第七話 ボクの日常(3)
ボクは平和な日常の中に生きている。
日常は大切だけど、当たり前にそこにあるから、色々なものを見落としてしまう。
本当に恐ろしいものは日常の裏側に潜んでいるのに。
「ただいまぁ」
ボクが家に帰ると、悪魔が煎餅を食べながらテレビを見ていた。
「その煎餅は一体どこから出てきた?」
返事が無いことは分かりきっているのに、思わず声に出してしまった。
悪魔が無言で指さしたのは、だいぶ前に叔母さんが旅行の土産に送ってくれた煎餅の袋だった。
そういえば、封を開けずに置いたままだった。
ボクは煎餅よりもクッキーなんかの方が好きだったからだ。
まあ、それほど食指は沸かなかったから、食べられても大した事はなかったが、土産として貰ったのだ。全く食べないのも叔母さんに悪い。
ボクは鞄を適当に床に放ると、悪魔の横に座って煎餅に手を伸ばした。
うん。まあまあかな。
名物に美味いものなしとはいうが、煎餅ならそれほど変なものはない。食べられなかった煎餅なんて、とんでもなく唐辛子のきいた煎餅ぐらいだ。
その意味では、煎餅というのは土産として良いのかもしれない。
ボクが煎餅をかじっていると、悪魔がお茶を持ってきてくれた。
「あんがと」
ありがたくお茶を頂いていると、テレビの中で何かの死亡事故のニュースが流れていた。
それを見ていると、つい先日の事件を思い出した。
何となく横目で悪魔の顔を伺うが、悪魔の顔色など分からない。悪魔の七つの目は全てテレビに向いていて、煎餅をかじるときだけ、線を引いたような口が開き、小さな無数のトゲトゲの歯で煎餅をかみ砕く。
あの時、隣のデパートを襲った悪魔と、その悪魔を殺した悪魔。彼女たちが何だったのかは良く分からない。悪魔同士のイザコザだったのか、それとも悪魔に取り憑かれていたあの少女同士のイザコザだったのか。
あの後、新聞の記事やニュースで探してみたところ、あの部屋の男の人は少し前の殺人事件の被害者の恋人だったらしい。
警察は殺人事件との関連性について疑っているが、あの男の人は錯乱状態でまともに話が聞けなかったらしい。
警察やマスコミは悪魔の事など当然知らないので、悪魔について語る彼の言葉を妄想と判断したのかもしれない。
実際、その被害者を殺したのはあの二人の少女のどちらかではないかと思うけど・・・
「怖いねぇ」
思わず呟くと、悪魔が隣でうんうんと頷いていた。
いや、怖いのはお前(悪魔)だから。
思わず心の中で突っ込む。
「あ、タイムセールの時間だ」
ふと時計を見たボクは近所の商店街のタイムセールの時間が近づいていることに気が付いた。
前はタイムセールなんて気にした事が無かった。しかし、悪魔が家事をやってくれるようになってから、弁当やレトルト食品を買うよりも食材を買って悪魔に作って貰った方が安上がりだという事に気付き、タイムセールの時間をチェックする癖が付いていた。
ボクはマイバックを手に商店街に向かう事にした。
部屋を出るボクの背後から、悪魔の見ているテレビの声が漏れ聞こえてきたが、ボクはそれを聞き流していた。
『・・・未明、土谷健介さん(21)が・・川で死亡しているのが発見されました。・・・遺体からは大量のアルコールが検出され、警察は泥酔して橋から転落したものと・・・』