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大罪の悪魔と滞在する悪魔  作者: 聖湾
第一部 第三章
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第十九話 正義の味方(4)

 私はあの子に何も出来なかった。

 でも、私はあの子の為に何かをしてやりたかった。

 だから私は走り出す。

 あの子が何を望んでいたかも理解せずに・・・




 私がハカセと出会ったのは、小学生の頃だった。

 父はいつも忙しくて、日曜日になっても書斎で仕事ばかりしていて私達と触れ合うこともあまり無かった。

 でも、ある日私達は書斎に呼ばれ、父の大学時代の先輩だという男の人に引き合わされた。

 それがハカセだった。

 なんでも、父は彼の開催していたオカルトサークルに参加していたらしい。私は事業家として勤勉な父が胡散臭いオカルトに興味があったと知って凄く驚いたものだ。

 それを正直に父に告げると、父は趣味と仕事は別物だからと苦笑いした。

 それから父はハカセの事について教えてくれた。

 ハカセは有名人で、彼の噂はサークルに入る以前から聞いていたらしい。

 曰く、才能を無駄遣いする天才。

 それが彼の周りの人間の評価だった。

 民族学や人類学、心理学などに幅広い知識を有し、その知識は大学の教授を上回ることも多かった。ハカセというのはその頃についたあだ名らしい。

 それにも関わらず、彼はオカルトにしか関心を示さなかった。そして、大学を卒業した後も、大学に残って欲しいという要請を断ってオカルト研究家の道を選んだという。

 オカルト研究家って職業なんだろうか?

 その話を聞いた時、そんな事を疑問に思ったものだ。


 ハカセはそれから、度々私達の家にやってくるようになった。

 そして、ハカセは来る度に悪魔崇拝だの魔女狩りなどの話を私達にしていった。その話は多岐に渡ったが、ただ一つ、悪魔に関わる話ばかりだという点ではいつも同じだった。

 後に知った事だが、私達が会う機会がなかっただけで、以前から父の元に来てはこうした話をしていたらしい。

 ・・・もしかして、父が私達とハカセを引き合わせたのは、父がハカセの話に付き合うのが億劫になったからではないだろうか?

 実際のところ、ハカセの話は変に学術的で、はっきり言ってしまえば私には興味のない話も多かった。妹などは、途中でいつも寝てしまっていた。


 そんな、退屈で平和な日々はある日突然終わりを告げ、戦いの日々が始まった。


 そう、妹が襲われたあの日から。




 何が起きたのか分からなかった。

 部活が終わって家に帰る途中でかかってきた電話にでると、急いですぐ近くの総合病院に向かうように言われた。

 その理由を聞いて心臓が止まるほど驚いた。

 これまでは一人で乗ったことのないタクシーに飛び乗り、病院に駆けつけた。

 そして、ベッドの上に横たわる、妹の無惨な姿を目の当たりにしたのだ。

 許せなかった。

 妹をこんな目に遭わせた奴が。

 私は怒りに身を震わせながら、私より先に駆け付けていた両親に犯人について訊ねた。

 だが、目撃者は誰もおらず、手掛かりは何もなかった。

 唯一の手掛かりは、妹の証言だった。

『あくま』

 それがすべてだった。

 何度もそう繰り返すだけで、それ以外の事は何も分からなかった。

 『あくま』とは『悪魔』のことだろうか?

 悪魔のように残酷だったのか、悪魔のように恐ろしかったのか、どういう意図かは分からなかった。

 でも、私は犯人が許せなかった。犯人をこの手で捕まえたかった。いや、犯人をこの手で殺してやりたかった。

 それから私は学校にも行かず、犯人を求めて街をさまようようになった。




 それから一ヶ月以上過ぎても、犯人の手掛かりは見つけられなかった。

 ・・・本当は分かっていた。警察でもなく探偵でもない私が犯人の手掛かりを見つけることなど出来る筈が無い事が。

 ただ、何も出来ない自分を認めることが出来なかっただけだ。

 それでも私は街をさまよう。

 すべてが無駄だと知りながら。


 でも、ある日突然、転機が訪れた。

 一通の電話によって。


「やあ、久しぶり」

 私が待ち合わせの喫茶店にたどり着いた時、ハカセはもう先に席に着いていた。

 私は挨拶もそこそこに、ハカセに話を促した。

 電話で言っていた事が本当なら、ハカセは妹を襲った者に心当たりがあるのだという。

 ハカセは詰め寄る私を宥めながら、『悪魔』について語り始めた。


 今、この街には異常な猟奇犯罪が増えており、その被害者が一様にその犯人を『悪魔』と呼んでいるというのだ。

 しかも、それらの事件は同一犯の犯行ではなく全く無関係な複数人が引き起こしている。それにも関わらず、その被害者は犯人の事を『悪魔』と呼んだらしい。

 いや、被害者だけではない。そうした事件の犯人と関わった警察の人間も、その犯人の事を『悪魔』と呼んでいた。ただ、その犯人を見た瞬間、『悪魔』という名前が思い浮かんだというのだ。

 私はどういう事なのかと訊ねたが、それはハカセにもよく分からないらしかった。

 彼等が一体何者なのか、何故猟奇犯罪を繰り返すのか、それを調べようにも彼等は一様に狂っておりまともな会話が出来なかった。

 逮捕して精神鑑定を受けさせようにも、彼等は生きている限り暴れ続け、無理に拘束してもすぐに狂死してしまうのだ。拘束した状態でも無理に体を動かそうとし、自分の体を破壊してしまう。

 私は正直信じられなかった。

 妹が襲われてから、通り魔事件などの情報は貪欲に情報収集していたが、そんな話は聞いた事が無かった。

 だが、ハカセによれば犯人達は無関係な人間でありながら行動に共通性がみられることから、一連の事件には何らかの原因があると警察は考え、その原因が分かるまでは混乱を防ぐ為に情報を隠蔽しているらしい。

 それなら何故ハカセがそれを知っているのかというと、警察内部にいる友人から聞いたのだという。捜査情報を漏らす警察関係者と友人である事が褒められた事かどうかは私には分からなかったが、貴重な情報源ではあった。


 それから私はハカセと一緒に『悪魔』が関わっている可能性がある事件を追うようになった。

 そして、ついに私達は『悪魔』に遭遇し、この街を覆う『悪魔』の脅威の存在を知ったのだ。


 けれど、その悪魔が妹を襲った悪魔なのかは分からなかった。

 悪魔は・・・正確には悪魔に憑かれた『悪魔憑き』は正気を失っており、自分が襲った相手の事など覚えていなかったのだ。


 あれから私は悪魔を狩り続けている。

 妹を襲った悪魔がまだのうのうとこの街で生きているのか、それとも私の狩った悪魔の何れかがそうであったのかは分からない。

 でも、私は悪魔の存在を知った時に決意した。

 私は悪魔と戦うのだと。

 日常の中に生きる人々は悪魔の存在を知らない。でも、私は知ってしまったのだ。知ってしまった以上、見て見ぬ振りは出来なかった。

 悪魔と戦えるのは、悪魔の存在を知った私達だけなのだから。




『アヤメちゃん、大丈夫かい?』

「なんでもないわ」

 私はハッとなって答えた。

 電話の最中に意識が散漫になるなんて、私らしくない。

 今は悪魔との関連が疑われている通り魔事件を追っている最中なのだ。気を抜けば死ぬ。

 悪魔は狩られるのを待つ獲物などではなく、私達の存在に気付けば牙を剥く化け物なのだから。

「この通り魔事件の犯人は目撃されていないの?」

 私はハカセに訊ねた。事件について連絡を受けてからハカセには直接会っていないため、まだ詳しい資料を受け取っていなかったのだ。

『ああ。被害者は皆、周囲に人影がなくなった瞬間を狙って襲われたようだ。そして、その前後に不審な人物は目撃されていない』

「被害者の証言は? 今回の通り魔事件では死者は出ていない筈よね」

『・・・そこが問題なんだ』

「? 何が問題なの?」

 私の問いに、ハカセはしばらく沈黙した後、答えた。

『被害者達も犯人を見ていないんだ』

「見ていない? 誰一人として?」

 私は驚きを隠せなかった。私の知る限り、4人の被害者が出ている。その全員が犯人の姿を見ていないというのは異常だった。

 いや、だからこそハカセは悪魔の関与を疑ったのか。

「襲われた時の状況は?」

『突然激痛に襲われて、気付いたら怪我を負っていたらしい。四人はそれぞれ、左目、喉、右足の腱、左足の腱を切り裂かれている。ただ、左目を切り裂かれた被害者から、気になる証言があった』

「気になる証言?」

 ようやく手掛かりになりそうな情報に、私は目を細めた。

『左目を切り裂かれる直前、メスを見たらしい』

「雌?」

『・・・医者が手術に使うメスだよ』

「ああ、それが凶器なの」

『傷口を調べたところ、その可能性が高いようだ』

 その言葉を聞いて、私は疑問に思った。

「通常の凶器ということは、悪魔の犯行じゃない?」

 だが、それは早計だった。

 ハカセがある致命的な事実を告げる。

『言っただろう。犯人は誰も見ていないと。メスは空中に浮いていたんだ』

「・・・視界の外から投げつけたという可能性は?」

『それならメスは被害者の目に刺さっていた筈だ。だが、被害者の目は切り裂かれていた』

 私はハカセの話を吟味して思いついた可能性を指摘してみた。

「この間の虐められっ子と同じ異能を持った悪魔ということ? 手を触れずに物を動かせるとか、姿を消す事ができるとか」

『その可能性は否定できないが、恐らくは、"自立型"の悪魔だろうな』

「・・・!」

 最悪の答えに私は下唇を噛んだ。

 悪魔の大半は宿主たる悪魔憑きの体に取り憑いている。だが、極まれに宿主たる悪魔憑きと離れて活動する悪魔がいる。私達は前者を"憑依型"、後者を"自立型"と呼んでいた。

 猟奇事件を引き起こす悪魔はそのほとんどが憑依型で、自立型の悪魔が猟奇事件を起こすことはまずない。

 これは自立型の悪魔が人を傷付けないという意味ではなく、単純に傷付ける力を持たない事がほとんどだからだ。自立型の悪魔は実体を持たないため、物理的に他者に干渉する事が困難なのだ。

 だが、だからといって相対することが容易という訳ではない。

 なぜなら、実体を持たない自立型の悪魔を傷付ける事は出来ないからだ。自立型の悪魔を狩るには、その宿主たる悪魔憑きを見つけだして倒すしかないのだ。

 だが、自立型の悪魔は悪魔憑きとは別行動していることが多く、悪魔と悪魔憑きで気配が分散しているため気配を感じ取り難く、悪魔憑きを見つけることは極めて難しい。

『メスは切れ味に特化した刃物だから、力の弱い自立型あの悪魔でも十分人を傷付けられる。それに、自立型の悪魔は同じ悪魔憑きにしか見えないから、メスだけが中に浮いているように見える』

 ハカセの分析は的確だった。少なくとも私には筋道だって聞こえた。

「だとすると、どうやって悪魔を見つければ・・・」

 人を傷付ける事の出来る自立型の悪魔。私が考えうる中でも最悪の相手だ。そして、それが何か特異な能力によるものではなく、どんな悪魔でもできる工夫に過ぎないことが恐ろしかった。

 だが、ハカセはあくまでも冷静だった。

『自立型の悪魔は宿主から離れれば離れるほど力が弱まる。おそらく悪魔憑きは悪魔の近くにはいる筈だ。やるべき事は変わらないよ』

「・・・分かった」

 いつもより困難ではあっても、不可能ではない。私はハカセの言葉を支えに気を取り直した。

 そして、辺りを見回してこれからの方針を確認しようとした。


「ハカセ、私はこれ、か・・・ら・・・」


 私は目を大きく見開いた。

『? どうした、アヤメちゃん』

 ハカセの言葉も耳に入らない。

 私は信じられないものを・・・そこに居る筈のない人物を見て石像のように硬直した。

 思わず駆け寄ろうとしたが、その人物は、彼女は雑踏の中に消えた。

 私は全力で走り出し、彼女の居た場所にたどり着いた。

 周囲を見回し、大通りから外れる脇道に気付き、彼女の姿を探して飛び込んだ。

 ・・・けれど、彼女の姿はどこにもない。

「あ・・・あ、ああ・・・」

『どうした!? アヤメちゃ』

 私はハカセの電話を切り、震える手で電話をかけた。あの日以来、ずっとかけたことのない番号に。


『アヤメ! アヤメ、貴方なの!? 今どこに居るの!』


 私は震える声で彼女の様子を聞いた。

 私がそれを口にした瞬間、相手が息を飲む気配が聞こえ、私は嫌な予感に囚われた。

 必死に耳を澄ませ、自分の心配が杞憂である事を祈る。

 だが、現実は非情だった。




『あの子は今いないの・・・あの子は病院から逃げ出してしまったのよ。あの子、一人で出歩ける体じゃない筈なのに。ねぇ、アヤメ! 貴方あの子の事、スズナの事何か知っているの!?』


 私は、ただ呆然と立ち竦んだ。


出てきていない設定ですが、自分のテリトリーの中でなら自立型の悪魔でも自由に力を振るえます。なので主人公の悪魔はアパートの中なら勝手な事ができます。

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