第四十四話 ボクの日常(17)
物語が終わり、ボクは日常を取り戻した。
でも、一つの物語が終わっても、これからも物語は生まれ続け、終わり続けるのだろう。
この世界が在る限り。
いつか来る、世界の終わりの日まで。
でもまあ、そんな事はボクが気にしてもしかたがない。
また変な物語に、ボクの日常が脅かされない事を祈るばかりだ。
「ふぁぁぁぁ・・・やっと寝れる」
深夜、やっと自分の部屋に帰る事のできたボクは、思わず大欠伸をしてしまった。
あの変な刀を壊してからは大変だった。
なんと、刀に近付いた時に、間違って血溜まりを踏んでしまったのだ!
靴は汚れるし、靴の跡が残ったら警察がやってきた時に手がかりを与えてしまう。刑事物のドラマでやっていた。
だから、靴に付いた血糊を拭き取るついでに、床に付いた靴の跡を踏みにじって消しておいた。
もっとも、靴のサイズとかは完全には消せなかったし、気付いていない足跡も残ってしまっているかもしれないけど。
・・・えっと、うん。そこまで気にしてたら何もできないよね。
気にしなぁい、気にしなぁい。
それよりも、靴に気を取られているうちに、目の前にあの変態白衣がいた事の方がビビった。
悪魔が後ろから闇討ちしてくれたおかげで助かったけど。
あの変態白衣を悪魔が倒してしまったのは驚いた。
・・・実は、悪魔って見かけ倒しで弱いんじゃないかなぁと思ってた。
日頃の行いを見ていると、そう思ってもしかたがないと思います!
悪魔にはお礼しないと駄目かなぁ。
この前、2000円くらいの中古のスマホを見付けたから、それぐらいなら良いかなぁ。
捨て垢(普段使わないメールアドレスだけとって作ったアカウント)つくれば勝手に有料アプリはダウンロードできないだろうし。ボクのスマホからテザリングしないとネットに繋げられないようにすれば、勝手にネットは使えないし。
「ふぁぁぁぁ・・・」
そんな事を考えているうちにまた欠伸がでた。
いつもならもう寝ている時間なのだからしかたがないだろう。
悪魔が布団の用意をしてくれていたので、そのまま寝る事にした。
「なあ、昨日、あれからどうした?」
翌日の昼休み。新聞部の先輩が話しかけてきた。
「え? あ、あの後?」
馬鹿正直に答えるわけにはいかないだろう。昨日、あの病院を出る前に、警察を呼んでおいたから何か騒ぎにはなっていただろうし。
そういえば、電話する時にハンカチで口を覆っておいたたけど、その程度じゃ誤魔化せないかもなぁ。
「何もなかったよ。あの後すぐに、眠くなって帰っちゃったし」
「・・・そうかよ」
先輩は悔しそうに歯ぎしりをした。
「何かあったの?」
ボクは素知らぬフリをして訊ねた。
というか、本当に知らない。
あの地下室に澱んでいた闇色のヘドロは、悪魔が翼を広げて吸い込んでしまった。
それと共に、あの刀の子と日置君からは悪魔の気配がしなくなったが、どうなったのかはよく分からない。
とりあえず、呼吸はしていたみたいだけど、それ以上の事は分からなかった。
応急手当とかの知識ないし。
ハッ! 今更だけど、あの刀の子とか顔見せちゃったし、ヤバくね!?
もう悪魔憑きじゃないから、刀の子は危険じゃないかもしれないけど、警察に目を付けられたらヤバげです。
悪魔の話なんて警察が信じるとは思えないし、子供を見たなんて言っても妄想としか思われないかもしれない。変態白衣は塵になって消えちゃったし。
でも、靴跡は完全に消せたか自信がない。警察が捜し始めたら、先輩はすぐに気付きそうだ。
どないすんねん!?
ボクが悩んでいるのには気付かなかったようで、先輩は顔をしかめて深刻そうに答えた。
「ああ。アヤメさんが・・・」
ドキドキドキドキ。
ボクの心臓が激しく鼓動した。
間違っても恋の予感じゃないよ?
「シンシンソウシツってやつになったらしい」
「信心喪失?」
はて? 彼女は何かの宗教にはまっていたのだろうか?
「いや、何というか、自分を失っているというか、話しかけても返事がないらしいんだ」
先輩もどういう状況かよく分かっていないらしい。
本当は禁止されているけど、こっそり持ってきたスマホで検索。
どっかの大手検索ではなく、アヒルさんだ。最近、機能が増えたせいで使い難い。英語なので設定が分からないのだ。
「えっと、ああ、心神喪失か」
意味は、ようするに判断力がなくなっているって事かな?
でもなんか、先輩の話とは違うな。反応がないという事は、廃人になっちゃってるって事かな?
廃人ゲーマーは狂ったように反応するけど。
前後不覚。植物人間。自閉症。
先輩の話からはどんな状態かは分からないけど、すぐに何か喋りそうにないって事は安心していいかな?
「ああ、それだ」
ボクのスマホを勝手に横から覗き見て先輩が頷く。
「昨日の夜、アヤメさんがあの病院の地下で発見されたらしい・・・血塗れになって」
先輩が覗き込んだ姿勢のまま、絞り出すような声で続けた。
「警察に、病院から銃声が聞こえたって通報があったらしい。それで警察が駆けつけたら、何故か職員が誰もいなくて、患者は放置状態、院長は殺されていたらしい」
さっきから『らしい』ばっかだが、たんなる中学生としては頑張って情報を集めた方だろう。
そういえば、病院で倒れている人がいたっけ。あれが院長だったのかな。すっかり忘れてた。
「そんで地下には、怪我をしたアヤメさんと・・・行方不明だった日置達がいた」
「・・・達?」
ボクは不思議そうな顔をして首を傾げた。
ふっ、知っている些細な事を聞き流して、後で追求されるなんてヘマはしない。
「ああ。日置以外にも沢山の人が見つかったらしい。身元はまだ分かっていないけど・・・多分、日置のように周りに気付かれずに行方不明になった人達じゃねぇかな」
「なるほど」
ボクはさりげなく暑苦しい先輩から距離をとりながら不思議に思った。
「それにしても、詳しすぎませんか?」
さっきはさすが新聞部と納得したが、昨日の夜に起きたばかりの事件にしては詳しすぎである。
ボクの指摘に先輩は複雑そうな顔をして鼻をかいた。
「・・・実はな、アヤメさんの携帯の履歴の最新が俺でな。警察から色々と聞かれたんだよ。その時に逆に聞き出した」
おおい。捜査内容は守秘義務があるんでね? 職務怠慢っすよ。
先輩の交渉能力を褒めるべきか、警察の意識の低さを嘆くべきか。
「それで、日置君は無事だったんですか?」
「まだ意識は戻らないらしいけど、とりあえず外傷や危ない症状はでてないらしい」
昨日の今日だからね。意識が戻ってなくてもおかしくないか。むしろ、あれだけ大怪我をして、既に意識が戻っているらしい刀の子が凄い。
その後も色々と話したが、先輩は警察から大した事は聞かれなかったようだ。中学生に期待していないとも言う。
先輩も悪魔の事とかは話していないそうだ。昨日、病院を見張っていた事も話していない。まあ、何故見張っていたのか聞かれても答えられないからねぇ。
「ただいま」
ボクが部屋に帰ると、悪魔がやってきて買い物袋を受け取った。買い出しだけは悪魔にはできないので、帰りに商店街に寄って買ってきたのだ。
いそいそと買ってきた食材を冷蔵庫にしまう悪魔を横目に、ボクは床に転がって伸びをした。
放課後、帰る途中に先輩からきた電話によると、日置君は目を覚ましたらしい。
特に後遺症もなく、少々運動不足な事を除けば健康な状態だった。
ただ、行方不明になってから、今日ベッドで目を覚ますまでの間の事は全く覚えていないらしい。
記憶がないのは洗脳されていたからか、あの闇色のヘドロに取り憑かれていたせいか。
何にせよ、悪魔がヘドロを全部食べていなければ目を覚まさなかったかもしれない。
・・・悪食だなぁ。悪魔に言ってもしかたがないけど。
あんなヘドロ、健康に悪そうなのに、悪魔の調子は良さそうだ。むしろ、前よりも元気が良い。肌がツヤツヤしているわけではないが、何か存在感が増しているというか。
そんな事を考えている時だった。
ピンポーン!
「? はいはーい」
玄関のチャイムがなり、ボクは首を傾げながら玄関にでた。
「ちわっ! 宅配便です!!」
威勢の良い兄ちゃんが、箱を抱えて立っていた。いそいで印鑑を取りに行こうとすると、宅配の兄ちゃんが朗らかな声で続けた。
「すんません。代引でぇす!」
代引?
ボクは不審に思って引き返した。
「9980円になります!」
送り主を確かめると、見覚えのない会社からだ。内容物には小型家電とだけ書いてある。
心当たりは全くない。
これはまさか、詐欺か!? クーリングオフOK?
「9980円ですよ?」
宅配の兄ちゃんが不思議そうに首を傾げて繰り返した。
うっ・・・
「お釣りは20円です!」
ボクはその素朴な視線に敗北した((注)心当たりがなかったら、払ってはいけません)。しかたなく今月の生活費から1万円札を出すと、宅配の兄ちゃんは爽やかな笑顔でお釣りをくれた。
「何なんだ一体」
ボクはブツブツと文句をこぼしながら、梱包を解いた。
「こ、これは!」
そこには・・・
『ロボット掃除機 ○○○ー○○○○2』
・・・・・・・・・
と、そこに横から伸びてきた手がボクからロボット掃除機の箱を取り上げる。
「・・・」
ボクの冷たい視線の先に、ウキウキとしてロボット掃除機を箱から出す悪魔の姿があった。
注文したのが誰かは問うまでもない。
「人のスマホをイジったね!? 勝手に注文すんじゃなかと!!」
「ぜぇぜぇぜぇ・・・」
悪魔は最後までロボット掃除機を手放さず、第二回・謎のタイトルマッチにボクは敗北したのだった。
まあ、それもまた今では日常の一部だ。
悪魔がいるのは非日常的な事かもしれないけれど、ずっといるなら、それはもう日常なのだ。
今はまだ、日常の終わりは見えない。
今日も平和でした。まる。
一応の第1部の最終話です。
以下、どうでもいい話です。
私は数年前にツカモトエイムのAIM-ROBO2というロボット掃除機を9980円で買いました。電源のONOFFのスイッチ一つしかないという、超シンプルなロボット掃除機です。今では生産終了品ですが、気に入ってます。
アヒルとは、DuckDuckGoという検索です。Android のアプリは使い方がよく分かりません。
ついでに、1980円のスマホの白ロム(F-03D)を1度だけ見つけた事があります。
主人公の大罪は、前話の題名から分かるように『憤怒』です。この物語では、他者の一方的な拒絶を憤怒に含めています。
主人公はやる気がなくて怠惰の大罪のように見えますし、実際に怠惰ですが、彼の根幹は『無関心』です。相手によって多少程度の違いはありますが、他人の存在を拒絶している彼は他人に関心を持つ事が少ないのです。
最終章以外でも、第1章では目の前で人が死んでも、自分の身の安全は心配しても、死んだ人間の事は何も考えていませんでした。
愛の反対は憎しみではなく無関心というやつです。
何故そうなったのかは・・・第2部を書く事ができたら出てきますが、謎という事で(汗)
日常の中の明らかに異常な状況と関わりがありますが、ご想像にお任せします。
前話の刀の悪魔ですが、ハカセは一つしかないと言っていますが、実際にはハカセが知らないだけで沢山あります。
最初はこの話で名前の出てくるキャラは全員死亡する予定でした。第2章の虐めっ子達や悪魔憑きも含めてです。
しかし、アヤメと日置には思い入れができたのでやめました。といっても、アヤメは廃人になってますが。
第2章のキャラはそのついでで生き残ってます。日置と一緒に地下室で寝てましたが、どこか見覚えがあるとだけで流されてしまい、登場できませんでした(笑)




