第二十八話 ボクの日常(12)
誰もが警察に声をかけられると思わず逃げ出そうとしてしまう。
たとえ、何も悪いことをしていなくても。
法に触れるかどうかは別として、誰にだって胸を張って言えないことはあるのだ。
「うぅん・・・」
僕は日置君の家から帰った後、腕を組んで唸った。
日置君の家からは悪魔の気配がしていた。彼は悪魔絡みの事件に巻き込まれたとみて間違いないだろう。
一応、刀の子に連絡するように先輩には勧めておいたので、放っておいても事件は解決するかもしれない。
だが、二つの点で気になることがあった。
一つは、何故、日置君がまた悪魔絡みの事件に巻き込まれる事になったのかだ。
三連続で巻き込まれるのは偶然とは考え辛い。また彼の方から関わっていったというのならまだ良いが、前の事件が何かの形で関係しているのなら、場合によってはボクまで巻き込まれるかもしれない。
だとすると、放っておくのは不味いかもしれない。
考えすぎかもしれないが、その可能性を否定できない理由があったのだ。
それがもう一つの気になる点なのだが、彼の家からした悪魔の気配に覚えがあったのだ。
あれは以前に学校に来た、そして、前回の悪魔殺しの現場に現れた警察官の悪魔の気配だった。
・・・実質、問題点は一つだったような気がするが、まあ、それはどうでも良い。
さて、どうするべきか・・・
ボクが悩んでいると、悪魔が湯呑みを持ってきてくれた。
「ありがと・・・ん?」
普通のお茶だと思って飲んだら、何とも形容しがたい味がして驚いた。強いて近いのはウーロン茶だが、それとはまた違う。
何かと思って悪魔の方を見ると、悪魔の手元にジャスミン茶と書かれた紙パックがあった。
「へぇ、これがジャスミン茶なのか、飲むの初めてだな」
お茶の種類に興味はなかったのだが、たまには変わったお茶も良い気分転換になる。ボクが悩んでいたのを見て気をきかせてくれたのだろう。
悪魔に感謝しながらジャスミン茶を飲んだ。
「・・・あ」
そうだ、悪魔といえば・・・
ボクは前回、悪魔を見つけた時の事を思い出した。
黄昏時に変な闇色のヘドロのようなものが見えた。あれならあの家の様子がもう少し分かるかもしれない。
窓から外を眺めると、まだ黄昏時ではないものの、今から日置君の家に行くと時間的に微妙かもしれない。
「行くだけ行ってみるかな?」
ボクは重い腰を上げた。
・・・日置君の家の傍で時間を潰せば良かった、なんてツッコミは無しだ。
「あれ? あの車・・・」
駅を出て日置君の家に向かったボクは、日置君の家の近くに見覚えのある車が止まっている事に気が付いた。
慌ててスマホを取り出してメモを確認する。車のナンバーはメモのナンバーと同じだった。
間違いない。前回、あの白衣を着た悪魔憑きが乗った車だ。
やはり前回の事件と関わりがあるのだろうか?
あの車からは悪魔の気配を感じないが、あの車の中に居ないのか、それとも悪魔の力を使っていないだけなのかは分からない。
もしかしたら、すぐ傍に居るのかも。
目を凝らして周りの様子を窺うと、日置君の家の前に佇む人影に気が付いた。
「刀の子?」
そこには、誰かと電話している見覚えのある美少女の姿があった。背負っている長い棒のようなものといい、間違いなくあの刀の少女だ。
そういや、先輩に連絡するように勧めたっけ?
Oh、Nooo!!
自爆するところだった。
彼女とは関わりたくないと思っていたのに、自分で彼女がここに来るようにしむけておいて、自分がここに来るとか間抜け過ぎる。
ボクは電柱の陰に隠れて様子を窺うことにした。
・・・全然、隠れられてないけどねぇ。どこから見ても不審者だよねぇ。
でも、近くに隠れられる物が何もない。
どうする? 逃げるか?
ボクはしばらく悩んでいると、彼女はすぐに電話を切って駅の方に向かった。
・・・つまり、ボクの方へ。
「!! !?」
ボクは慌ててダッシュして角を曲がって隠れる。
「・・・」
ボクは息を殺してそこにあった家の塀に張り付いていたが、彼女は全くボクに気付かなかった様子で駅の方へ歩いていった。
・・・相変わらず、注意力が欠片もない。
彼女の姿が見えなくなったのを確認すると、日置君の家に向かおうとした。
しかし・・・
「うお!?」
角から出ようとしたボクは、いきなり車にひかれそうになって慌てて飛び退いた。
車が徐行していたから間に合ったが、普通に走っていたら確実にひかれていた。
冷や汗を拭いていたボクは、そこでふと気が付いた。
「あの車は・・・」
ボクをひきそうになった車はあの悪魔憑きの車だった。
車の中から一瞬鋭い視線を感じてヒヤッとなったが、幸い車はそのまま駅の方に向かった。
「? 彼女の後を尾けてる?」
確信はないが、そんな気がした。
一瞬、車の後を尾けようか迷ったが、それは止めにしておいた。
あの車に乗っている悪魔憑きが彼女ほど注意散漫とは限らないし、車にはバックミラーもある。気付かれる危険性が大き過ぎるだろう。
ボクは当初の予定通り日置君の家に向かった。
「あら? 君は実のクラスメイトの?」
「え!? あ、はい」
ボクが日置君の家の前にたどり着くと、ちょうど日置君のお母さんが家を出たところだった。
買い物に行くところだったのだろう。マイバッグを腕に下げながら、不思議そうにボクを見ている。いきなり会うとは思っていなかったので、ボクは慌ててしまった。
ちらりと空に視線をはしらせると、ちょうど黄昏時だった。
「・・・」
「? どうしたの?」
・・・うん。そういえば、あれってどうやるんだろう?
ボクはそこで自分の計画の致命的な問題に気が付いた。
以前、闇色のヘドロを黄昏時に視ることができたのは確かだが、あれは毎日視えるものではない。つまり、今日もあれが視えるとは限らない。
「いえ、日置君と連絡を取りたいので、連絡先を教えて貰えないかと思って」
逃げ出したい気分だが、このまま引き下がれば、確実に不審者である。
何とか不自然でない話題を捻り出しながら、視線に力を込めて凝視する。
気合い、気合いだ! 気合いで視るのだ!!
心の中で我ながら訳の分からない気勢を上げる。
うん。ほんとに何やってんだろうね。ぶっちゃけ、そこまで彼の心配してる分けじゃないのに。自分の心配はしてるけど。
「連絡先って言われても、あ・の・・あの子・・・は・・・」
不意に日置君のお母さんの言葉が濁る。
「!?」
ボクはその時、気が付いた。
彼女の頭部に纏い付く薄い闇色のヘドロに。
「・・・え?」
ボクは無意識に手を伸ばし、彼女の頭に纏い付く闇色のヘドロを手で払った。
それと同時に彼女の瞳に光が戻り、彼女は大きく目を見開いた。
「あ・・・あ・あああああ!!」
「痛っ! ど、どうしたんです?」
彼女は顔に激しい動揺の色を浮かべてボクの肩を掴んだ。
彼女は悲痛な声で叫んだ。
「あの子が、あの子がもうずっと家に帰ってこないの!!」