13.鍵〜Nicole/Lana〜(前編)
ーー傾いた日差しはそろそろ熱を落ち着かせてくるだろう。だけど不思議だ。これから訪れるあの赤の空は冷めた空気も忘れされる程熱く見えるのだ、きっと今日も。
束の間の空の情熱…センチメンタルな本など読んでしまったせいなのかそんな言葉が浮かんだ。少し自身を恥ずかしく思った、ニコルは薄く笑った。大きなソファに身を投げ出して天を仰いだ。
見慣れた天井は相変わらず、遠い。そのまま室内を見渡していく。書物がびっしりと詰まった本棚。父親から譲り受けた年季を感じさせる木製の机。お気に入りの卓上ランプの色合いと、静けさの中で刻まれる振り子時計の音が心地良かったことを思い出す。
カチ、カチ、と今も続いている振り子の音は鼓動と重なっているように感じられて、やがては安らぎを覚えた。緩やかな微睡みの中に身が沈まりそうになっていた。軽いノックの音を耳にするまでは。
反応が遅れたせいだろうか、返事とドアが開かれるタイミングが重なってしまった。ひょこ、と顔を出した彼女は床に散らばった荷物と慌てて起き上がろうとしているこちらに目を止めるなり、はぁ、と呆れ顔でため息をついた。
「やだぁ、ニコルったら寝てたの?」
「ラナ…」
あたふたとシャツの襟を正していると、やがてクスクスという控えめな笑い声が耳をくすぐった。ニコルはちょっぴり頬を赤らめ、苦し紛れの笑みを浮かべてしまう。
「もう少しで終わるところだから、ちょっと休んでたのさ」
「これの何処がもう少しよ」
呆れ口調で言い返しながらも、彼女はごく自然に床に投げ出されたままのタオルやら服やらを慣れた手つきで畳み始めている。いよいよ恥ずかしさなんかが込み上げてくる。それは詩的な空想にふけっていた先程なんかとは比較にならないくらい。ニコルは唇を尖らせて。
「ラナはもう終わったのかよ?」
「当たり前でしょ。出発は明日なのよ?」
顔を上げたラナはようやくこちらの不機嫌に気付いたようだ。あろうことかにんまりと満足気な笑みを浮かべた彼女は更に意地悪っぽく。
「私はニコルと違って計画性があるのよ」
そう言ってクスクスと笑う。今度はニコルが呆れ顔を見せる番だった。
「確かに君の計画性には恐れ入るよ」
不思議そうな顔で見上げる彼女にニコルは言った。直視することはできず、窓へ視線を投げた。
「従軍看護師になったのは、僕に付いて来る為だろ?」
口を突いて出たのはそんな茶化す言葉だった。冗談だった。当然彼女は反論してくるだろう、という予想に疑いなどなかった。なのに、裏切られた。返ってきた意外な答えによって。
…バレちゃった?
悪戯っぽい声色だった。驚いたニコルは思わず振り返ってしまう。彼女の声は続いた。
「配属先は知り合いの関係者に頼んでこっそりと…上手くいって良かった。これで…」
最後は何故か細く消えかかった。恥ずかしげに上目で見てくる彼女の姿はいつになく女らしく映った。ニコルは胸の奥に息が詰まる程の高鳴りを覚えた。
ラナはニコルが10歳の頃、近所に引っ越してきた。地元でも位の高いこの家には、新しく来た者が挨拶に訪れるのが恒例となっていた。その日やってきたのは、一般的な家庭でありながら品の良さそうな若い夫婦。その間に幼いラナが挟まれていた。
プラチナブロンドの長いウェーブヘアに円らな青の瞳。二歳下だと聞いたが、何処かしっとりと大人びた雰囲気を漂わせたその少女に幼いニコルは釘付けになった。いつか教会で見た天使の絵画…その中にいたっておかしくないのではないか、と思った。
二人が打ち解けるのは早かった。遠くから投げかけるニコルの視線に気付く度、彼女は満面の笑みで手招きをした。ニコルはラナの澄んだ青い瞳と柔らかな髪の質感がお気に入りだった。ラナはニコルの琥珀色の瞳と自分のものよりも濃いブロンドの色が好きだと言っていた。
口に出せるのはいつだって外見のことばかり。本当はそればかりではなく、何か伝え切れていないものがあることにニコルは薄々気付いていた。だけどわからなかった。一体どう言葉に変換すれば良いのか。
それから何年もの歳月が過ぎて二人は共に大人の姿になった。かつての天使はついに女神へ。どんな男だって一度は振り返るくらい美しく成長したラナ。
彼女に伝え切れていないものの正体も、表現の仕方も、いい加減わかっていた。しかしその頃にはもう、外見を褒めることさえままならなくなっていたのだ。
彼女を前にしたときの自分はまるで微熱にかかったときのようだ、と思っていた。そうしている間に時代の流れは大きく向きを変えてしまった。戦争が始まり、兵士として赴くニコルもこの町を後にすることになった。そして奇しくも、彼女まで。
「…そんな偶然、本当にあるのかって思ってたんだよ」
戸惑いが残ったまま言うとラナが笑いかけてきた。顔にかかった長い髪を直そうとはしない彼女。まるで染まった頬を隠しているみたいに。
「ナースになりたかったのは本当よ。ずっと夢だったの」
でも…
ためらうように少しうつむいた、彼女が口にした。
「少しでもニコルの近くに、って…思ってしまったわ」
消えそうに小さな声でも二人きりの静かな部屋なら十分だった。高鳴りの治まらないニコルはしばらく黙って振り子の音を聞いていた。
ーーラナ。
名付けて『振り子療法』とでも言おうか。ゆっくり規則的なリズムはやがていくらか胸を落ち着かせてくれた。とは言え、その先を口にするのは決して簡単じゃない。だけど…
再び目が合うとニコルは息を詰まらせた。ラナの円らな瞳は真っ直ぐぶれずにこちらを見ている。待っている、それでいて攻めてくる。隠し続けた奥底まで抉るような視線…何もかも剥がされてしまいそうだった。
ニコルは深く息を吸った。もう無理だ、隠せない。覚悟が決まったところで彼女を見据えて言った。
「この戦争が終わったら、僕と暮らしてくれないか?」
えっ、という声がした。ニコルは遠回しな言い方に逃げてしまった自分に苛立ちを覚えながら、今度こそと意志を込めて言い直す。
「僕と結婚してくれ、ラナ」
しばらくまた、時計の音だけが室内を占めた。その中でラナは両手で口元を覆っていた。見開かれていた目はやがて三日月形に細まって、同時にいくつもの涙の粒が流れ落ちた。
はい、と小さくこぼしながら、彼女は頷いた。心が震えた。
大胆だったと思う。だけどおのずと両手を広げていた。気が付いたらそうしていた。
おずおずとした仕草のラナが近付いてきた。伝わるぬくもりと心地の良い重さに頭がくらっとなって、彼女を抱えたまま倒れるみたいにソファの上に雪崩れた。
初めて会ったときから大好きだった柔らかな髪に指を絡ませた。どちらからともなく顔を寄せた。一つ口付けをすると、もう一度、と思った。それが何度も続くうち、頬、首筋、腕、と愛しい彼女が持つもの全てが欲しくなった。止められないかも知れない…そんな危機感がよぎったニコルは恐る恐る、尋ねてみる。
「ラナ…いいの?」
止めるなら今だ、調子に乗るなと張り手をかますなら今だって、そう思って言ったのに。あろうことか彼女は頬を染め、潤んだ目なんかで見つめ上げ、来て、なんて切なげな声色で言う。…何ということだ。
夕焼けが部屋を染めていく。結び付いた二人の熱を示すようなその色はまさに『空の情熱』という響きが相応しい。だけど思い出しもしなかった。ただ彼女しか見えなくて。
ラナが手を伸ばし、ニコルの頬を撫でた。潤んだ瞳を射し込む光に輝かせた彼女は幸せそうで、だけどまだ何処か切ない顔をしていた。
愛しているわ、ニコル。
その甘い言葉が繰り返される度にニコルの胸は激しく揺さぶられてたまらず彼女を抱きすくめた。
もう離さない、二度と。
たった今、繋がったばかりだというのに何故かそう思った。
「ーー戦場に行ったら数え切れない程の命を犠牲にするんだろうな、僕も」
日の沈みきった薄暗い部屋の中でニコルはぽつりと呟いた。腕の中のラナが見上げた。心配しているのが見て取れた。
「ニコルの幼馴染の人…あっちにいるのよね?」
「ああ、ライアンか」
すぐに合点のいったニコルは今となって懐かしいその名を口にした。ラナと出逢う少し前にあっちの町で会ったのが最後。また会える、守ってやる、という幼い頃の自身の言葉は果たされないままとなってしまった。不穏な動きは確実に進んでいて、行き来することが難しくなってしまったのだろうと、大人になった今なら察しがつく。そして今では互いが“敵”という名で括られる存在なのだ。
ニコルは薄く笑みを浮かべた。優しい彼女へのせめてもの配慮だった。
「あのときは親戚があっちに居たからな。たまに会いに行けば決まっていじめられてるアイツを助けてた」
素敵じゃない、とラナが言う。ニコルははにかんで鼻をこする。
「アイツは身体が弱かったから…戦場になんかいないことを願うよ」
あえてぶっきらぼうに言ってみせたが、やはりラナの目は誤魔化せなかったようだ。手を重ねられる感触でニコルは気付いた。この優しいぬくもりを離すまいと握り返した。そんな差中で更に確実なものとなりつつある決意を口にした。
「僕は戦場で得た経験を持ち帰って次の世代へと語り継ぐつもりだ。そのとき僕はやっと君を幸せにするだけの力を得るだろう」
「もう幸せよ、ニコル」
可笑しそうに笑うラナにつられてニコルも困り気味に笑ってしまった。
「じゃあ、もっとだ」
そう言ってやるとよほど嬉しかったのか面白かったのか、もじもじと身をよじらせている彼女。こんなのきっと誰の目から見ても愛らしい。誰の目…自分で思い浮かべたイメージにニコルの想いはまた加速した。
膨らんでいくのは執着、支配、独占欲…当てはめるならそんな響きばかりのように思えた。それを無理矢理綺麗な言葉に置き換える。
「君もどうか生き延びて…いつか平和な世界で君と家族になって生きていく為に」
我ながら綺麗に纏めたもんだと思う。だけど、それはずっと昔から望んでいたことのように思えた。目を震わせ、強く頷いた彼女を強引なくらいに引き込んだ。
『空の情熱』…それを思い出した。初めに付いていたものも、同時に。
束の間?…いや、永遠だ。小さくかぶりを振ったところへ、ニコル…?と彼女の細い声が届く。それをまた塞ぐ。
彼女に見えないよう顔を伏せた、ニコルは苦笑した。参ったな、と思った。これはいよいよ終わらない、いや、終わらせたくない。
もう夜だ。いずれ朝が来る。明日は、来る。時は進んでる、だけど…
頼む。このまま、止まってくれ。
止まない振り子の音に願った。こんなどうしようもないことを。
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戦場での日々は驚く程早く、一日は気が遠くなる程、遅い。夜を迎える度にニコルはそんなことを考えた。つい最近まで真新しいと思っていた軍服も、今では何年と着古したような年季を感じさせている。時折、実感を見失いそうだった。
戦闘に関する適性がここまで顕著に現れるとは自分自身でも想定外だった。ましてや階級なんて意識したこともなかったのに、今ではこの軍で最年少の軍曹ときている。若手の兵士から慕われ、上官からは期待の言葉をかけられ、バランスがとれているように思える反面、決して心地が良いとは言えない視線も感じていた。
羨望、そして嫉妬。それを感じる取ることができるのは自身の中にも同じものがあるという何よりもの証拠だと思った。気を緩めたらきっと、同じ方向へ流されていくのだろう…そんな恐ろしさと背中合わせだった。
そんな中で変わらずにいてくれたのは、ただ一人の存在。胸の中、あの夕焼けの日と変わらない笑みをこちらに投げかけてくれた。
「ラナ…」
彼女だけが。
ある日の夜、薬品の苦い匂いが漂う部屋に居た。青の月明かりが射し込む窓際、久しぶりに顔を合わせたラナが言った。
「無茶をしたのね、ニコル」
従軍看護師となった彼女が身を置くのは野戦病院だ。いくらか痩せてしまったものの、血色の良い彼女の顔を見ているうちに頬が緩んでしまったらしい。
「何笑ってるのよ。怪我してるっていうのに…」
呆れを滲ませた彼女の声を聞いて初めて気が付いた。ニコルはあえてにんまりと意地悪く笑って見せる。
「でも僕に会えて嬉しいでしょ?」
「ニコルったら…」
ラナが頬を朱に染める。包帯を巻く手が止まっていて、視線で注意してやるとまた慌てて動かす。その仕草が何だか小動物のように見えて、ニコルは思わずクスクスと笑ってしまった。
「私たちのことは内緒なんだからあまりからかわないでよ」
ラナが唇を尖らせた。悪い、とニコルは未だ治まらない含み笑いと共に返した。それから気付いた。
彼女の横顔を染める陰。手に取るようにわかった。どれ程抱き締めたいと思ったことだろう。
「不安なの?ラナ」
そっと囁くと震える仔犬のような眼差しが返ってきた。
「私ったら…こんなときに何を考えているのかしらね。あなたが無事でいてくれれば、それだけで十分なはずなのに」
「…僕は何処にも行かないよ」
うん、とラナは頷いた。彼女は少し、視線をそらして。
「素敵なんだもの、ニコル。きっと誰の目から見ても…」
それは、その言葉は、いつか自分が思ったことだ。それが何故彼女から…?よくわからずぼぉっとしているとまた目が合った。少しふてくされたみたいな彼女が言った。
「あなた、すごくモテるでしょう?今日ここに来たときもみんな色めき立っていたわ」
やっぱりよくわからなかった。“みんな”とは、やはりこの病院の看護師、でいいのだろうか?ラナはついにぽかん、と口を半開きにした。唖然としたような声が続いた。
「嘘、気付いてなかったの?」
ニコルが恐る恐る頷くとハァ~というため息が聞こえた。
「…鈍感」
なかなか深裂な一言が返ってきた。言葉の意味を噛み砕いてみるとじんわりと熱いものが口じゅうに広がる感じがした。そして実感を覚えてくる。もう、自分のものとして。
「馬鹿、君の方こそ…」
苛立ってそう言った。ラナが目を丸くした。そんな澄んだ瞳、鈍いのはどっちだと思った。教えてやった。
「自分が何と呼ばれているのか知らないのか?“戦場のマリア”…うちんとこには君を狙っている奴らが大勢いるんだぞ」
「え…」
え、じゃない。何故気付かない。こんな醜い感情に貪られたことだってあるクセに。
男たちが君に惹かれているのは僕のような上辺ばかりのものが理由じゃない。同じ男だからわかる。深い海のような優しさに母なるものさえ見出している…だから“マリア”なんだ。
そこまで教えてやろうか…でも、やめた。代わりにため息をついた。苛立ちはいつの間にか薄れていた。
「僕の女だと公言できないのが、悔しい」
ぽつりと呟くとラナの顔が一段と赤みを増していく。一杯一杯なのが見て取れる。ニコルは今一度、彼女を見据えた。その眼光が鋭くなった。
「絶対に一人で出歩くなよ?患者もある程度動ける奴には気を付けるんだ。アイツらも極限状態でかなりきてるからな」
こくこくと頷くラナ。頭を撫でてやりたい気持ちを抑えつつ、ニコルは微笑みで返した。
一瞬、何処からか視線を感じた気がして辺りを見てみたが、そんな者は見当たらない。ただ三人程いる患者もふぅふぅと浅い寝息を立てているだけ。
ニコル?そう呼ばれて我に返った。やっぱり気のせいだと思った。
「不安にさせるようなことを言って悪かったな、ラナ。大丈夫だ、今夜はここに居るし、しばらくは顔を合わせる機会が多くなるよ」
ニコルは言った。
「あの人の様子を見に来ないといけないからな」
遠くへ視線を投げた。
重症患者の一人、口元まで包帯で覆われた彼は時折苦しそうに布団を上下させている。これ程体格のいい人が今では虫の息とは…あのとき気づかなかったらと思ってみるなり背筋が凍った。
この戦場に身を置く以上、いつ自分もこうなるかわからない。だけど決して倒れる訳にはいかない。そうでなければ、あの約束は果たせないのだから、と引き締まる思いを抱きつつ、ニコルは再びラナを見た。そっと指先だけ触れて囁いた。
あと少しだ。きっと、あと少しで…
ええ、とラナが答えた。必ず耐えてみせる、そう主張するような強い光がその目に宿っていた。
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「準備が遅いわ!急いでちょうだい!」
年季を感じさせるトーンの女性の声の後に、はい、というラナの声が続く。あれから何日か経った日の朝。
「あなたもう二年目でしょう?モタモタしちゃって…」
「申し訳ありません…!」
刺すような声の主は頭を下げるラナの横をさっさと足早に過ぎ去っていく。残されたラナはほんの数秒程固まっていたものの、またすぐに慣れた手つきで片付けを始める。
「気にしちゃ駄目よ、ラナ」
「ケイト…」
振り返るラナの元に同期のケイトは朗らかな笑みを浮かべて近付き、同じように片付けを始めた。ラナの表情が少しほころんだ。
「あの人お局だから、若くて美人なラナに妬いているのよ」
「そんなこと…日に日に患者数が増えているんだもの、誰だってピリピリしてしまうわ」
「優しいんだねぇ、ラナは」
ううん、とばかりに小さくかぶりを振るラナにケイトは苦笑混じりの息をこぼす。それから彼女は言う。
「そんなに優しいんじゃ、ニコルを取られちゃうよ?」
ラナがえっ、と声を漏らした。更に動揺までだだ漏れている彼女にケイトはゴシップを前にした女性特有とも言える目の輝きで迫る。
「彼が好きなんでしょう?」
一瞬黙り込んだ、ラナはまた気を取り直すように。
「ニコルとは地元が同じというだけよ。確かに人としては好き、だけど…」
ふーん、とケイトが呟く。まだ疑っているようであり、期待していた回答が得られず残念がっているようでもある。しかしそんな表情もやがて元のカラッとした笑顔に戻った。
「別に隠さなくったって私は誰にも言わないし、ましてや狙ってもいないわよ」
クスクスと可笑しそうにしているケイトを横目で見上げるラナは少しばつが悪そうな顔だった。
「仕事は有能、ハンサムでお金持ち…そんな出来すぎた男、私は無理だね。酒場で一緒に踊ったりできるような男の方がいいわ!」
あまりにもきっぱりした物言いが面白かったのか、ラナがくすりと笑った。
「そんなんじゃないわ、ニコルは…」
ちょっぴり言いかけた彼女はまた口をつぐんだ。赤くなってうつむくその姿をケイトはやれやれと言わんばかりの表情で見下ろす。
「ラナとニコルならお似合いだと思うけどね。ライバル多いけど、手離しちゃ駄目だよ?」
うつむいていたラナが顔を上げた。軽く開いた小さな唇から、声が。
ケイト…
彼女は何か言いかけていた。だけどその意識はすぐに別の方へと向いた。
「ラナ?」
ケイトが気付いたとき、彼女はすでに一人の患者の元へと駆け寄っていた。




