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大罪の悪魔と滞在する悪魔  作者: 聖湾
第一部 第一章
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第二話 乙女の闘い(1)

 毎日、目を覚ます度に私の傍にあの人が居ないことに失望し、あの人に会えることに歓喜する。




 あの人に出会ったのは、半年ほど前の事だろうか。

 私はある日、偶然出会っただらしない格好をした男に無理矢理言い寄られていた。

 薄汚い手で強引に私の肩を掴んできたあの男の事を思い出すと、腸が煮えくり返るような怒りに囚われそうになる。

 でも、あの男があの時あの場所で私に言い寄らなければ、私が彼に出会うことは無かったのだ。その意味では、私はあの男に感謝すべきなのかもしれない。

 彼は私と男の間に割って入り、男から私を守ってくれた。

 その時初めて私は知ったのだ。

 ありふれた少女マンガに出てくるような、白馬の王子様とは実際に存在するのだと。

 彼は男を追い払うと、大丈夫だったかと、優しく私に微笑んでくれた。

 その微笑みを見た瞬間、私の心臓が大きくはね、私は自分が恋に落ちたことを知ったのだ。

 私が所々言葉に詰まりながら必死にお礼を言うと、彼はは大したことじゃないと、本当に何でもない事のように答えた。

 私は彼に少しでも近づきたかった。ここで何事もなく別れたら、もう二度と彼に出会えないのではないか。そんな根拠のない不安に駆られ、私は彼の名前を尋ねた。

 でも、彼は本当に大したことではないと手を振ると、そのまま去って行ってしまった。

 必死に呼び止めようとしたが、慌て過ぎた私は意味ある言葉を伝える事ができず、彼を止められなかった。


 ああ、もう一度あの人と会いたい。


 それ以来、私の心を占めるのはその想いだけだった。

 彼を呼び止められなかったことを心の底から後悔した。

 私は何度もあの人に出会ったあの場所に向かい、彼が通りすがることがないかと必死に目を凝らした。

 でも、私があの場所で彼に会うことは二度となかった。


 もう二度とあの人には会えないのではないか。

 私がそう諦めかけていた頃、私は偶然にも彼に再会することができた。

 大学受験の為に志望する大学のオープンキャンパスに行った時のことだった。

 あの人が校舎前の広場を歩いている姿を見かけたのだ。

 私は本来の目的も忘れて彼の元に駆け寄った。彼はいきなり現れた私に驚いたようだったが、すぐにあの時の事を思い出し、微笑んで迎えてくれた。

 隣にいた人が私が誰かと彼に尋ねていたので、私はあの時のことをまくし立てた。その人は私の剣幕に驚いたようだけど、私の話を聞くとあの人らしいと笑った。

 何故ここにいるのかと聞かれたので、オープンキャンパスで来たことを伝えると、彼は、なら未来の後輩かなと笑っていた。その笑顔を見るだけで私の顔は真っ赤になってこのまま倒れてしまうんじゃないかと思ったほどだ。

 けれどそこで、彼の隣にいた人がそろそろ戻った方が良いと行ってきた。

 ようやくあの人に会えたのに。

 私の心はささくれだった。

 だが、私はそれでも口を噤むしかなかった。彼もその意見に同意していたからだ。

 だから私はせめて彼の名前を教えて欲しいと懇願した。

 彼は恥ずかしそうに頬を掻いていたが、最後には名前を教えてくれた。


 土谷健介。


 それが彼の名前だった。

 土谷健介、土谷健介、土谷健介・・・

 何度もその名前を心に刻む。

 私は彼に大きく頭を下げると、他の人達の元へ戻っていった。

 名前も分かったのだ。きっとまた会える。そう確信を抱いて。

 だから私は気付かなかった。いや、見えていたけれど気に留めていなかった。

 彼の隣にいた人が、まるで蛇のように陰湿な視線で私の背中を睨んでいたことに。

 あの時もっと気に留めていたら、もっと違う結果になっていただろうか?




 あれから何度か、私はあの人に会いに行った。

 大学という場所は以外にオープンなところで、授業中に校舎の中に入らなければまだ高校生の私でも自由に出入りができた。

 彼は戸惑いながらも私を歓迎してくれたが、いつも彼の隣に居る人はだんだんと目が険しくなっていった。その人は気付いていないと思っているようだが、私について彼に陰で文句を言っていた。彼はその度にその人を宥めていた。

 そして、ある日のことだった。

 彼に会いに大学にやってきた私は、彼に会う間も与えられず、待ち伏せしていたその人に捕まって連れて行かれた。

 私が連れて行かれたのは校舎裏だった。その人は獲物を捕まえた大蛇のように舌で唇を湿らせ、死んだ魚のような目で私を睨みつけた。

 そしてその人は言う。


 彼は自分の物なのだと。横から余計な事をするなと。


 酷い。

 私はそう思った。彼は物じゃない。誰と話そうが彼の自由の筈だ。

 しかし、その人は陰湿な独占欲をむき出しにして私を罵った。


 怖かった。


 私の目には、その人は人間ではない何かに見えた。そう、まるで悪魔のように。

 それからその人は、彼に会おうとする度に私の前に現れ、陰湿に狡猾に私を追い詰めるのだ。

 そして私は理解する。


 ああ、そうか。本当に悪魔なのだ。


 そう。比喩としての悪魔のような人間と言うのではなく、本当の意味の悪魔。

 悪魔が人の姿をしているのか、悪魔に取り憑かれてしまったのか。

 どちらにせよ、もう人の領域にはいないのだ。

 それに気付いてしまった瞬間、私の心は折れた。怯えて家のベットの中にうずくまり、いつか悪魔が私を襲うために現れるのではないかという恐怖に震えていた。

 そして、悪魔に怯えてあの人から逃げ出した私自身が情けなかった。

 あの悪魔が、彼を傷つけないという保証はどこにもないのに。


 それから一週間程だろうか。ベッドの中で怯え続けていた私はようやく一つの決意を固めた。




 彼を助けるのだ、彼を悪魔から解放するのだと。


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