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01

 ――遠くのほうで音楽の音がきこえていた。

 カヌーンとレク、ウードが奏でる軽快な調べに混じって、踊り子が踏み鳴らすアンクルベルの鈴音が、しゃらん、しゃらんと響きわたる。

「お出でにならないのですか」

 回廊に出て、花のない庭を眺めていたアンの背中に、侍女の声が降りかかる。

 宮殿で催されている宴は、第一皇子の生誕日を祝うものだ。皇族の女性ならば出席が許されていたけれど、あまり気が進まない。

 ラジル皇子は二十五歳で、妾妃(ギョズデ・ジャーリヤ)を十人、愛妾(ジャーリヤ)を三七人持っている。その中にいずれ自分も含まれることになるのだと思うと、ことさらに気が滅入る。

「せっかく着付けてもらったのに悪いけれど、このままここに居るわ」

 父は花が嫌いらしい。何も植えず、ただ小鳥の休む小さな香木だけが数本。庭園にあるのはそれだけだった。

「……?」

 その香木の向こう――……城の道へと続く門の方に人影を見た気がして、アンは静かに覗き込む。

「アンジャハティ姫?」

「は……はい、そうですが」

 高い塀の向こうから、聞き覚えの無い男の声に名を呼ばれる。

「迎えに来たのだが、男は通してもらえないようだ。そこの番兵に言ってやってくれないか」

「……どなたさまですか」

「ディアス。……ディルージャ・アス・ルファイドゥル・バスクス」

 現れた少年は、もう大人ほどにも背が高く、身体つきも華奢ではない。鍛えられた筋肉がしっかりとついていて、たくましい印象だった。

「第四皇子殿下?」

 帝位の継承権を持つ男子の中で、最も年少の皇子。たしか年のころは十五くらいであったはずだ。自分より三つも歳が下だというのに、なんと早熟な御方なのだろう。同じ皇族であっても、異性の前に顔を出さぬアンにとっては初見にも等しい顔であった。

「アンジャハティ・トスカルナ、ラジル皇子殿下があなたに会いたいと仰せでな。お陰で俺は使いっぱしりだ」

 おどけたように肩を竦ませて、微笑む。きつい印象を受ける顔なのに、素直に笑うその顔はどこか優しげにすら見えた。

「……やはり、行かなくては駄目でしょうか」

 闇に溶け込む漆黒の瞳を見上げて、アンは問うた。

 相手は第一皇子。そしてその使いに寄越されたのが第四皇子であるならば、もう誘いを断ることはできない。けれどこの笑顔を見て、アンは小さな希望を抱いた。自分を見逃してはくれないかと。

 アンの紺碧の瞳を見下ろして、ディアス皇子は困ったように眉をひそめた。やはり、見逃してもらうことはできないらしい。

 小さくため息をついて、侍女に外出することを告げようとアンが振り返ったその時、

「わかった。このまま俺が戻らなかったら、兄も諦めがつこう」

 悪戯を思いついた少年のような顔をして、ディアスは笑った。

「ちょうど退屈してたところだ。匿ってくれないか」



 忘れもしない、十八歳の暑い夏の夜――……、


 これが悲劇へとつづく、最初の出会いだった。

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