プロローグ
――日が暮れようとしていた。
上空を行き交う車が夕空の紅に照らされてチカチカと街を賑やかに彩る。あと数十分もすれば車にもライトがついて大量の流れ星が見れるだろう。
母親の帰りが遅い日はこうして家から一番近いベンチに座って夜を待つ。特別なことではない。物心ついた頃からこうだった。
7歳を迎えて間もない少年は以前母親から聞いた話を思い出していた。
昔は車も電車も地面を走っていたと。それよりもっと昔は馬が車となって移動するのが主だったと。何だか想像がつかないというのが正直な感想だった。
ふと、少年は向かいの歩道を見遣った。そしてそのまま目を奪われた。
手を繋いで駆け抜ける二人組。少年と少女。
自分より少しばかり年上に見える二人はやがて通りに面した高層ビルの中へと吸い込まれて行った。見つめる少年はしばらく息を止めていた。
その後だった。経験したこともほど激しい感情の波が押し寄せたのは。
それは抗う暇さえ与えてくれぬまま遠い記憶を引き連れてくる。吐いたばかりの二酸化炭素が逆流し、呼吸はままならないのに五感全てが叫ぶような、ひしめき合うような。死んでしまう……! 小さな身体をガタガタ震わせる少年はそんな危機感さえ覚えた。
それがやがてすっと解き放たれるのだ。
そして実に自然な流れで全ての理解へと至る。
(間違いない。あれは……)
少年の目から一筋の涙が伝い落ちる。ブラウンであるはずの彼の瞳は夕焼けを受けて赤く染まる。あの頃のように。
今世だけ、ほんの7年だけしか見ていないはずの少年は、もう全てを思い出していた。