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大罪の悪魔と滞在する悪魔  作者: 聖湾
第一部 最終章
42/44

第四十二話 ボクの日常(16)

 世の中は不条理だ。

 それを嘆くのも良いけれど、忘れては駄目な事もある。

 それは・・・


 自分もまた、他人にとっては不条理な存在だという事だ。




 扉を開けると、そこは血の池地獄だった。

 ・・・という程でもないけど、床には血溜まりができていて、女の人が倒れていた。

 部屋の中は薄暗いけれど、その女の人が誰かは何とか分かった。


 あの刀の子だ。


 ううむ。残念、手遅れだったようだ。

 なんまいだ、なんまいだ。ちーん!

 罠じゃないかなぁ、とは思っていたけど、事実、罠で刀の子はもう負けていた。

 逃げだそうかな。でも、日置君の様子は確かめるべきかな?

 刀の子の様子を確かめるという目的は達成したが、日置君の様子はまだ確認できていない以上、まだミッションコンプリートとはいかない。

 でも、欲をかきすぎると失敗する。

 でも、日置君の様子が確かめられなければ、どっちにしろ後で先輩が突撃しそう。

 どうしたもんかなぁ・・・

 今、ここには刀の子を殺した誰かが居る筈だ。ここに留まるのは危ないだろう。

 後日になれば、その誰かはもうどこかに行ってしまっている可能性が高い。先輩に付き合わされて突撃しても何もないかもしれない。

 問題なのは、その時は日置君はもうどこかに連れ去られるかして手遅れになっているだろう事だけど。

 自分の身が一番可愛いです!

 やっぱり、逃げ出そっかな。

 そう思った時・・・


「・・・何の為に? 何の為にこんな事を?」


 突如として女の人の声が聞こえた。どこか聞き覚えのある声だ。

 そう、あの刀の子の声。

 幽霊!?

 ゾンビ!?

 ボクは心臓をしわ掴みにされたような恐怖を感じた。

 悪魔がいるのだから、幽霊やゾンビがいてもおかしくはない。

 でも、そんなものに遭遇したくはない。

 初期装備のナイフも持っていない。ゾンビの相手をするならショットガンかチェーンソーくらい欲しい。

 幽霊には何が有効だろう? 息吹法か!?

 などと考えていたら、彼女は誰かと話している。

 どうやらまだ生きてるようだ。

 勝手に殺してご免なさい。

 血溜まりのインパクトが大きくて、部屋の中をよく見てなかった。失敗である。この部屋に彼女を殺した(まだ死んでません)犯人がいる可能性が大なのに。

 よく周りを見ると、彼女の傍にはあの白衣の変人がいた。

 どうやらボクには気付いていないようで、自分に酔ったようにブツブツと何やら呟いていた。

 どこから見ても危ない人である。

 いや、状況から見て、刀の子を殺した(まだ死んd、以下略)のはこの人だろうから、事実、危ない人なんだけど。

 だが、ボクが一番気になったのは、その変質者ではなく、部屋の一角に並べられたベッドだった。

 毛布みたいのが盛り上がっている事から、誰かが寝ているのは分かるけど、どうもただ事では無さそうだった。


 何故なら、そのベッドには闇色のヘドロが纏わりついていたからだ。


 普段は黄昏時にしか見えない筈の闇色のヘドロが、何故見えるのかは分からない。

 部屋の外からは何も見えなかったし、ヘドロはこの部屋の中全体に漂っていて、ベッドの周りに引き寄せられているように見える。

 近付いて確かめたいが、中にいる二人に見つかると面倒だろう。

 二人の様子を確かめると、どうやら周りに全く注意を払っていなように見えた。倒れている刀の子は沢山血を流しているだけあって、周りに注意を払う余裕がないようだし、白衣の変人は自分の世界に浸っているようだ。

 中にいる二人に見つからないようにそっとベッドに近付いていく。

「・・・?」

 一番手前のベッドを覗いてボクは眉を顰めた。

 ベッドに横たわっていたのは中年のオバサンだ。寝ているのか気絶しているのかよく分からないが、呼吸はしているようだ。

 そのオバサンからは奇妙な気配がしていた。

 何だろう? 悪魔憑きのようで、そうではなさそうな・・・

 オバサンの中には、他の人と同じように闇色のヘドロが澱んでいた。

 これまで見た普通の人よりは濃いような気がするけど、それ以上に酷く歪つに感じた。

 よく分からないが、周りのヘドロがオバサンの中に染み込んでいって、無理矢理ヘドロを引き出しているように感じた。

 そう、この部屋に充満するヘドロを呼び水にして、無理矢理ヘドロを汲み出しているのだ。




『   』から。




「何かヤバげー」

 ボクはうんざりと呟いてしまった。一瞬遅れて、声を出してしまった事に気付いて、刀の子達に気付かれなかったが確かめたが、どうやら気付かなかったらしい。

 それもどうかと思うが。

 人事ながら、ちょっと心配。

 まあ、それはそれとして、目的は日置君だ。

「・・・んと・・・あ、居た」 

 いくつかのベッドを覗いたところで、日置君を見つけた。

 一見、ただ眠っているように見えた。外傷はないようだが、薬とかはよく分からない。

 闇色のヘドロは、他の人より少し濃いような気がする。

 でも、まあ、そんな事まで責任は持てない。これからどうするかが問題だ。

 あの変態白衣に見つからずにどうやって日置君を連れ出そう?

 何か自分の世界に浸ってるけど、目の前で日置君を引き摺っていたら、流石に気付くだろう。

 あれ? そういえば、何で日置君を捜したんだろう? 逃げ出すつもりだったような・・・

 まあ、良いか。見つけたのに見捨てるのは後味が悪いし。

 ・・・後味が悪い、よね?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 善処しよう。ボクの身に危険がない程度で。

 でもどうしよう?

 あの変態白衣が居なくなってくれるのがベストだけど、正気に戻ったら流石にボクに気付くよね。

 どうしよぉう、どうすんべぇ?

 刀の子が頑張って退治してくれると楽なんだけどなぁ。


 しばらく悩んだが、とりあえず刀の子の様子を確かめる事にした。

 いい加減、変態白衣の独演も終わりそうだし、今のうちに確かめといた方が良い。いや、まだ終わらないかな?

 そろそろと刀の子の傍に近寄ると、彼女はボクに気付いて目を見張った。ただ、もう声を出す力も残っていなかったようで何も言わなかったので、変態白衣はまだ気付かないようだった。

 何でまだ気付かないのか、小1時間くらい問い詰めたい。

 それはそれとして、声も出せないとなると、刀の子はもう動けそうにないかな。これでは変態白衣を追い払えそうにない。

 ふん。役立たずめ。

 とか思わないよ。流石に。

 死体に鞭打つような真似はしません! まだ死んでないけど。

 彼女の様子を確かめてみると、出血はもう止まっているようだ。もう血が無くなっていたらとうに死んでいる筈なので、多分、悪魔の力か何かなのだろう。

 そこでふと、ある事に気付いた。

 あれ? 悪魔の気配はこの子じゃない?

 刀の子からも微かに悪魔の気配がしているが、それよりも強い気配が別の場所から感じる。

 その気配を辿っていくと、近くに転がっていた彼女の持っていた刀から、その気配がしている事に気が付いた。

 もしかして、この刀の方が本体?

 いや、違う。気配は似ているが、刀の子も間違いなく悪魔憑きだ。ただ、刀の方がずっと力が強い。

 もしかして、この刀が呼び水になったのかな?

 そこでふと思い付いた。

 あの変態白衣が自分の世界に浸っている今なら、この刀でプスッと刺して追い払えるんじゃね?

 あ! でも、自分の手を汚すなんて嫌だな。服が血で汚れたりしたら洗濯が大変だし。

 色々考えながら、何となく手を伸ばし、転がっていた刀に触れた瞬間・・・




 世界が反転した。




 一人の男が居た。

 男は人生は、ひたすら刀を打ち続ける一生だった。

 先代の親方がとある豪族の目に止まり、そのお抱えの刀鍛冶となった。

 親方の後を継いだ男の代には、既に全国は豊臣家によって統一され、彼の主家となった豪族は、とある大名家の武将として身を立てていた。

 唐入り(朝鮮出兵)において主家の跡継ぎが討ち死にするという騒動はあったものの、分家筋から養子をとることでお家断絶は免れていた。

 男は名主の娘を娶り、二人の息子を授かった。上の子は流行病で幼くして死んでしまったが、その分だけ残された息子に愛情を注ぎ、息子はすくすくと育っていった。

 息子には自分の技術を教え込み、息子が自分の跡を継ぐ日を心待ちにしていた。


 だが、その平穏な日々はある日突然終わりを告げた。

 豊臣家と徳川家との間で戦が起こったのだ。

 主家の仕える大名家は豊臣家側だったが、当主の機を見る目は確かであり、豊臣家側が劣勢である事を読みとっていた。

 そこでその当主は自らは当主としての責を果たすために豊臣家側に残る一方、自分の弟を徳川家側につかせてお家存続を図った。

 それに合わせて、男の主家も当主の弟に分家筋の家の一つを仕えさせる事とした。

 そして、男は主家から男の弟子の誰かを分家に仕えさせるように命を受けた。

 男は悩んだ末、妻と相談して息子を分家に仕えさせる事とした。豊臣家側が不利な事は男も理解しており、息子の将来を思えば、このまま主家に仕えさせるよりも徳川家側の分家に仕えた方が良いと考えたからだ。


 だが、それが後の悲劇を招く事となった。


 戦は徳川家側の勝利に終わり、豊臣家側についた主家は没落し、男は路頭に迷う事となった。

 刀鍛冶は重宝されたため命こそ奪われなかったが、徳川家に楯突いた男がどこかの武家のお抱えに迎えられる事は難しかった。

 先代から受け継いでいた鍛冶場を手放し、刀鍛冶ではなく、農民の為のクワ等を鍛え細々と暮らす事となった。

 それは男も最初から覚悟していた。

 だが、ある日、男は衝撃的な知らせを受けた。


 息子が討ち死にしたというのだ。


 刀鍛冶である息子が何故そんな事になったのか。

 男は信じられず、わざわざ分家まで足を運び何があったのかを聞いた。

 それによれば、分家は徳川家側についたものの、本家が豊臣家側という事もあって信用されていなかった。

 その為、分家は徳川家家臣から、本来徴集できる兵を大幅に越える出兵を強要されたのだ。そこで分家は、四方八方手を尽くして兵を集める羽目になった。

 その結果、本来戦場に出る筈のない刀鍛冶である息子まで戦に駆り出されたのだ。


 息子の死を知って以来、男は憑かれたように刀を打つようになった。

 刀を打ったところで、男の刀を手にする者など誰も居ない。

 それでも男は、誰も振るう事のない刀を打ち続けた。

 何故、息子が死ななければならなかったのか。

 何故、刀鍛冶である息子が戦に駆り出されなければならなかったのか。

 何故、息子を送り出してしまったのか。


 ・・・自分はどうすればよかったのか。


 行き場のない無念を込めて、ただ刀を打ち続けた。

 刀を打つ事しかできないが故に。

 刀を打つ事しか知らないが故に。

 ただ、この世の不条理を呪いながら。


 刀を打ち、男は願う。 

 願わくば、自分の打った刀が・・・


 この世の不条理を断たん事を。




 そこで再び世界が反転し、元の部屋に戻っていた。

 夢? 白昼夢ってやつ?

 刀の記憶か何か知らないけど、初めての体験である。

 意外な出来事にしばらく余韻に浸っていたかったが、残念な事にそんな暇はなかった。

 刀から吹き出した闇色のヘドロがボクの手に絡みついてきたのだ。

「うげっ、キモッ!!」

 闇色のヘドロがボクの腕の中に染み込むように入り込んでくる。皮膚の下を虫が這いずるような違和感がした。

 ボクは麻薬中毒じゃないぞ!?

 慌てて手を離そうとするが、手に張り付いたように剥がれない。


 この世の不条理を断たん事を。


 この世の不条理を断たん事を。


 この世の不条理を断たん事を。


 闇色のヘドロを介して、気味の悪い思念のようなものが伝わってくる。

 ボクは鬱陶しい思念にウンザリした。

 正義の味方ごっこは余所でやって欲しい。不条理を憎むのは結構だけど、その為にボクが面倒を背負い込むつもりはない。

 というか、刀を打つ事と、不条理を断つ事って直接関係なくない?

 先程の白昼夢を思い出して、ふとそんな事を思った。

 道具なんて何に使うのかは使う人次第だし。使う人に何に使うか強制したら、それこそ不条理である。

 というか、刀を打つのは良いけど・・・


 奥さんどうした?


 旦那が売れもしない刀ばっかり打って、奥さんは苦労した事だろう。

 周りの見えない正義は、周りにはすごく迷惑だ。

 ボクは失笑しながら、手から離れない刀を振りあげ・・・

 床に叩きつけた。




 ただそれだけで、呆気なく刀は鞘ごと砕け散った。


 ここでいう息吹法とは、格闘技の呼吸法ではなく、神道の悪霊払いです。祝詞を三回唱えてから息を吹きかけて悪霊を払います。


 本当は最後にするつもりでしたが、ちょうど話がマッチしているので、刀のアヤメの大罪についてです。

 彼女の大罪は『傲慢』です。いわゆる七つの大罪の一つですが、解釈は我流です。自分を特別視して周りが見えなくなっているのを、傲慢の大罪に含めています。

 本人は自覚していませんが、彼女が周りの人間に気付かない事が多いのは、周りの一般人とは自分は違う存在だと認識して、見下しているのが原因です。

 彼女がきちんと妹の見舞いに行っていたら、妹は悪魔憑きにならなかったかもしれません。


 ついでに、分かり易いものを先に開示してしまうと、第1章の悪魔憑きの大罪は『色欲』です。

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