通れない
友人のMは沖縄出身だ。沖縄では本土より怪異が身近なもののようだ。M本人は気配を感じる程度の経験しかないらしいが、彼の祖母は島の“司 ”と言われる巫女集団に選ばれた事もあって、そういうものを感じるのに長けた人だった。その祖母は仏間で寝ていたのだが、ある日から寝方が変わった。最初は仏壇に向かって横に寝ていたのに、ある日を境に仏壇の横に縦に布団を敷くようになったのだ。何でだろうと聞くと、「爺さんが夢に出て、通れないからどいてくれと言うもんだから 」と言う事だった。彼の祖父、つまりおばあさんの旦那さんは割と早くに亡くなっていた。その祖父が毎晩夢に出たのだそうだ。それがいつも決まった時間に、すーっと外から入ってくると、祖母の前で立ち止まり、通れない、通れないと言うので、何かと思っていたら、どうも仏壇に入りたいということだったらしい。仏壇の前で寝転がっていると邪魔になって通れなかったのだ。祖母が仏壇の横によけて寝るようになってからは、通れないと言って、祖父がその時間に出てくることはなくなったそうだ。しかし、祖父はそれ以外でもしょっちゅう祖母の周りに出てきたのかもしれない。そもそも、祖父が亡くなった時に、彼は祖母の前に現れて、一緒に逝こうといったのをすこし待って! と言ったのだそうだ。
また、これはその祖母が亡くなる時の話で、当時、母は修学旅行で沖縄本島に出かける事になったそうだ。楽しみにしていた修学旅行は休めないけれども、体調を崩して死にそうな祖母の(つまり母の)死に目には会いたいので、母は私が帰ってくるまで生きていてね! と注文してから修学旅行に行ったのだ。しかして、祖母は母が帰ってくると同時に息を引き取った。彼の母は「人間何事も気合で何とかなる 」と言っているそうだけど、彼はきっと祖母が祖父にもうちょっと待っていなさいと言ったのじゃないか? と思っているそうだ。