第十五話 ボクの日常(6)
悲劇は突然には始まらない。
ただ、誰も知らない間に始まって、気付いたときには手遅れなんだ。
平和な日常の中で運命の輪が廻る。
狂々狂々狂々狂々狂々狂々狂々狂々狂々狂々・・・
「ただいまぁ」
ボクが帰ると、悪魔はいつものようにお茶を飲みながらテレビを見ていた。
今日は茶菓子はないらしい。この間の煎餅はまだ沢山残ってた筈なのに、いつの間に食べたんだ。
三時間くらい問い詰めたいところだが、今日は止めておく事にした。
まず言うべき事を言っておこう。
「今日はあんがとさん」
悪魔はゆっくりと振り返り・・・笑った。
顔に朱を引いたような赤い線が走り、笑みの形に歪んだ。
今日は散々だった。
いつも通り校舎裏の近くを歩いていたら、急に悪魔の気配が溢れ、飛び出してきた鹿野崎達に校舎裏に連れ込まれたのだ。
何が起きたのかはよく分からなかったが、大須賀という人の姿を見つけて悪魔の仕業だと分かった。彼は隠れていたつもりだったようだけれど、悪魔の気配がしたので丸分かりだった。
まあ、そこまでなら大声を出して先生を呼べばよかった。新聞部の先輩が見ているのは気付いてたし。
でも、あの刀の少女が現れたのには驚いた。
・・・刀の少女って長いな。刀の子で良いか?
まあ、それは良いとして、刀の子が出てきただけでも慌てたのに、大須賀の悪魔の気配がボクに移されたと気付いた時は死ぬかと思った。ズンバラリンは嫌だ、ズンバラリンは。
マジヤバかった。
悪魔とは関係ないことを示すために、大須賀に悪魔が憑いている事を気付かせようと、かなり不自然な誘導をしてしまった。
今思えば、もっと他にやりようがあったんだろうけど、焦ってたからなぁ。
疑われなかったみたいだから良しとしよう。
・・・あれで疑われないのも正直どうかと思うけど。悪魔が憑いてると、どこかおかしくなるのかな?
そういえば、ボクも悪魔が憑いてるけど・・・
うん。気にしない。気にしない。
恐い考えになりそうだったから、考えるのを止めた。
結局、大須賀が犯人(?)と気付いてくれたんだけど、何故か刀の子に斬りかかられた。
多分、大須賀の悪魔の所為なんだろうけど、あの時は、ボクは全く反応できなかった。
迫り来る刀身を呆然と見ているだけで・・・どころか、斬りかかられた事すら気付かなかった。斬りかかられた事に気付いたのは転倒して助かってからだ。
あの時、刀の子には偶然ボクが転倒したように見えただろう。
でも、本当は違う。
斬られる寸前、後ろから引っ張られたから転倒したのだ。
ボクはあの時確かに見た。
校舎の壁から生えてきたかのように伸びる、大きな鉤爪の生えた手を、漆黒の腕を。
よく見慣れた、悪魔の腕を。
だから今日は悪魔に感謝するべきだろう。
まあ、感謝したからって、何かするわけじゃないけど。
今日の出来事を思い返しながら、そんな事を考えていると、ふと机の上のメモ帳に気が付いた。
前に悪魔が使っていたキャラもののメモ帳だ。
使い込まれているようなので、何となく気になって中を覗いてみる。
『せかいはなんだかはいいろで
きんいろきらきらとどかない
えきしょうがめんのむこうがわ
きんいろきらきらおいしそう』
パタンッ
ボクはメモ帳を閉じた。
「・・・」
誰もいないアパートで、一人ポエムを書く悪魔の姿が思い浮かぶ。
こぼれ落ちそうになる涙をそっと拭い、ボクは決心した。
何か暇つぶしになるもの買ってこよう・・・と。
それから数日後、ボクは不穏な噂を聞いた。
「え? 大須賀って人、転校するの?」
目を丸くしたボクに、その話を教えてくれた友達は深刻そうに頷いた。
鹿野崎達が転校する話は聞いていたが、大須賀も転校するという話は初めて聞いた。
「ええ。建前上は家の都合だけど、実際は自分が虐めから逃れるために日置君を身代わりにしたのが問題になったらしいわよ。もうこの学校には登校せずに、退院したら直接転校先の学校に行くんだって」
ボクはその話に眉を顰めた。
「確かに、他人を身代わりにするのは・・・でも、元はイジメの被害者だし・・・うぅん」
「・・・まあ、日置君にも転校の話があったくらいだから、問題の有る無しじゃないかもね」
「日置君も? 何で?」
「今回の事件で、虐めに遭っていた事が周りに知られたから、学校生活がしにくいんじゃないかって事らしいけど・・・何だか、被害者である事が悪い事みたいな扱いよね。本人の責任じゃないのに」
友達も微妙な顔をしていた。
「・・・」
「・・・」
何だか空気が重くなり、会話が途切れる。
ボクは小さく頭を振ると、気になっていた事を訊ねた。
「ところで、大須賀君が日置君を身代わりにしてたって話はどこから出てきたの?」
確かに大須賀は日置君を身代わりにしていた。
でも、それは悪魔の力を使ってのことだ。傍から見て日置君を身代わりにしていた事など分かるわけがない。
「それは分からないわ。ただの噂よ」
「ただの噂? 噂で転校になるの?」
「その件が理由という話自体が噂なんだけど、確かにそうね。なぁんか変よね」
友達も腕を組んで悩み始めた。
噂と言えば、あの刀の子の噂ってほとんど聞かないな。何でだろう? 話題性満点だと思うんだけど。
イジメの話ばかりで、彼女の事は埋もれてしまったみたいだけど、普通に考えて彼女の方がインパクトあるのに。
「その噂って、誰から聞いたの?」
「ん。大須賀君と同じクラスの友達」
「その友達は誰から聞いたのかな?」
「警察の人らしいわよ」
「は? 警察?」
思いがけない単語が出てきて、ボクは目を丸くした。
「そうよ。警察の人がそういう噂を聞きつけてきたらしくて、心当たりがないか訊いてきたらしいわ」
「・・・」
はて? 何かおかしいな?
ボクは首を捻った。
何かがおかしいのだが、何がおかしいのかよく分からない。
確か刑事もののドラマとかで、よく問題になる・・・アレだ・・・何だったっけ?
ドラマなら一目瞭然なんだけど、現実になるとよく分からないってよく言うよなぁ。
いかん。思考がズレていっている。
ボクが悶々と悩んでいる時だった。
「あ、その警察の人が帰るみたいよ。あれは刑事さんかな?」
教室の窓から身を乗り出している友達の台詞を聞いて、ボクは興味を引かれた。
ボクの事情聴取はお巡りさんがやったから、刑事さんとは会っていない。どんな人なんだろう。
・・・というか、会ってもいないって、おかしくない?
同じように窓から校庭を見下ろすと、お巡りさんを連れた二人組の人影が見えた。遠いから背格好はよく見えないけれど、恐らくあの二人組が刑事なのだろう。
校門へ向かう彼等を見て、ボクは眉を顰めた。
「虐めで警察の人って来るのね」
友達の言葉を聞き流しながら、ボクは思う。
あの刑事さんの片割れ、悪魔の気配がしてないか?
主人公は気付いていませんが、『きんいろきらきら』はポテチです。