第三話 乙女の闘い(2)
私の手は血に染まる。絶望と後悔が私の心を覆い尽くし、私は大罪の海に沈む。
でも、他にどんな方法があったのか。あの人を護る方法が。
私は悪魔についてすら何も知らない。だから、最初にすべき事は悪魔について知ることだった。
最近はネットで色々な事を調べることができる。いや、身近になったのが最近なのであって、本当は昔からできたのだろうけれど。
でも、悪魔についての詳しい知識はどこにもなかった。
曰く、仏教の悟りを阻む存在であり、煩悩そのものである。
曰く、神に背いた堕天使である。
曰く、異教徒の神を誹謗する言葉である。
曰く、人に与えた神の試練である。
曰く、人格を持った悪意である。
曰く、精神的疾患に対する迷信である。
どれも、あの人の存在を説明するには足りなかった。
アレはそんな生易しい存在ではない。私はそう確信していた。
驚いたことに、バチカンにはエクソシストという悪魔払いを役目とする人々がいるらしい。
でも、私には彼らを呼ぶことなんてできないし、そもそも彼らに本当に悪魔払いができるかが分からない。下手をすれば、私の方が異常者と思われてしまうかもしれない。
ならば、私が何とかするしかない。
私自身の手で。
私には悪魔払いのやり方なんてしらない。
でも、ネットでできる限りの情報を探し、悪魔に対抗できそうなものを集めた。
お祈りやお経を覚え、十字架や護符を買いあさり、魔除けに銀のアクセサリーや新品の鉄製の刃物も用意した。
何故、鉄製の刃物なんて用意したかというと、鉄の刃物は、昔は魔除けに使われていたらしい。
そして、自分にできる限りの準備をした私は、あの悪魔を教会に呼び出した。教会なら、悪魔の力も弱まるかもしれないと考えたからだ。
悪魔は自分の正体を知られているとは思っていないのだろう。あっさりと私の誘いに乗った。
教会にやってきた悪魔は私を見て不愉快そうな顔をした。きっとまだ私が彼を諦めないことに苛立っているのだろう。
でも、私は絶対に諦めない。
彼を救うまでは。
私は悪魔に彼にもう近づかないで欲しいと言った。そして、私が貴方の正体を知っているというと、悪魔は驚いて大きく目を見開いた。
人間が自分の正体に気付いたことに焦りを感じたのだろう。悪魔は私を異常と罵り、警察に訴えると脅してきた。
・・・確かに、警察が悪魔の存在なんて信じる訳がない。もし訴えられれば、捕まるのは私の方だ。
そんな訳にはいかない。
私が警察に捕まってしまったら、誰が彼を救うというのか。
祈りの言葉を唱えながら、集めてきた魔除けのグッズを掲げる。
魔除けも多少の効果はあったのだろうか?
悪魔はその本性をむき出しにして私に襲いかかってきた。
悪魔は私に飛びかかって私の上に馬乗りになり、何度も拳を降り降ろしてきた。
私の体に何度も衝撃と痛みが降り懸かったが、それでも祈りを絶やさず、魔除けを掲げ続けた。
そして、とうとう悪魔は力尽きた。
やった。
私の心は歓喜に覆われた。私はとうとう彼を護りきったのだ。
私は浮かれて彼の元に向かった。
そして、悪魔の本当の恐ろしさを思い知ることとなる。
彼は私に会おうとはしなかった。
悪魔に怯えた彼は、自分の部屋に閉じこもって一歩も外にでようとはしない。
私がもう悪魔はいないのだと諭しても、彼は決して出てこない。
そして彼は言うのだ。
悪魔がいると。
どういうことだろうか。
悪魔はもういなくなった筈なのに。それとも彼は、まだ悪魔の幻影に悩まされているのだろうか。悪魔を退けただけでは、彼を悪魔から解放することはできないのだろうか。
私の心が絶望に蝕まれていく。
でも、私は決心したのだ。彼を悪魔から解放すると。
意を決して、私は彼の部屋に押し掛けた。悪魔に蝕まれた彼を一人にしてはおけない。
・・・いや、本当は違う。
私が、彼の傍に居たかったのだ。
怯えて部屋の隅で縮こまっている彼を、私は必死に抱きしめた。悲鳴を上げて逃れようとする彼を、決して離さないように。
離してしまえば、彼を永遠に失ってしまうのではないか。
根拠のない不安に苛まれる。
彼に・・・悪魔に蝕まれる前の彼に戻って欲しかった。
ふとその時、私の背後で物音がした。
振り返ると、見たことのない中学生位の子がこの部屋をのぞき込んでいた。その顔には大きな困惑の表情が浮かんでいる。
だが、私の視線はその中学生ではなく、その子の横で堂々と立ち私を睨みつけている少女に引きつけられた。
高校生だろうか。
腰まで伸ばした真っ黒なストレートヘア。凛とした眼差し。
誰もが彼女の姿を見れば振り返るだろう美少女だった。
だが、その姿を見た瞬間、私は恐怖に凍り付いた。
少女の姿をした悪魔がそこにいた。