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ある日のバーで ~船の人の話~

 その日は仕事の帰りだった。いつも乗り換える駅は連絡通路で繋がっているような駅ではなくて、外に出て少し歩いていかなくてはならない。空模様はいくらか雲が浮いていて、じっとりと湿り気のある風が絶えず絡みつくように吹き抜けていた。これは“一雨来るなぁ ”そう思っているうちにポツリポツリと雨滴が路面を濡らし出した。大した距離ではないから、駆け足に駅を目指しても良かったのだが、なんだかそれも億劫で、どこかで一杯飲んでいく事にした。残念ながら常連のバーはいっぱいであったが、そのすぐ隣の姉妹店はまったく空いていたので、久しぶりにそちらの店に入った。中は嫌に静まり返っていた。酒を頼むと、しばらくバーテンと私だけがその場所を占めていたが、やがて雨も本降りになろうかという頃、二人組みの中年の男が入店した。作業着のような制服のようなそんな上着を着ていたが、肉体労働者という感じでもなかったし、工場関係と言う風でもなかった。一人は茶色に染めた頭で、もう一人は坊主頭に髭を蓄えていた。

「いや、降られましたね船長 」

「そうじゃねぇ。いよいよ振ってきよったなぁ 」

髭の男に向かって、茶髪の男が言った言葉から、船の乗組員である事がわかった。どうやら二人も雨宿りに入ったようだった。しばらく、二人の話す声が酒場に聞こえていた。私はなんとなく手持ち無沙汰になり、新しい酒をもう一杯頼むと二人の話に耳を傾けていた。雨は一向に弱くなる様子も無く、ゆっくりと酒が回り始めた頃、四人の男達は打ち解け始めていた。

「と、言うと今は港の方に寄港しているんですか? 」

「いや、近所に造船所があるでしょう? あっちに今船を入れているんです。メンテナンスですよ 」

「ああ、なるほどなるほど! 私の家はすぐ側ですよ 」

「ほうほう、じゃあこのお店は良くこられるんですか? 」

「そうですよ。こちらの方はしょっちゅう来られますよ。まあ、隣の店に来る事が多いですがね 」

「ちょっとなんでDさんが言うかなぁ! それに俺、最近は月に三回ぐらいじゃないですか? 」

「はっはっは、こんな事言ってるけど、もうちょっと来ますよ、この人 」

「そうかなぁ? そんなに来てるかなぁ まあ、いろいろ話がしたくなれば来るよね 」

「売れない作家ですからね、この人。暇つぶしに来るんです 」

「作家? 」

「そう、作家。調べると名前も出てきますよ 」

「ちょっとDさんその呼び方は気が早いよ! 」

「でも、一応印税もらったんでしょ? 」

「印税! 」

「一応もらいましたよ。書いたもん 」

「じゃあ、何かご本を出されたと! 」

「いや、そんな! 共著(?)ですよ。だいたいまだ二回しか載っていない 」

「ほうほう、じゃが大したもんじゃないですか。いったいどんなのを書かれているんです? 」

「はあ、怪談を少し…… 」

「へぇえ! 怪談ですかぁ 」

「そうです。怪談ですよ。本当にあった怖い話みたいな奴です 」

「だからなんでDさんが言うのよ! 」

「ああ、これ一応名刺です 」

私が名刺を差し出すと、二人はそれを手にとって不思議そうに眺めた。

「う~ん、ちゃっかり作家で名刺作ってるじゃないですか! 謙遜してる振りしたって、ちゃんとその気になってる! 」

「いやぁ、だってさ~ 」

Dさんのつっこみにばつの悪いような面映いような変な気分になっていると、名刺の裏面を見た船長が言った。

「ああ、こういうの集めておるんですか? ワシ結構ありますよ。よければお話しましょうか? これ終わるまでの間じゃが…… 」

「あ! 私も少しは!! 」

「いやいや! それは是非とも! 」

力強く答えた私をよそに、この手の話が苦手なDさんはカウンターへと引き下がって言った。そして、まず、船長が少し赤くなった鼻を擦りながら語り始めた。



――S船長の話


まあ、全寮制の学校じゃね、船の学校。ワシがおった頃は全寮制だったんですよ。一年生から五年生が全員寮に入っていて、一寮棟、二寮棟、三寮棟とずっとあったんです。一寮棟ってのは一年生と二年生、二寮棟って言うのが三年生、三寮棟ってのが四年生五年生というようになってたんです。それが、ワシの代の時に二寮棟、つまり三年生しか使っていなかったところに二年生で入ることになったんですよ。それまで、四階建ての一階か二階までしか開けなかったところを四階まで開けますよ! と言う事になったので、下調べに行くわけです。どんなところかなー? って思ってね。それを見に行くと、二階まではちゃんと開いているけれど、二階から三階に登る階段はシャッターで閉ざされていて、外側の非常階段を登っていくとちょっと扉が動いて、辛うじて中は見えるんだけども、まだ鍵はされていて中には入れはしなかったんです。

さて、中は見えるけれども、いったいこれは何年ぶりに開くんだろう? みんなで数えてみたら、十年ぶり以上。それまで誰も入っていない。ずっと鍵をかけてあった。本当に久しぶりに開く。そんな事を言いながら、みんなでその扉の五センチくらいの隙間から中をかわるがわる覗いていたんです。誰もおるわけないですよね。そりゃあ、ずうっと誰も入っておらんし、今日も閉まっておったんですから……

ところがですね、人影がね、ひゅうって見えるんですよ。ひゅううう言うて。そういうとみんな「うそやぁ。なににかの見まちがえやぞ 」とか、こっそり酒飲んでいきましたからね「まあまあまあ、よっぱらってからや 」とか言うんですが、その時に限って狙い済ましたかのように、あれだけ晴れてた空が曇りだして、ばああっと大雨になりましたよ。あたかも来るのを拒むように。二寮棟から三寮棟に移るときね、久しぶりに三階四階開けようと言う時にそんな事があったよね。

で、後日、俺らそこに入るわけです。でも三階四階には入らずに、一階二階に入ったんですがね。その時、俺らの部屋一階にあって、やっぱり、みんな集まると飲んじゃいけない酒を飲んでああだこうだ言うわけですよ。するとね、一階ですよ? 一階。したには何もないんですよ。なのに、下からドンドンドンドンと突き上げる音が端から迫ってくるわけですよ。風呂場がお墓の跡っていうのはみんな知っていたから、しょうがないなってみんな思っているんですよ、幼心に。わかっておるんですからね。でね、でもね、中に霊感の強い子がおってね、「あ~、こりゃあもうだめじゃあああ。霊媒師呼んでくれい! 」って言うたんですよ。そりゃあ、しょうがないから、もう先生が霊媒師呼んだんですよ。そしたら、呼ばれてきた霊媒師が学校着くなり、「ああ、こりゃあだめじゃ 」て言うて逃げてしもうたんですよ。

実はね、その霊媒師呼んでくれ言うたこの部屋は鬼門になってたんです。風水で言う鬼門ですね。二段ベッドなんです。その部屋は二人一組の個室で机二つで二段ベッドになってる訳です。で、その二段ベッドの上の段に、必ず夫婦で寝てる言うんです。必ず上のベッドですよ。で、必ずいるから! 絶対にいるんで自分でいくつか御祓いもしたんだけど駄目で、どうしようもないから呼んでくれと言ったんだけど、うちらの授業中に件の霊媒師がやってきたんだけど、「太刀打ちできない! 」って帰ってもうた。学校はT山県にあってね、すごかったからねぇ。それ(部屋)しめても別のところに出たりねぇ。で、後で考えると、どうも自分らの部屋も鬼門が通ってる。通じてるんですよ、鬼門の方と。だから、あの向こうの方からドンドンドンドンいうてたんか! って後で気がついてねぇ。全然気にしないからね。確かにうちの部屋に来て、飲んじゃいけない酒飲んでてね。貼ってあったポスターのね。ああ、ポスター貼っておったんじゃけどね、松田聖子のポスター。でそれが貼っとった。ポスターって見る場所かえると視線が変わるでしょ? だって、一点見てるわけだから。でも、大体どこから見ても変わらないというかね、こっち見てるでしょ? 松田聖子が、そのポスターは。そいつ曰く、どこから見ててもこっち見てる。それを言われて見てみるとみんな気がつく。ああ見てるって。それがしょっちゅうそうで、ある日の事、みんなでまた酒を飲んでいると、そいつは脂汗ダラダラ流しながら壁を見てる。それで「も、もうだめだあ! 」って言い出した。こっちはみんな酒飲んでいるから「なにが駄目じゃ 」「こっちも駄目じゃ! 」とか言ってふざけていたんだけども、確かになんだか壁に吸い込まれると言うかめり込むような感じがしてね。そしたら、また下からドンドンドンドン音がするんです。そんながあってね、まあ相当だったんでしょうね。その霊感の強い子はしばらくしたら学校やめましたね。もうおられへんって言うてねぇ。まあ、俺らみたいな能天気な人は「ああ、そうなのう? 」ってくらいでしたね。まあ、何かあったその時はわあわあぎゃあぎゃあ言うて大騒ぎですけどね “


そう話して、船長はグラスのワインを一口。それからニヤリと笑った。口元の髭が少し深く見えた。

「それはすごいなぁ。本職が逃げ出しちゃうんじゃあなぁ。その霊感のある同級生も災難でしたね 」

わざとそんなことを言ったが、船長の意味ありげな笑みがなんとなく不安をあおったからだ。

「俺だったら、そんな学校やっぱり辞めますね。すぐ辞めます。デリケートだから。奥本さんなにか飲みます? 」

Dさんは苦笑いで返しながらグラスを拭いて並べた。

「あ、じゃあ赤ワイン。同じ奴 」

空のグラスに向けて、壜の口が傾けられて、赤黒い液体がトクトクと流れた。グラスには先程のワインを飲んだ跡が残っていて、それに沿って広がるワインはある種の粘度を得ているように見えた。

「まあまあ、ようありましたけんね 」

船長がもう一口飲み込む。するとつれのNさんがいった。

「私もね、昔見たんですよね。肝試しって奴ですよ。あれは青山墓地だな。青山墓地で肝試ししたんです。で、記念撮影したんです。集合写真みたいな奴を三枚撮ったんですけどね。その時は何にも出ていなかったのに、写真には白い霧が写ってるんですよ。それがしかも骸骨の形でね。本当にしっかり骸骨なの。もう怖くてね。めっちゃ怖くって……」

その間に、船長は酒を飲みきって、おかわりを頼んだ。それから、がははと笑ってまた語りだした。


――下級生って言うのは……


もっと、怖い話があるんですよ。高専商船って五年行くんですよね。四年生言うたら上の人もいなくなって結構フリーですよ。T山にはK太郎温泉いうのがあってね。その前に呉○○温泉て言うのがあって流行っていたんだけど、K太郎温泉言うのができて、そっちが流行っちゃって客が持っていかれたわけです。喰われちゃったんです。呉羽山の温泉の跡地で、その社長達が自殺してもうたって話があった。で、丁度フリーだったし、肝試しに行こうって話しになった。軽自動車に四人で乗り込んでね。んで、目的地に着いた。中には下級生もおってね、自分らは怖いもんだから下級生に「お前いけー! 」ってけしかけて行かせるわけですよ。もっともっといけー! って言うと本当に行くんだけど、しばらく言ったらパッと消えたの。みんな後ろで見ていた連中は「おお! おお! 消えたぁああ 」って大騒ぎになったよ。そしたら、その子は顔がえらい腫れていて、「おおい、お前どないしたん!! 」って聞いても、もう下級生は「いや、いや、いやいやああ 」って答えられる状態じゃないんです。もうそりゃあ逃げようってなって車に乗り込んだけれどエンジンがかからない。ばんばんキーを回すけど中々かからないで、やっとの事でエンジンが動き出した。かかった時間はよくわからないんだけど一時間ぐらいに感じたよ。それでやっとこさ逃げてね。その時に上級生がバタバタしてる中で写真を撮っていて、現像したらうわぁてくらいいっぱい写っとった。写真はもうすぐに霊媒師に渡して、供養してくれって頼んできたよ。その下級生の顔はぼこ!っと腫れて二ヶ月くらい晴れがひかなかったよ。うわああああって逃げてきたからね。なんにもしてないのに本当に凄い腫れだった。ああいうところは行かない方がいいね。でも、ワシらはまたいったんだけどね。今度はトンネルいったんですよ。T山に焼身自殺した人がいるっていうトンネルがあってね、また肝試しに行った。軽に乗り合わせていって、トンネルの中でライト消してね。そこで外に出てみた。別になんてこと無いんだけど、なんだか妙な感じがする。なんだかおかしいなぁって思いながら、何もないから車に乗った。そしたら、全員乗ったところでドーンって車に派手にものが当たる音がした。ライト照らしてもなんにもないの。でも、またドカーンってぶつかるんで、逃げろ逃げろ逃げろー!! って車出して逃げた。四年生の頃の話ね。五年生になったらもうやることが無かったから、不思議な事があるって言うと、すぐ車出して、あちこち行った。やー、やる事ないねあんな事。妖しい事がいっぱいあったよ “


「うへー、実際にそんなに腫れたりとかってやですね。僕のは写真だけでよかった 」

「写真だって十分嫌ですよ 」

NさんとDさんはそう言いながら、話に釣り込まれているのがわかった。私も本来ならいろいろ質問したりしなければと思っていたのに、なんでだかとても聞き入ってしまっていた。船長はまだまだあると言いながら、学校の話を切り上げると、ちょいと髭をつまみ上げてからこう続けた。


――船に乗ってからもありますよ。


ジャパニーズドリームって青函連絡船があって、それを改造して客船にしたんですけどね。それの三等航海士でもって乗ったんだけど、船を持っていた会社が潰れて手放す事になった。売りに出したんですね。売りますよ言うて船は佐世保の造船所の沖の沖アンカーって言ってブイがあるんだけれども、それに繋いで勝ってくれる人が出るのを待っていた。その時に、三人だけその船に乗っていた。一万三千トンの船に三人しか乗っていなかった。船長さんと機関長とクォータマスターっていわゆるそう舵手の役目の人の三人。ワシが船長だったんです。普通、日中は発電機を回しておったんだけど、二十一時になったら、つまり、夜の九時になったら機関長が、ああ、機関長は先輩なんですがね、彼が周波線と言うのを止めてね。周波線機ってエマージェシーのときに回す発電機を一時間回す。二十二時まで回して、そこで自動的に止まる。それで止まったら、その機械の始末をしなけりゃならない。一番下っ端の奴が後は後じまいしなけりゃならない。ワシは船長だけども一番下っ端だから、毎日後じまいしに行ってた。いつもしにいった。さて、乗組員三人で「みんなで一番いい部屋泊まろうやぁ 」って言うてたんです。三人だけじゃから。ファーストデッキってところがあって、そこは一番いい部屋だから、廊下も壁も全部養生してビニールが張ってあった。だって、汚しちゃいけないから。そこに止まっていたんですね。でも、そこは出るって有名な場所でもあったんです。九時に発電機を止めて機関長が帰ってくる。その後、いつも俺が後じまいしに出て行く。その後、部屋に帰ってきて、しばらくすると、艫って言うんだけど、一番船尾の方。廊下にはずっとビニールが張ってある奥のほうから、誰もいないんだけど、その奥からパシャ、パシャ、パシャって音が聞こえてくる。それは誰かがビニールの上を歩く音なんだけど、それがどんどんどんどん近づいてくるわけですよ。最初は先輩が乗っとったから、いたずらだろうと思って、部屋を開けてサーチライトで廊下の両側を照らすんです。うわーて照らすけど誰もいないよね。まあまあ、違うか、勘違いかって部屋に入っていくけど、もう明かりは無いから真っ暗で、あるといったら自分のトーチと後はラジオだけつけて、部屋でじーっと過ごしていると、また聞こえてくる。パシャパシャって。こっちもまたバタン!って扉を開けるけど、やっぱり誰もいない。それが毎晩続いたね。その船に乗っている間中ずっと。そんで、あんまりなんでよくよく聞いたら、青函連絡船だったからよく自殺するのよ、お客さんが。そんなんがあんねんで、その人らやねぇって言ってね。自殺すごかったんやってね。


船って結構曰く付きの船っていうのがあるんですね。密室だから、いっぱいあるんですよ。氷川丸とかでるんちゃうかなぁ。昔からの船って必ず出るから。船は自殺が多いからねぇ。フェリーとかはようありますから、気がついたらおらへんやんって言うのが。

私、昔関西汽船いうて、大阪と別府を結んでる船に乗ってたけど、ようありましたで。おらへんのですよ。まだまだ、いろいろあるですよ。



まあ、それでもうちの学校は本当に凄かったでしてねぇ。一個思い出しましたよ。春になると富山ってのはホタルイカが取れるんだけども、何年生だったかな? ああ、そうだ三年生の時だったかな? 豊漁だったんですよ。ゴミ袋があるじゃないですか? それに山盛り獲れた時があったんです。夜中獲りに行って、寮に帰ってくる前に校門を通って帰って来るんです。学校の敷地内を通らないと寮には帰れないようになっていたから、学校を通ってくる。機関科と航海科っていうのがあって、機関科って言うのは溶接とか工場実習やるんでその建物があるんですが、それが校門を通ったらすぐにある。その横を通り過ぎていくわけですよ。袋担ぎながら、誇らしげに。豊漁でしたから。でも、なんか違和感がある。なんかへんやなぁ? って思いながら歩いていく。通り過ぎてもやっぱり気になるから振り向いたら、なんとなく工業実習棟が目に入る。この建物は一階と中二階で出来て、風を通す構造になってるんです。溶接なんかするから。で、そこはガラス張りになっているんだけど、そこに見たこともない人の顔がある。こう、口をグワーっと開けて、コラーいう感じでおった。もう、鬼のような顔で。こっちはこんな大きな袋を担いで、今晩はホタルイカが豊漁で、こらあ随分喰えるナァなんて思いながら帰ってきてね、みんなで振り向いたらグワーっとそんなんが見てるから、捕って来た物放り出してみんなでうおおおお!っと走って逃げた。随分逃げて落ち着いたと思ったら、今度は寮の建物の手前に鋼船棟ってのがあってそこに音楽室があるんですが、その音楽室のグランドピアノがある。またピアノが鳴ってるのよね。もう、またうわあああって、もう逃げた逃げた。おるんだって。それも有名でね。それで、一年生の頃の話、その部屋もなんか通っててね。そういうのの道が。鬼門がね。先生も知ってていうの。最初入って驚いた。寝てたら下から手がグワーっと伸びてきてね。毎日金縛りにあうんですよ。金縛りにあう前はかならず耳鳴りがしてね。キーンって。見事に必ずなる。ワシの場合は爺ちゃん助けて!って念じると金縛りは溶けたけどね。部屋を出るまで一年間毎日金縛りだったから、その内慣れたけどね。そこは必ず金縛りになる部屋だった。後輩もやっぱり「先輩、俺金縛りにあいましたよ 」って言うから、「そやろ? 俺もあったねん 」ってね、言ってましたよ。そんなでしたよ、うちの学校は。客船の時は学校で下地があったからなんとも無かったですよ。鍛えられましたからねぇ。



「いやあ、船ってのはそんなに人が死ぬとは知らなかった。わたしゃ今までのんきにフェリーに乗っていたけれど、結構そうじゃない人も多かったんですね 」

私は間が抜けたようなことを言った。Dさんも横で相槌をうっていた。

「そうなんです。私も結構知ってますけどねぇ 」

茶髪のOさんが言って続けた。

「なんか特別な気分になるんでしょうね。何にも無いですからね 」

「落ちた人は助からないんですか? 」

「そうじゃね、落ちたら助からんよね。だいたい 」

「気がつきませんからすぐには。落ちたのがわかるのってだいぶ時間が経ってからなんですよ。だから、気がついた時には海の藻屑ですよ。救命艇とかもありますけど、沈んじゃったら駄目ですからね。やっぱり大体助からない 」

「すると、現代でも海の上を亡霊がなんて話はいかにもありそうですね 」

もしかしたらもう少し聞けるかと思って私は聞いてみた。

「あるんじゃないですかね? いまでも。ただ、でっかい船に上がってくるかナァ? 」

「それよりもじゃね。普通に船におるけんねぇ まだまだワシもあるし、他の人の話も聞くもん…… 」

そこまで言って、気がついた。みんなグラスをすっかり明けてしまっていた。船長の会談に聞き入っている間がどれくらいだったのか、時間も気にしていなかった。たった一杯の酒を飲む間だから、ほんのひと時だったに違いない。しかし、心なしか雨も小降りになってきていた。

「ふむ、今日はこの辺で我々ひけます。よく来られるようですし、また会ったら話しましょう! 」

「わしらも十一月まではおるんで、また、顔も合わせるでしょうや 」

「そうですね。次は是非隣で飲みましょうよ。ちょっと強い奴でノンビリ話を聞かせてください 」

「では! 」

ドアがカランカランと鳴って、二人は出て行った。

「O本さん。次はいつ来るんですか? 」

二人の姿が見えなくなると、Dさんが言った。

「まあ、近いうちですかね 」

もう少し、人通りを眺めてから帰ろうと思い、もう一杯頼んでぼんやりと考えた。

「もう空ですよ。金が無いって言ったのに帰らないんですか? 」

「だって、こういう話を聞いてすぐ帰るとなにかあるんだもん 」

「嫌なこと言わないでくださいよ。ここにでたらどうするんですか! 」

「う~ん、でもこんな事があったんですよ 」


――最後に話そうとしたのは……


その日、以前からの約束で私はH君の話を聞くために、神奈川県は厚木方面に出かけていた。嫌がる友人をなだめつつその友人宅で取材をすることにした私達は途中休憩を挟みながらずっとHくんの話を聞いていた。中々いろんな体験をしたH君の話は夕方から始まって深夜に及んだ。途中彼の姉も合流しての怪談大会の様相となっていった。私もいくつかの体験談を話し、気がつけば家主は不貞寝、お姉さんも仕事疲れでダウンして、私と彼の二人だけで話を続けていた。その時に、なにがをうさせたのか知らないけれど、私は突然、ある体験を思い出した。

「そういえばさ、H君。俺もその話を聞いて思い出したよ。なんだっけかなぁ、今まで誰にも言った事なかったんだ。あれだけ怖かったのに何故だか話す気にならなくてね。あれは…… 」

“ブツン ”

なにかの電源が入る音がした。それが静まった部屋の中で妙に大きく響いて私は話を中断した。H君も驚いた顔をしている。時計を見るともう夜中の一時を越えている。不安を駆り立てるような細く高い音が鳴って常田富士男の声が流れ出す。日本昔ばなしだ。はっと思って机の上を見ると、電源が切れていたはずのデジタルフォトフレームが動き出していた。中に入っていたのは友人が動画が見られることに気がついて入れた日本昔ばなしの怖い話集だった。

「H君、触ってないよね? 」

「ええ、全然触ってないですよ…… 」

空気の密度が濃くなっていくのがわかった。部屋の中に誰かがいる気がして、そわそわしてくる。その間も昔ばなしは流れ続けた。

「こ、この話はやめようか? これは言うほどの事でもないし、もうだいぶ遅いもんね 」

「そそそ、そうですね! やめましょう。今日はもうやめだやめ 」

ことさら明るく言ってみたが、部屋の空気は全然明るくならない。二人が寝ていて良かったと思いつつ俺は言った。

「それ、それさ、とっとと切ろうよ 」

デジタルフォトフレームを慌てていじったが、電源は切っても切ってもまったく切れなかった。

「オフになってんのになぁ…… 」

時折、ノイズ交じりに画面だ揺らいだが、それだけだった。

「ええい、こっちから切っちまえ 」

そう言って、コンセントを抜くとようやく画面が消えた。それと同時に部屋は少し明るくなったようだった。慌てて寝る支度を整えると何もないうちに寝てしまった。



「翌日、朝ちょっとそんな風なこといったら、友人に怒られましたよ 」

「そりゃあそうですよ! 」

そんなやり取りをしながら、勘定を払って、その日は大人しく退散した。しかし、今でも心に引っかかっている。私は何の話をしようとしたのか未だに思い出せない。ずっと昔から知っているはずなのに。もしかしたら、これを思い出すために私は怪談を集めているのかも知れない。


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