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ASTRAL LEGEND  作者: 七瀬渚
第1章/幽体の世界『アストラル』
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11.歪み〜Distortion〜



 メイサから聞いた通り、ルナティック・ヘブンは夜に動きを見せた。



 フィジカルに渡ったところで敵を取り押さえるのが狙いだった。向かったのはレグルス一人、部下達はあらゆる事態を想定してアストラル圏内で待機。医療チームも王宮と念の為時空のひずみが発生しやすい地点にも配置した。それには理由があった。



 フィジカルで行動するに当たって必須となるのが【肉体】。これがまた厄介なものだ。



 かつて肉体と共に生きた経験を持つ者ばかりとは言えど、それはもう何十年何百年と昔のこと。


 コントロールできる者は限られていて、身体能力に優れたレグルスでさえ肉体を纏った日には布袋を頭から被って何重にも縛り付けられたような息苦しさを感じてしまう。なかなか慣れないのだ。



 そもそも肉体とはフィジカルの人間、あるいは動物の為に用意されたものであり、魔族や妖精には対応していない。人間の身体を借りたって内なる能力が抑えられず人間らしからぬ風貌に変えてしまう。


 アストラルの【人間】ならば外見的にも決して不自然ではないのだろうが敵が送り込んだ者が人間じゃなかった場合どんなに身体能力が高かろうと太刀打ちできないだろう。



 いずれにしてもこんな事情から相手方も送り込むのはごく少人数、標的が少女であることから一人で十分と判断するだろうとレグルスは考えていた。


 そして実際に時空を超える動きを見せたのは一人、ここまでは推測通りだった。予想以上の速さで移動した彼を見失うまでは。




 敵側の一人をやっと見つけたとき、彼女はすでに深夜の街外れへとおびき出されていた。


 確実に人間ではない彼へと歩を進める彼女からは躊躇がまるで感じられない。洗脳でもされたのか? レグルスは迷わず二人の間に割って入った。そこで感じたのはあまりにも異様な感覚だった。




――ユウキ……っ――




 かばったはずの彼女があろうことか自分を乗り越えようと背中に触れてくる。何よりもその声色に目を見張った。



 蚊の鳴くようなか細い声。切なく焦がれる【女】の甘い声だった。



 レグルスは彼女がユウキと呼ぶ男を見た。そのとき全身に凄まじい波長が伝わり強張った。



 妖力であるのは間違いなかった。魔族であるレグルスが苦手とするたぐいだ。しかしここまで全神経が逆立つのは単なる苦手意識なんかじゃなかった。


 混じり気が全く感じられなかったのだ。かつて対面したどの妖精よりもはるかに色濃いと言える。



 今思えばその異常な波長に気付いたのは幸いであり、そして不運だった。




 額に走った衝撃。



 肉体を貫いて裂ける痛みに呻いた。血液が流れ出るのがわかった。背後の彼女の身体が傾くのもわかった。やっとの思いで抱き止めた。


 狂ったように鎖を振り回す妖精の男は何処か楽しんでいるようにも見えた。血を流した者を敗者と見下し、蔑み、小馬鹿にするような。



 滾る怒りのままにレグルスは睨み上げた。これ程の力を持つ相手だ、遠慮など要るまいと思いっきり剣を振るった。



「てめぇ、いい加減にしろよ!!」



 熱を帯びた赤い剣先に絡みついた鎖を力いっぱい跳ね返した。命中した男の身体が後ろに飛び外灯に背中を打つ。低い呻きが聞こえた。


 それなりに効いた様子を確認したレグルスは更ににじり寄りたい衝動を寸前で抑えた。腕の中で身を預けている彼女を見下した。今しかないと思った。



 後のことはこれから考えればいい。決意を固めたレグルスは天に向かって自身の闇色のものを大きく広げた。


 妖精の男が慌てたように身体を起こし何かを叫んでいる。レグルスは遠ざかる彼を見下ろしながら声を張り上げた。



「てめぇはすっこんでろよ、雑魚ざこ!」


 熱い炎を手の平から放って目くらましをしてやった。


 気を失った彼女を抱えて星空を目指すように上昇する。その差中でレグルスは唇に力を込めた。奥歯が細く鳴いた。



 よくも……!



 錆びたような不快な血液の匂いを肉体の鼻で感じて思わず唸った。



 ✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



 長い一日が終わりへと向かっている。夕日に赤く滲む廊下に二つの影が落ちる。



 レグルスは額を手で押さえた。次々と起こった予想外の出来事に傷ばかりでなく頭の奥底までが痛む。湯に浸かる時間さえ惜しんで考えていたのが無駄に思えるくらいだ。



――まぁ仕方ねぇだろ。



 レグルスは胸の内の自身に諭した。




 取り乱すのも無理はない。


 彼女、サクラバイヅミは何も知らないのだし、自分だって別に感謝してほしかったわけじゃないのだからと。



 それでもこの身を縛り付けるようにして離さない、あれは……





――レグルス。




 ふと声がした。


 メイサが鋭い目で見ていた。彼女は恐る恐るといった様子で口を開いた。



「アンタも気付いたよね? あの子……」



 ああ、とレグルスは返した。こいつなら当然気付くだろうと納得した。




【魔族】




 メイサがそう口にしたのが始まりだった。



 一瞬にして空気が変わったのをまだ鮮明に覚えている。とてつもないことに足を踏み入れてしまったとすぐに察することができた。そして確信していることがあった。




「彼女を助けたのはやはり正解だったな。だが……」



 どう向き合えばいいものか。




 いつになく弱々しい声なんかを放っていたことにレグルスは気付かない。



 メイサが黙ったまま隣に並んだ。しばらく歩いたところで彼女が急に覗き込んできた。大きなつり目が見開かれた。



「なんかいつもと違うと思ったらアンタ……」



 その髪、と彼女は言う。レグルスは思い出したようにそこに触れた。下にあるものを隠すように無意識に銀の数本を引っ張った。




「こっちの方が似合うだろ?」




 そう言って笑った。



 分け目を変えた本当の理由なんてもうそれでいいと思った。



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