エピローグ
ーー辺りを気にしながら乗り込んだエレベーター。いくらか背丈は伸びたって、まだ“子ども”と分類される二人は、きっと誰にも気付かれていないものだと信じている。
何処かの会社のビルの中。関係者以外立ち入り禁止。そこには後ろめたさがあるはずだ。それでも抑えきれない胸の躍動を二人の顔が示している。キラキラ。そんな擬音が相応しい。
ゆっくりなようで確かに速く、確実に上昇していく。夕焼けの明かりが時折柱に遮られる。光と陰を交互に繰り返す透けた箱の中で、少年の手が今一度、少女のものを強く握った。
わぁ…!
風と光を正面から受けた少女が感嘆の声を上げた。こっちだよ、と少年は彼女の手を引く。広い屋上で二つの影が端へ移動した。
「君に見せたかったんだ」
夕と夜、赤と紫が混ざり合った空。星を散りばめたような眼下の街を見つめながら少年が言った。くすぐるような甘い声は声変わり前特有のものか、それとも、そんな声質なのだろうか。
「本当に、夕焼けと星が好きなのね」
隣の少女がふふ、と笑う。口元を両手で覆う、可憐な仕草がよく似合う。
夕焼けが存在できる時間は短い。すぐに闇に飲み込まれてしまう、束の間の空の情熱。赤から紫へ、そして群青から藍色へと移り変わる。止めることなどできない流れに二人は見入った。言葉もなく。
ーーねぇ。
完全な闇が訪れる前に、少年が口を開いた。
「“センソー”って知ってる?」
見つめ返す、少女はかぶりを振る。彼女もまた、口を開く。
「聞いたことはあるけど、よくわかんない」
不思議そうな顔。何故そんなことを言うの、とでも言いたげな。
「国と国が戦うんだって」
少年は言った。
「この国もうんと昔はそうだったって。ママが言ってた」
それから遠くを見る。目に映る光景よりも、もっとずっと遠い場所を見るような目。哀愁の色合い。
ふぅん、と少女が呟いた。まだちゃんとには理解しきれていない顔、それでも笑って。
「私たち、生まれた国が違っても、こんなに仲良しなのにね」
そう言った。少年がそちらへ振り向く。そうだね、と言って彼は笑う。そのとき、止まった。少女の方が。きっと、目の前の異変に気付いたからではないだろうか。
それは確かに起こっていた。普段、青であるはずの少年の瞳の色が、違う。夕焼けを受けて輝いている。吸い込まれるような、アメジスト色に。
少女は気付かない。自らのそれもまた色を変えていることに。ブラウンであるはずの彼女の瞳は一体何を映し出してこんな色になったのか。水面の如く揺らいだのか。
ねぇ…
少年が言った。ちょっぴりはにかんだような顔をしながら。
「大きくなったら、僕のお嫁さんになってよ」
少女の円らで澄んだ瞳が揺れる。彼女はやがて笑った。頬を桃色にして、嬉しそうに。
「いいわよ。だって、大好きだから」
二つの小さな手がどちらからともなく近付く。吸い寄せられる磁石みたいに、自然な動き。
まるでずっと、この瞬間を待ち焦がれていたように、小麦色の手が白い手を包み込んだ。
ーー夜が迫る空と街を見上げる地上の少年が笑みをこぼした。温かい雫を頬に伝わせながら。
この光景を見届けたくて、俺は…
少年は思った。
心配性な母親の制止を振り切ってまで、何かを探すようにフラフラと歩き回っていた自身の行動を思い返す。落ち着きのない子、なんて言われた。だけど、この場所に居る意味を知った今なら納得ができるのだ。懐かしい波長を確かに感じられる、今なら。
この先は、アンタ自身の力で…
波長を放つ先へと思いを送った。今は人間、聞こえるはずはないけれど。
絶対に見失うなよ。アンタは理想が高いから、これくらいでは満足しないんだろ?
かつては同じ血を分けた家族、その前は親友だった。見出した自身の目的を持って生きる中、やはりその魂の存在を忘れられずに至るところを探した。まさか、こんなところで見付けられるとは…
合点がいってしまえば繋がるのも早かった。あれも、これも、と次々と明確に、頭の中で光を宿していく。
光の仕事人…それは特にあっちの世界では有名だった。多くの者が憧れもした。だけど時代はまた形を変えた、いや、生み出した。今はもう、こればかりではない。
事実、技術は発展している。思い出した今なら目まぐるしくさえ映る、慣れていたはずの光景。
宇宙旅行…そうだ、あの頃は簡単ではなかった。大多数にとっては夢のまた夢、近未来なんて呼ばれるような話だった。
こんなに便利な世になったのに、まだ好んで身体を動かす者がいる。ちゃんと受け継がれている、俺も好きだ。試合観戦も好きだ、特にサッカー。
それから…
行き交う人々を見た。いろんな肌、いろんな髪、いろんな色をした者たちが共に居る。手を繋いでいたり、寄り添っていたり、話していたりする。
国境だって超える愛もまた受け継がれている。まだ完全ではないけれど身を持って示して、伝えていった者がいるからこそだ。
目に浮かぶ、懐かしい姿。懐かしい、仲間たち、今まさに傍に居るよう。そんな彼らの“名称”を呼ぶ。
幽体と肉体、それぞれの記憶を持って未来を切り開いた、新しく姿を変えた…【伝達人~Messenger~】
何度生まれ変わっても、障害を乗り越え、互いに求め、その身をもって愛の尊さを知らしめた…【永遠の恋人~Forever lovers~】
傍に感じることはできない、でも何処かにいる、アイツも、アイツも、きっと何かになっていく。いや、もうなっているかも知れない。また新しく生まれていくのかも知れない。
そして今、ここに居る。他でもない自分。
卑怯な裏切り者の兵士から、アストラル王、それから現在…【光の仕事人~Light worker~】へ。
物質のこの世界でこの記憶を保ち続けることはできない。本来であれば。この喜びも切なさも、やがて消えてしまうだろう。すぐに元に戻るだろう。名も知れぬ、一人の少年へ。
それでも魂に深く刻み付けた使命だけは決して忘れないと、ここで今一度、誓う。絶対的に変わらないもの…それもわかっている。今も変わらないのだから。
壊れないよう、しっかり奥にしまって、前へ進む。自らに課した目的を成し遂げ成熟した魂となって、いつかまたあの場所に帰るときまで。
愛しいあの人をこの手を抱くそのときまで。
ーー迫る夜。底知れぬ深い闇。
無数の流星のような現代の空を仰いで、少年は目を閉じた。尊く愛しい記憶が奥へ、吸い込まれていく。
やがて開かれた少年の目が、終わりゆくわずかな赤を捉えて輝いた。見つめる先の遠くから、手を振る女性の姿。
ママ…!
少年は駆け出した。一目散に。
何もかもを忘れて無邪気に戻ってなお、魂は痛みを背負い、未来を指し示している。
伝説は続いていく。受け継がれていく。
形の異なる欠片たちが、溶け合う未来を目指して。
ーー愛していく。
ーFinー
読者様、最後までお付き合い頂きまして誠にありがとうございます。
もしかすると読む前にタグをご覧頂いていた方の中には『スピリチュアル』という文字を見てびっくりされた方もいらっしゃるのではないかと思います。
明確なことを申し上げておきますと、著者は霊能者や占い師ではございません。
占いは大好きなんですが、あくまで日々のエンターティメントとして楽しんでいるくらいでございます。予知も出来なければ人の運勢を占うことも出来ませんよ。
つまりは好きなジャンルを世界観として物語を構成してみたのです。
『ASTRAL LEGEND』の原点は、学生時代に見た夢でございます(眠って見る方の“夢”です)
夢って時間の経過と共に曖昧になっていくんですよね。著者の場合はそうなんですが、現実の記憶よりも更に早く薄れていくように思います。
ただこのとき見た夢は、どんどん朧げになってほぼ原型を無くしても、一部の光景がやけに印象に残っていた。
数年後、偶然手に取ったスピリチュアルの本を見たとき、自分が見た夢が『アストラル界(幽体の世界)』に何処か似ているような気がしまして(気がしただけなんですけど)
これをベースに物語を書いたらどうかな? ウケるかどうかはわからないけど、何より自分が楽しんで書けそうだ! うん、だって最後まで継続して書けることが何より大事だもの!
という発想から、この『ASTRAL LEGEND』が生まれました。
「フィジカルとアストラルを交互に転生する」という設定は完全に著者の想像でございます。少し現代ファンタジーっぽい要素も入れたかったのです。
こうして好きな世界観全開にして書くのは楽しかったです! 著者はそれほど文学に詳しい訳でもなく巧みな表現は出来ないのですが、そもそも好きなことしかやりたくない性分みたいなので、ややマニアックな方向に進んでみたこと、著者なりに満足しています。
なのに、ご感想やレビュー、ファンアートを頂いたりなど、読者様からの反応があったときには驚きました。自己満足だったのに!(笑)まさか楽しんで下さる方がいらっしゃるなんて!
これで著者は更に執筆の楽しさを知ってしまった訳です。処女作『ASTRAL LEGEND』からどんどん話が派生して、現在ではシリーズ化しております。これも応援して下さる皆様のおかげ。ありがたいことでございます。
今後も著者と共に成長していく世界観でございます。なのでキャラクターたちは長所と同じくらい短所も強調したり、あまりカッコつけさせない方向で書いているのです。
同じシリーズの他の作品も気になるという方はお好みで覗いてやって下さいませ。イラストを眺めていって下さるなども大歓迎。いろんな形で表現しておりますので、読者様がそれぞれ自由にお楽しみ頂ければと思っております。
フィジカルとアストラル。どちらもかけがえのない世界。時に間違いをおかしながらも一生懸命生きる彼らを見届けて下さって本当にありがとうございます。
七瀬渚




