第十六話 ボクの日常(7)
好奇心は猫を殺す。
世の中には知らない方が良い事もある。
でも、それが分かるのは・・・
知ってしまってからなのだ。
今日の朝御飯はボクが作った。
朝御飯のレパートリーを増やす為の練習だ。
悪魔はボクの作れる料理しか作れないから、朝御飯のレパートリーを増やそうとすると、ボク自身が作れるようになるしかないかのだ。
・・・ポエムとかはボクのやってない事でも出来るくせに。
今日作ったのはオムレツだ。たかがオムレツと思うことなかれ。なんとキノコ(名前は忘れた)とジャガイモも入っているのだ。
ちょっと用意する材料が多すぎたので、悪魔にも小さなオムレツを作ってあげる。
悪魔は自分の前に置かれたオムライスを見ると、嬉しそうに朱色の線の口を歪め、きちんとフォークを使って食べた。
そして・・・
ダラダラダラダラ・・・
口を開けたまま固まってしまった悪魔の口から、ボロボロとオムレツの残骸がこぼれ落ちる。
「な、何してんの! 汚い!」
ボクは思わず叫んだが、悪魔は全く気にしなかった。
いや、気にしなかったというより・・・
ボクは恐る恐る悪魔の体をつついた。
だが、悪魔は石になってしまったかのように微動だにしない。
「・・・」
ボクはほんの少し、自分の分のオムレツの端を切って食べてみた。
「! おえぇぇぇぇえぇぇぇ!」
ボクは思わず口の中のオムレツを吐き出した。
不味い、不味過ぎる!!
急いで流し台に向かい、水道水で口の中をすすいだ。
オムレツがどうして苦いんだろう。やたらと後味が悪いし。
隠し味に入れた青汁の元が多すぎたのかな?
ま、良いや。
残念だけど、オムレツはまた今度だ。
ボクはオムレツは諦めてパンだけ食べることにした。悪魔はその内に気が付くだろう。食事情改善のための尊い犠牲だった。
今日は料理をする為にいつもより早く起きたので、そのお陰で時間はまだある。パンを食べながらスマホでオムレツの作り方を調べた。
たかがオムレツと思って作り方を調べなかったのは失敗だったかな。
あ、ジャガイモの芽って毒があるんだ。なんで捨てるのか疑問だったんだけど、長年の疑問が解けた。
? あれ? そういえば、小学生のころ同じようなことを言った記憶が・・・
ま、良いや。さっき食べた場所には入ってなかった筈だ。
・・・悪魔が毒で倒れたりはしないよね?
「おはよう」
「あ、おはよ」
ボクはいつも通り友達に声をかけて自分の席に着いた。
幸いにして、あれからすぐ悪魔は気が付いた。あの毒、あの・・・何の毒だっけ? とにかく、毒のせいでは無いと信じたい。
ただ、あれから悪魔がトイレに引きこもって出てこなくなってしまったのが気懸かりだ。もしかして、変なものを食べさせたから拗ねたのだろうか。それは困る。
まだ悪魔の協力(毒味)が必要なのに。
そういえば、暇つぶしの道具をまだ買っていない。
機嫌を取るために、帰りに何か探してみるかな?
そんな事を考えている時だった。
「おはよう」
「え? あ、お、おはよう、日置君」
意外な人から声をかけられて、ボクはびっくりした。
あのイジメられっ子悪魔の一件以来、会話したことはなかった。それ以前にも会話した事はなかったけど。
なんか、少し痩せたかな?
鹿野崎達が転校になってもうイジメには遭わなくなった筈だが、その代わりに周りの人間から腫れ物扱いされているようだった。
気を使っているつもりかもしれないが、これも一種のイジメみたいなものだ。
彼はボクの隣の席のイスに座った。横目でボクの様子を窺いながら、何か話しかけるタイミングを計っているようだ。
何の用だろう?
ボクが首を捻っていると、日置君がようやく顔をあげた。
「えっと、この間の事、覚えてる?」
この間の悪魔の話だろう。ボクは無言で頷いた。
「君は・・・『悪魔』って信じる?」
「へ?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
何で日置君の口から悪魔なんて単語が出てくるんだ?
もしかして、日置君にも悪魔が憑いてる?
ボクがパニックになっていると、勝手に彼は納得したようだった。
「やっぱり、そうなんだね」
「いやいやいや、どっから悪魔なんて単語が出てきたの!?」
思わず馬鹿正直に訊いてしまった。
「どこからって言われると困るけど、大須賀君とあの子が争い始めた時、何故か思ったんだ。彼女達は悪魔だ・・・て。君もそうなんじゃないか?」
「・・・」
そういえば、家に悪魔が現れた時も一目見て悪魔だって分かったな。
あれって、悪魔に憑かれていなくても同じだったのか。
・・・確か、新聞部の先輩もあの子達が戦っているのを見たよね。ってことは、あの人も悪魔を・・・
何だろう。凄く嫌な予感がする。酷く面倒な事が起こりそうな予感が。
「うぅん。確かに悪魔って言われるとそんな感じだったかもね。でも、良く分かんない。ボクは逃げる事しか考えてなかったから。君主危うきに近寄らずって言うでしょ?」
「それを言うなら君子じゃないか?」
訓子? そんな中国に思想家って居たっけ?
噛み合わない会話に首を捻る。
日置君はその話題には興味が無いようだった。彼は端的に自分の決心を語った。
「僕は彼女ともう一度会いたい」
こ、これは、愛の告白!?
「彼女なら悪魔について何か知ってるんじゃないかと思うんだ」
あ、違った。
「悪魔が何なのか・・・大須賀を変えてしまったのが悪魔なら、何故あんな事になってしまったのか知りたいんだ」
悪魔の所為とは限らなくない?
そもそものイジメは悪魔と関係ないみたいだし。
何にせよ、ボクに言えるのはこれだけだ。
「頑張ってね」
「ありがと」
日置君は笑って答えた。
それを見てボクは安堵した。
良かった。協力しろとか言われるかと思った。
「何か気付いた事があったら教えてね」
話はこれで終わりという事だろう。そう言うと彼は席を立った。
「だが断る」
「ははは、頼んだよ」
ボクの返事を聞き流し、彼は自分の席に戻っていった。
それが、彼が日常の境界線を越えてしまった瞬間だった。




