一味と思しき男がやってきた。しかも2m近くもあるガタイが良い大男で戦斧を握りしめていた。
仲間がどうにかしているだろうと思っていたのか、怠そうな顔で倒れた仲間を一瞥する。
「女一人にこまねいているとはよぉ~」
「「「頭!」」」
どうやらこの大男が盗賊のボスの様だ。しかも相当強いのか仲間の盗賊連中の目には希望が持てた様な輝きがあった。
だが次の瞬間それは儚く奪った。
「っ!?」
いつの間にか盗賊の頭の目の前に来ていた。
「てめっ・・・」
咄嗟に戦斧を振ろうとするも手遅れだった。もう既にリーチェリカが右手で盗賊の頭の首を思いきり掴んでいた。
ドンッ!
「がごっ!」
リーチェリカは盗賊の頭を思いきり引き倒した。その時、盗賊の頭は首にチクリと小さな痛みを覚えた。
「てめぇ・・・!」
そう言って体を起こそうとした。だが・・・
「・・・っ!?・・・っ・・・っ!」
体が動かなかった。何度もどこか動かそうとするも動く気配が無かった。どうして動かないのかは分からないが、少なくとも明らかに引き倒された時に起きる脳の揺れ等による動けなさとは違うものだった。
一向に立ち上がる気配のない盗賊の頭にさっきまでの目の輝きが徐々に消えていく。
「・・・・・」
二ヤ~と嗤いながら残りの盗賊を見るリーチェリカ。
「ヒッ・・・」
「わあああぁぁぁぁぁぁ!」
もう勝てない。
絶望。
終わりだ。
死ぬ。
そんな言葉が瞬時に頭の中で浮かび上がり脱兎の如く逃げようとする盗賊。
そんな盗賊に対しリーチェリカは両腕を逃げようとした2人の盗賊に向けて翳した。
ギュンッ…!
ガシッ!
「げっ…!」
リーチェリカの腕は一瞬の内に伸びて盗賊の一人の首根っこを掴む。
「あと一人・・・」
ギュンッ…!
ガシッ!
「グッ…!」
「逃がさへんで~」
同じく、リーチェリカの腕は一瞬の内に伸びて盗賊の一人の首根っこを掴んで捕まえた。
本当に一瞬の出来事だった。
まるで蛇が獲物を捕食する時の様な一瞬。
ググググググググググググ…
リーチェリカはそのままほぼ手前まで引き寄せて手を離す。
「うう・・・」
「あ・・・」
呻き声を発するも頭部以外の身体の方は動く気配が無い。声と頭部さえ動かなければ死体と勘違いしてもおかしくなかった。
「かんにんな~、筋弛緩作用のある薬を使うてもうた~♡」
リーチェリカはそう言ってシンの方へ向いて片手を差し出した。
「若~、ペン貸してくれへん~?」
どうやら何かを書くのかペンを要求した。シンは何を使うのか変わらないものの持っていた新しく作った非常に丈夫なボールペンを放り投げた。
「ほらっ・・・!」
パシッ!
「おおきに~」
リーチェリカは再び盗賊連中の方へ向く。
「この中でな~魔法?が使える人っていてはる~?」
「「「・・・・・」」」
何か自分達に得をする事でも無い事をするのだろうから、口を噤む。だが、リーチェリカはニッコリとした笑顔を崩さないまま条件を提示した。
「答えようによっては殺さへんさかい~」
リーチェリカがそう言うと出された条件に縋りつく様にすぐに答えた盗賊がいた。
「お、俺と、そこの女とその男・・・!」
「おいっ・・・!」
「あんたっ!」
仲間を売ったと思った魔法が使えると思しき男女2人は短い怒声を上げる。リーチェリカはその3人に対して安心させる様に言った。
「おおきに~、君達3人は特別に生かしたるな~。美味しい食事と寝床も用意したるさかい~」
「・・・!?」
「え?」
「ホント?」
信じられないという顔になる3人。ほとんどの場合は殺されるか、犯罪奴隷として引き渡されるかのどちらかだ。ほとんどの場合は犯罪者を引き渡せば報酬が出る為奴隷にする事が多い。
だが、リーチェリカが言った言葉に驚く。この場合であれば相手が強者である為立場は向こうの方が圧倒的に上。嘘を言っても仕様がない。恐らく本当だろう。
そう考えた盗賊3人は徐々に安堵に近い顔になる。
リーチェリカは答えた男に近付き右手を乱暴に出させた。
「!何を・・・!?」
何をされるのか分からず声を荒げる男。リーチェリカは笑顔を崩さないまま答える。
「大丈夫~、ちょい印を書くだけやさかい~」
「印?」
「そう、印や~」
「「・・・・・」」
リーチェリカがそう答えると残り2人は疑問の沈黙を漂わせる。
「そこの三人は特別に生かすとして~、ここから本題な~」
リーチェリカは盗賊の頭の方へ向く。
「もしあんた達を犯罪者として国に渡すとどないなるん~?」
リーチェリカの質問に頭の男は悪態をつく。
「・・・へっ、そんな事も知らねぇのかよ、このバケモ・・・」
ガッ!
「ゴボッ!」
何か言い切る前にリーチェリカは頭の男の頭を思いきり踏みつけた。
「答えてぇな~?」
「・・・誰が言うかよっ!」
それでも答えない頭の男。
「ねぇ?」
リーチェリカは徐々に踏みつけている足の方へどんどん重心を乗せていく。
ミシミシミシ…
盗賊の頭の頭蓋骨に不吉な音が聞こえて、徐々に痛みは激しさを増した。
リーチェリカは頭を潰しに来ている。そう考えた頭の男は漸く答える。
「・・・・・・・・・・犯罪奴隷に・・・される」
それを聞いたリーチェリカは目を細める。
「そっか~、ほなもう一つ質問な~。他に誰かいてはる?」
重心を徐々に頭から離していくリーチェリカ。だが、未だに男の頭を踏みつけの状態にしている。これはつまらない事をすればまた潰しに掛かるぞ、という意味だろう。
その意味を理解したのかさっきとは違って素直に答える。
「・・・・・・・奥に奴隷が5人、見張りが2人いる」
「嘘は言わへんよなぁ~」
また徐々に重心を男の頭に乗せに掛かる。
「う、嘘じゃねぇっ!」
男は慌てて否定する。
「嘘ついたら~・・・おもろい事したるさかいな~」
リーチェリカはそう答えて重心を離していった。丁度その時奥の方では男の声が2つした。
「ぎゃあっ!」
「わがっ!」
その短い声がして、ズルズルと何か引きずる様な音と足音がこちらに近付いていた。その音に対してシンは声を掛ける。
「他に誰かいたのか?」
「いえ、いたのは7人です。見張りと思しき男性が2人、部屋に監禁されていた男性1人と女性3人、別の部屋に監禁されていた男1人です」
こちらに来たのはグーグスだった。両手には2人の盗賊の服を掴んで引きずってここまで来ていた。その後ろにはボロボロの服を着た5人の人質だった。
奥の状況を聞いたシンは恐らくいないだろうと考えつつも、念の為に調べる事にした。
「そうか。だが、念の為に俺とグーグスで調べるぞ」
「畏まりました」
そう言って奥へと消えていったシンとグーグス。この場に残ったのはリーチェリカと動かない盗賊達と人質達だけだった。
リーチェリカは盗賊の頭の方へ再び向く。
「正直に答えて、おおきにな~」
「・・・・・」
リーチェリカは盗賊全員の方へ向く。
「ここであんた達に選択肢があるんやけど~・・・」
リーチェリカは右手でピースサインを作る。
「死んで役に立つんか、生きて役に立つんかどっちがええ~?」
子供の様な無邪気な笑顔でそう言うリーチェリカ。
当然ピースサインはここに2択あるという意味で盗賊の頭に向けてのものだ。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
盗賊達は頭の男に注目する。自分が、自分達の行く末を決めるのは集団のボスに権限がある。だから当然と言えば当然だろう。
「・・・いき・・・(待て・・・!!何だこの二択は?「生きて役に立ちます」と言わせたいだけじゃねぇか!「俺がそう選択した」と言う事実が欲しいだけ・・・!)」
生きる。その言葉を慌てて飲み込んだ。そこに普段通りの日常があるという保証が無い事に気が付いた。
この盗賊の頭は普段こんなに考える事は無かった。はっきり言えば粗暴で大雑把だった。
だが、追い詰められたせいなのかやたら頭の回転が早くなっていた。
(俺は・・・一体俺は何で「役立てられる」!?・・・まさかっ、「死んで役に立つ」方が正しいと言える程拙いのか!?)
追い詰められすぎて自分が、自分達が惨い死に様等の様な、最悪の状況が浮かび上がってしまう。
脂汗を垂らし別の方法が無いか探る。
(第三の道・・・無理だ!体が動かねぇし、今以上に最悪になるだけ・・・!)
許しを与える天使か。
甘い誘いの道を啓示する悪魔か。
このままでは地獄に落ちてしまう。そしてこの場を切り抜ける術等どこにもない。
「!」
だが、神は彼を見放さなかった。その証拠に何か閃いた時の癖で鼻の穴が少し大きくなる。それを見た一部の盗賊はその頭の男の閃きに懸ける。
盗賊の頭は脳裏に閃いた起死回生の一手を打ち込んだ。
「・・・・・役に立って生きる・・・ってのはどう役立っていくんだ?」
起死回生の一手。
それはまず始めに時間かせg・・・
「5つ数えて答え出えへんかったらうちが勝手に決めるさかいな~」
希望の起死回生の一手、ここに死に堕つる。
時間を稼ぐつもりが時間を限られてしまった。
「ちょっ・・・」
「い~ち、・・・に~い、・・・さ~ん…」
「「「・・・!」」」
聞こえるのは無情なカウントダウン。すぐさま、頼れるのは自分達だけと盗賊の頭を見捨てる様に見限った。この場に居る盗賊達はフル回転した頭で希望に繋がる事を必死に考える。
(クソが!)
(どうあがいても地獄か・・・!)
(なら、生きるか死ぬかなら・・・生きて逃げる事を探すに懸ける!)
「し~い・・・」
リーチェリカが4つ数えた時、すぐさま答えるもの出てき始める。
「分かった!生きる!」
「ご~お」
この5つ目は当然残りの全員に対するものだ。当然これが口から出てきた瞬間、残り全員は答えを出した。
「俺も!」
「あ、あたしも!」
「俺もだ!」
「生きる!生かしてくれっ!」
リーチェリカは辺りを改めて見まわして尋ねる。
「ふ~ん・・・、ほな全員生きて役に立つんやなぁ~?」
「「ああ!」」
全員が「生きて役に立つ」と答える。中には口で答えなくとも必死に頷いて答える者もいた。
全員がそう答えた瞬間、この場の空気が凍り付いた。
「「「・・・・・」」」
数秒程の無言。やはり、奴隷落ちか殺されるのだろう、とそう判断し強く目を瞑り、覚悟した盗賊達だった。
だが、リーチェリカは満面の笑みを浮かべた。
「そう、そら良かったわぁ~」
「「「・・・・・・・・・・」」」
どうやら生きられる。少なくとも殺される事は無い。例え捕まったとしてもどうにかして脱出の機会を窺って逃げられる事ができる。
そう安堵する盗賊達。
無邪気で優雅な笑顔のリーチェリカ。
だが次の言葉で一部の者達は疑念と恐怖を覚える。
「うちは嬉しいわぁ~・・・」
具体的な説明は難しい。自分達の最良の選択による感謝の言葉に聞こえる。
だが、一部の盗賊達はその言葉を聞いた瞬間、ゾッとしたのだ。
そんなリーチェリカと盗賊のやり取りをしているとリーチェリカのすぐ後ろに盗賊に捕まったと思われる一人の男が立っていた。
ガシッ!
「お“っ・・・」
リーチェリカはその男に有無を言わせる事なく首根っこを掴む。
「まだいたん~?」
実はこの男盗賊の一味だった。その証拠に
カラーン…
地面にはリーチェリカを刺し殺す為のナイフ一本が落ちていた。
「あんたは特別に生かしたるなぁ~。それと~・・・」
リーチェリカは盗賊の頭の方へ向いた。それも無邪気で優雅な笑顔のままで。
「嘘言うたなぁ~」
「・・・!」
何をされるのか分からず心臓が止まりそうな勢いの恐怖が襲ってくる。身が震え、そのまま心臓が止まって欲しかったと後悔する盗賊の頭。
「後で楽しみにしとってやぁ~」
そう言ってリーチェリカは盗賊の頭に背を見せる。
その言葉を聞いた盗賊の頭はリーチェリカに待ったを掛ける。
「・・・・・ま、待ってくれ!」
「?」
振り返るリーチェリカ。
「何でもする!俺達・・・いや俺だけでもいいっ!」
「「「!?」」」
命乞い。しかも自分だけ助かればいいという浅ましさが窺える。リーチェリカはただ黙って盗賊の頭を見ていた。
「命だけ助けてくれるなら、貴方の、いや貴方様の望む物をよ、よ、用意しますから!」
そう言われてリーチェリカはニヤ~と嗤う。
「っ・・・!?」
「安心してぇなぁ~。うちは命を奪わへんさかいね~」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
盗賊の頭は背中に冷たい物が流れる様に走り、身震いが更に酷くなった。しかも口からカチカチ音を鳴らし、今ここで心臓が止まらなかった事に更に後悔する。
「「「・・・・・・・・」」」
絶望を知った様な後悔の顔でリーチェリカを見る盗賊達。リーチェリカは奥に行ったシンとグーグスが戻ってくることに気が付き声を掛ける。
「あ、若~。他に誰かいた~?」
その問いに対してシンは頭を横に振る。
「いいや、そいつの言う通りだった」
シンがそう言うとリーチェリカは盗賊の頭の嘘の文句を言う。
「せやけどね~、そこの人、盗賊の数、嘘ついたんや~」
リーチェリカがそう言うと盗賊の頭はビクッと身を震わせる。
「そうか、災難だったな」
シンのアッサリとした答えに聞き返すリーチェリカ。
「・・・それだけなん~?」
「それだけ」
頷きそう答えるシン。
「他に言う事あらへんの~?」
小首を傾げるリーチェリカ。
「だって、お前が問題無い事はよく知っているし」
「まぁね~」
再び無邪気で優雅な笑顔を見せるリーチェリカ。そんなリーチェリカにシンは生かされた盗賊達の今後について尋ねる。
「それよりも、そいつらマスコットにするのか?」
「そうやなあ~。あとヘルムにするのもおるなぁ~」
その答えにシンは少し残念そうに答える。
「・・・そうか。結局この中からストックは手に入らなかったか・・・」
「うん、残念やけどなぁ~」
嘘だ。無邪気で優雅な笑顔でそう答えても信憑性が全く無い。シンは呆れてツッコミを入れる。
「お前は残念そうには見えないけど」
「うん、だってなぁ~・・・」
リーチェリカは盗賊達の方へ向いて大手をバッと開いて子供の様にはしゃいでこう答えた。
「こないにもモルモット達をなぁ~、手に入ったんやさかいねぇ~」
シンが造ってから今までに見た事も無い満面の笑顔。今まで「無邪気で優雅な笑顔」と表現してきたが今こそ、その言葉が当て嵌まるだろう。
「そうか」
シンはどうする事も無く、淡白にそう答えた。