第7話 頼職死す!そして頼方が紀州藩主となり、徳川吉宗の誕生となる!
紀州藩2代藩主、光貞の葬儀の場にて。
「父上ー!父上ー!
うおおおおーっ!うわあああーっ!」
狂ったように泣きわめくこの御仁は、紀州藩4代藩主となった、頼職だった。
4代目藩主となった頼職だが、藩主としての力量は、あまり優れたものではなかったという。
頼方=吉宗や、加納久通、脇田久次らに対しても、つらくあたる。
「お前たち!この頼職に対して意見するか!
わしは紀州藩4代藩主の頼職じゃ!
お前たちはこのわしの決めたことに、わしの言う通りにしていればよいのだ!
久通!久次!
お前たちの代わりなど、掃いて捨てるほどおる!
この頼職の裁量次第で、お前たちなど、いつでもクビにすることができるのだ!」
脇田久次は、頼職から、毎日のようにこのような陰口をたたかれ、精神的にも追い詰められるようになっていく。
「このままでは、本当に世話役をクビにされてしまう…。
そうなれば、行くところがなくなる…。」
「久次殿、この加納久通も、同様のことを思っておりましたぞ…。」
加納久通も同様のことを思っていたというが、
実際のところ、思っているだけでは始まらない。
このまま泣き寝入りするわけにもいかなかったが、
いっそのこと、あの頼職が、都合よくいなくなってくれれば…。
そうだ、気に入らないやつが、都合よくいなくなってくれる、そういう幸せというのも、またあると、脇田久次は、腹の中で思っていた。
そしてそれは、思わぬ形で訪れた。
紀州藩の悲劇はさらに続いたのだった。
その頼職が、原因不明の、謎の死を遂げたのだった。
これで紀州藩は、2代光貞、3代綱教、そしてこのたび、4代頼職と、相次いで歴代の藩主を失ったのだった。
そして、その死に関して、真っ先に不審を抱いたのが、頼職の生母だった。
「…!頼職の顔に、怪しげな斑点が!
頼職は、毒を盛られたのじゃ!」
こうして頼職毒殺といううわさは、瞬く間に城下に広まった。
城下の人々も、このうわさ話でもちきりだった。
「光貞様は、80歳と高齢。
綱教様も、40歳そこそこで、もともと病弱でもあったというから、それなりの年齢といえば、それなりの年齢か…。
だけどあの、頼職様は…。あんなに若くして…。
毒殺とかが疑われても、仕方がないか…。」
まさに、史実は小説よりも奇なり、これが全て、史実として起こったことなのだという。
「それで、紀州藩は、この後誰が継ぐんだ?」
「ああ、どうやら頼職様の弟の、頼方様があとを継ぐらしい。」
「しかしな。頼方様は、頼職様から幼少の頃より、いじめられていたというからな。
もしかして、いじめられていた側が、いじめた側を殺した、ということも、ないとはいえない。」
「そういえば、頼方様には、やはり幼少の頃より身の回りの世話をしている世話役、
1人は加納久通様、もう1人は、脇田久次様というらしい。」
城下の人々のうわさ話の中にも、この2人の名前は出てきた。
しかし、真相は結局わからないまま、うやむやにされてしまったのだった…。