15.覚醒〜Awakening〜
ーー君を失ったショックできっとしばらく無から目覚められずにいた。
どれ程時が経ったかもわからない頃に、自分が魂だけになったこと、そして君のそれが寄り添うように傍にいることに気付いた。それから全て、思い出した。
今までにも何度となく君と出逢っては引き裂かれてきたこと。想い求め合っていながら、どの世界でも繋がり続けるのが叶わなかったこと。
そして、ついに君を失くした。目の前で奪われてしまった。守れなかった。
それでも君はまだこんな自分を求めて傍にいようとしているのだ。きっと次の世界でも同じように…
アストラルへは遅かれ早かれ生まれ落ちなければならない。全ての魂なるものに与えられた運命。
それならば、出来るだけ早く、出来るだけ遠くへ。
君が安らぎに身を任せている間に、気付かれないよう、そっと。
もう二度と君の人生をあんな形で終わらせたくない。自分と関わっている限り同じ運命を辿ってしまう…ならば、君から離れよう。
もし出逢ってしまっても決して繋がらないように記憶を封じよう。
それがどんなに孤独で砕けそうに辛くても君を守れるなら…そう思いながら次の場所を目指した。
失意の魂はみるみるうちに痩せていってしまった。
それでも君は僕を見つけ出してしまった。こんなに年の差が開く程、長い時間をかけて。
“シャウラ”として、今、自分を思い出して、己の中の皮肉さを知った。
あれ程深く刻み込んだはずの決意だったのに、僕もいつの間にか君を求めてしまっていた。だからあの日、伸ばされた小さな手を思わず掴んだんだ。異常なまでの執着、醜い程の独占欲はこの為だったのか、と今では何だか可笑しい。
今こうして前世の更にその前まで思い出せるのは、魂に還るときがまた、近付いているせいだろうか。
泣きじゃくっていたミラがはっと息を飲み、待って、と言ってすがる。シャウラは膝を立てて震える身体を起こした。
「お願い、動かないで、シャウラ…!」
涙で濡れた顔をしきりに振り乱すミラ。いじらしく裾を掴む小さな手。シャウラはそっと、そこへ自らの手を重ねた。彼女を見下ろした。大丈夫、そう囁いた。
今、新たに生まれた決意はきっともう、変わらない。それを伝える為に端から血液をこぼす口を開いた。
「僕にはやらなければならないことがある。今ならわかるんだ。だけど…」
嫌…と呟いて震える彼女へ笑いかけた。切れ切れな声で言った。
「約束するよ。もう、逃げたりしない。何度生まれ変わっても、何度引き離されても…必ず君を、見付け出すって…」
例え君が嫌がっても、君を離さない…そこまで言ったら怖いかな?うん、大丈夫、言わない。胸にしまっておく。思わず苦笑がこぼれた後は、すごく素直に告げていた。
「駄目だね、僕…愛してるから…」
綺麗な水色の瞳が見開かれた。とめどなく流れる大量の涙を止めてあげたくてもどうしようもない。自分のそれすら止める術を知らないのだから。
ただ目の前の彼女が愛おしくてたまらなくて、もう絶対に奪わせない、その思いだけが限界の身体を突き動かす。
シャウラは背中に手を回した。刺さったままの矢を強く握った。
「やめろ!抜くな、馬鹿!!」
叫んだのはレグルスだった。いつになく怯えたような目が、妙に懐かしい。深い傷とは別に胸が痛んだ。
ライアン…
いや、レグルス。
離れた場所の彼へ念を送った。
ーー強くなったね。よく頑張ったね。偉いよ、お前は。
僕はきっと光の仕事人になりたかったんだと思う。だけど…無理だったんだ。お前の方が適任だったーー
そこへレグルスからの念が返ってきた。彼は言った。
ーーだから何だ。いいじゃねぇか。光の仕事人にならなきゃいけないなんて、誰が決めたんだ。
アンタはアンタでいいだろ。何度生まれ変わってもアンタらしく馬鹿みたいに、たった一人を愛し続けていればいいだろ。
そういう生き方だってあっていいだろ。それで十分、尊いだろ…!ーー
そう、だね…シャウラは返した。すっかり逞しくなったかつての親友に今、救われた気がした。
それでも握った矢から手を離さなかった。いつまでも呪いに封じられている訳にはいかない。やるしかない、と覚悟して一気に引き抜いた。
耐え難い激痛に思わず呻きが漏れる。中腰の姿勢からどっ、と血が流れ落ちる。ミラは泣き、レグルスは何か怒鳴っている。くら、と視界が回った。
もう少し、あと少しだけ持ちこたえろ、と自分に言い聞かせた。こんな生き方もあるんだとしても、それを誰も咎めないとしても、今の役目だったら見えている。ガルシア一族の血を引いた以上…
『再生』を受け継いだ以上…
確実に体温を奪われているはずの身体の奥に小さな熱を感じた。それはあっという間に大きさを増した。内側で膨れ上がる感覚に全身が震える。
やがて、突き破るように放たれた後、すっと息が通った。シャウラは目を見張った。
足元に落ちる自分の影に二つの長いものが生えている。蝙蝠魔族・ガルシア一族の象徴。
今の今までただの一度も手にすることのなかった、あの翼だとわかった。