表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大罪の悪魔と滞在する悪魔  作者: 聖湾
第一部 第四章
30/44

第三十話 正義の味方(7)

 武器は人を傷つける為の道具だ。

 だが、それは使いようによっては人を守る為の道具ともなる。結局のところ道具は道具にすぎず、すべては使い手次第なのだという。

 ならば、私はどうなのだろうか。私の剣は何の為にあるのだろう。




 私の元にあの少年からの電話があったのは、私が日置少年の家を訪ねた翌日のことだった。

 興奮した様子で、日置の身に起きた異常について語った。

 それを聞いた私は、彼と待ち合わせて日置の家に向かった。私と日置の間に接点は無いので、彼と同行するのが妥当だったからだ。

 初めて対面した日置の母親は憔悴しきった様子だった。

 見たところまだ四十には届いておらず、少々ふくよかなではあるが若い頃は美しかっただろう愛らしい顔立ちをしていた。おそらくは、普段は周りに慕われる良い主婦だったことだろう。

 だが、今の彼女は顔色が悪く、周りをキョロキョロと伺う様子からは、見る者を不安にさせる雰囲気を醸し出していた。

 彼女は私に不審そうな顔を向けたが、そんな事に拘る余裕が無かったのだろう、自分の息子について語り始めた。

 それによると、日置はもう何日も前から家に帰っていないのだという。

 それにも関わらず、彼女は日置が親戚の家に行っているとして学校に休みの届け出をしていた。


 彼女自身、そう思い込んでいたのだ。


 最初に彼女は警察に息子が帰ってこないと届け出をしたらしい。そして、やって来た警察官に事情を説明した。

 しかし、その警察官は彼女の話をまともに取り合わなかった。

 単なる家出に違いないと決めつけて、家庭の問題に警察が関わると返って問題が拗れることもあるから、彼の連絡を待って話し合うべきだと言ってきた。

 彼女はそんな問題に心当たりはないと何度も言った。しかし警察官は、分かっている貴方が悪いわけではない、ただ、意見の行き違いがあっただけだろうと宥めるように言うだけだった。

 結局、警察官は最後まで家出と決めつけ、彼の知り合いなどに彼を知らないか連絡を取るように言って帰ってしまった。

 彼女は当然納得がいかなかったが、後々警察に抗議するためにも念の為に彼の友人等に連絡を取ったが、当然のごとく誰も知らなかった。

 そして翌日、状況を確認しにやってきた警察官にその事を告げると、警察官は親戚の誰かの家に遊びに行ったのではないかと言いだした。

 日置の家には遊びに行くような親戚はおらず、親にも言わず学校を休んで行くわけがないと抗議した。

 それから土日も含めて毎日のように警察官はやってきたが、言うことはいつも同じだった。


 貴方の息子は親戚の家に行っているに違いない。


 警察官は何度も繰り返した。

 何度も、何度も、何度も・・・

 そして、いつからだろうか。

 彼女自身、息子が行方不明だというのは自分の覚え間違いで、警察官の言うとおり親戚の家に行っているだけなのではないかと思い始めた。

 彼女自身、最後には息子は親戚の家にいるのだと本気で信じ込んでいた。

 正気に戻った時、彼女は机の上にある届け出を見て恐怖した。

 それは間違いなく、彼女がこの手で書いたものだった。

 親戚の家の近くの学校に通うという名目で書かれた、転校届けだった。

 昨日、警察官に勧められて、転校する先の学校などありもしないのに書いたのだ。


「・・・」

 彼女の話を聞いて、私は考え込んだ。

 彼女の話が本当なら、おそらく洗脳のような異能によるものではないだろうか。

 だとすると厄介だ。

 洗脳ができるのなら、自分の起こした事件を全て闇に葬る事ができるだろう。悪魔憑きを見つけられる見込みは限りなく低い。

 ただ、彼女が正気に戻った事から考えても、洗脳は万能ではないのは確かだ。

「それで、どんな欠片で正気に戻ったの?」

 私が訊ねると、彼女は何でそんな事を聞くのかと一瞬訝しげな顔をしたが、彼女自身、思うところがあったのだろう。素直に教えてくれた。

 彼女が正気に戻ったのは、昨日来た息子のクラスメイトからその親戚の連絡先を聞かれ、それに答えられなかったのが欠片だという。

「なるほど。整合性が取れない状況に陥ると違和感に気付いてしまうわけか」

 私は納得し、そして少し失望した。

 洗脳に対する直接的な対抗手段にはならなかったからだ。どこの誰が洗脳されているか分からない状況では、偶然に洗脳が解けることを期待するしかない。それでは悪魔憑きの発見が困難だという現状には全く変わりがない。

 悪魔憑きがその警察官だというのは状況から見て間違いないだろうが、洗脳ができるのならば警察官に成りすます事など造作もない事だろう。

 実際、彼女はその警察官についてほとんど覚えていない。名前も顔も、まるで夢の中の出来事のように記憶があやふやなのだという。

 だが、手掛かりが全くない訳ではない。彼女が警察に届け出たタイミングでやってきたという事は、その悪魔憑きが警察の情報を手に入れる事のできる状況にいたという事だ。

 上手くすれば悪魔憑きが気付かず残した痕跡を見つけられるかもしれない。

 私は自分でも日置を捜してみる事を約束し、家を出た。

 日置の友人の少年も自分なりに手掛かりを探してみると言って去っていった。

 私は危険なので止めるように忠告はしたが、少年は頑なに拒んだ。私も前回彼等の力を借りた手前、無碍に否定する事も出来なかった。

 危険な事にならなければ良いが・・・

 私は小さくため息をつきながら少年を見送った。


 日置の母親の届け出がどう扱われたのかハカセに調べてもらったが、成果はなかった。

 ハカセは警察内部にも人脈があるらしいが、家出は担当が違う為に情報が入らないのだという。また、警察の資料の一部はまだ電子情報化されておらず、紙媒体などで保管されている為、ハッキングなどの手段で情報を入手する事も出来ないらしい。

 手掛かりが全くない状況に、私達は苛立ちを募らせた。


「怪しい車を見かけた!?」

 状況を変えたのは、意外な事に一般人である少年だった。

 何でも、日置の母親の話に出てきたクラスメイトに話を聞いたところ、あの家の前で不審な車を見かけたというのだ。

 しかも、その車のナンバーまで控えていたらしい。

 私は急いでハカセに連絡した。

「ハカセ、今から言うナンバーの車の所有者を調べて!」

『車のナンバー? 何か手掛かりが見つかったのかい?』

 どこか強ばった口調のハカセに、私は簡潔に答える。

「例の洗脳の悪魔憑きの車かもしれないの。急いで」

 電話の向こうでハカセが息を飲んだ。

 私がナンバーを伝えると、ハカセはすぐ調べると言って電話を切った。




 その車の情報が全て消されていた事を伝えられたのは、その翌日の事だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ