第三十六話 ボクの日常(15)
悪魔といえば、これが決まり文句だろう。
エロイムエッサイム エロイムエッサイム
我は求め訴えたり
彼女達が求めたのは、何だったのだろう。
真っ暗な病院。
忍び込んだ刀の子。
彼女は病院の中で悪魔憑きと闘って入るのだろう。
そして多分、この病院のどこかに日置君がいる・・・かも?
真相を見届ける為、調査員たるボクは病院の中に入ろうと試みるのだった。
しかし!!
「鍵がかかっていて入れませんでした。まる」
刀の子が忍び込んだのだから、どこか開いているかとも期待していたけれど、そういうのはなかった。
それならどうやって入ったか疑問だけど、ボクは犯罪マニュアルを読むような危ない人間ではない。どうやったか想像も付かないし、どうやったか分かっても真似できないだろう。
ガラスを割るとか切るとか、鍵を外すとか、分かりやすいやり方をしてくれれば良かったのに。
サービス精神がない!
まあ、誰かがついてくる事なんて、想像してないだろうし、サービスする理由もないんだけど。
しょうがない。もう帰るか。
ボクがそんな事を考えた時だった。
にゅるん。
どこかから延びてきたボクの悪魔の手が、あっさりとガラスを通り抜けて窓の鍵を外した。
「・・・」
どこから出てきたのか周りを見回したが、悪魔の手はもうどこにも見えない。
そんな事できるなら、さっさとやれよ。まあ、やらずにこのまま帰っても良かったんだけど。
ボクはため息をついたが、そのまま病院に忍び込む事にした。
窓を乗り越えるのに失敗して転んだのは秘密だ。
そっと、病院の中の気配を探る。
「もう終わったのかな?」
さっきまで感じていた悪魔の気配は、いつの間にか刀の子の気配だけになっていた。
多分、刀の子が勝ったのだろう。
何かテレビで聞く銃声のようなような音が聞こえた気がするが、気のせいだろう。ここは日本である。
・・・だよね?
「でも、まだ変な気配するなぁ」
ボクは首を捻った。
床から、彼女の気配とは別の気配がする。悪魔の気配のようだけど、悪魔憑きから直接感じる気配とはまた違って、なんというか、『その場所に染みついてしまった』ような気配だ。
前に視た病院の地下に蟠る闇色のヘドロなのだろうとは思うが、さて、何なのか予想がつかない。
それと、さっき足音がしたような気がする。
夜勤の人じゃないだろうなぁ。
案内板を探そうとしたのだが、薄暗くてどこにあるかよく分からなかった。
警備員とか、悪魔憑きの息のかかった人間が病院の中を歩いているとも限らない。
ボクは何か物音がしないか耳を澄ませ、ビクビクしながら病院の中をうろついた。
途中でふと、ある扉が少し開いている事に気が付いた。
何となく隙間から中を覗き・・・
「・・・」
うん。見なかった事にしよう。
床が血塗れになってなんかいないよ。
白衣を着た小太りのおじさんが倒れてなんかないよ。
沢山あるモニターの光に照らされたおじさんは、どう見ても死んでいるようにしか見えないが、実際には酔っぱらって眠ってしまったに違いない。
「と、いう事で」
君主危うきに近寄らず。あれ? 軍師だっけ?
まあ、とにかく関わらないのが一番だ。第一目標は、刀の子と日置君の様子の確認。余計なことはしないのがベスト。
虎の子供なんていらないから、虎穴に用はない。
ボクは足早にその場を去った。
地下への階段を見つければ、刀の子の悪魔の気配を追うのは簡単だった。何か大きな扉を潜り、でっかなロッカーの横を通り抜けて、何やら物々しい扉を見つけた。
「うぅん」
下手に動かしたら大きな音が出そうだったが、幸いにしてボクが通り抜けられるだけの隙間が開いていた。
不用心な話である。
戸締まりには気をつけないと。
「・・・」
そこでふと、嫌な予感がした。
あの小太りのおじさんが死んでいた部屋も扉が少し開いていた。
あのおじさんを殺したのが刀の子なら良いけれど、あれをやった人が、『刀の子が通った後』にここを通ったとしたら・・・
不安になって悪魔の気配を探ったが、刀の子はもう悪魔の力を使っていないのか、よく分からない。
「・・・」
慎重に扉を通り抜け奥の部屋の様子を探ったが、ベッドがいくつかあるだけで、誰も居ないようだった。
部屋の奥にもう一つ扉がある。
・・・! ・・・・・!
その扉の向こうから誰かの声が聞こえてきた。
ボクはやはり少し開いていた扉から奥を覗き・・・
最期の場所に辿り付いた。
言うまでもありませんが、『君子危うきに近寄らず』です。
なお、本文には明記されない設定ですが、悪魔憑きは七つの大罪に対応しています(かなり我流ですが)。
ちなみに、主人公の大罪は怠惰ではありません。
 




