綱吉の遺言…。吉宗と脇田久次の恋の物語も、同時進行することに…。
5代将軍、綱吉への謁見は、幾度となく行ってきた。そして、またまた、綱吉への謁見。
しかし、この時の綱吉は、母である桂昌院を失い、失意のどん底にあった。
そして、綱吉自身も、昔日の輝きは色あせ、誰の目にもわかるほど、老いによる衰えは、進んでいた。
「くるしゅうない、おもてをあげい。」
おもてをあげさせる時に言う、いつもの言葉。
しかしこの日は、そのいつもの言葉にも、どことなく覇気が感じられない。
「吉宗にございます。世話役の脇田久次と、加納久通も、これに。」
「うむ。それでは、余と、吉宗と、世話役の、この4人だけで話そう。
あとの者は下がっておれ。」
次期将軍の家宣が、下がっていく。
そして、脇田久次は、その家宣と、一瞬、目があったような気がした。
そして、お互いににらみ合うようにして、それからまもなく、目をそらした。
脇田久次=平成の現代から転生してきた吉宗崇保の、こちらの時代における姿である。
そしてさらには、いつもすぐ隣にいた、柳沢吉保までも、下げさせて、綱吉と、吉宗と、脇田久次と、加納久通との、4人だけで話をしようというのは、これはよほど他の者たちには聞かせられない、何か重要な話なのではないかと、思っていた。
「実はな、わしはこのとおり、もう若くはない、そして、もう長くはないだろう。
次期将軍は家宣と決まっておるが、正直わしは、家宣では、わしの考えておる政とは違うと、考えておる。」
さらに続けて、綱吉は語る。
「実はわしものう、兄たちを差し置いて、自らが将軍になったということで、ずっと後ろめたさを抱えておった。」
それは、4代将軍だった長兄の家綱亡き後、兄の甲州綱重を差し置いて、当時は館林の藩主だった自分が将軍になり、その後兄の綱重は逝去してしまうという、5代将軍の座をめぐって、このような経緯があったということを、言いたかった。
だから、その後ろめたさから、兄の綱重の忘れ形見である、綱豊を、名前を家宣と変えさせてまで、6代将軍に据えたのだった。
しかし綱吉と、家宣では、やはり政に対する考え方に違いがある。
だから、今度は吉宗に、跡を託したいと、言っているのだった。
「頼む、吉宗、実に身勝手とは思うが、わしの願いを、聞き入れてくれ。
わしはもう、長くはない。わしが死んだ後は、家宣はおそらく、わしのこれまでの政を否定するであろう。そうなれば…!」
政に対する考え方の違いはともかく、ここで5代将軍の綱吉から直々に、お墨付き(おすみつき)をいただいたということは、家宣の次は、吉宗が次期将軍候補になるということが、実質決まったようなものだと思った、脇田久次、そして、加納久通も、そして吉宗も、同様のことを考えていた。
江戸城をあとにした一行は、紀州藩上屋敷にて、寝泊まり。それからまた紀州まではるばる帰郷する運びになった。
紀州に戻った吉宗と、脇田久次には、実は今、恋におちている相手がいた。
2人とも、そろそろ所帯をもつような年齢に差しかかっていたが、
あれ?そういえば、脇田久次として転生してきたのは、20代かそこらの時で、ちょうど吉宗がまだ源六と呼ばれ、この世に生をうけたばかりの頃から、仕えているのだから、だとしたら、今の年齢は…?
見た目は今も20代そこらなのだが、どうも実年齢不詳みたいな感じになってきたような…。
とにもかくにも、この2人が恋をしていた相手というのは、
吉宗は須磨という、後に本当に吉宗の側室になるお相手。
脇田久次の方は、おみつという、町娘だが城に奉公しているという娘だった。須磨と同じところで、働いているという。
「須磨!須磨!」
「おみっちゃん!おみっちゃん!」
吉宗と脇田久次が同時にやってきたことで、須磨も、おみつも、驚いたような表情を見せていた。
「吉宗様!殿!殿ではありませんか!」
「久次様!久次様!今日はお殿様とご一緒で!?」




